残酷な描写あり
R-15
025 音
「……おばあちゃん? おばあちゃん!」
オードラの手から力が抜けていき、カイルは焦って腕を掴んで揺さぶる。その時、礼拝堂へニアタとマフティロとセレインが入ってきた。
「あ……」
子どものセレインは初めて目の当たりにした人の死に際に顔が青くなっている。
「カイル! オードラさんを横に寝かせるから手伝って!」
ニアタとマフティロはオードラの身体を床に横たえた。そのまま心音を聞き動いていないことを確認すると心臓マッサージを始めた。
「リューナ、迎えにきたぞ……?」
フォスターが神殿に到着したのはこの時だった。異様な雰囲気で皆が横になっているオードラを見ている。何が起こっているのか一瞬理解できなかった。しかしフォスターは一度目の前で父親の死を見ていたので、命が消えていくところなのだとわかった。
「ああ、ダメだわ……」
ニアタが泣きそうな声で言った。フォスターが大変なことになっていることを察して近くに寄っていくとリューナがつぶやいた。
「わたしのせい……?」
「え?」
フォスターが聞き返した。
「わたしが、おばあちゃんに、オルガンたくさんひいてもらっちゃったから……」
「リューナ……」
涙を流しながらリューナがそう思った理由を述べる。フォスターは抱きしめて頭を撫でてやることしかできなかった。
「……」
カイルが何か呟いたが聞き取れなかった。マフティロが聞き返す。
「え?」
「……そうだよ……!」
カイルは囁くように呟いた後は叫ぶように、後々長い間後悔する言葉を言ってしまった。
「俺はおばあちゃんにがんばりすぎないでって言ったんだ! それなのにリューナが! リューナが無理させたから!」
「…………!」
リューナはそれを聞いて自分のせいだと心の中に刻んでしまった。
「おばあちゃん、起きてよ、おばあちゃん……」
カイルは眠っているオードラへ被さるようにして泣いていた。
三日後に葬儀が行われた。フォスターは案の定次の日に熱がぶり返したが、葬儀には間に合った。
神殿前の階段の左側にある火葬用の空き地に生前縁のあった町民達が集まっている。これからすぐ火葬が始まるというところで、集まった者達が色々と話をしている。
「やっぱり、医者がいないのは問題だよなあ。こういう時、医者さえいれば助かったかもしれないのに」
「他の町へ引っ越したほうがいいのかしら……」
神殿の子どもたち、コーシェル、セレイン、ウォルシフの三人はそんな会話を聞いていた。真ん中の娘であるセレインはこの一件で神官ではなく医者を目指すことに決めたのであった。
「リューナ、そんなに泣かないで。あなたのせいじゃないのよ。もうずっと泣きっぱなしじゃない。私はあなたのほうが心配よ」
ホノーラがリューナを抱きしめながらそう言った。ジーニェルも困った顔をしてリューナの頭を撫でている。
「……だって……わたしが……ひっく……オルガンひいてって言ったから……ひっく……たくさんひいてもらっちゃったから……」
「リューナ……」
必死に慰める両親とリューナを見ていたフォスターはもやもやした気持ちが抑えきれず、ぼうっとした様子で葬儀の準備を眺めていたカイルへ向かって歩きだした。
「カイル」
「……?」
フォスターはカイルの近くへ来て名前を呼ぶとカイルは虚ろな目をしながら振り向いた。顔をこちらへ向けたのを見てフォスターは右腕でカイルの左頬を殴り付けた。
「なっ……」
カイルはよろけて尻餅をついた。突然のことに殴られた痛みより驚きのほうが強かった。
「何すんだよ、フォスター!」
フォスターは座り込んだカイルを見下ろしながら殴った右手を握りしめて怒りに震えていた。
「……なんで……」
「あ?」
「なんで、あんなこと言ったんだ!」
「……」
カイルは「あんなこと」に心当たりはあったが、何も言えなかった。
「リューナに当たるなよ! どうしようもなかっただろうが!」
「うるさい!」
カイルは自分の気持ちが整理できていなかった。何か言い返したかったが言葉が思い浮かばない。悪い事をした自覚はあった。しかし、大好きな祖母がいなくなってしまったショックの方が大きく、その自覚を包み込んでしまう。
「お前があんなこと言うから、リューナが自分のせいだって、ずっと泣きっぱなしで……!」
左頬をさすりながらカイルが立ち上がった。今にも殴り合いのケンカが始まりそうだったが、カイルの母親パージェが間に入って真面目な表情で諭した。
「カイル、やめなさい。おばあちゃんのことでケンカなんてしたら、おばあちゃんが悲しむでしょう?」
「……」
カイルは振り上げていた拳を下ろした。
「おばあちゃんにお別れしてらっしゃい」
棺のほうへカイルを向かわせるとパージェはフォスターの前に来て目線を合わせるようにしゃがんだ。
「ごめんね、フォスター」
「俺はいいよ。リューナにあやまってほしい」
フォスターはうつむいて不満そうに言い捨てた。
「もちろんよ。ただ、一つだけわかって欲しくて。カイルはね、リューナのせいだなんて本当には思ってないの。大好きなおばあちゃんが目の前で倒れて、どうしたらいいかわからなかっただけなの。言ってはいけないことを判断できる状態じゃあなかったの。カイルはちゃんとこっちで叱るから、謝りに行くのは落ち着くまで待って」
パージェは子どもの喧嘩だと適当にあしらうようなことはせず、真剣に子ども達と向き合った。
「……わかった」
フォスターはパージェの誠意を感じてカイルを責めるのをやめた。
「ありがとう」
パージェはそう言うとフォスターの頭を撫で、リューナにも同じことを言いに行った。
カイルは父クワインと共に棺の中で花に囲まれて眠っているオードラにお別れを言った。
リューナも家族と一緒に棺へ近づきお別れをした。リューナには花の匂いしかわからなかったので遺体の手に触れさせてもらった。オードラの手はとても冷たく、もう生きてはいないのだと思い知らされた。
親しい人たちとの別れを終えると、棺に蓋が閉められる。
――トントントン……トントントン……。
棺に釘を打ち付ける音がする。皆が棺を静かに見守る中、その音だけが響いていく。
「……? これ、なんの音……?」
泣き疲れたリューナが音を気にして小さい声でホノーラに聞いた。
「これはね、棺に蓋をするのに釘を打っている音よ」
「反力石を使ってみんなで少しずつ打っていくんだ。リューナもやらせてもらうか?」
ジーニェルがリューナを抱き上げた。
「ふた? くぎ?」
「遺体が焼かれるのを直接見るのはちょっとな……キツいからな……」
「はこにフタをしてあかなくするってこと?」
「そうよ」
リューナの顔が引きつった。その間にも釘を打つ音は聞こえてくる。
「……やめて……やだ……」
大きな目にいっぱいの涙を浮かべてリューナは小さな声で懇願した。
「この音……やめて……」
両手で耳を塞いだ。この音を聞きたくなかった。
「おばあちゃんが出られなくなっちゃう……やだ……生きかえるかもしれないじゃない……やめて……」
生き返る可能性も考えて三日間空けて葬儀をしている。また、時停石を使って遺体を保管しているので、神の石に非生命体だと認められてしまったことになる。生き返る可能性はまず無い。
リューナもわかってはいたのだが、釘を打つ音がどうしてもオードラへとどめを刺す音に聞こえてしまい、涙が止まらなかった。
やめてという声が聞き入れられるはずもなく、火葬が行われた。火葬石を中心に青白い炎が棺を包み、明るい光となって魂が空へと昇って行った。
その日は家族全員でリューナを撫でたり抱きしめたりして慰めながら一緒に眠った。
オードラの手から力が抜けていき、カイルは焦って腕を掴んで揺さぶる。その時、礼拝堂へニアタとマフティロとセレインが入ってきた。
「あ……」
子どものセレインは初めて目の当たりにした人の死に際に顔が青くなっている。
「カイル! オードラさんを横に寝かせるから手伝って!」
ニアタとマフティロはオードラの身体を床に横たえた。そのまま心音を聞き動いていないことを確認すると心臓マッサージを始めた。
「リューナ、迎えにきたぞ……?」
フォスターが神殿に到着したのはこの時だった。異様な雰囲気で皆が横になっているオードラを見ている。何が起こっているのか一瞬理解できなかった。しかしフォスターは一度目の前で父親の死を見ていたので、命が消えていくところなのだとわかった。
「ああ、ダメだわ……」
ニアタが泣きそうな声で言った。フォスターが大変なことになっていることを察して近くに寄っていくとリューナがつぶやいた。
「わたしのせい……?」
「え?」
フォスターが聞き返した。
「わたしが、おばあちゃんに、オルガンたくさんひいてもらっちゃったから……」
「リューナ……」
涙を流しながらリューナがそう思った理由を述べる。フォスターは抱きしめて頭を撫でてやることしかできなかった。
「……」
カイルが何か呟いたが聞き取れなかった。マフティロが聞き返す。
「え?」
「……そうだよ……!」
カイルは囁くように呟いた後は叫ぶように、後々長い間後悔する言葉を言ってしまった。
「俺はおばあちゃんにがんばりすぎないでって言ったんだ! それなのにリューナが! リューナが無理させたから!」
「…………!」
リューナはそれを聞いて自分のせいだと心の中に刻んでしまった。
「おばあちゃん、起きてよ、おばあちゃん……」
カイルは眠っているオードラへ被さるようにして泣いていた。
三日後に葬儀が行われた。フォスターは案の定次の日に熱がぶり返したが、葬儀には間に合った。
神殿前の階段の左側にある火葬用の空き地に生前縁のあった町民達が集まっている。これからすぐ火葬が始まるというところで、集まった者達が色々と話をしている。
「やっぱり、医者がいないのは問題だよなあ。こういう時、医者さえいれば助かったかもしれないのに」
「他の町へ引っ越したほうがいいのかしら……」
神殿の子どもたち、コーシェル、セレイン、ウォルシフの三人はそんな会話を聞いていた。真ん中の娘であるセレインはこの一件で神官ではなく医者を目指すことに決めたのであった。
「リューナ、そんなに泣かないで。あなたのせいじゃないのよ。もうずっと泣きっぱなしじゃない。私はあなたのほうが心配よ」
ホノーラがリューナを抱きしめながらそう言った。ジーニェルも困った顔をしてリューナの頭を撫でている。
「……だって……わたしが……ひっく……オルガンひいてって言ったから……ひっく……たくさんひいてもらっちゃったから……」
「リューナ……」
必死に慰める両親とリューナを見ていたフォスターはもやもやした気持ちが抑えきれず、ぼうっとした様子で葬儀の準備を眺めていたカイルへ向かって歩きだした。
「カイル」
「……?」
フォスターはカイルの近くへ来て名前を呼ぶとカイルは虚ろな目をしながら振り向いた。顔をこちらへ向けたのを見てフォスターは右腕でカイルの左頬を殴り付けた。
「なっ……」
カイルはよろけて尻餅をついた。突然のことに殴られた痛みより驚きのほうが強かった。
「何すんだよ、フォスター!」
フォスターは座り込んだカイルを見下ろしながら殴った右手を握りしめて怒りに震えていた。
「……なんで……」
「あ?」
「なんで、あんなこと言ったんだ!」
「……」
カイルは「あんなこと」に心当たりはあったが、何も言えなかった。
「リューナに当たるなよ! どうしようもなかっただろうが!」
「うるさい!」
カイルは自分の気持ちが整理できていなかった。何か言い返したかったが言葉が思い浮かばない。悪い事をした自覚はあった。しかし、大好きな祖母がいなくなってしまったショックの方が大きく、その自覚を包み込んでしまう。
「お前があんなこと言うから、リューナが自分のせいだって、ずっと泣きっぱなしで……!」
左頬をさすりながらカイルが立ち上がった。今にも殴り合いのケンカが始まりそうだったが、カイルの母親パージェが間に入って真面目な表情で諭した。
「カイル、やめなさい。おばあちゃんのことでケンカなんてしたら、おばあちゃんが悲しむでしょう?」
「……」
カイルは振り上げていた拳を下ろした。
「おばあちゃんにお別れしてらっしゃい」
棺のほうへカイルを向かわせるとパージェはフォスターの前に来て目線を合わせるようにしゃがんだ。
「ごめんね、フォスター」
「俺はいいよ。リューナにあやまってほしい」
フォスターはうつむいて不満そうに言い捨てた。
「もちろんよ。ただ、一つだけわかって欲しくて。カイルはね、リューナのせいだなんて本当には思ってないの。大好きなおばあちゃんが目の前で倒れて、どうしたらいいかわからなかっただけなの。言ってはいけないことを判断できる状態じゃあなかったの。カイルはちゃんとこっちで叱るから、謝りに行くのは落ち着くまで待って」
パージェは子どもの喧嘩だと適当にあしらうようなことはせず、真剣に子ども達と向き合った。
「……わかった」
フォスターはパージェの誠意を感じてカイルを責めるのをやめた。
「ありがとう」
パージェはそう言うとフォスターの頭を撫で、リューナにも同じことを言いに行った。
カイルは父クワインと共に棺の中で花に囲まれて眠っているオードラにお別れを言った。
リューナも家族と一緒に棺へ近づきお別れをした。リューナには花の匂いしかわからなかったので遺体の手に触れさせてもらった。オードラの手はとても冷たく、もう生きてはいないのだと思い知らされた。
親しい人たちとの別れを終えると、棺に蓋が閉められる。
――トントントン……トントントン……。
棺に釘を打ち付ける音がする。皆が棺を静かに見守る中、その音だけが響いていく。
「……? これ、なんの音……?」
泣き疲れたリューナが音を気にして小さい声でホノーラに聞いた。
「これはね、棺に蓋をするのに釘を打っている音よ」
「反力石を使ってみんなで少しずつ打っていくんだ。リューナもやらせてもらうか?」
ジーニェルがリューナを抱き上げた。
「ふた? くぎ?」
「遺体が焼かれるのを直接見るのはちょっとな……キツいからな……」
「はこにフタをしてあかなくするってこと?」
「そうよ」
リューナの顔が引きつった。その間にも釘を打つ音は聞こえてくる。
「……やめて……やだ……」
大きな目にいっぱいの涙を浮かべてリューナは小さな声で懇願した。
「この音……やめて……」
両手で耳を塞いだ。この音を聞きたくなかった。
「おばあちゃんが出られなくなっちゃう……やだ……生きかえるかもしれないじゃない……やめて……」
生き返る可能性も考えて三日間空けて葬儀をしている。また、時停石を使って遺体を保管しているので、神の石に非生命体だと認められてしまったことになる。生き返る可能性はまず無い。
リューナもわかってはいたのだが、釘を打つ音がどうしてもオードラへとどめを刺す音に聞こえてしまい、涙が止まらなかった。
やめてという声が聞き入れられるはずもなく、火葬が行われた。火葬石を中心に青白い炎が棺を包み、明るい光となって魂が空へと昇って行った。
その日は家族全員でリューナを撫でたり抱きしめたりして慰めながら一緒に眠った。