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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
064 惜別
 ついにソーリュシーウァ大陸へ上陸した。もう夕方なのでこの港町である泳神ミューイスの町を出発するのは明日である。宿は既に船のほうで確保してくれていた。

 店が閉まる前に帽子を買おうという話になり四人は町中を散策していた。リューナはまだ眼鏡をかけていてヨマリーと手を繋いでいる。ここは石造りの家が多い。地元の半島ではほとんど見ない石を重ねただけで塗料は使っていない造りの建物だ。遠くに来たのだな、という実感がわいてきた。

「ユヴィラはもう大丈夫なのか?」
「うん。もう降りる前から大分よくなってるよ。ありがとう」
「やっぱり朝から酒がよくなかったんじゃないか」
「そうそう。兄貴は酒ほどほどにしなよね」

 リューナはそんな会話を聞きながら寂しい気持ちになっていた。しかし、今朝ヨマリーから聞いた「先のことを考えて嫌な気持ちになるより今を楽しむほうが得」という言葉を思い出して、この時間を後悔しないように楽しもうと考えていた。今から悲しくなる必要はない、とは思っているのだがふとした瞬間に考えてしまう。

「あ、あの店はどうかな?」

 ヨマリーはリューナの手を引いて皆と離れない程度に早足で向かった。そこは服や帽子他色々な雑貨がごちゃごちゃと置いてあるあまり女性向けではなさそうな店であった。

「あった! マント!」

 薄めの朽葉色という地味な色合いのフード付きのマントがいくつか壁際にかかっていた。

「おじさん、これちょっと羽織ってみてもいい?」

 ヨマリーは奥にいた店主へ遠慮無く話しかける。許可をもらい、リューナとフォスターに渡す。

「あれ、私も?」
「砂漠行くなら買っといたほうがいいんじゃない?」
「あ、そっか」

 一番大きいものをフォスターが羽織る。

「これなら髪の色も誤魔化せるか。盾も隠れるし。俺は買おうかな」
「リューナは地味になっちゃうねえ。まあ目立たないほうがいいんだろうけど、可愛い子を地味にしちゃうのは後ろめたさを感じるよ……」

 ヨマリーが残念そうに言っている横でユヴィラが指摘する。

「二人でこのマント着けて並んで歩いてると怪しい人っぽくない? 逆に目立ってない?」
「え?」

 ヨマリーが兄妹を並べてみる。

「……確かに怪しいかもしれない。砂漠なら普通かもしれないけど」
「なんか訳ありの旅人っぽいよね」

 訳ありには違いないな、とは思うが目立つのは困る。
 
「リューナは普通に帽子と眼鏡にしよう。ちょっと男の子っぽくしてみたらどうかな?」
「男の子っぽく?」

 ヨマリーはリューナの見た目の改造をかなり楽しんでいるようだ。

「胸まであるつなぎ服を履いたらそれっぽくならないかな? 少しぶかっとしてるの履けば胸も誤魔化せそうじゃない?」
「んー、よくわかんないけど楽しそう」

 ヨマリーは店主に頼みそういう感じの服と帽子を持ってきてリューナに普段の服の上から着せた。帽子は男の子が被るような前だけにちょっとした鍔のあるものだ。

「おー、結構変わるな」
「男の子には見えないと思うけどな」
「そうだね。ちゃんと女の子だね」

 リューナがおそるおそる聞く。

「……どうかな?」
「かわいいよ!」
「カワイイよ」
「うん、可愛い」

 皆に褒められてリューナは照れ笑いをした。


 ヨマリーの選んだ服を全部買うことになったのでフォスターの財布の中身が危険になってしまった。

「そろそろ反力石リーペイトを売らないとな……」
「あっちに石屋さんあったはずだよ。寄る?」

 ユヴィラに案内され無事に換金できた。今後のことも考えて全部ではなく三分の一くらいにしておいた。水の都シーウァテレスまでの旅費はこれで大丈夫そうだ。守護石ナディガイトもあったら買っておこうと思ったのだが無かったので諦めた。

「たぶん水の都シーウァテレスにはあるんじゃない?」
「そうだな。見つけたら買ってまたリューナに渡しておくよ」


 買い物の後、海から離れてしまうので今日は最後の魚介類を食べようということになり町の食堂へ入った。大きな魚が大皿に乗って真ん中にドンと置かれ、他にイカや大魚の切り身を刺した串焼きやフライを豪快に食べた。ユヴィラはまた飲んでいてビスタークに羨まれていた。

 食後まもなく今日の宿へ移動した。今夜はそれぞれの兄同士と妹同士で部屋を別にした。リューナにヨマリーと同じ部屋が良いとせがまれたからだ。防犯的に少し不安だったが隣の部屋であるし戸締まりをしっかりするからとビスタークを納得させた。

 リューナは風呂にヨマリーと一緒に入り、ベッドに入って話をした。

「お兄さん、リューナのこと、完全に子ども扱いだね……」
「うう……言わないで……悲しくなるから……」
「あの可愛いって言い方」
「わかってる! 小さい子に言うやつでしょ?」

 リューナの頬が小さく膨れる。

「思うんだけどさ」
「ん?」
「リューナは恋を知らないだけじゃないの?」
「え?」

 きょとんとしているとヨマリーが話を続ける。

「誰か他に好きな人ができたら、それが初恋なんじゃない? お兄さんに対しては家族愛なんだよ。恋を知らないから勘違いしてるだけで」
「うーん……他の人をフォスター以上に好きになれるなんて考えられないけど……」
「まあ、ただの推測でしかないけどね。私も現実に恋してる人なんていないからね」

 他にも色んな話をして夜は更けていった。寝なければいけないのだが、眠ってあっという間に時間が経ってしまうのが嫌で、いつまでも喋り続けた。

 気がついたら部屋の扉をドンドンと大きな音を出して叩かれていた。いつの間にか寝ていたようだった。すぐ隣にヨマリーがいて向こうも音に驚いて慌てて起きていた。どうやら寝坊したらしい。

「いるんだな? 焦らせるなよ。何かあったのかと思ったよ……」
「ごめんなさい……」
「乗合馬車の時間にはまだあるからよかったけどさあ」
「ゴメン、兄貴」

 攫われたのかと思いフォスターはかなり心配したようだ。ユヴィラにも数日に一回しかない馬車に乗り遅れる心配をさせてしまったらしい。

 リューナは昨日買った服を着て、髪を上げて帽子に入れ眼鏡をかけた。フォスターは昨日買ったマントを付けフードを被った。四人は宿から出て朝から出ていた屋台で売っていた鯖と野菜の挟まったパンを食べ、朝食にした。

 別れの時が刻一刻と近づいてくるが、盾に乗せてあげる約束をしていたので町外れで操作を教えて一人ずつ乗せた。

「わあっ! 動いたー!」
「あまり速くしちゃダメだよー」
「壊れるかもしれないからな」
「これに乗って旅してるの? いいなあ」
「俺も欲しいなあ、これ」

 二人とも気に入ったようで楽しく乗っていた。

 ユヴィラたちの帰り道である静寂神の町キューイスへ向かう乗合馬車の発着所に来ていた。ここでお別れだ。リューナの瞳に今にも溢れそうな涙が溜まっている。

「やだ! お別れしたくない!」

 リューナはヨマリーに抱きついたまま離れない勢いだ。

「リューナ、子どもみたいだよ」
「子どもでいいもん!」
「あー、かわいいなあ。妹がいたらこんな感じなのかなあ」

 リューナを撫でながらヨマリーはそう言った。見た目は完全にリューナが大人でヨマリーが子どもなのだが中身は逆のようだ。

『あいつ、お前らが甘やかし過ぎて自立できてねえんじゃねえのか?』
「……」

 フォスターには甘やかしている自覚は無いが過保護な自覚はあった。少し後ろめたいので反応しないでおいた。

『数日過ごしただけの奴にこれじゃ、家族と別れる時が思いやられるな……』

 今からそんなことは考えたくなかった。フォスターは苦い表情でリューナとヨマリーを見つめていた。

「そろそろ馬車出ちゃうから。リューナ、住所を書いた紙渡したでしょ。手紙書くから、リューナも誰かに書いてもらって送ってよ」
「うん……」

 ヨマリーはリューナの腕から脱出してそう言った。

「リューナのほうは町の名前とリューナの名前だけでホントに届くの?」
「届くよ。うちの町は人が少ないもん。神殿に届いてから渡してもらえるよ。それより……」
「あー、お兄さんのほうにも渡しとけばいいんだよね? 住所書いた紙」
「うん」

 そう言った後、ヨマリーはフォスターに紙を渡しにきた。

「リューナがもし自分が無くしちゃったら大変だから、念のためお兄さんにももう一つ渡しといて欲しいって」
「ああ、はい」

 ヨマリーは改めてリューナに向き直って言った。

「じゃあ、またね」
「……うん、またね。絶対、また会ってね」

 お別れの挨拶をして二人で握手をした。そして二人は馬車に乗り込んだ。

「いつでも遊びに来ていいからね!」
「うん! 行きたい! またお話ししてね!」

 乗合馬車が出発した。ヨマリーとユヴィラは馬車の後ろから手を振っている。リューナも見えないながらも大きく手を振っている。涙をぼろぼろと流しながら。「さよなら」とは言いたくなかった。その言葉を言うともう会えないような気がしたからだ。

「またねー!」

 馬車の音が聞こえなくなるまでずっとリューナは大きな声で言い続けていた。
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