残酷な描写あり
R-15
069 小屋
甘藍神の町を出発し、最初の丘を越えるといきなり遠くに休憩小屋らしきものが見えた。思っていたより近い。そしてそのもう少し先の景色はキャベツの薄緑色ではなく小麦と思われる金色が広がっていた。この先も起伏があるので町はまだ見えない。
「そういや、反対側の小屋って甘藍神の町に近いって言ってたっけ」
『農具置き場も兼ねてるみたいだからな。こっちもそうなんじゃねえか』
「あそこにいる人に聞いてみるか。すみませーん!」
農作業中の人に聞いてみるとあの小屋はやはり甘藍神の町に近いらしい。しかし発酵神の町側にも小屋があるという。農具置き場として使うためここは町と町の間に二つ休憩小屋があるそうだ。
「ちょうど良いときに到着するんじゃないか。明日はあの町、誕生祭だって聞いたぞ」
「あそこは町を上げてお祝いをするからな、色々美味しいものを飲んだり食べたりできるぞ」
「ホントですか!?」
リューナがその言葉に即食い付いた。
誕生祭とは、その町の神様の誕生日を祝うものである。神が世代交代すると日が変更になることもあるのだが、何故かあまり騒がれない。
祭の内容は町によって様々だ。地元の飛翔神の町では宗教行事の集会をし、供物を多くして住民も少し良い食事をする程度である。しかし隣の友神の町は出店がより活気づいて普段はないような品が売られたり、神殿近くの広場で踊ったりする。
「早く行こ! もう一つの小屋に泊まって、朝暗いうちに出発しよ!」
「……食べる気まんまんだな……」
「だって私お祭りなんて行ったことないもん!」
「そうだったっけ?」
「フォスターは友神の町に学校行事で行ったんでしょ。……私、行くのやめたから」
リューナの世代には苛められた相手がいるので一緒に行きたくなくて参加を諦めたのだ。
「あ……ごめん……」
「謝らなくていいから、早い時間に着けるように行こうね」
「わかったよ、そうしよう」
農作業の人たちに礼を言い、その場を後にした。しばらく走り最初の小屋へたどり着く。そこで昼食を食べ、訓練を済ませた。リューナがやる気満々だったので、ここで操縦を交代した。
『今は学校行事で隣町に行くってのがあるのか』
移動中、ビスタークがフォスターへ話しかける。
「ん? 前は無かったのか?」
『無い。神殿にそんな余裕なかったからな』
「マフティロさんが提案してコーシェルの少し前くらいから始めたらしい」
『都出身は考えることが違うな』
それを聞いてフォスターは疑問を口にした。
「マフティロさんって水の都で神官だったんだよな?」
『ああ』
「なんでうちの町なんかに来たんだ」
『ん? ニア姉に惚れて押しかけてきたって聞いてないか?』
その話は飛翔神の町では有名である。
「いやそれは知ってるけど……それだけなのか?」
『ああ。それだけなんだよな……』
「なんか、監視とか仕事で派遣でもされてきたのかと」
『違う。あいつは本っ当にただの変な奴なんだって。あの時は本当になんつーか……呆気にとられたな……』
「ふーん」
そんな話をしながら丘を一つ越えると遠くに小屋が見えた。周りはもう麦畑だ。右側と左側で麦の種類が違うように見える。左側の奥は果樹園らしき木が生い茂っている。右側の奥は牧場なのか草原が広がっていて遠くに横長の建物があった。
「なんか麦が二種類あるみたいだ」
「二種類?」
「一つはうちの町でも作ってるやつで、もう一つはなんかヒゲが長いっていうか、形が違うな」
『そっちは酒に使うやつじゃないか? 大麦って言ったか』
「麦の酒なんかあるのか」
『ビールって言うんだ。飲みてえな……』
港から飲みたいとずっと言われ続けているので我慢させていることに罪悪感を持ち始めた。とはいえ自分の身体は酒を受け付けないし何か良い方法は無いかと解決策を考えてみることにしたがすぐには思い付かなかった。
夕方に二番目の小屋へ着いた。外に大きな幌馬車が停めてある。
「先客がいるみたいだ」
『この大きさは乗合馬車だろうな』
「……誰かいるんだ……」
リューナは不安そうだ。今まで休憩小屋では人に出くわしたことがなかったため余計にそう思うのかもしれない。
「……なんか、賑やかだね」
「たくさんいるみたいだな」
先客がいることはわかっているのでノックをする。中で閂の外される音がした。
「はーい、どうぞー」
中から三十いっているかどうかくらいの男性が扉を開けてくれた。
「すみません、一晩休ませてほしいんですけど……?」
中を見て驚いた。年寄りから子どもまで大勢いたからだ。家族二組で十五人くらいだろうか。賑やかなわけだ、と納得した。
「親族で移動してるもんだから人数が多くて。狭いけどいいかな?」
「あ、はい。端っこでいいので」
「ごめんね」
むしろ家族連れなら安心だ。リューナの表情も少し和らいだ。子どもの声もするからだろう。
「皆さんも発酵神の町の誕生祭に?」
「そうだよ。甘藍神の町から旅行中さ。君たちはどこから来たの? 見かけない顔だけど」
向こうからするとこちらが不審なようだ。それはそうだろうと思い正直に答える。
「飛翔神の町です。水の都へ行く途中で少し遠回りしました」
「お祭りがあるからかな?」
「はい」
最初からそれ目当てだったわけではないがそういうことにしておいた。
「美味しいものがたくさんありそうだと思いまして」
「あるよ! 毎年楽しみにしてるんだ!」
横から十歳いかないくらいの男の子が口を出してきた。
「どんな食べ物があるの?」
リューナの警戒心がゆるんだようで、男の子に話しかけた。子どもたちが教えようと集まってくる。
「えっと、ソーセージとかー、肉の串焼きとかー」
「甘いのもあるよ!」
「石屋さんも!」
「発酵関係ないんだね」
「まあ、お祭りだからね。もちろんパンとかチーズとかお酒とか、発酵された食べ物の出店もあるよ」
「わぁ~楽しみ!」
リューナがうっとりとしている。出店を食い付くす勢いで食べそうだ。先日反力石を換金したばかりなのにもう財布の中身が心配になってきた。
「じゃあ早く寝よう! 暗いうちに起きないと!」
「いいけど……夕飯は?」
「明日に備えて食べない」
「えぇ……」
それを聞いた先ほど扉を開けてくれた男性の妻と思われる女性が大笑いした。
「お嬢ちゃん、気合い入ってるねえ!」
「えへへ。食べるの好きなので」
「でも夕飯は食べといた方がいいよ。お腹空きすぎると逆に食べられなくなっちゃうよ?」
「じゃあ食べます!」
フォスターはやれやれと思いながらそう言ってくれた女性に軽く頭を下げ荷物の袋から昨日店で買っておいた料理を出した。キャベツと芋、ベーコン、ソーセージを煮たものとパンだ。食べながら出発について話をする。
「しっかり食べて寝ないと疲れもとれないしな」
「じゃあ暗いうちに出るんだから朝ごはんは向こうに着いてから食べようね」
「それはいいんだけど起きられるかな」
「うーん……」
普段はそこまで早く起きないので自力で起きる自信がない。起床石があれば助けになったのだがそれは持っていなかった。リューナが小声で提案する。
「お父さんに起こしてもらおうよ」
『あ?』
リューナが帯を掴んで小声で話す。
「お父さん、夜中はいつも見張ってくれてるんだよね?」
『まあな』
「じゃあ、星から光の刻に変わるくらいの時間に起こしてもらえない?」
『そういう時だけ都合よく使いやがって……見返りは?』
「え」
ビスタークは不機嫌そうに言う。
『そんなことして俺に何の得があるんだよ』
リューナが難しい顔をして考えている。
「うーん……」
『自分の楽しみのためなら自分の力で起きやがれ』
「私の身体使ってお酒飲んでもいいから……」
「えっ?」
その言葉にフォスターが驚いた。そんなに自力で起きられる自信がないのか。いやそんなことよりそれでいいのか。
『よし。それなら起こしてやる』
「ちょ、ちょっと、リューナ。お前酒飲めるのか?」
家族連れに聞こえないように小声でぼそぼそと話す。
「……たぶん。コップ一杯くらい飲ませてもらったことがあったけど平気だったもん」
「いつの間に」
「旅に出る前に、お父さんと」
「父さんか……」
「お父さん」とはビスタークのことではなく、ジーニェルのことである。
「お母さんも『しょうがないわねえ』って笑ってた」
愛娘との別れの前に育ての両親がどんな想いでそうしたのかを考え、フォスターは不意に胸が締め付けられる思いをさせられた。
「そういや、反対側の小屋って甘藍神の町に近いって言ってたっけ」
『農具置き場も兼ねてるみたいだからな。こっちもそうなんじゃねえか』
「あそこにいる人に聞いてみるか。すみませーん!」
農作業中の人に聞いてみるとあの小屋はやはり甘藍神の町に近いらしい。しかし発酵神の町側にも小屋があるという。農具置き場として使うためここは町と町の間に二つ休憩小屋があるそうだ。
「ちょうど良いときに到着するんじゃないか。明日はあの町、誕生祭だって聞いたぞ」
「あそこは町を上げてお祝いをするからな、色々美味しいものを飲んだり食べたりできるぞ」
「ホントですか!?」
リューナがその言葉に即食い付いた。
誕生祭とは、その町の神様の誕生日を祝うものである。神が世代交代すると日が変更になることもあるのだが、何故かあまり騒がれない。
祭の内容は町によって様々だ。地元の飛翔神の町では宗教行事の集会をし、供物を多くして住民も少し良い食事をする程度である。しかし隣の友神の町は出店がより活気づいて普段はないような品が売られたり、神殿近くの広場で踊ったりする。
「早く行こ! もう一つの小屋に泊まって、朝暗いうちに出発しよ!」
「……食べる気まんまんだな……」
「だって私お祭りなんて行ったことないもん!」
「そうだったっけ?」
「フォスターは友神の町に学校行事で行ったんでしょ。……私、行くのやめたから」
リューナの世代には苛められた相手がいるので一緒に行きたくなくて参加を諦めたのだ。
「あ……ごめん……」
「謝らなくていいから、早い時間に着けるように行こうね」
「わかったよ、そうしよう」
農作業の人たちに礼を言い、その場を後にした。しばらく走り最初の小屋へたどり着く。そこで昼食を食べ、訓練を済ませた。リューナがやる気満々だったので、ここで操縦を交代した。
『今は学校行事で隣町に行くってのがあるのか』
移動中、ビスタークがフォスターへ話しかける。
「ん? 前は無かったのか?」
『無い。神殿にそんな余裕なかったからな』
「マフティロさんが提案してコーシェルの少し前くらいから始めたらしい」
『都出身は考えることが違うな』
それを聞いてフォスターは疑問を口にした。
「マフティロさんって水の都で神官だったんだよな?」
『ああ』
「なんでうちの町なんかに来たんだ」
『ん? ニア姉に惚れて押しかけてきたって聞いてないか?』
その話は飛翔神の町では有名である。
「いやそれは知ってるけど……それだけなのか?」
『ああ。それだけなんだよな……』
「なんか、監視とか仕事で派遣でもされてきたのかと」
『違う。あいつは本っ当にただの変な奴なんだって。あの時は本当になんつーか……呆気にとられたな……』
「ふーん」
そんな話をしながら丘を一つ越えると遠くに小屋が見えた。周りはもう麦畑だ。右側と左側で麦の種類が違うように見える。左側の奥は果樹園らしき木が生い茂っている。右側の奥は牧場なのか草原が広がっていて遠くに横長の建物があった。
「なんか麦が二種類あるみたいだ」
「二種類?」
「一つはうちの町でも作ってるやつで、もう一つはなんかヒゲが長いっていうか、形が違うな」
『そっちは酒に使うやつじゃないか? 大麦って言ったか』
「麦の酒なんかあるのか」
『ビールって言うんだ。飲みてえな……』
港から飲みたいとずっと言われ続けているので我慢させていることに罪悪感を持ち始めた。とはいえ自分の身体は酒を受け付けないし何か良い方法は無いかと解決策を考えてみることにしたがすぐには思い付かなかった。
夕方に二番目の小屋へ着いた。外に大きな幌馬車が停めてある。
「先客がいるみたいだ」
『この大きさは乗合馬車だろうな』
「……誰かいるんだ……」
リューナは不安そうだ。今まで休憩小屋では人に出くわしたことがなかったため余計にそう思うのかもしれない。
「……なんか、賑やかだね」
「たくさんいるみたいだな」
先客がいることはわかっているのでノックをする。中で閂の外される音がした。
「はーい、どうぞー」
中から三十いっているかどうかくらいの男性が扉を開けてくれた。
「すみません、一晩休ませてほしいんですけど……?」
中を見て驚いた。年寄りから子どもまで大勢いたからだ。家族二組で十五人くらいだろうか。賑やかなわけだ、と納得した。
「親族で移動してるもんだから人数が多くて。狭いけどいいかな?」
「あ、はい。端っこでいいので」
「ごめんね」
むしろ家族連れなら安心だ。リューナの表情も少し和らいだ。子どもの声もするからだろう。
「皆さんも発酵神の町の誕生祭に?」
「そうだよ。甘藍神の町から旅行中さ。君たちはどこから来たの? 見かけない顔だけど」
向こうからするとこちらが不審なようだ。それはそうだろうと思い正直に答える。
「飛翔神の町です。水の都へ行く途中で少し遠回りしました」
「お祭りがあるからかな?」
「はい」
最初からそれ目当てだったわけではないがそういうことにしておいた。
「美味しいものがたくさんありそうだと思いまして」
「あるよ! 毎年楽しみにしてるんだ!」
横から十歳いかないくらいの男の子が口を出してきた。
「どんな食べ物があるの?」
リューナの警戒心がゆるんだようで、男の子に話しかけた。子どもたちが教えようと集まってくる。
「えっと、ソーセージとかー、肉の串焼きとかー」
「甘いのもあるよ!」
「石屋さんも!」
「発酵関係ないんだね」
「まあ、お祭りだからね。もちろんパンとかチーズとかお酒とか、発酵された食べ物の出店もあるよ」
「わぁ~楽しみ!」
リューナがうっとりとしている。出店を食い付くす勢いで食べそうだ。先日反力石を換金したばかりなのにもう財布の中身が心配になってきた。
「じゃあ早く寝よう! 暗いうちに起きないと!」
「いいけど……夕飯は?」
「明日に備えて食べない」
「えぇ……」
それを聞いた先ほど扉を開けてくれた男性の妻と思われる女性が大笑いした。
「お嬢ちゃん、気合い入ってるねえ!」
「えへへ。食べるの好きなので」
「でも夕飯は食べといた方がいいよ。お腹空きすぎると逆に食べられなくなっちゃうよ?」
「じゃあ食べます!」
フォスターはやれやれと思いながらそう言ってくれた女性に軽く頭を下げ荷物の袋から昨日店で買っておいた料理を出した。キャベツと芋、ベーコン、ソーセージを煮たものとパンだ。食べながら出発について話をする。
「しっかり食べて寝ないと疲れもとれないしな」
「じゃあ暗いうちに出るんだから朝ごはんは向こうに着いてから食べようね」
「それはいいんだけど起きられるかな」
「うーん……」
普段はそこまで早く起きないので自力で起きる自信がない。起床石があれば助けになったのだがそれは持っていなかった。リューナが小声で提案する。
「お父さんに起こしてもらおうよ」
『あ?』
リューナが帯を掴んで小声で話す。
「お父さん、夜中はいつも見張ってくれてるんだよね?」
『まあな』
「じゃあ、星から光の刻に変わるくらいの時間に起こしてもらえない?」
『そういう時だけ都合よく使いやがって……見返りは?』
「え」
ビスタークは不機嫌そうに言う。
『そんなことして俺に何の得があるんだよ』
リューナが難しい顔をして考えている。
「うーん……」
『自分の楽しみのためなら自分の力で起きやがれ』
「私の身体使ってお酒飲んでもいいから……」
「えっ?」
その言葉にフォスターが驚いた。そんなに自力で起きられる自信がないのか。いやそんなことよりそれでいいのか。
『よし。それなら起こしてやる』
「ちょ、ちょっと、リューナ。お前酒飲めるのか?」
家族連れに聞こえないように小声でぼそぼそと話す。
「……たぶん。コップ一杯くらい飲ませてもらったことがあったけど平気だったもん」
「いつの間に」
「旅に出る前に、お父さんと」
「父さんか……」
「お父さん」とはビスタークのことではなく、ジーニェルのことである。
「お母さんも『しょうがないわねえ』って笑ってた」
愛娘との別れの前に育ての両親がどんな想いでそうしたのかを考え、フォスターは不意に胸が締め付けられる思いをさせられた。