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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
074 熊
 女性神の町マレフェスの次は粉神の町ドリューポスである。粉神の神の石は四つセットで使う。四つの製粉石ドリュパイトで囲まれた物体を一定時間で粉に変えることができるので、この町は小麦粉や澱粉、砂糖や塩、スパイス類を作っている。町には工場らしき石造りの大きな建物がいくつか建っていた。
 また、発酵神の町テメンフェスもそれなりに近いためこの地域は農業が盛んでパンの製造にも力が入っているのであった。

「砂糖が欲しいな」
「それは私も欲しいけど……無駄遣いにはならないの?」
「……」

 財布の中身が厳しいので購入を見送ることになった。

「確かに今あっても使えないからな……そろそろ思いっきり料理がしたいな」
「ほんとにフォスターは料理が好きだよね」
「特に菓子作りたくてしょうがない」
「私も食べたい!」

 昼休憩や夜に炎焼石バルネイトで肉を焼くくらいならしているのだが、手間のかかる菓子作りは旅に出てから一度もしていない。旅先で色々食べたので自分の手で再現してみたいのだ。

「とりあえず製粉石ドリュパイトは買っておこうと思うんだ。ラギューシュの実を粉にしたら砂糖のかわりになるんじゃないかと思って」
「あ! それいいかも!」

 神殿へ行き寄付という名の代金を払い製粉石ドリュパイトを四つ手に入れた。神の石の店で買うことを考えると、神殿で手に入れるほうがずっと安く済むのである。

水源石シーヴァイトは買ってたよな。水筒は?』
「あ、まだだった」
森林神の町レトフェスだと値段が上がるから、ここで買っておけ』
「高くても買う人がいるから高くなるってわけか……」

 ビスタークの話によると、水筒は最低でも一人二つは持っておいたほうが良いらしい。一つの水源石シーヴァイトでは補充が不十分という話だった。普段荷物を入れているような大袋も一つ購入した。熱くなるので鎧を着ていると酷い目にあうそうだ。嵩張るが仕方がない、リューナを前に乗せて背負うしかないなと考えた。
 他にも夜は寒くなるからと毛布を二枚、四日かかるので食料と洗浄石クレアイトの予備も買い足した。

 変装したのが良かったのか遠回りしたのが良かったのかはわからないが、船で襲われた以来それらしい者は見当たらない。気付かれないように見張られているだけかもしれないが。

 特に何事も無く粉神の町ドリューポスを出発し森林神の町レトフェスへ着く。この町が水の都シーウァテレスへの玄関口だ。森林神というだけあって、周りは森に囲まれている。今までの町は石造りの家が多かったが、この町と粉神の町ドリューポスの工場以外は木造の家ばかりだった。

 町に着く前と中にはあちこちに看板があった。「熊に注意」と書かれている。

「熊って見たことないけどなんか大きくて襲われたら死を覚悟するような生き物だったっけ」

 子どもの頃授業で教わった。リフェイオス山脈にも存在しているらしいが山から降りてくることはほぼ無いらしい。

「そんな危ないのが近くにいるの?」
『たまにあることらしいぞ。俺も見たこと無いが』

 森林神の町レトフェスの中はたまに大きな木が生えているくらいである。町の外側は木材置き場だらけであった。宿を探すついでに町中を散策していると食堂があった。

「……熊肉と鹿肉が食べられるって書いてある」

 貼り紙にそんなことが書かれていた。

「危ない生き物なのに食べるんだね」
「滅多に食べられないだろうから高いんじゃないかな」
「鹿だったらそんなに高くないのかな」
「高くなかったら食べてみようか」
「うん!」

 未知の食べ物に対する好奇心がすごいなと思いつつ釘を刺す。

「でも先に宿の確保な。夕飯時にまた来よう」
『俺が昔泊まった宿なら左側の森方面だったな』
「安いか?」
『まあ高くはねえよ。変わってなければな』
「じゃあそこ行ってみるか」

 横道に入り言われた宿へと向かっていたその時、遠くのほうから見慣れない物体が近づいてくるのが見えた。道にいた人々は近くの建物へと急いで入っていった。

「なんだ、あれ」
「なんか、獣くさいよ」

 鼻の効くリューナは顔をしかめている。

『熊じゃねえか?』
「熊ぁ!?」

 ビスタークがさっき言ったばかりの単語を発したのでにわかには信じられず同じ単語を繰り返した。

『焦るな。とにかく剣を出せ。剣圧を当てればこっちには近づけない』

 格納石ストライトから剣を出し深呼吸をして構えた。リューナはフォスターの真後ろで動かない。どこか建物に入れと言いたいところだが、目が見えないのと攫われる危険性を考えて後ろに匿っている。いつでも反力石リーペイトを使えるようにしておくよう指示した。

 熊は真っ直ぐにこちらへ向かってくる。視線を反らさずに見据え剣圧の間合いに入ったところで一撃叩き込んだ。熊は剣圧を浴びて怯んだだけで弾き飛ばされたりはしなかった。質量が大きいからだ。

『何してる! 何度も叩き込め! 相手は人間じゃねえんだからそうそう飛ばされねえぞ!』

 そんなことはわかっている、と思いながら何度も叩き込んでいる。その甲斐あって熊は少しずつ後退し始めた。

「親父、リューナを見ててくれ」
『了解』
「リューナ! 帯を掴め!」

 リューナへビスタークの帯を渡したのでそちらの心配はなくなった。建物の中から住民がこちらを窺っている気配がする。
 その間も剣を振るう手は止めない。人間ならとっくにダウンしているはずだが熊は頑丈だ。上から頭を地面に叩きつけるような圧を与えても立ち上がる丈夫さに辟易する。それでも熊の間合いにはさせず一定の距離を保ち膠着状態となった。

 そうしているうちにこの町の神衛兵かのえへいらしき集団が現れた。それぞれ弓や弩を持っている。もし外してもフォスターやリューナに当たらないような位置から熊に狙いをさだめ、一斉に放った。

「ガグォー!」

 熊はそれでも絶命せず、怒りの咆哮をあげフォスターへと向かって来ようとする。

「リューナ、反力石リーペイトで飛べ!」

 フォスターとリューナは同時に上空へ飛び上がった。目の前から急に目標が消えたように見えた熊は動揺していた。そこへ上空から頭を地面に叩きつける剣圧を何度も与える。流石に弱ってきているように思えたところで神衛兵達が一斉に捕獲へ乗り出した。薬を使って眠らせたようだ。

「はぁー……。もう大丈夫かな」

 生きた心地がしなかった。胸を撫で下ろしてリューナと共に地面へ降りると、この町の神衛兵を率いている感じの四十代くらいの男が近づいてきた。リューナは複数いる神衛兵の気配を怖がってフォスターの後ろへ隠れた。

「ありがとう。無事で良かった。助かったよ」
「こちらも助かりました」
「よく一人で対処しようと思ったな?」

 別の神衛兵にも呆れたようにそう言われた。

「はは……無我夢中で……看板は見ましたけど、まさか遭遇するなんて思ってませんでしたから……」
「巡礼に行くところか?」
「はい……あの熊、どうなるんですか?」

 数名がかりで何処かへ運ぼうとしているので気になって聞いてみた。

「ああ、屠殺場だよ。肉にするんだ」
「すぐ食べられるんですか?」

 後ろから顔を出しながらリューナが聞く。人の怖さより食欲が勝ったらしい。

「あはは、そりゃ無理だよ。しっかり血抜きして熟成させないと臭くて食えないよ」
「そうですか……」

 なんだかがっかりしている様子だ。

「お前、熊食べたかったの?」
「うん。そんな機会滅多にないかなと思って」

 それを聞いて最初に話しかけてきた神衛兵が大笑いした。

「嬢ちゃん、熊が食べたかったって? 可愛い顔して豪気だねえ!」

 リューナは顔を赤くしてまたフォスターの後ろへ引っ込んだ。

『恥ずかしがるくらいならそんなこと言わなきゃいいじゃねえか』

 ビスタークにそんなことを言われたので帯をフォスターへ突っ返す。

「フォスター、これ、返す」
「ああ、はいはい」

 フォスターが帯を受け取りまた額に巻くと神衛兵がこう言った。

「前に獲った熊肉、ご馳走してやるよ」
「えっ?」
「いいんですか?」
「なに、熊の捕獲を手伝ってくれた礼だ」

 神衛兵にそう言われ、先程目をつけていた店で夕飯を奢ってもらえることになった。一度宿へ行って部屋を確保して夕飯時にその店へと赴いた。

 リューナは熊肉のシチューをあっと言うまに平らげ、その食べっぷりが気に入った神衛兵に今度は鹿肉のステーキを奢ってもらっていた。
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