残酷な描写あり
R-15
075 砂漠
砂漠の入口は奇妙であった。町外れの森を抜けると突然目の前に広大な砂漠が現れるのだ。
森林神の石の森林石は土に埋めて理力を流すことで一定区画に木を生やすものである。砂漠に埋めて緑化すればいい――そう考える人間は必ずいるし、実行した者もいた。その結果、森が少し広がったのだが、その後に森林神から神託が降りた。神託の内容は簡単に言うと苦情であった。水の大神がお怒りであるから砂漠を緑化してはならない、ということだった。それ以来、砂漠に森林石を埋めても木が生えてこなくなったそうだ。昨日、森林神の町の神衛兵から聞いた話だ。砂漠は水の大神の試練だという話なので、楽に進めるようにしてはならないのだとか。
すぐ近くには駱駝の小屋がある。ここで駱駝を貸し借りするようだ。昨日、神衛兵見習いや神官見習いらしき人々が森林神の町を出発したという話も神衛兵から聞いた。神衛兵らしき人間はそれぞれ別の鎧を着た五人で、駱駝を借りたという話もこの小屋で聞いた。
「君たちは借りないのかい?」
駱駝小屋の人にそう聞かれた。
「すみません、特殊な乗り物があるのでそれで行こうと思ってまして」
「特殊な乗り物?」
「はい。こういうのなんですけど」
盾を組み立てて乗ってみせた。
「わー! 面白いね、いいなあ。それなら楽に行けるんじゃないか。駱駝って結構乗ってて疲れるからね」
商売敵の盾に悪いことを言わず、砂漠の注意点を教えてくれる。
「柱に長い布が取り付けてあるだろう? 視界が悪くなっても目印になるように短い間隔で立ってるんだ。あれに沿って進むんだよ。そのうち休憩小屋に辿り着けるからね」
「ありがとうございます」
「じゃあ気をつけて。無理は禁物だよ」
「はい」
親切な人だったなあと思いながら、ついに砂漠へ突入した。フォスターは鎧を脱いで背中に背負っているためリューナが前に乗った。二人ともフード付きのマントを被っている。
砂漠は砂丘があるため水の都は見えない。水の都も世界の果てにあるので崖が見えてもおかしくないのだが、曇っているようで見えない。崖だけでなく滝があるという話なのだが、そちらも見えなかった。
『お前、闇源石も使っとけ』
「あ、そうだった」
すぐ使えるようにポケットに入れておいたのでそのまま爪で突いて起動した。そのとたん、自分たちの周りが木陰へ入ったような暗さになった。
闇源石は光源石の反対の能力である。光のかわりに影を出すのだ。名前は闇となっているが真っ暗闇にはならず、適度な影である。光源石と違うのは光を遮るものであろうと何であろうと影を遮ることはできないところだ。箱などに入れていても発動すれば箱の周りも暗くなる。
「影の中でも暑いな……」
「なかったらもっと暑いんだろうね」
『すぐ喉が乾くからな。しっかり補給しろよ』
「わかってるよ」
初日は視界不良になることもなく無事に休憩小屋へ到着した。干しレンガを組み合わせた簡単な造りだがしっかりしていて砂嵐になっても大丈夫そうであった。もっと手前にもあったのだが、それは無謀にも徒歩で行く人や砂嵐の緊急避難用らしい。
「思ってたより大変じゃないな」
「そうだね。ちょっと暑くて喉が乾くくらいだね」
『お前ら、それは俺が万全の装備を提案してやったからだってことを忘れんなよ』
ビスタークが恩着せがましくそう言ってきたのでフォスターは感謝の意を伝えた。
「はいはい、感謝してるよ」
『……全然心がこもってねえが、まあいい』
本当に感謝はしているのだが素直に言うのは気恥ずかしいのでついこういう言い方になってしまう。実際、ビスタークに言われなければ装備をもう少しケチっていたかもしれない。
『それよりこれから冷えてくるからな。ありったけの毛布と服で夜をしのげよ』
それを聞いてフォスターが疑問に思っていることを口にした。
「それ信じられないんだよな……あんなに暑かったのに」
途中で休憩するとき試しに一度闇源石の影から外へ出てみたのだが、暑くてすぐに影へ戻っていた。
『全部砂と乾燥のせいらしいぞ。光を浴びて熱を放出するから暑くなって、夜は放出し終わった後だから冷えるらしい』
最初は半信半疑だったが、簡単な夕飯を食べた後にだんだん冷え込んできて認識を改めた。
「ほんとに寒くなってきたね……」
「服を厚着して毛布を身体に巻き付けるか」
『頭にも何か巻いておけ』
「そうするよ」
毛布を身体に巻いてさらにその上から毛布をもう一枚かける。色々と寒さ対策をして横になり、寝ようとした。しかし初めての寒さに眠ることができない。
「寒いね……」
リューナが悲しそうな顔で訴えてきた。
「ここまで寒いとはな……」
四季が無い世界のため冬の寒さすら未経験である。そんな人間が初めて砂漠の寒さを体験するのだ。正直なところ二人とも不安に押し潰されそうであった。
「フォスター……一緒の毛布に入っちゃダメ?」
「え」
「毛布巻いてあって蹴れないと思うから安心して」
「いや、それは……」
倫理的にどうなんだと思い躊躇する。その間にリューナは勝手に毛布に入ってきた。
「……やっぱり、一緒のほうがあったかい」
確かにそうだがいいのだろうか。家族なんだからいいのか、意識するほうが変だな――と考えて納得することにした。暖かくて離れる気にならなかったからだ。身体が暖まるとすぐに眠ってしまった。
二日目は途中で酷い砂嵐に見舞われた。風が強くて盾がなかなか進まない。ビスタークに対策を教えられ、マントで口や鼻を覆いながら一番近くの長い布がついた柱へ徒歩で移動した。四半刻程度で収まったので深刻な被害にはならなかったが、その間は柱の風下側に身体を隠して身を守った。それでも目、鼻、口の中に砂が入ったので一度水で洗い流した。どちら側から来たのか方向感覚がわからなくなりそうであったが、柱に行き先の矢印が書かれていたので迷わずに済み、先人に感謝した。口を開くと砂が入るような気もしたので言葉少なく進み、二つ目の休憩小屋へ辿り着いた。外には駱駝が五頭繋がれていたのでリューナが怯んだ。
ノックして中へ入るといたのは先行していた神衛兵ではなかった。話を聞くと巡礼を終えた神官たちのようだった。皆、疲れきっていた。その中に暖石を持った神官がいたため、その夜は暖かく過ごせた。ただ、リューナの機嫌は悪かった。
「身体拭きたい……砂だらけで気持ち悪い……」
機嫌の悪い原因は風呂に入れないことだった。昨日は神官たちがいたので身体も拭けなかったのである。三日目もまた途中で砂嵐があったので余計に機嫌が悪くなった。
砂丘が続くのでまだ水の都は見えなかったが、世界の果ての崖と共に雲が一部分にずっと固定されているかのようにあった。ビスタークによると滝が相当な高さから落ちるため途中で雨のようになるので、それが雲みたいに見えるのだそうだ。空気が澄めばここから見えるのだが、どこかで砂嵐が発生すると見えないため滅多に見えることはなかった。
三つ目の休憩小屋には誰も来なかったのでそこで身体を拭くことになった。あと一日で水の都へ着くので我慢したらどうかと言ったのだが嫌だと譲らなかった。フォスターは渋々背中を拭いてやった。
最終日。砂丘を越え、やっと水の都が見えた。忘却神の町のような外壁が見える。奥のほうに大きな建物があるようだ。おそらくあれが神殿なのだろう。
感慨深く眺めていたところで異変が起きた。乗っていた盾が動かなくなってしまったのである。正しくはその場で浮くものの前に進まなくなってしまった。
「うわー……今壊れるかー……。まあ、ここからなら何とか歩けそうだけど……」
「砂漠最後の日でまだ良かったよ。二日目とかだったらもっと大変だったよ」
「そうだな」
「砂が悪かったんじゃないかな」
「だろうな……今までよく頑張ってくれたよ」
フォスター達は盾を生き物のように労った。
『見えてるが思ってるより遠いからな。まあ頑張れ。俺も歩きで行ったんだから、いけるいける』
砂に足を取られて歩きにくいので慎重に進む。急にリューナがフォスターの首に抱きついた。
「わっ? 何だよ?」
振り返るとリューナが浮いていた。反力石で浮き、フォスターに掴まって移動するつもりだ。
「お前……ずるい……」
「えへへー。途中で代わってあげるよ」
「お前に歩かせると方向を指示しなきゃならないからそれはいい。それより、風が吹いたらしっかり掴まるか反力石を離せよ。飛ばされるぞ」
「そっか。そうだね、気を付ける」
もうすぐ着くからかやけに機嫌が良いリューナを見て思う。
――ついに、着いてしまうのか――と。
森林神の石の森林石は土に埋めて理力を流すことで一定区画に木を生やすものである。砂漠に埋めて緑化すればいい――そう考える人間は必ずいるし、実行した者もいた。その結果、森が少し広がったのだが、その後に森林神から神託が降りた。神託の内容は簡単に言うと苦情であった。水の大神がお怒りであるから砂漠を緑化してはならない、ということだった。それ以来、砂漠に森林石を埋めても木が生えてこなくなったそうだ。昨日、森林神の町の神衛兵から聞いた話だ。砂漠は水の大神の試練だという話なので、楽に進めるようにしてはならないのだとか。
すぐ近くには駱駝の小屋がある。ここで駱駝を貸し借りするようだ。昨日、神衛兵見習いや神官見習いらしき人々が森林神の町を出発したという話も神衛兵から聞いた。神衛兵らしき人間はそれぞれ別の鎧を着た五人で、駱駝を借りたという話もこの小屋で聞いた。
「君たちは借りないのかい?」
駱駝小屋の人にそう聞かれた。
「すみません、特殊な乗り物があるのでそれで行こうと思ってまして」
「特殊な乗り物?」
「はい。こういうのなんですけど」
盾を組み立てて乗ってみせた。
「わー! 面白いね、いいなあ。それなら楽に行けるんじゃないか。駱駝って結構乗ってて疲れるからね」
商売敵の盾に悪いことを言わず、砂漠の注意点を教えてくれる。
「柱に長い布が取り付けてあるだろう? 視界が悪くなっても目印になるように短い間隔で立ってるんだ。あれに沿って進むんだよ。そのうち休憩小屋に辿り着けるからね」
「ありがとうございます」
「じゃあ気をつけて。無理は禁物だよ」
「はい」
親切な人だったなあと思いながら、ついに砂漠へ突入した。フォスターは鎧を脱いで背中に背負っているためリューナが前に乗った。二人ともフード付きのマントを被っている。
砂漠は砂丘があるため水の都は見えない。水の都も世界の果てにあるので崖が見えてもおかしくないのだが、曇っているようで見えない。崖だけでなく滝があるという話なのだが、そちらも見えなかった。
『お前、闇源石も使っとけ』
「あ、そうだった」
すぐ使えるようにポケットに入れておいたのでそのまま爪で突いて起動した。そのとたん、自分たちの周りが木陰へ入ったような暗さになった。
闇源石は光源石の反対の能力である。光のかわりに影を出すのだ。名前は闇となっているが真っ暗闇にはならず、適度な影である。光源石と違うのは光を遮るものであろうと何であろうと影を遮ることはできないところだ。箱などに入れていても発動すれば箱の周りも暗くなる。
「影の中でも暑いな……」
「なかったらもっと暑いんだろうね」
『すぐ喉が乾くからな。しっかり補給しろよ』
「わかってるよ」
初日は視界不良になることもなく無事に休憩小屋へ到着した。干しレンガを組み合わせた簡単な造りだがしっかりしていて砂嵐になっても大丈夫そうであった。もっと手前にもあったのだが、それは無謀にも徒歩で行く人や砂嵐の緊急避難用らしい。
「思ってたより大変じゃないな」
「そうだね。ちょっと暑くて喉が乾くくらいだね」
『お前ら、それは俺が万全の装備を提案してやったからだってことを忘れんなよ』
ビスタークが恩着せがましくそう言ってきたのでフォスターは感謝の意を伝えた。
「はいはい、感謝してるよ」
『……全然心がこもってねえが、まあいい』
本当に感謝はしているのだが素直に言うのは気恥ずかしいのでついこういう言い方になってしまう。実際、ビスタークに言われなければ装備をもう少しケチっていたかもしれない。
『それよりこれから冷えてくるからな。ありったけの毛布と服で夜をしのげよ』
それを聞いてフォスターが疑問に思っていることを口にした。
「それ信じられないんだよな……あんなに暑かったのに」
途中で休憩するとき試しに一度闇源石の影から外へ出てみたのだが、暑くてすぐに影へ戻っていた。
『全部砂と乾燥のせいらしいぞ。光を浴びて熱を放出するから暑くなって、夜は放出し終わった後だから冷えるらしい』
最初は半信半疑だったが、簡単な夕飯を食べた後にだんだん冷え込んできて認識を改めた。
「ほんとに寒くなってきたね……」
「服を厚着して毛布を身体に巻き付けるか」
『頭にも何か巻いておけ』
「そうするよ」
毛布を身体に巻いてさらにその上から毛布をもう一枚かける。色々と寒さ対策をして横になり、寝ようとした。しかし初めての寒さに眠ることができない。
「寒いね……」
リューナが悲しそうな顔で訴えてきた。
「ここまで寒いとはな……」
四季が無い世界のため冬の寒さすら未経験である。そんな人間が初めて砂漠の寒さを体験するのだ。正直なところ二人とも不安に押し潰されそうであった。
「フォスター……一緒の毛布に入っちゃダメ?」
「え」
「毛布巻いてあって蹴れないと思うから安心して」
「いや、それは……」
倫理的にどうなんだと思い躊躇する。その間にリューナは勝手に毛布に入ってきた。
「……やっぱり、一緒のほうがあったかい」
確かにそうだがいいのだろうか。家族なんだからいいのか、意識するほうが変だな――と考えて納得することにした。暖かくて離れる気にならなかったからだ。身体が暖まるとすぐに眠ってしまった。
二日目は途中で酷い砂嵐に見舞われた。風が強くて盾がなかなか進まない。ビスタークに対策を教えられ、マントで口や鼻を覆いながら一番近くの長い布がついた柱へ徒歩で移動した。四半刻程度で収まったので深刻な被害にはならなかったが、その間は柱の風下側に身体を隠して身を守った。それでも目、鼻、口の中に砂が入ったので一度水で洗い流した。どちら側から来たのか方向感覚がわからなくなりそうであったが、柱に行き先の矢印が書かれていたので迷わずに済み、先人に感謝した。口を開くと砂が入るような気もしたので言葉少なく進み、二つ目の休憩小屋へ辿り着いた。外には駱駝が五頭繋がれていたのでリューナが怯んだ。
ノックして中へ入るといたのは先行していた神衛兵ではなかった。話を聞くと巡礼を終えた神官たちのようだった。皆、疲れきっていた。その中に暖石を持った神官がいたため、その夜は暖かく過ごせた。ただ、リューナの機嫌は悪かった。
「身体拭きたい……砂だらけで気持ち悪い……」
機嫌の悪い原因は風呂に入れないことだった。昨日は神官たちがいたので身体も拭けなかったのである。三日目もまた途中で砂嵐があったので余計に機嫌が悪くなった。
砂丘が続くのでまだ水の都は見えなかったが、世界の果ての崖と共に雲が一部分にずっと固定されているかのようにあった。ビスタークによると滝が相当な高さから落ちるため途中で雨のようになるので、それが雲みたいに見えるのだそうだ。空気が澄めばここから見えるのだが、どこかで砂嵐が発生すると見えないため滅多に見えることはなかった。
三つ目の休憩小屋には誰も来なかったのでそこで身体を拭くことになった。あと一日で水の都へ着くので我慢したらどうかと言ったのだが嫌だと譲らなかった。フォスターは渋々背中を拭いてやった。
最終日。砂丘を越え、やっと水の都が見えた。忘却神の町のような外壁が見える。奥のほうに大きな建物があるようだ。おそらくあれが神殿なのだろう。
感慨深く眺めていたところで異変が起きた。乗っていた盾が動かなくなってしまったのである。正しくはその場で浮くものの前に進まなくなってしまった。
「うわー……今壊れるかー……。まあ、ここからなら何とか歩けそうだけど……」
「砂漠最後の日でまだ良かったよ。二日目とかだったらもっと大変だったよ」
「そうだな」
「砂が悪かったんじゃないかな」
「だろうな……今までよく頑張ってくれたよ」
フォスター達は盾を生き物のように労った。
『見えてるが思ってるより遠いからな。まあ頑張れ。俺も歩きで行ったんだから、いけるいける』
砂に足を取られて歩きにくいので慎重に進む。急にリューナがフォスターの首に抱きついた。
「わっ? 何だよ?」
振り返るとリューナが浮いていた。反力石で浮き、フォスターに掴まって移動するつもりだ。
「お前……ずるい……」
「えへへー。途中で代わってあげるよ」
「お前に歩かせると方向を指示しなきゃならないからそれはいい。それより、風が吹いたらしっかり掴まるか反力石を離せよ。飛ばされるぞ」
「そっか。そうだね、気を付ける」
もうすぐ着くからかやけに機嫌が良いリューナを見て思う。
――ついに、着いてしまうのか――と。