残酷な描写あり
R-15
076 水都
ついに水の都へ到着した。してしまった。リューナは無邪気にはしゃいでいるが、フォスターの足取りは重かった。砂漠を旅した疲れだけではない。リューナを破壊神の神官達の元へ返さなければならないのだ。すぐに離ればなれにされる可能性だってある。記憶を消されるおそれもあるとビスタークは言っていた。しかし、それでも前には進まなければならない。
都には外壁があり、その門には門番の神衛兵が立っていた。名前と出身を告げると門番は台帳に記録する。人の出入りを管理しているようだ。
「はい、もういいよ。巡礼の場合は神殿でまた手続きしてくれ」
「はい」
門から外壁の中の通路を通り、町側の門をくぐると神殿方面へと続く広い道があった。その真ん中だけは駱駝や荷馬車の優先路となっていたが、脇道のほうは狭く建物が密集しており人々でごった返していた。
「うわあ……」
「すごい喧騒だね……」
完全におのぼりさんである。眼神の町も大きかったが、さすが都。それ以上であった。もう少し暗くなってきたというのに元気な店の呼び込みがあちこちから聞こえてくる。建物はほぼ干しレンガ造りだ。動物の声が聞こえたのでそちら側を見ると、外壁と一体になっている門の脇に駱駝の部屋があった。森林神の町で借りた場合はここで返すのだろう。
「神殿が遠いな……」
地元の飛翔神の町の町外れから神殿までの距離の五倍はありそうである。神殿の後ろは霧がかかったようになっている。おそらくあれが世界の果ての滝なのだろう。
「……例の石屋は、今日じゃなくてもいいか?」
『ああ。疲れてるんだろ。さっさと神殿の部屋を確保して今日のところは休んでおけ』
「そうする」
例の石屋とは、コーシェルに教えてもらった石屋のことである。ストロワの名前に心当たりがあり、髪色を聞くにフォスターの母親であるレリアの姉エクレシアがいるかもしれないという店だ。フォスターが一日先延ばしとなったことに少しほっとしたところでリューナのお決まりの台詞が出て気が抜ける。
「おなかすいた」
「……もう少しで夕飯の時間だからな。軽くおやつ程度だぞ」
「うん!」
神殿へ向かいながら何か適当なおやつを探そうと思った。人が多いのでリューナに腕を組ませてはぐれないようにする。またいつ攫おうとする者が出てくるかわからない。
「なにがいいかな。どうせならここでしか食べられないようなのがいいな」
『……暑いから氷菓子とかいいんじゃねえか。お前ら食ったことないだろ』
「それいいな!」
反射的に返事をしてから疑問に思う。
「でも、親父が甘いものを提案するなんて珍しいな」
『まあ、たまにはな。暑い中食べると美味いからな』
「なになに?」
「氷菓子があるんだってさ」
「食べたい!」
「俺も食べてみたい。どこにあるかなあ」
神殿へ向かいつつ店を探し、それはすぐに見つかった。立ち止まって食べている人たちがいたからだ。早速二つ買う。何かの乳で出来ていて粘り気がある氷菓子だった。クッキーを薄くしたような食べられる円錐形の器に乗せられ使い捨ての木の匙がついている。
「甘くて冷たくて美味しーい!」
リューナが満面の笑顔で味わっている。フォスターも作り方を考えながら食べた。
「うちの町は暑くないから、氷菓子作ってもあまり食べる気にならないかなあ」
「なるよ!」
「なるんだ」
即答したリューナに懸念を伝える。
「うーん……でも同じ味にはならないと思うぞ。うちは山羊乳しか使えないし。ここだと……これは駱駝乳かなあ。あとなんか粘っこいのが何使ってるのかわからないな」
『それはこの辺で採れる植物の根っこらしいぞ』
思わぬところから情報が入った。
「親父が知ってるとは思わなかったな」
『昔食べたときに店員がそう言ってた。なんか身体に良いらしい。あと暑いから溶けにくくするためだって話だから別に入れなくても良いんじゃねえか』
「そうなんだ」
そんな話を聞きながら食べているとビスタークがこんなことを言いだした。
『お前の身体の舌だけ共有とか出来ねえかな?』
「はあ? また何を言うかと思えば……」
『前にお前の意識があるまま身体を乗っ取ったことがあったろ。あれの応用で口だけ、とか』
「氷菓子が食べたいのか?」
『まあな。少しだけ味が知りたい』
今まで甘味には興味が無さそうだったので意外な反応だった。
「じゃあ試しにやってみろよ。今口に入れるから」
『じゃあ』
そのとたん、フォスターの口の感覚が無くなった。顔の一部分だけ穴が空いたような気になった。すぐに元に戻ったものの気分が悪くなった。
『悪かったな。懐かしい味だったよ』
心なしか少し優しい口調だった。
「ものすごく気持ち悪かった……自分の身体なのに一部分だけ全く感覚が抜け落ちてた。これなら身体ごと貸すほうがマシだよ……」
『じゃあ次は身体をまるごと借りることにする』
そんな話をしている間にリューナは食べ終わっていた。
「フォスター、早く食べないと溶けちゃうしクッキーみたいなとこが柔らかくなって落っこちちゃうよ」
「そうだな」
急いで完食し、また神殿へと歩きだした。半刻は歩き続けてもう少しで完全に夜になろうかという頃にようやく神殿前の広場へ着いた。砂漠からようやく都へ着いた、と思っていたがそこからもこんなに距離があるとは思っていなかった。広場にも駱駝小屋があったので、普通はここまで駱駝を借りるのかもしれないと思った。
神殿はすぐ見えるところにあるが、入口が複数あって何処から入ればいいのかよくわからない。
『神官用と神衛用、一般と業者用とか分かれてるんだよ。神衛は左じゃなかったかな』
変わってなければとの話だがまあ行けばわかるだろうとのことで左から入ってみた。神殿の中も人が多い。勝手に人が入ってこないように警備の神衛兵が数人いる。そのうちの一人に聞いてみた。
「すみません、神衛の巡礼受付はここでいいですか?」
「そうだよ。そこの部屋に入って窓口で書類をもらって書いてくれ」
言われた通り書類を窓口へ提出すると職員にしばらくここで待機するよう言われた。
『そういや考えてなかったけど、ここの宿舎、男女別の棟なんだよな』
「それって……リューナと離れるってことか?」
「えっ? 困るよ!」
リューナの表情が曇る。
『まあ、あの従姉がその辺考えてくれてると思うけどな』
「町を出るときにうちの大神官が向こうに話をしたから便宜をはかってもらえるようなこと言ってたから大丈夫だと思ってた」
「そうだといいけど……」
そこへ職員が神官と神衛兵を連れて慌てて戻ってきた。一緒にこちらへ来たのは二十歳くらいの薄茶色の短い髪の女性神官と同じく二十歳くらいの藍鼠色の短い髪をした男性神衛兵であった。
「私たちについてきてください」
神官にそう言われ、神衛兵が護衛のように少し後ろを歩く。鎧の動く音にリューナが少し怯えているようでフォスターの腕をしっかりと掴んでいる。
『こいつ、なんか見たことある顔だな』
ビスタークが独り言のようにそう呟いたがこの場で反応するわけにもいかず黙っていた。
細い窓から光源石の灯りに照らされた中庭が見える廊下を通り、階段を上っていく。数階上り芸術的価値のありそうな彫刻が施された柱の並ぶ階へやってきた。一番奥には大きな扉があり、水の大神の紋章を意匠した叩き金がついている。神官がそれを叩き、扉を開けると部屋の中へ通された。
フォスターは特別待遇をされているようで落ち着かなかった。リューナの目が見えていたらなんでこんなに豪華なところに通されるのか疑問に思っただろう。そのため余計なことは言わず、緊張もあってずっと黙っていたのだが、中にいた人物を見てつい声が出てしまった。
「あっ……」
そこにいたのは先日甘藍神の町にいたマフティロの従姉だった。奥にある大きな豪勢な机で書類仕事をしていたようだ。その席から立ち上がり彼女は言った。
「水の都へようこそ。私が水の大神官であるリジェンダだ」
都には外壁があり、その門には門番の神衛兵が立っていた。名前と出身を告げると門番は台帳に記録する。人の出入りを管理しているようだ。
「はい、もういいよ。巡礼の場合は神殿でまた手続きしてくれ」
「はい」
門から外壁の中の通路を通り、町側の門をくぐると神殿方面へと続く広い道があった。その真ん中だけは駱駝や荷馬車の優先路となっていたが、脇道のほうは狭く建物が密集しており人々でごった返していた。
「うわあ……」
「すごい喧騒だね……」
完全におのぼりさんである。眼神の町も大きかったが、さすが都。それ以上であった。もう少し暗くなってきたというのに元気な店の呼び込みがあちこちから聞こえてくる。建物はほぼ干しレンガ造りだ。動物の声が聞こえたのでそちら側を見ると、外壁と一体になっている門の脇に駱駝の部屋があった。森林神の町で借りた場合はここで返すのだろう。
「神殿が遠いな……」
地元の飛翔神の町の町外れから神殿までの距離の五倍はありそうである。神殿の後ろは霧がかかったようになっている。おそらくあれが世界の果ての滝なのだろう。
「……例の石屋は、今日じゃなくてもいいか?」
『ああ。疲れてるんだろ。さっさと神殿の部屋を確保して今日のところは休んでおけ』
「そうする」
例の石屋とは、コーシェルに教えてもらった石屋のことである。ストロワの名前に心当たりがあり、髪色を聞くにフォスターの母親であるレリアの姉エクレシアがいるかもしれないという店だ。フォスターが一日先延ばしとなったことに少しほっとしたところでリューナのお決まりの台詞が出て気が抜ける。
「おなかすいた」
「……もう少しで夕飯の時間だからな。軽くおやつ程度だぞ」
「うん!」
神殿へ向かいながら何か適当なおやつを探そうと思った。人が多いのでリューナに腕を組ませてはぐれないようにする。またいつ攫おうとする者が出てくるかわからない。
「なにがいいかな。どうせならここでしか食べられないようなのがいいな」
『……暑いから氷菓子とかいいんじゃねえか。お前ら食ったことないだろ』
「それいいな!」
反射的に返事をしてから疑問に思う。
「でも、親父が甘いものを提案するなんて珍しいな」
『まあ、たまにはな。暑い中食べると美味いからな』
「なになに?」
「氷菓子があるんだってさ」
「食べたい!」
「俺も食べてみたい。どこにあるかなあ」
神殿へ向かいつつ店を探し、それはすぐに見つかった。立ち止まって食べている人たちがいたからだ。早速二つ買う。何かの乳で出来ていて粘り気がある氷菓子だった。クッキーを薄くしたような食べられる円錐形の器に乗せられ使い捨ての木の匙がついている。
「甘くて冷たくて美味しーい!」
リューナが満面の笑顔で味わっている。フォスターも作り方を考えながら食べた。
「うちの町は暑くないから、氷菓子作ってもあまり食べる気にならないかなあ」
「なるよ!」
「なるんだ」
即答したリューナに懸念を伝える。
「うーん……でも同じ味にはならないと思うぞ。うちは山羊乳しか使えないし。ここだと……これは駱駝乳かなあ。あとなんか粘っこいのが何使ってるのかわからないな」
『それはこの辺で採れる植物の根っこらしいぞ』
思わぬところから情報が入った。
「親父が知ってるとは思わなかったな」
『昔食べたときに店員がそう言ってた。なんか身体に良いらしい。あと暑いから溶けにくくするためだって話だから別に入れなくても良いんじゃねえか』
「そうなんだ」
そんな話を聞きながら食べているとビスタークがこんなことを言いだした。
『お前の身体の舌だけ共有とか出来ねえかな?』
「はあ? また何を言うかと思えば……」
『前にお前の意識があるまま身体を乗っ取ったことがあったろ。あれの応用で口だけ、とか』
「氷菓子が食べたいのか?」
『まあな。少しだけ味が知りたい』
今まで甘味には興味が無さそうだったので意外な反応だった。
「じゃあ試しにやってみろよ。今口に入れるから」
『じゃあ』
そのとたん、フォスターの口の感覚が無くなった。顔の一部分だけ穴が空いたような気になった。すぐに元に戻ったものの気分が悪くなった。
『悪かったな。懐かしい味だったよ』
心なしか少し優しい口調だった。
「ものすごく気持ち悪かった……自分の身体なのに一部分だけ全く感覚が抜け落ちてた。これなら身体ごと貸すほうがマシだよ……」
『じゃあ次は身体をまるごと借りることにする』
そんな話をしている間にリューナは食べ終わっていた。
「フォスター、早く食べないと溶けちゃうしクッキーみたいなとこが柔らかくなって落っこちちゃうよ」
「そうだな」
急いで完食し、また神殿へと歩きだした。半刻は歩き続けてもう少しで完全に夜になろうかという頃にようやく神殿前の広場へ着いた。砂漠からようやく都へ着いた、と思っていたがそこからもこんなに距離があるとは思っていなかった。広場にも駱駝小屋があったので、普通はここまで駱駝を借りるのかもしれないと思った。
神殿はすぐ見えるところにあるが、入口が複数あって何処から入ればいいのかよくわからない。
『神官用と神衛用、一般と業者用とか分かれてるんだよ。神衛は左じゃなかったかな』
変わってなければとの話だがまあ行けばわかるだろうとのことで左から入ってみた。神殿の中も人が多い。勝手に人が入ってこないように警備の神衛兵が数人いる。そのうちの一人に聞いてみた。
「すみません、神衛の巡礼受付はここでいいですか?」
「そうだよ。そこの部屋に入って窓口で書類をもらって書いてくれ」
言われた通り書類を窓口へ提出すると職員にしばらくここで待機するよう言われた。
『そういや考えてなかったけど、ここの宿舎、男女別の棟なんだよな』
「それって……リューナと離れるってことか?」
「えっ? 困るよ!」
リューナの表情が曇る。
『まあ、あの従姉がその辺考えてくれてると思うけどな』
「町を出るときにうちの大神官が向こうに話をしたから便宜をはかってもらえるようなこと言ってたから大丈夫だと思ってた」
「そうだといいけど……」
そこへ職員が神官と神衛兵を連れて慌てて戻ってきた。一緒にこちらへ来たのは二十歳くらいの薄茶色の短い髪の女性神官と同じく二十歳くらいの藍鼠色の短い髪をした男性神衛兵であった。
「私たちについてきてください」
神官にそう言われ、神衛兵が護衛のように少し後ろを歩く。鎧の動く音にリューナが少し怯えているようでフォスターの腕をしっかりと掴んでいる。
『こいつ、なんか見たことある顔だな』
ビスタークが独り言のようにそう呟いたがこの場で反応するわけにもいかず黙っていた。
細い窓から光源石の灯りに照らされた中庭が見える廊下を通り、階段を上っていく。数階上り芸術的価値のありそうな彫刻が施された柱の並ぶ階へやってきた。一番奥には大きな扉があり、水の大神の紋章を意匠した叩き金がついている。神官がそれを叩き、扉を開けると部屋の中へ通された。
フォスターは特別待遇をされているようで落ち着かなかった。リューナの目が見えていたらなんでこんなに豪華なところに通されるのか疑問に思っただろう。そのため余計なことは言わず、緊張もあってずっと黙っていたのだが、中にいた人物を見てつい声が出てしまった。
「あっ……」
そこにいたのは先日甘藍神の町にいたマフティロの従姉だった。奥にある大きな豪勢な机で書類仕事をしていたようだ。その席から立ち上がり彼女は言った。
「水の都へようこそ。私が水の大神官であるリジェンダだ」