残酷な描写あり
R-15
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「え? あれ? だ、大神官だったんですか?」
フォスターが動揺する。リジェンダはおそらく四十代半ばくらいなので下っ端の神官では無いにしろ、まさか大神官が別の町へお忍びで調査をしているなどとは考えもしなかったのである。
「大神官さま?」
『やっぱりそうだったか』
リューナもフォスターと同じく展開についていけていないようだが、ビスタークは知っていたようである。
「ああ、やっぱり聞いてなかったのか。マフティロも自分の身元をちゃんと伝えてないって言ってたもんね」
「えっと……?」
「私の前の大神官はね、マフティロの父親だよ。私の伯父にあたるね」
「ええーっ!?」
フォスターは驚愕した。マフティロは良いところの御曹司ではないか。何故うちの町なんかに来たのだろうと思い、ビスタークの言葉が頭に浮かんだ。「変なやつ」だと。
『それを言うと周りの態度が変わるから言わないって話だった』
まあ確かにそうだろうな、と思う。
「あいつも大神官候補だったんだよ。ちゃんと三つの都の大神官の試験に合格したのに、そのとたん『結婚して婿入りするから大神官にはなれませんー』とか言ってくれちゃってさ。全部私に仕事を押し付けて出てったんだよ」
しかも大神官候補だったとは。情報量が多すぎて頭が混乱する。リューナも同じようだ。首を少し傾けて目を見開いたまま動かない。
「それにしても、なんで俺たちより先に……」
「ああ、転移石があるからね。行くときも泳神の町に母の実家があるから拠点として利用させてもらったんだよ。たまにここで買い物するから迎えに行ったりしてお礼してるんだ」
他に色々聞きたいことがあるのだが、リューナもいるので無難に会った後の話を振った。転移石か、便利でいいな――と思い、それならここまで連れてきて欲しかった、などと考える。
「ごめんね、一緒に連れて来れなくて。一応決まりで巡礼の人間は砂漠を自力で越えないとダメなんだ」
「そうなんですか」
考えを見透かされたようでばつが悪い思いをした。すかさず別の話をする。
「あの町はどうなったんですか?」
「ああ、一昨日ようやく石が降臨してね、それで帰ってきたんだよ」
「それはよかったです」
「子どものころから親の神官の仕事を見てきた人間と途中から入ってきた人間とでは最初の立ち位置が違うんだから教え方を相手に合わせてあげなきゃダメなんだよ。それを彼はわかってなかった。もう大丈夫さ。過労で寝込んでたあっちの大神官には悪いことをしたけど、彼の息子の不始末だから巻き込まないわけにはいかなかったよ」
やれやれと疲れたようにリジェンダは首を振った。ふと、フォスターは疑問を感じ、おそるおそる聞いた。
「都の大神官様が都を不在にしていいものなんですか……?」
「あはは、私がいなくても仕事は回るよ。大神官がいないだけで仕事が出来ないなんて組織としてダメだろう」
「それは確かにそうですね」
しかし普通なら地方の調査を組織の一番上の人間が行ったりしないだろう。マフティロも変人だが従姉のこの人も相当変な人なのではとフォスターは思った。
「私は基本ダメ人間なんだよ。自分が楽をするためには努力を惜しまない。だから他の人を育ててどんどん仕事を回すんだ。おかげで今はかなり楽をさせてもらってるよ」
「それはダメ人間とは言わないのでは?」
「そうかい?」
そこでリジェンダが固まったまま動けないでいたリューナを見て気遣う。
「あ、ごめんごめん、着いたばかりで疲れてるよね。お嬢さん、目が見えなくて変な奴らに狙われてるって聞いてるよ。宿舎じゃなくて隣の客室が空いてるからそこで寝るといい。この階に上るには警備の目があるから安心だよ。お風呂や洗面所とか生活に必要な設備は部屋の中に揃ってるから大丈夫。私も休みの日以外はここで寝泊まりしてるしね」
「あ、ありがとう、ございます」
リューナは口をぱくぱくさせてなんとかお礼を言った。
「お風呂と食事、どっちを先にする?」
「あ、ええと……砂まみれなのでお風呂がいいです……」
「わかった。じゃあうちの娘ティリューダとその婚約者のダスタムを警備につけるからゆっくり旅の疲れを癒しておいで」
先ほど案内してくれた神官はリジェンダの娘で、神衛兵はその婚約者だという。それならば安心だろう。リューナはすぐにでも風呂に入りたいらしく早速付き添われて出ていった。
「さて……」
わざとリューナを部屋から出したのだろうと察した。リジェンダは真面目な表情になる。
「娘には神の子だと話してある。婚約者のほうはうっかり言いそうな子だから伝えなかった。ただ悪い奴に狙われているから警戒するように言ってあるよ」
「わかりました」
「うん。じゃあ情報の確認をしようか」
「はい」
「お父さんのほうからも話を聞きたいんだけど」
「あ、じゃあ」
『外して端を渡せ』
額から外して渡そうとすると止められた。
「丁度寝てるのがいるから取り憑けばいい」
「はい?」
取り憑けることまでマフティロに聞いていたようだ。リジェンダに言われたほうを見ると、応接用のソファーがあり、そこにはリジェンダの夫であるマーカムが横になって寝ていた。わりと横に大きい身体のためソファーからはみ出して今にも下半身が落ちそうだった。
「夫は神官じゃなくて掃除とか食事の用意だとかの雑用係をしてるんだ。もう勤務時間外だから寝てても特に問題ない」
そんなことはない、体裁が悪いだろう――と思ったが、この人に常識はあまり通用しない気がしたので黙っておいた。
「ほんとにいいんですか?」
「うん」
「じゃあ……」
マーカムの額にそっと帯を巻いた。ビスタークが身体に取り憑くとゆっくり起き上がる。
『身体が重い……こいつちょっと太りすぎじゃねえか?』
「まあそうかもねえ。良く食べるし飲むからねえ。えーっと、存在は知ってたけど実際に会って話すのは初めてだよね? よろしく。名前はビスタークだったっけ?」
「そうだ。俺もそっちは遠くからなら見たことがある。よろしく」
「あはは。顔は同じなのに声が違うとすごい違和感だね」
マーカムの声は聞いたことがないが、まあリューナの姿でビスタークの声だと違和感があるのと同じだろう。そのままソファーへ座り話を始める。
「私が知っているのは、彼女が破壊神の子だってこと。本人は自分が神の子だと知らないこと。自由意思の無い鳥神の町の神衛に誘拐されかかったこと。正体不明の医者にも誘拐されかかったこと。目が見えないのは力を封じているからという推測。破壊神大神官一行を探していること。ビスタークが飛翔神の町に彼女を連れてきたときも自由意思の無い神衛らしき者に襲われていたこと。……そんなところかな」
リジェンダがおそらくマフティロから聞いているのであろう話をまとめた。
「それから、この旅に出た後も操られてる感じの神衛に二回遭遇した」
「その相手はどうなったのかな?」
「たぶん、その町の神衛に拘束されたと思います」
「どこの町かな?」
「友神の町と船に乗っているときだったので到着先の泳神の町だと思います。忘却石を使ったので襲ってきたことは忘れていると思います」
「わかった。神殿へ問い合わせてどこの町の神衛かこちらで確認しよう」
あの後、どうなったのかわかりそうである。フォスター達も気になってはいたのだ。
「おそらく、空の都方面の町だと思う。鳥神の町もそっちのほうだしね」
「そうなんですか?」
「転移石が出なくなったのは何かがあるからだ」
「また出るようになったと聞いてますが……」
「ちょっとだけね。一時期より全然少ないんだよ」
だから転移石は高騰していて買えないのだ。
「責任を取って大神官が退いたりしたんだけど全く変わらなくてね。それから石の横流しをした神官が見つかって、少しは降臨するようになったんだ」
「まだ何かあるってことですか」
「その神官は『薬』中毒者だったそうだよ」
「また『薬』か……」
ビスタークが何か思うところがあるような感じで呟いた。
「町に来た神衛と医者、船で襲ってきた奴は転移石を持っていた。空の都の横流しと関係あるんじゃねえのか」
「それはありそうだね。またあっちに連絡して聞いてみるよ」
リジェンダは話を続ける。
「ここから直接鳥神の町に連絡が取れればいいんだけど、空の都の管轄だからね、そこ経由でしか情報が入らないんだ。で、一応空の都に聞いてみたよ。鳥神の町は今どうなってるかって」
フォスターとビスタークは黙ったまま頷き、次の言葉を待った。
「それが、特に何事もなく普通の様子だと言うんだ」
「じゃあ全員があんなふうになったわけではないと?」
「そこまではわからない。空の都は島だから通信石で連絡をとっただけのようだし。でも、商人たちは普通に商売をしに訪れていると言っていた。ただ、以前に比べて活気は無いという話だった」
「結局、敵の正体はわからないってことだな」
ビスタークが不満そうに言った。
「まだ情報収集は続けるよ」
「そうしてくれ」
リジェンダは頷き、一呼吸置いてから話を続けた。
「じゃあ、次の話。破壊神大神官は見つかりそうかい?」
フォスターは明日訪れる神の石の店のことを考えて息を呑んだ。
フォスターが動揺する。リジェンダはおそらく四十代半ばくらいなので下っ端の神官では無いにしろ、まさか大神官が別の町へお忍びで調査をしているなどとは考えもしなかったのである。
「大神官さま?」
『やっぱりそうだったか』
リューナもフォスターと同じく展開についていけていないようだが、ビスタークは知っていたようである。
「ああ、やっぱり聞いてなかったのか。マフティロも自分の身元をちゃんと伝えてないって言ってたもんね」
「えっと……?」
「私の前の大神官はね、マフティロの父親だよ。私の伯父にあたるね」
「ええーっ!?」
フォスターは驚愕した。マフティロは良いところの御曹司ではないか。何故うちの町なんかに来たのだろうと思い、ビスタークの言葉が頭に浮かんだ。「変なやつ」だと。
『それを言うと周りの態度が変わるから言わないって話だった』
まあ確かにそうだろうな、と思う。
「あいつも大神官候補だったんだよ。ちゃんと三つの都の大神官の試験に合格したのに、そのとたん『結婚して婿入りするから大神官にはなれませんー』とか言ってくれちゃってさ。全部私に仕事を押し付けて出てったんだよ」
しかも大神官候補だったとは。情報量が多すぎて頭が混乱する。リューナも同じようだ。首を少し傾けて目を見開いたまま動かない。
「それにしても、なんで俺たちより先に……」
「ああ、転移石があるからね。行くときも泳神の町に母の実家があるから拠点として利用させてもらったんだよ。たまにここで買い物するから迎えに行ったりしてお礼してるんだ」
他に色々聞きたいことがあるのだが、リューナもいるので無難に会った後の話を振った。転移石か、便利でいいな――と思い、それならここまで連れてきて欲しかった、などと考える。
「ごめんね、一緒に連れて来れなくて。一応決まりで巡礼の人間は砂漠を自力で越えないとダメなんだ」
「そうなんですか」
考えを見透かされたようでばつが悪い思いをした。すかさず別の話をする。
「あの町はどうなったんですか?」
「ああ、一昨日ようやく石が降臨してね、それで帰ってきたんだよ」
「それはよかったです」
「子どものころから親の神官の仕事を見てきた人間と途中から入ってきた人間とでは最初の立ち位置が違うんだから教え方を相手に合わせてあげなきゃダメなんだよ。それを彼はわかってなかった。もう大丈夫さ。過労で寝込んでたあっちの大神官には悪いことをしたけど、彼の息子の不始末だから巻き込まないわけにはいかなかったよ」
やれやれと疲れたようにリジェンダは首を振った。ふと、フォスターは疑問を感じ、おそるおそる聞いた。
「都の大神官様が都を不在にしていいものなんですか……?」
「あはは、私がいなくても仕事は回るよ。大神官がいないだけで仕事が出来ないなんて組織としてダメだろう」
「それは確かにそうですね」
しかし普通なら地方の調査を組織の一番上の人間が行ったりしないだろう。マフティロも変人だが従姉のこの人も相当変な人なのではとフォスターは思った。
「私は基本ダメ人間なんだよ。自分が楽をするためには努力を惜しまない。だから他の人を育ててどんどん仕事を回すんだ。おかげで今はかなり楽をさせてもらってるよ」
「それはダメ人間とは言わないのでは?」
「そうかい?」
そこでリジェンダが固まったまま動けないでいたリューナを見て気遣う。
「あ、ごめんごめん、着いたばかりで疲れてるよね。お嬢さん、目が見えなくて変な奴らに狙われてるって聞いてるよ。宿舎じゃなくて隣の客室が空いてるからそこで寝るといい。この階に上るには警備の目があるから安心だよ。お風呂や洗面所とか生活に必要な設備は部屋の中に揃ってるから大丈夫。私も休みの日以外はここで寝泊まりしてるしね」
「あ、ありがとう、ございます」
リューナは口をぱくぱくさせてなんとかお礼を言った。
「お風呂と食事、どっちを先にする?」
「あ、ええと……砂まみれなのでお風呂がいいです……」
「わかった。じゃあうちの娘ティリューダとその婚約者のダスタムを警備につけるからゆっくり旅の疲れを癒しておいで」
先ほど案内してくれた神官はリジェンダの娘で、神衛兵はその婚約者だという。それならば安心だろう。リューナはすぐにでも風呂に入りたいらしく早速付き添われて出ていった。
「さて……」
わざとリューナを部屋から出したのだろうと察した。リジェンダは真面目な表情になる。
「娘には神の子だと話してある。婚約者のほうはうっかり言いそうな子だから伝えなかった。ただ悪い奴に狙われているから警戒するように言ってあるよ」
「わかりました」
「うん。じゃあ情報の確認をしようか」
「はい」
「お父さんのほうからも話を聞きたいんだけど」
「あ、じゃあ」
『外して端を渡せ』
額から外して渡そうとすると止められた。
「丁度寝てるのがいるから取り憑けばいい」
「はい?」
取り憑けることまでマフティロに聞いていたようだ。リジェンダに言われたほうを見ると、応接用のソファーがあり、そこにはリジェンダの夫であるマーカムが横になって寝ていた。わりと横に大きい身体のためソファーからはみ出して今にも下半身が落ちそうだった。
「夫は神官じゃなくて掃除とか食事の用意だとかの雑用係をしてるんだ。もう勤務時間外だから寝てても特に問題ない」
そんなことはない、体裁が悪いだろう――と思ったが、この人に常識はあまり通用しない気がしたので黙っておいた。
「ほんとにいいんですか?」
「うん」
「じゃあ……」
マーカムの額にそっと帯を巻いた。ビスタークが身体に取り憑くとゆっくり起き上がる。
『身体が重い……こいつちょっと太りすぎじゃねえか?』
「まあそうかもねえ。良く食べるし飲むからねえ。えーっと、存在は知ってたけど実際に会って話すのは初めてだよね? よろしく。名前はビスタークだったっけ?」
「そうだ。俺もそっちは遠くからなら見たことがある。よろしく」
「あはは。顔は同じなのに声が違うとすごい違和感だね」
マーカムの声は聞いたことがないが、まあリューナの姿でビスタークの声だと違和感があるのと同じだろう。そのままソファーへ座り話を始める。
「私が知っているのは、彼女が破壊神の子だってこと。本人は自分が神の子だと知らないこと。自由意思の無い鳥神の町の神衛に誘拐されかかったこと。正体不明の医者にも誘拐されかかったこと。目が見えないのは力を封じているからという推測。破壊神大神官一行を探していること。ビスタークが飛翔神の町に彼女を連れてきたときも自由意思の無い神衛らしき者に襲われていたこと。……そんなところかな」
リジェンダがおそらくマフティロから聞いているのであろう話をまとめた。
「それから、この旅に出た後も操られてる感じの神衛に二回遭遇した」
「その相手はどうなったのかな?」
「たぶん、その町の神衛に拘束されたと思います」
「どこの町かな?」
「友神の町と船に乗っているときだったので到着先の泳神の町だと思います。忘却石を使ったので襲ってきたことは忘れていると思います」
「わかった。神殿へ問い合わせてどこの町の神衛かこちらで確認しよう」
あの後、どうなったのかわかりそうである。フォスター達も気になってはいたのだ。
「おそらく、空の都方面の町だと思う。鳥神の町もそっちのほうだしね」
「そうなんですか?」
「転移石が出なくなったのは何かがあるからだ」
「また出るようになったと聞いてますが……」
「ちょっとだけね。一時期より全然少ないんだよ」
だから転移石は高騰していて買えないのだ。
「責任を取って大神官が退いたりしたんだけど全く変わらなくてね。それから石の横流しをした神官が見つかって、少しは降臨するようになったんだ」
「まだ何かあるってことですか」
「その神官は『薬』中毒者だったそうだよ」
「また『薬』か……」
ビスタークが何か思うところがあるような感じで呟いた。
「町に来た神衛と医者、船で襲ってきた奴は転移石を持っていた。空の都の横流しと関係あるんじゃねえのか」
「それはありそうだね。またあっちに連絡して聞いてみるよ」
リジェンダは話を続ける。
「ここから直接鳥神の町に連絡が取れればいいんだけど、空の都の管轄だからね、そこ経由でしか情報が入らないんだ。で、一応空の都に聞いてみたよ。鳥神の町は今どうなってるかって」
フォスターとビスタークは黙ったまま頷き、次の言葉を待った。
「それが、特に何事もなく普通の様子だと言うんだ」
「じゃあ全員があんなふうになったわけではないと?」
「そこまではわからない。空の都は島だから通信石で連絡をとっただけのようだし。でも、商人たちは普通に商売をしに訪れていると言っていた。ただ、以前に比べて活気は無いという話だった」
「結局、敵の正体はわからないってことだな」
ビスタークが不満そうに言った。
「まだ情報収集は続けるよ」
「そうしてくれ」
リジェンダは頷き、一呼吸置いてから話を続けた。
「じゃあ、次の話。破壊神大神官は見つかりそうかい?」
フォスターは明日訪れる神の石の店のことを考えて息を呑んだ。