残酷な描写あり
R-15
097 卒爾
ニアタは飛翔神の町へ一年半ほど経ってから戻ってきた。女性の一人旅は危険なので、町の神衛兵に頼んで護衛をしてもらうことが多い。しかし向こうにとっては急な予定のため数日待たされることもあるのだ。そのため女性一人での巡礼は少し日数が多くかかってしまう。その時間も考えると平均的な巡礼期間であった。戻ってきたニアタはだいぶ気持ちを整理することができたのか、神官の試験に受かったこともあってか晴れ晴れとしたような顔をしていた。
明るさが戻って良かったとは思ったのだが、ビスタークはまだレアフィールのことを吹っ切れていなかったので、仲間が減ったような感じもして少しだけ寂しくもあった。
ある日、外の町から見たことのない若い男がニアタを訪ねてきた。友神の町に買い出しへ行っていた町民を見つけて馬車に同乗させてもらったらしい。その男はニアタと同じくらいか少し上の年齢に見える、焦げ茶色の髪をした眼鏡を掛けた男だ。眼鏡は量産品の丸型ではなく、加工された眼力石が使われている四角いタイプを掛けている。丸いものより四角い眼鏡のほうが加工代もかかるため高価である。馬車に乗せた町民はそれを見て、何故うちの町に金持ちが来たのだろうかと思ったらしい。
その男が神殿にやってきたとき、丁度ビスタークは訓練の休憩で神殿の入口でもある礼拝堂にいた。男は急いで階段を上ったためか息を切らしていたが、呼吸が落ち着くとビスタークを見つけて聞いてきた。
「あの、すみません、ニアタさんはいらっしゃいますか?」
ビスタークは町民ではない見ず知らずの人間が入ってきたので警戒し、それを隠そうともせずぶっきらぼうに質問する。
「……誰だ、お前は」
男はそんなビスタークの態度を意に介さず、姿勢を正して丁寧に挨拶する。
「すみません、申し遅れました。マフティロと申します。水の都から参りました」
その言葉を聞いてビスタークは焦った。
「水の都だって!? なんでそんなとこから……」
「それで、こちらにニアタさんはいらっしゃるんでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待っててくれ。すぐに呼んでくるから」
神官の試験か手続きに何か不備でもあったのかもしれないと思い、慌ててソレムとニアタを呼びに行った。
ニアタはビスタークの慌てた様子に同じく神官の資格に問題があったのかと焦り、ビスタークと共に礼拝堂へ駆けつけた。遅れてソレムもやって来た。そのニアタを見るなりマフティロは満面の笑顔になり腕を広げて大声でこう言った。
「ニアタさん! 大神官の試験に受かりました! 結婚してください!」
マフティロは礼拝堂に響き渡る大声で堂々と結婚の申し込みをしたのである。
ビスタークとソレムは唖然とした。全く予想していなかったことが起こった。呆気にとられながらニアタのほうを見ると、ニアタ本人も驚愕し、口を開けたまま呆然としていた。プロポーズをしたマフティロ以外全員が困惑していた。マフティロだけが満面の笑みで現状を何も疑問に思っていない。
とりあえず一度ニアタに事情を問いただすことになり、マフティロは応接間へ通し待機してもらったが、本人は落ち着かない様子でそわそわしていた。まだニアタに返事をもらっていないからだろうと思った。
「……で、ニア姉、あれ何だ?」
応接室とは離れた部屋でビスタークは怪訝そうにニアタへ聞いた。
「なんだろう……わからない……何で結婚する話になってるんだろう……私、断ったつもりでいたんだけど……」
ニアタはまだ困惑している。どうしてこうなったのか全くわからないという感じだ。
「ニアタ、水の都で何があったのか、ちゃんと説明せんか」
ソレムに説明を促され、ニアタは眉間に皺を寄せないよう額を指で抑えながら水の都での出来事を語り始めた。
マフティロとは水の都の図書館で試験勉強をしている時に隣の席に座っていた男だった。何か追い詰められたようにブツブツ言っていたが、誰も注意しなかったため仕方なく、また色々なストレスでイライラしていたため、ニアタはうるさいと言って図書館から追い出したのだそうだ。
図書館が閉館の時間になっても外のベンチでまだ暗い顔をしてブツブツ言っていたので、死なれても困ると思い声をかけた。ニアタは次に大神官となる予定だったので、町民の悩みを聞くことも業務のうち、その練習にもなるかと思ったという。
その悩みとは大神官の試験へのプレッシャーだった。それを聞いてニアタは疑問に思った。普通の町の大神官となるために試験などないからだ。よく聞くと、その男マフティロは水の都の今の大神官の息子で次の大神官にと期待をされているという。だが従姉のほうが頭も良く社交力や人使いがうまいため、マフティロとしてはそちらがなればいいと思っているという。なりたくないので大神官の試験を辞退したいが言い出せないとうだうだしていた。
「えっ? あやつ、今の水の大神官の息子さんじゃと!?」
「そうなんだって……。だから図書館でうるさくても誰も注意できなかったんだと思う……」
「しかも次の大神官候補かよ。ニア姉、そんなのに求婚されたのか」
「いや、だから、断ったんだってば」
出会ったときの話を続けた。
ニアタはマフティロの悩みを聞いたことを後悔した。試験へのプレッシャーは大神官と神官の違いはあれどこちらも同じである。エリートの下らない悩みに付き合っている暇など無いと思った。さすがにそれは言わなかったが。都の大神官と違って普通の町の大神官になるための試験は無いですが、そちらには複数候補がいるじゃないですか、こちらは父を継ぐ神官は自分しかいない、なりたくなくてもなるしかないのでうらやましい悩みだと伝えたそうだ。
大神官になりたくないだけで神官の仕事自体は好きだし、試験に受かる自信が無いから逃げたと思われるのも嫌だし、などとマフティロはまたぐちぐち言い始めた。もう面倒くさくなってきたので、大神官の試験に受かって能力があることを周りに認めさせてから辞めればいいと言ったところ、何故か気に入られてしまったらしい。
顔色が悪いのでしっかり休んで栄養をとったほうが良いと言って去ろうとしたところ、急に手を掴まれてフルネームを言われ、名前を聞かれたという。なんなのこの人と思い、ニアタは自分のフルネームは伝えなかったそうだ。手を離さないマフティロにやめてくださいと伝えたのだが、今離れたらもう二度と会えない気がするからと言われ、解放してほしいあまり今まで我慢していた文句をたくさん言ってしまったらしい。図書館でうるさかったから勉強に集中できなかったこと、人材の多い水の都と違ってこちらには余裕がないこと、こうしている時間も惜しいこと、などの文句だ。
それなのに好きだと告白された。先ほどフルネームを伝えてきたのはそういうことだったのだ。肩書きを見ず、本人のことを見て悩みに向き合ってくれたことが嬉しかったのだという。しかし突然すぎて困惑していたことと、早く解放されたかったこと、そして何より失恋したばかりだからと断った。するとマフティロはニアタを振るなんて酷い男だ、直接文句を言ってくるようなことを言い出した。それを聞いてニアタの感情は爆発してしまった。相手は神様なのだ、自分は失恋した相手へ仕えるため大神官にならなきゃいけないんだ、その気持ちがわかるか、と泣きながら想いをぶちまけてその場を去ったという。
「……えっと…… ? ニア姉に惚れる要素が一つも見当たらねえんだけど?」
「私もそう思う……自分でやっといてなんだけど八つ当たりだよね。ひどいな私。本当に私の何が良かったのか全然わからない」
「まだ続きはあるんじゃろ? 待たせとるんじゃからさっさと話さんか」
ソレムは少し面白がっていた。
明るさが戻って良かったとは思ったのだが、ビスタークはまだレアフィールのことを吹っ切れていなかったので、仲間が減ったような感じもして少しだけ寂しくもあった。
ある日、外の町から見たことのない若い男がニアタを訪ねてきた。友神の町に買い出しへ行っていた町民を見つけて馬車に同乗させてもらったらしい。その男はニアタと同じくらいか少し上の年齢に見える、焦げ茶色の髪をした眼鏡を掛けた男だ。眼鏡は量産品の丸型ではなく、加工された眼力石が使われている四角いタイプを掛けている。丸いものより四角い眼鏡のほうが加工代もかかるため高価である。馬車に乗せた町民はそれを見て、何故うちの町に金持ちが来たのだろうかと思ったらしい。
その男が神殿にやってきたとき、丁度ビスタークは訓練の休憩で神殿の入口でもある礼拝堂にいた。男は急いで階段を上ったためか息を切らしていたが、呼吸が落ち着くとビスタークを見つけて聞いてきた。
「あの、すみません、ニアタさんはいらっしゃいますか?」
ビスタークは町民ではない見ず知らずの人間が入ってきたので警戒し、それを隠そうともせずぶっきらぼうに質問する。
「……誰だ、お前は」
男はそんなビスタークの態度を意に介さず、姿勢を正して丁寧に挨拶する。
「すみません、申し遅れました。マフティロと申します。水の都から参りました」
その言葉を聞いてビスタークは焦った。
「水の都だって!? なんでそんなとこから……」
「それで、こちらにニアタさんはいらっしゃるんでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待っててくれ。すぐに呼んでくるから」
神官の試験か手続きに何か不備でもあったのかもしれないと思い、慌ててソレムとニアタを呼びに行った。
ニアタはビスタークの慌てた様子に同じく神官の資格に問題があったのかと焦り、ビスタークと共に礼拝堂へ駆けつけた。遅れてソレムもやって来た。そのニアタを見るなりマフティロは満面の笑顔になり腕を広げて大声でこう言った。
「ニアタさん! 大神官の試験に受かりました! 結婚してください!」
マフティロは礼拝堂に響き渡る大声で堂々と結婚の申し込みをしたのである。
ビスタークとソレムは唖然とした。全く予想していなかったことが起こった。呆気にとられながらニアタのほうを見ると、ニアタ本人も驚愕し、口を開けたまま呆然としていた。プロポーズをしたマフティロ以外全員が困惑していた。マフティロだけが満面の笑みで現状を何も疑問に思っていない。
とりあえず一度ニアタに事情を問いただすことになり、マフティロは応接間へ通し待機してもらったが、本人は落ち着かない様子でそわそわしていた。まだニアタに返事をもらっていないからだろうと思った。
「……で、ニア姉、あれ何だ?」
応接室とは離れた部屋でビスタークは怪訝そうにニアタへ聞いた。
「なんだろう……わからない……何で結婚する話になってるんだろう……私、断ったつもりでいたんだけど……」
ニアタはまだ困惑している。どうしてこうなったのか全くわからないという感じだ。
「ニアタ、水の都で何があったのか、ちゃんと説明せんか」
ソレムに説明を促され、ニアタは眉間に皺を寄せないよう額を指で抑えながら水の都での出来事を語り始めた。
マフティロとは水の都の図書館で試験勉強をしている時に隣の席に座っていた男だった。何か追い詰められたようにブツブツ言っていたが、誰も注意しなかったため仕方なく、また色々なストレスでイライラしていたため、ニアタはうるさいと言って図書館から追い出したのだそうだ。
図書館が閉館の時間になっても外のベンチでまだ暗い顔をしてブツブツ言っていたので、死なれても困ると思い声をかけた。ニアタは次に大神官となる予定だったので、町民の悩みを聞くことも業務のうち、その練習にもなるかと思ったという。
その悩みとは大神官の試験へのプレッシャーだった。それを聞いてニアタは疑問に思った。普通の町の大神官となるために試験などないからだ。よく聞くと、その男マフティロは水の都の今の大神官の息子で次の大神官にと期待をされているという。だが従姉のほうが頭も良く社交力や人使いがうまいため、マフティロとしてはそちらがなればいいと思っているという。なりたくないので大神官の試験を辞退したいが言い出せないとうだうだしていた。
「えっ? あやつ、今の水の大神官の息子さんじゃと!?」
「そうなんだって……。だから図書館でうるさくても誰も注意できなかったんだと思う……」
「しかも次の大神官候補かよ。ニア姉、そんなのに求婚されたのか」
「いや、だから、断ったんだってば」
出会ったときの話を続けた。
ニアタはマフティロの悩みを聞いたことを後悔した。試験へのプレッシャーは大神官と神官の違いはあれどこちらも同じである。エリートの下らない悩みに付き合っている暇など無いと思った。さすがにそれは言わなかったが。都の大神官と違って普通の町の大神官になるための試験は無いですが、そちらには複数候補がいるじゃないですか、こちらは父を継ぐ神官は自分しかいない、なりたくなくてもなるしかないのでうらやましい悩みだと伝えたそうだ。
大神官になりたくないだけで神官の仕事自体は好きだし、試験に受かる自信が無いから逃げたと思われるのも嫌だし、などとマフティロはまたぐちぐち言い始めた。もう面倒くさくなってきたので、大神官の試験に受かって能力があることを周りに認めさせてから辞めればいいと言ったところ、何故か気に入られてしまったらしい。
顔色が悪いのでしっかり休んで栄養をとったほうが良いと言って去ろうとしたところ、急に手を掴まれてフルネームを言われ、名前を聞かれたという。なんなのこの人と思い、ニアタは自分のフルネームは伝えなかったそうだ。手を離さないマフティロにやめてくださいと伝えたのだが、今離れたらもう二度と会えない気がするからと言われ、解放してほしいあまり今まで我慢していた文句をたくさん言ってしまったらしい。図書館でうるさかったから勉強に集中できなかったこと、人材の多い水の都と違ってこちらには余裕がないこと、こうしている時間も惜しいこと、などの文句だ。
それなのに好きだと告白された。先ほどフルネームを伝えてきたのはそういうことだったのだ。肩書きを見ず、本人のことを見て悩みに向き合ってくれたことが嬉しかったのだという。しかし突然すぎて困惑していたことと、早く解放されたかったこと、そして何より失恋したばかりだからと断った。するとマフティロはニアタを振るなんて酷い男だ、直接文句を言ってくるようなことを言い出した。それを聞いてニアタの感情は爆発してしまった。相手は神様なのだ、自分は失恋した相手へ仕えるため大神官にならなきゃいけないんだ、その気持ちがわかるか、と泣きながら想いをぶちまけてその場を去ったという。
「……えっと…… ? ニア姉に惚れる要素が一つも見当たらねえんだけど?」
「私もそう思う……自分でやっといてなんだけど八つ当たりだよね。ひどいな私。本当に私の何が良かったのか全然わからない」
「まだ続きはあるんじゃろ? 待たせとるんじゃからさっさと話さんか」
ソレムは少し面白がっていた。