残酷な描写あり
R-15
098 急接近
ニアタの説明は続く。
図書館での出来事の翌日。同じように神殿の講義を受けた後、図書館には行きづらいのでどうしようかと思っていると、講義室の外でマフティロが待ち伏せしていた。驚いて固まっていると昨日のことを謝罪された。そこまではまだ良かったのだが、その直後、突然求婚されたのだ。講義が終わったばかりの大勢が部屋から出ていくところで、しかも大声で、である。迷惑なことこの上なかった。注目はされるしヒソヒソされるしでものすごく恥ずかしかったそうだ。さらに上層部から通達してその日のニアタの仕事は取り消しておいたのでお詫びに食事を奢らせてほしいという。
あまりの出来事に放心していると話を勝手にどんどん進められいつの間にか高級そうな飲食店へ移動していたそうだ。我に返るとまず理由を聞こうと思い、どうしてその心境に至ったのか話をすることにした。
彼は所謂いいところのお坊っちゃまなため、みんな丁寧に自分に接してくれるので、あんな風にはっきり感情を出して怒られたり叱られたりしたことなど無く、とても新鮮な体験だったそうだ。
あいつヤベェ奴なのか……とビスタークは思った。女性に叱られる等の攻撃を受けて悦ぶ嗜好の者がいることは眼神の町の神衛兵にもいたので知ってはいる。理解は全くできなかったが。
そして神の子に恋をし、その相手へ一生仕える覚悟をしていることに高潔さを感じ、これは自分が支えてあげなくてはならない、と思ったそうだ。水の大神のお導きに違いないと確信して求婚に至ったのだと言う。
ニアタは目眩がした。なんでそうなるのか本気で理解できなかった。しかも一回断っているのだ。しかし相手は水の都の有力者であるし、感情に任せて怒ればより相手が喜んでしまう恐れもあった。
とにかく丁重にお断りしようと思い、レアフィールのことが忘れられないので結婚する気になど当分なれないこと、あんな風にグチグチうだうだしている貴方は恋愛対象にはならないこと、大神官になる身として外へ嫁ぐことなど絶対にありえないので無理だということを伝えた。
ソレムとビスタークは「丁重か?」と思ったがあまり時間も無いので突っ込むのはやめておいた。
マフティロは「わかりました。出直します」と言って食事を奢ってくれた。そこで別れた後から特に何も無かったのでニアタは終わった話だと思っていたという。
「……それは断りきれてないのう」
「出直すって言ったんだから、出直して来たんだろうな」
「え、そうなの? ……どうしよう……」
「しっかり話をするしかないじゃろ。向こうは本気じゃろうからな」
「本気じゃなきゃこんな田舎までわざわざ来ないだろうしな」
「あー、嫌だー! ビスターク、代わりに追い払ってきてよー!」
「人に面倒を押し付けんな。ほら行くぞ」
ビスタークはニアタを引きずってマフティロの待つ応接間へと連れて行った。
大分待たせていたはずだが、マフティロはニコニコしながら待っていた。とても嬉しそうである。ニアタは席に着いたが目線を合わさずため息をついている。ソレムはニアタの隣に座ったがビスタークはニアタの横少し後ろに立っていた。念のための護衛のつもりだった。
「ええと……私、お断りしたつもりだったんですが……」
「ええ。あの頃の僕では駄目だということだと理解しましたので、あれから貴女にふさわしい人間となるため努力し、改めて求婚しに参りました」
「努力とは、具体的にどうしたんですかな?」
ソレムが興味津々の様子で横から聞いた。
「ええ。まずは愚痴を言い続けるような情けない男は嫌だということでしたので、考えを改めてあの時の自分が嫌がっていた大神官の試験に正面から向き合いました。そして合格して参りました」
「……都の大神官の試験は、その都と別の二つの都の試験に合格しなきゃならんと聞いておるが、その全てに?」
「はい。ですので少々時間がかかってしまいました」
「じゃあ水の大神官になることを決めたのですね。それではなお無理です。私はこの町の大神官になる身ですから……」
とニアタは断れると意気込んで話し始めたが途中で遮られた。
「いえ、試験に受かった上で大神官の職を辞退して参りました。僕はこちらへ婿として入籍するつもりです」
「はい!?」
三人とも頭の中が真っ白になった。何を言ってるんだこいつは、と全員思っていた。此方が黙っているとマフティロが続けて話す。
「時間はかかりましたが、そのぶんニアタさんの失恋の傷も少しは癒えているかと思ったのですが、いかがでしょう?」
その言葉にニアタが現実に引き戻された。
「いえ、癒えてないです! 大体私、貴方のことをよく知らないんですよ? そちらだって私の何を知ってるんですか? いきなり無理ですよ!」
「そう言われることも想定内です。ですので、まずは僕を此方の神殿で雇っていただけませんか? お互いを知るためにもまずは同僚にしてください」
ビスタークは開いた口が塞がらなかった。何というか、心が強いとはこういうことなのかと思った。何を言われても全くめげない。こう言われた場合はこうするという戦略も練ってきたようだ。ニアタが追い詰められている。
「……それで、私の心が動かなければ諦めて帰ってくれますか?」
「それは仕方がないですね……悲しいですが」
本当に悲しそうな顔だった。
「水の大神殿にはなんて言ってきたんですかな? あちらは大変なことになっていませんかな?」
少し不安そうにソレムが聞いた。
「元々、僕の派閥と従姉の派閥が水面下で争っていたんです。内部の争いの元が消えたんですから逆に良くなるんじゃないですかね」
「いや、それはどうかのう……」
「それは逃げたというのでは?」
ニアタにそう言われて慌てて否定する。
「いえ! ちゃんと関係者全員を集めて従姉に任せて辞退すると宣言してきました! 僕は飛翔神の町の神官になるからと!」
「うちの町の名前、出しちゃったんだ……関係者の前で……」
「大丈夫です! 僕の自分勝手な想いで動いているので此方に一切非は無いことを説明してあります!」
つまり、ニアタに片想いして押しかけ婿をすることを関係者全員に宣言して来たということである。ニアタは既にだいぶ外堀を埋められていた。
マフティロにはまず部屋を与え、住み込みで仕事をしてもらうことになった。人手が足りないのでそれは正直助かった。
流石はエリートだけあって仕事は優秀であった。一度に複数の物事が考えられるのかと思うほど処理能力が高い。人当たりも良かったので町民にもすんなり受け入れられていた。これで従姉より劣っているというのだから従姉とはどれ程優秀なのか想像がつかなかった。
マフティロが来てから数日後にビスタークはソレム宛の手紙を受け取った。
「水の大神官から手紙が届いたぞ」
「……見るのが恐ろしいが、ちゃんと読まなくてはのう……」
内容は、息子はこうすると決めたら止まらないところがあり迷惑をかけるがよろしく頼みます、という普通のものだった。此方への苦情は書かれていなかったのでほっと胸を撫で下ろした。文章から半ば諦めのようなものを感じたので今までもこういうことがあったのかもしれない。
マフティロと町民との距離が近くなると、ニアタへの包囲網がより強固なものとなっていく。色恋沙汰の好きな女性達が関係はどうなっているのか聞いてくるのだ。ニアタが絡むと途端に行動がおかしくなるが通常は好青年であったためニアタにその気が無いのなら自分が、と考える女性もいたのだ。
町民たちはレアフィールのことを覚えていないのでマフティロの想いに応えられない理由を話すこともできず、ニアタは追い詰められているようにビスタークには思えた。
ビスタークとしてはこの状況は面白くもあり心配でもあった。振り回されているニアタを見ているのは楽しいが、望まぬ結婚を強いられているのだと考えていた。それに勝手ではあるがニアタにはいつまでもレアフィールのことを想っていて欲しかったのだ。
だから一年経って結婚すると聞いたときは裏切られたような気持ちになったのである。
図書館での出来事の翌日。同じように神殿の講義を受けた後、図書館には行きづらいのでどうしようかと思っていると、講義室の外でマフティロが待ち伏せしていた。驚いて固まっていると昨日のことを謝罪された。そこまではまだ良かったのだが、その直後、突然求婚されたのだ。講義が終わったばかりの大勢が部屋から出ていくところで、しかも大声で、である。迷惑なことこの上なかった。注目はされるしヒソヒソされるしでものすごく恥ずかしかったそうだ。さらに上層部から通達してその日のニアタの仕事は取り消しておいたのでお詫びに食事を奢らせてほしいという。
あまりの出来事に放心していると話を勝手にどんどん進められいつの間にか高級そうな飲食店へ移動していたそうだ。我に返るとまず理由を聞こうと思い、どうしてその心境に至ったのか話をすることにした。
彼は所謂いいところのお坊っちゃまなため、みんな丁寧に自分に接してくれるので、あんな風にはっきり感情を出して怒られたり叱られたりしたことなど無く、とても新鮮な体験だったそうだ。
あいつヤベェ奴なのか……とビスタークは思った。女性に叱られる等の攻撃を受けて悦ぶ嗜好の者がいることは眼神の町の神衛兵にもいたので知ってはいる。理解は全くできなかったが。
そして神の子に恋をし、その相手へ一生仕える覚悟をしていることに高潔さを感じ、これは自分が支えてあげなくてはならない、と思ったそうだ。水の大神のお導きに違いないと確信して求婚に至ったのだと言う。
ニアタは目眩がした。なんでそうなるのか本気で理解できなかった。しかも一回断っているのだ。しかし相手は水の都の有力者であるし、感情に任せて怒ればより相手が喜んでしまう恐れもあった。
とにかく丁重にお断りしようと思い、レアフィールのことが忘れられないので結婚する気になど当分なれないこと、あんな風にグチグチうだうだしている貴方は恋愛対象にはならないこと、大神官になる身として外へ嫁ぐことなど絶対にありえないので無理だということを伝えた。
ソレムとビスタークは「丁重か?」と思ったがあまり時間も無いので突っ込むのはやめておいた。
マフティロは「わかりました。出直します」と言って食事を奢ってくれた。そこで別れた後から特に何も無かったのでニアタは終わった話だと思っていたという。
「……それは断りきれてないのう」
「出直すって言ったんだから、出直して来たんだろうな」
「え、そうなの? ……どうしよう……」
「しっかり話をするしかないじゃろ。向こうは本気じゃろうからな」
「本気じゃなきゃこんな田舎までわざわざ来ないだろうしな」
「あー、嫌だー! ビスターク、代わりに追い払ってきてよー!」
「人に面倒を押し付けんな。ほら行くぞ」
ビスタークはニアタを引きずってマフティロの待つ応接間へと連れて行った。
大分待たせていたはずだが、マフティロはニコニコしながら待っていた。とても嬉しそうである。ニアタは席に着いたが目線を合わさずため息をついている。ソレムはニアタの隣に座ったがビスタークはニアタの横少し後ろに立っていた。念のための護衛のつもりだった。
「ええと……私、お断りしたつもりだったんですが……」
「ええ。あの頃の僕では駄目だということだと理解しましたので、あれから貴女にふさわしい人間となるため努力し、改めて求婚しに参りました」
「努力とは、具体的にどうしたんですかな?」
ソレムが興味津々の様子で横から聞いた。
「ええ。まずは愚痴を言い続けるような情けない男は嫌だということでしたので、考えを改めてあの時の自分が嫌がっていた大神官の試験に正面から向き合いました。そして合格して参りました」
「……都の大神官の試験は、その都と別の二つの都の試験に合格しなきゃならんと聞いておるが、その全てに?」
「はい。ですので少々時間がかかってしまいました」
「じゃあ水の大神官になることを決めたのですね。それではなお無理です。私はこの町の大神官になる身ですから……」
とニアタは断れると意気込んで話し始めたが途中で遮られた。
「いえ、試験に受かった上で大神官の職を辞退して参りました。僕はこちらへ婿として入籍するつもりです」
「はい!?」
三人とも頭の中が真っ白になった。何を言ってるんだこいつは、と全員思っていた。此方が黙っているとマフティロが続けて話す。
「時間はかかりましたが、そのぶんニアタさんの失恋の傷も少しは癒えているかと思ったのですが、いかがでしょう?」
その言葉にニアタが現実に引き戻された。
「いえ、癒えてないです! 大体私、貴方のことをよく知らないんですよ? そちらだって私の何を知ってるんですか? いきなり無理ですよ!」
「そう言われることも想定内です。ですので、まずは僕を此方の神殿で雇っていただけませんか? お互いを知るためにもまずは同僚にしてください」
ビスタークは開いた口が塞がらなかった。何というか、心が強いとはこういうことなのかと思った。何を言われても全くめげない。こう言われた場合はこうするという戦略も練ってきたようだ。ニアタが追い詰められている。
「……それで、私の心が動かなければ諦めて帰ってくれますか?」
「それは仕方がないですね……悲しいですが」
本当に悲しそうな顔だった。
「水の大神殿にはなんて言ってきたんですかな? あちらは大変なことになっていませんかな?」
少し不安そうにソレムが聞いた。
「元々、僕の派閥と従姉の派閥が水面下で争っていたんです。内部の争いの元が消えたんですから逆に良くなるんじゃないですかね」
「いや、それはどうかのう……」
「それは逃げたというのでは?」
ニアタにそう言われて慌てて否定する。
「いえ! ちゃんと関係者全員を集めて従姉に任せて辞退すると宣言してきました! 僕は飛翔神の町の神官になるからと!」
「うちの町の名前、出しちゃったんだ……関係者の前で……」
「大丈夫です! 僕の自分勝手な想いで動いているので此方に一切非は無いことを説明してあります!」
つまり、ニアタに片想いして押しかけ婿をすることを関係者全員に宣言して来たということである。ニアタは既にだいぶ外堀を埋められていた。
マフティロにはまず部屋を与え、住み込みで仕事をしてもらうことになった。人手が足りないのでそれは正直助かった。
流石はエリートだけあって仕事は優秀であった。一度に複数の物事が考えられるのかと思うほど処理能力が高い。人当たりも良かったので町民にもすんなり受け入れられていた。これで従姉より劣っているというのだから従姉とはどれ程優秀なのか想像がつかなかった。
マフティロが来てから数日後にビスタークはソレム宛の手紙を受け取った。
「水の大神官から手紙が届いたぞ」
「……見るのが恐ろしいが、ちゃんと読まなくてはのう……」
内容は、息子はこうすると決めたら止まらないところがあり迷惑をかけるがよろしく頼みます、という普通のものだった。此方への苦情は書かれていなかったのでほっと胸を撫で下ろした。文章から半ば諦めのようなものを感じたので今までもこういうことがあったのかもしれない。
マフティロと町民との距離が近くなると、ニアタへの包囲網がより強固なものとなっていく。色恋沙汰の好きな女性達が関係はどうなっているのか聞いてくるのだ。ニアタが絡むと途端に行動がおかしくなるが通常は好青年であったためニアタにその気が無いのなら自分が、と考える女性もいたのだ。
町民たちはレアフィールのことを覚えていないのでマフティロの想いに応えられない理由を話すこともできず、ニアタは追い詰められているようにビスタークには思えた。
ビスタークとしてはこの状況は面白くもあり心配でもあった。振り回されているニアタを見ているのは楽しいが、望まぬ結婚を強いられているのだと考えていた。それに勝手ではあるがニアタにはいつまでもレアフィールのことを想っていて欲しかったのだ。
だから一年経って結婚すると聞いたときは裏切られたような気持ちになったのである。