残酷な描写あり
R-15
104 会食
五人で食事をすることになった。ビスタークが命を救われたのだから自分が奢ると言ったのだが、レリアを見つけてくれた礼だからと言われて結局支払いはそれぞれすることになった。
「ビスタークは飛翔神の神衛見習いなのかな?」
食事をしながらレリアの父親代わりであるストロワが聞いてきた。
「ああ、もう見習いじゃないけどな。既に命の都で登録は済んだ。力試しにあちこちの都を回ってるところで、ここで四つ目だ」
「四つ目? 暇なの?」
レリアの姉代わりであるエクレシアがそう言ってきた。
「暇っていうか……あまり地元に居たくなくてな。ただ、飽きたからそろそろ戻ろうかと思ってるが」
ビスタークは四人を見て続けて言った。
「あんたらは? 神官見習いか?」
「ああ、私は付き添いだけどな。子どもたちはそうだよ」
「いい歳して親が付き添ってんのか」
「色々事情があるんだよ。事情も知らないのに口出しするな」
レリアの兄代わりであるキナノスが棘のある口調で言ってきた。
「……すまん」
ビスタークは素直に謝った。自分も色々事情があるほうである。聞かれたく無いこともあるだろう。
「飛翔神って言うと戦争の、かい?」
「そうだ」
空気を変えるようにストロワが聞いてきた。
「世界の果てって言うけどそんなに不便なのかい? ここの水の都だって世界の果てだからなあ」
「町の規模が全然違うからな。人口がすごく少ないんだ。神殿には大神官含めて三人しかいないが、これでも最近一人婿養子が来て増えたんだ。で、神衛は俺しかいない。隣町に行くにも山を越えて二日かかるし、乗合馬車もねえし、医者もいねえんだ。陸の孤島だよ」
「神衛がお前だけって……帰らなくていいのかよ」
キナノスが呆れたように言う。
「元々俺の父親が死んでから神衛は誰もいなかったから今更だな。仕事も地味なものしか無いしな」
「……町の人たちはその、破壊神のことを恨んでいるんじゃないかね? そんな不便な所に住まわされているのだから」
場に緊張感が走ったような気配を感じた。
「町の奴らはな。神殿の人間はそんなことねえよ。数年前まで神の子がいたから、当時の神と今の神が全然違う存在だってわかってる」
それを聞いて神官見習い達が目の色を変えた。
「神の子がいたのか!?」
その勢いに少し気圧された。やはりあまり表には出ない話のようだ。
「ああ、一緒に住んでたんだ。俺も親が死んで神殿に世話になってたから、兄貴のようなもんだったよ」
「神の子ってどんな感じだった? やっぱり人間とは全然違うの?」
エクレシアが興味津々といった感じで聞いてきた。
「いや、普通だった。すごく穏やかで落ち着いてて強くて頭が良かったけどな」
「優等生って感じか」
「知識なんかは勝手に頭の中に入ってくるんだってよ」
「それは羨ましいな」
「それなら神官の試験なんか楽勝だよねー。ほんとうらやましい」
キナノスとエクレシアも興味があるようで話に参加してきた。
「ただ、一回だけ物凄く怒ったことがあってな。その時は神の力を使っちまって『怒られる』って言ってたな……」
レアフィールのことを思い出しながら懐かしむように語った。
「力を使うこともあるんだ……」
「それはちょっと怖いな」
「いや、だからよっぽどのことがない限り大丈夫だ。ひどく感情的になったのはその一回だけだから」
ビスタークは少し疑問を感じていた。
「ずいぶん神の子に興味があるみたいだが、そっちも降臨が近いのか?」
「近いって言えるかどうかわからないが、前の降臨から四百九十年経っているから十年以内には降臨すると思う」
「そういえば、何の神の神官なんだ?」
ビスタークがそう聞いたとたん、一度ほぐれた緊張がまた走ったような、空気が冷えたような感じになった。
「葛神だよ」
皆の父親であるストロワがそう答えた。
「葛神? すまん、聞いたことが無い」
「まあそうだろう。農業系の神様だよ」
「ちょっとレリア、大丈夫?」
ストロワが答えているところを急にエクレシアが焦ったように遮った。レリアは喋れないため会話には参加せずにこにこと話を聞いているのは見ていたが、今は顔色が悪く俯いている。皿の上の料理もほとんど減っていない。とても具合が悪そうだった。レリアは手話で周りに何かを伝えているようだがビスタークは手話がわからないので理解できなかった。
「悪いがこの辺でお開きにさせてくれ。レリアは身体が弱いんだ。砂漠の旅の疲れがまだ取れてなかったんだろう」
キナノスがビスタークにそう言って解散を促した。
「そうだな。さっき色々不安なことがあったばかりだしな。疲れもするさ。じゃあ先に失礼するよ。ああ、前に渡した反力石に軽く理力を流すと浮くからそいつを運ぶのが楽になるぜ。流しすぎると飛ぶから気を付けな。じゃあ」
この四人組にはだいぶ秘密がありそうだったが命を救われたのもあって悪人では無いと思っていた。深入りするのは向こうも嫌がるだろうと考え、勘定を済ませるとすぐにこの場を後にした。
もう会うことも無いかと思っていたが、そんなことはなかった。よく考えてみれば当たり前であった。神衛兵見習いも神官見習いと同じ宿舎を利用しているのだから。
その翌日は宿舎の食堂でストロワとレリアにばったり出会った。キナノスとエクレシアは神官の講義を受けに行ったが、レリアは体力回復が最優先ということで今日は一日休みの予定ということだった。ストロワから同席にと誘われ仕方なくまた一緒に食事をすることになった。
「体調は大丈夫なのか?」
レリアは相変わらず笑顔で頷いているが顔色はあまり良くない。
「身体が弱いのに砂漠越えなんて無理をさせないほうがよかったんじゃないのか? 他の都ならそんな無理をしなくても行けるだろ」
「まあその、色々と、水の都に来なければならない理由があってね」
「……なんか、話せないことが多そうだな。まあいいや。俺には関係無いし」
「そう言ってくれると助かるよ。君は今日の訓練はないのかい?」
「一昨日死にかけたし、一応今日まで休みにしてある。仕事も入れてない」
「じゃあ今日は何も予定は無いんだね?」
「そうだが……何か?」
「ちょっと頼まれて欲しいんだが……」
ビスタークは露骨に表情を歪めた。
「駄目か?」
「ダメって言うか、自分で言うのも何だがよく俺なんかに頼み事しようと思ったな? 会ったばかりだぞ? 凄い悪い奴かもしれねえぞ?」
「命の都で神衛登録できたのなら悪い人間ではあるまい」
「それも嘘かもしれないぜ?」
そう言いつつ少し嬉しい気持ちになった。地元なら神衛兵の登録が出来たからといって信用などされないからだ。
「まあ、命の恩人の頼みだから構わねえよ。で、頼み事って?」
「他の者が戻ってくるまでレリアの側にいてやって欲しい」
「は?」
「私もこれから稼ぎに行かねばならなくてね。体調の悪い娘を一人にするのは不安なんだよ。昨日みたいに悪い奴に絡まれたら大変だからね」
「男と一緒にさせてもっと不安にならないのか?」
「さっきも言った通り、命の都で神衛の登録が出来たんだから大丈夫さ。それにレリアが懐いているようだから悪人では無いだろう」
それを聞いてレリアの方を見ると少し恥ずかしそうにしている。何故自分なんかに懐いたのか不思議だった。
「お前はそれでいいのか?」
レリアにも聞くとコクンと頷いた。
「でもどうすりゃいいんだ。部屋で寝てればいいだろうに」
「図書館で勉強したり本を借りたりしたいようだよ」
「図書館で勉強できるなら講義と変わらないじゃねえか」
「講義は人が多すぎて息苦しくて疲れるんだそうだ」
「はー、そういうもんなのか。なるほどな。じゃあ図書館行って気が済んだらその後宿舎まで送ればいいか?」
「それでいいと思うよ。レリアのしたいようにさせてやってくれ」
そしてストロワは食事を終えると去って行った。
「ビスタークは飛翔神の神衛見習いなのかな?」
食事をしながらレリアの父親代わりであるストロワが聞いてきた。
「ああ、もう見習いじゃないけどな。既に命の都で登録は済んだ。力試しにあちこちの都を回ってるところで、ここで四つ目だ」
「四つ目? 暇なの?」
レリアの姉代わりであるエクレシアがそう言ってきた。
「暇っていうか……あまり地元に居たくなくてな。ただ、飽きたからそろそろ戻ろうかと思ってるが」
ビスタークは四人を見て続けて言った。
「あんたらは? 神官見習いか?」
「ああ、私は付き添いだけどな。子どもたちはそうだよ」
「いい歳して親が付き添ってんのか」
「色々事情があるんだよ。事情も知らないのに口出しするな」
レリアの兄代わりであるキナノスが棘のある口調で言ってきた。
「……すまん」
ビスタークは素直に謝った。自分も色々事情があるほうである。聞かれたく無いこともあるだろう。
「飛翔神って言うと戦争の、かい?」
「そうだ」
空気を変えるようにストロワが聞いてきた。
「世界の果てって言うけどそんなに不便なのかい? ここの水の都だって世界の果てだからなあ」
「町の規模が全然違うからな。人口がすごく少ないんだ。神殿には大神官含めて三人しかいないが、これでも最近一人婿養子が来て増えたんだ。で、神衛は俺しかいない。隣町に行くにも山を越えて二日かかるし、乗合馬車もねえし、医者もいねえんだ。陸の孤島だよ」
「神衛がお前だけって……帰らなくていいのかよ」
キナノスが呆れたように言う。
「元々俺の父親が死んでから神衛は誰もいなかったから今更だな。仕事も地味なものしか無いしな」
「……町の人たちはその、破壊神のことを恨んでいるんじゃないかね? そんな不便な所に住まわされているのだから」
場に緊張感が走ったような気配を感じた。
「町の奴らはな。神殿の人間はそんなことねえよ。数年前まで神の子がいたから、当時の神と今の神が全然違う存在だってわかってる」
それを聞いて神官見習い達が目の色を変えた。
「神の子がいたのか!?」
その勢いに少し気圧された。やはりあまり表には出ない話のようだ。
「ああ、一緒に住んでたんだ。俺も親が死んで神殿に世話になってたから、兄貴のようなもんだったよ」
「神の子ってどんな感じだった? やっぱり人間とは全然違うの?」
エクレシアが興味津々といった感じで聞いてきた。
「いや、普通だった。すごく穏やかで落ち着いてて強くて頭が良かったけどな」
「優等生って感じか」
「知識なんかは勝手に頭の中に入ってくるんだってよ」
「それは羨ましいな」
「それなら神官の試験なんか楽勝だよねー。ほんとうらやましい」
キナノスとエクレシアも興味があるようで話に参加してきた。
「ただ、一回だけ物凄く怒ったことがあってな。その時は神の力を使っちまって『怒られる』って言ってたな……」
レアフィールのことを思い出しながら懐かしむように語った。
「力を使うこともあるんだ……」
「それはちょっと怖いな」
「いや、だからよっぽどのことがない限り大丈夫だ。ひどく感情的になったのはその一回だけだから」
ビスタークは少し疑問を感じていた。
「ずいぶん神の子に興味があるみたいだが、そっちも降臨が近いのか?」
「近いって言えるかどうかわからないが、前の降臨から四百九十年経っているから十年以内には降臨すると思う」
「そういえば、何の神の神官なんだ?」
ビスタークがそう聞いたとたん、一度ほぐれた緊張がまた走ったような、空気が冷えたような感じになった。
「葛神だよ」
皆の父親であるストロワがそう答えた。
「葛神? すまん、聞いたことが無い」
「まあそうだろう。農業系の神様だよ」
「ちょっとレリア、大丈夫?」
ストロワが答えているところを急にエクレシアが焦ったように遮った。レリアは喋れないため会話には参加せずにこにこと話を聞いているのは見ていたが、今は顔色が悪く俯いている。皿の上の料理もほとんど減っていない。とても具合が悪そうだった。レリアは手話で周りに何かを伝えているようだがビスタークは手話がわからないので理解できなかった。
「悪いがこの辺でお開きにさせてくれ。レリアは身体が弱いんだ。砂漠の旅の疲れがまだ取れてなかったんだろう」
キナノスがビスタークにそう言って解散を促した。
「そうだな。さっき色々不安なことがあったばかりだしな。疲れもするさ。じゃあ先に失礼するよ。ああ、前に渡した反力石に軽く理力を流すと浮くからそいつを運ぶのが楽になるぜ。流しすぎると飛ぶから気を付けな。じゃあ」
この四人組にはだいぶ秘密がありそうだったが命を救われたのもあって悪人では無いと思っていた。深入りするのは向こうも嫌がるだろうと考え、勘定を済ませるとすぐにこの場を後にした。
もう会うことも無いかと思っていたが、そんなことはなかった。よく考えてみれば当たり前であった。神衛兵見習いも神官見習いと同じ宿舎を利用しているのだから。
その翌日は宿舎の食堂でストロワとレリアにばったり出会った。キナノスとエクレシアは神官の講義を受けに行ったが、レリアは体力回復が最優先ということで今日は一日休みの予定ということだった。ストロワから同席にと誘われ仕方なくまた一緒に食事をすることになった。
「体調は大丈夫なのか?」
レリアは相変わらず笑顔で頷いているが顔色はあまり良くない。
「身体が弱いのに砂漠越えなんて無理をさせないほうがよかったんじゃないのか? 他の都ならそんな無理をしなくても行けるだろ」
「まあその、色々と、水の都に来なければならない理由があってね」
「……なんか、話せないことが多そうだな。まあいいや。俺には関係無いし」
「そう言ってくれると助かるよ。君は今日の訓練はないのかい?」
「一昨日死にかけたし、一応今日まで休みにしてある。仕事も入れてない」
「じゃあ今日は何も予定は無いんだね?」
「そうだが……何か?」
「ちょっと頼まれて欲しいんだが……」
ビスタークは露骨に表情を歪めた。
「駄目か?」
「ダメって言うか、自分で言うのも何だがよく俺なんかに頼み事しようと思ったな? 会ったばかりだぞ? 凄い悪い奴かもしれねえぞ?」
「命の都で神衛登録できたのなら悪い人間ではあるまい」
「それも嘘かもしれないぜ?」
そう言いつつ少し嬉しい気持ちになった。地元なら神衛兵の登録が出来たからといって信用などされないからだ。
「まあ、命の恩人の頼みだから構わねえよ。で、頼み事って?」
「他の者が戻ってくるまでレリアの側にいてやって欲しい」
「は?」
「私もこれから稼ぎに行かねばならなくてね。体調の悪い娘を一人にするのは不安なんだよ。昨日みたいに悪い奴に絡まれたら大変だからね」
「男と一緒にさせてもっと不安にならないのか?」
「さっきも言った通り、命の都で神衛の登録が出来たんだから大丈夫さ。それにレリアが懐いているようだから悪人では無いだろう」
それを聞いてレリアの方を見ると少し恥ずかしそうにしている。何故自分なんかに懐いたのか不思議だった。
「お前はそれでいいのか?」
レリアにも聞くとコクンと頷いた。
「でもどうすりゃいいんだ。部屋で寝てればいいだろうに」
「図書館で勉強したり本を借りたりしたいようだよ」
「図書館で勉強できるなら講義と変わらないじゃねえか」
「講義は人が多すぎて息苦しくて疲れるんだそうだ」
「はー、そういうもんなのか。なるほどな。じゃあ図書館行って気が済んだらその後宿舎まで送ればいいか?」
「それでいいと思うよ。レリアのしたいようにさせてやってくれ」
そしてストロワは食事を終えると去って行った。