残酷な描写あり
R-15
105 洞察
ストロワに頼まれたのでビスタークはレリアと共に図書館へ行くことになったが、レリアは朝食にあまり手をつけていなかった。怪訝に思って聞く。
「どうした? 体調悪くて食えないのか?」
ふるふるとレリアは首を振り、手持ちの紙に文字を書いた。
【私が食べる量はいつもこんなものです。勿体無いので良かったら食べてください】
「しょうがねえな。ありがたくもらうがな、もう少し肉だけでも食べろよ。しっかり食べないと体力つかねえぞ。だから軽いんだな」
実際レリアはとても軽かった。細くて折れてしまいそうで心配になるくらいの体つきだ。レリアは昨日抱きかかえられたことを思い出したのか顔が赤くなった。
「食わねえから身体が弱いのか、身体が弱いから食えねえのか……負の連鎖だな」
【私の身体が弱いのは「例の薬」のせいらしいです】
そうレリアが紙に書くとビスタークは衝撃を受け嫌な気持ちになった。また、あの薬か。自分はあの薬とかなりの因縁があるようだな、と忌々しく思っているとレリアが続けて文字を書いている。
【父に拾われた時には中毒症状が出ていてかなり深刻な状態だったそうです】
だから急に気絶したり体力が無いのかと納得した。拾われたときということは子どもの頃かと思い質問する。
「何歳くらいの時だ? 拾い子だと正確な年齢はわかんねえだろうけど」
【五歳です。私の場合は服に名前と誕生日と、本当の親と思われる人の書き込みがあったということでした】
「書き込み?」
どういうことかと疑問に思った。
【この子を助けてください、と書いてあったそうです】
「じゃあ、捨てられたわけじゃなくて、助けるために逃がされた感じなのか……?」
ビスタークは食べながら考え込んだ。喉を切り裂き声帯を奪った上に薬の中毒にするような環境から親が逃がしたのかと推測した。そんな状況は神の監視下の町ではあまり考えられない。神は町を見ているからだ。非道なことがまかり通るような町は神の石の供給が止まる。そうなると町の財政に負担がかかるので、原因の追及をして排除するという仕組みになっているのだ。
考えられるのは神の町ではない人間が勝手に作った集落あたりだろうか。神は基本的に自分の祀られている町しか見ないらしいので、人間が勝手に作った神のいない町で行われていることには無関心か手を出してはいけないのであろう。
ビスタークが考え込んでいる間にレリアは続きを書いていた。
【だから私だけ姓が他の家族と違います。姉のエクレシアも拾い子なのですが、名前は無かったそうなので父が名前をつけて姓も同じになりました】
「そうか……逃がしてくれた家族が見つかるといいな」
レリアは少し悲しげに頷いた。
「何か覚えてることは無いのか?」
【あまり良く覚えていません。聞いた話によると、ニグートス大陸行きの船の荷物に紛れ込んでいたそうです。それで闇の都で保護され、神殿で治療を受けました。薬の効果が抜けるまで暴れて大変だったそうです。効果が無くなると今度は暴れていたのが嘘のように動けなくなり、虚弱になったとか】
その文を読んで別の疑問が浮かんだ。
「闇の都にいたのに、なんで水の都に試験を受けに来てるんだ? 農業系の神の町だって言ってたよな?」
闇の都に近い町の神官見習いなら、闇の都で試験を受ければいいだけの話である。闇の都は水の都から遠く離れている。次に近い都というわけでもない。レリアは字を書いていた手が止まった。手だけでなく動きも止まっている。下を向いたままこちらを見ない。どうやら都合の悪いことを聞いてしまったようである。
「答えられないなら無理して答えなくていいぞ」
そう言うとほっとしたようにこちらを向いた。とてもわかりやすいその様子を見て、ビスタークは少し意地悪をしたくなった。
「なんか、言えないことが多い特殊な環境みたいだな。あ、これから言うことは俺の勝手な推測だから返事しなくていいぜ。まさかとは思うが、都の大神官を目指してるわけじゃないよな?」
マフティロとソレムが都の大神官になるには三つの都の試験を突破しなければならないと会話していたのを覚えていたので聞いてみた。しかしレリアはにこやかにしているのでこれは違うようだ。
「じゃあ貨幣神レヴリスとかか? あそこは凄い厳しいらしいし」
これも同じ反応だ。詳しくは無いが、貨幣神の町は世界唯一の金融都市である。貨幣となる神の石を管理しているので、一般人は知らないような決まりがありそうだと思ったのだがこれも違うようだ。そこでビスタークは思った。そういえば昨日食事した時に空気が張り詰めたような雰囲気になった話題があったな、と。
「……破壊神、か?」
小さい声でそう言うと、レリアの表情が明らかに動揺したものになった。嘘がつけないんだな、と思った。
「そうか、わかった」
そう言うとレリアが泣きそうな顔になった。
「いや、お前からは何も聞いてないぞ。俺が勝手に想像して察しただけだから、お前は悪くない」
ビスタークは慌ててフォローしたがそれでも悲しそうな顔をしている。
「昨日も言ったけど、別に敵とは思ってねえから安心しろ。言いふらしたりもしねえよ。他の神と世間の扱いがどう違うのか興味はあるけどな」
【ずっと隠して生きてきました。大神殿の神官には話が通っているので、そこまで困ったことはありません】
もう隠しても意味がないと思ったのか、素直に文字を書いていた。
「それで何か聞いたことのない農業系の神の町ってことにしてるのか」
【はい。葛は実際にある植物で食べられるものではありますが、神の恩恵を受けるような畑を作るような植物ではありません】
破壊神の神官と周りに知られると色々な不都合があるのだろうと思ったが好奇心から質問を続ける。
「確か町が無いんだよな。神殿は? 神衛はいるのか?」
【神衛兵はいません。神殿はあるはずですが、私は行ったことが無いのでわかりません。ずっと闇の都でお世話になり勉強していました】
「複数の都の試験に合格しないとならないんだな?」
【全部の都の試験に合格しないとなりません】
「全部!? そりゃ大変だな……。もう他の所のは合格したのか?」
【闇、風、空、土、星は合格しました】
「すげえな。試験問題は似たようなものなのか?」
【それぞれの地域の問題があるのでそれは最初から勉強しないとなりません。それがいつも大変ですね】
レリアはもう悲しそうな顔をしていなかった。それを見てビスタークはほっとする。泣かれたら面倒だ。料理も無くなったので図書館へ移動するかと思ったがレリアがまた文字を書いていた。
【貴方のことも教えてください】
「……俺のことはいい。よし、少しは食べたな。それじゃ、図書館行くぞ。行きたかったんだろ?」
レリアは少し残念そうな顔をしながら頷いた。
ビスタークはレリアに自分のことを話したくなかった。折角懐いてくれているのに余計なことを言いたくなかった。何故そう思うのか自分でも不思議であった。誰に何と思われようと構わなかったはず、女など性欲対象なだけで誰でも良かったはずだ。
レリアは体力が無いからか歩くのも遅かった。普段ならイライラしているところだが全然苦にならなかった。危なっかしいから自分が守ってやらなくてはと思えた。レリアは申し訳ないと思っているのか頭を何度も下げている。
「別に気にしなくていい。なんなら昨日みたいに抱きかかえて連れて行ってやろうか?」
そう言うと顔を真っ赤にして首を横に振った。その様子を見て笑うと、からかわれたのがわかったのか少しむくれていた。そんなところも可愛く思えた。そして、久しぶりに自分が心から笑っていたことに気が付いた。
「どうした? 体調悪くて食えないのか?」
ふるふるとレリアは首を振り、手持ちの紙に文字を書いた。
【私が食べる量はいつもこんなものです。勿体無いので良かったら食べてください】
「しょうがねえな。ありがたくもらうがな、もう少し肉だけでも食べろよ。しっかり食べないと体力つかねえぞ。だから軽いんだな」
実際レリアはとても軽かった。細くて折れてしまいそうで心配になるくらいの体つきだ。レリアは昨日抱きかかえられたことを思い出したのか顔が赤くなった。
「食わねえから身体が弱いのか、身体が弱いから食えねえのか……負の連鎖だな」
【私の身体が弱いのは「例の薬」のせいらしいです】
そうレリアが紙に書くとビスタークは衝撃を受け嫌な気持ちになった。また、あの薬か。自分はあの薬とかなりの因縁があるようだな、と忌々しく思っているとレリアが続けて文字を書いている。
【父に拾われた時には中毒症状が出ていてかなり深刻な状態だったそうです】
だから急に気絶したり体力が無いのかと納得した。拾われたときということは子どもの頃かと思い質問する。
「何歳くらいの時だ? 拾い子だと正確な年齢はわかんねえだろうけど」
【五歳です。私の場合は服に名前と誕生日と、本当の親と思われる人の書き込みがあったということでした】
「書き込み?」
どういうことかと疑問に思った。
【この子を助けてください、と書いてあったそうです】
「じゃあ、捨てられたわけじゃなくて、助けるために逃がされた感じなのか……?」
ビスタークは食べながら考え込んだ。喉を切り裂き声帯を奪った上に薬の中毒にするような環境から親が逃がしたのかと推測した。そんな状況は神の監視下の町ではあまり考えられない。神は町を見ているからだ。非道なことがまかり通るような町は神の石の供給が止まる。そうなると町の財政に負担がかかるので、原因の追及をして排除するという仕組みになっているのだ。
考えられるのは神の町ではない人間が勝手に作った集落あたりだろうか。神は基本的に自分の祀られている町しか見ないらしいので、人間が勝手に作った神のいない町で行われていることには無関心か手を出してはいけないのであろう。
ビスタークが考え込んでいる間にレリアは続きを書いていた。
【だから私だけ姓が他の家族と違います。姉のエクレシアも拾い子なのですが、名前は無かったそうなので父が名前をつけて姓も同じになりました】
「そうか……逃がしてくれた家族が見つかるといいな」
レリアは少し悲しげに頷いた。
「何か覚えてることは無いのか?」
【あまり良く覚えていません。聞いた話によると、ニグートス大陸行きの船の荷物に紛れ込んでいたそうです。それで闇の都で保護され、神殿で治療を受けました。薬の効果が抜けるまで暴れて大変だったそうです。効果が無くなると今度は暴れていたのが嘘のように動けなくなり、虚弱になったとか】
その文を読んで別の疑問が浮かんだ。
「闇の都にいたのに、なんで水の都に試験を受けに来てるんだ? 農業系の神の町だって言ってたよな?」
闇の都に近い町の神官見習いなら、闇の都で試験を受ければいいだけの話である。闇の都は水の都から遠く離れている。次に近い都というわけでもない。レリアは字を書いていた手が止まった。手だけでなく動きも止まっている。下を向いたままこちらを見ない。どうやら都合の悪いことを聞いてしまったようである。
「答えられないなら無理して答えなくていいぞ」
そう言うとほっとしたようにこちらを向いた。とてもわかりやすいその様子を見て、ビスタークは少し意地悪をしたくなった。
「なんか、言えないことが多い特殊な環境みたいだな。あ、これから言うことは俺の勝手な推測だから返事しなくていいぜ。まさかとは思うが、都の大神官を目指してるわけじゃないよな?」
マフティロとソレムが都の大神官になるには三つの都の試験を突破しなければならないと会話していたのを覚えていたので聞いてみた。しかしレリアはにこやかにしているのでこれは違うようだ。
「じゃあ貨幣神レヴリスとかか? あそこは凄い厳しいらしいし」
これも同じ反応だ。詳しくは無いが、貨幣神の町は世界唯一の金融都市である。貨幣となる神の石を管理しているので、一般人は知らないような決まりがありそうだと思ったのだがこれも違うようだ。そこでビスタークは思った。そういえば昨日食事した時に空気が張り詰めたような雰囲気になった話題があったな、と。
「……破壊神、か?」
小さい声でそう言うと、レリアの表情が明らかに動揺したものになった。嘘がつけないんだな、と思った。
「そうか、わかった」
そう言うとレリアが泣きそうな顔になった。
「いや、お前からは何も聞いてないぞ。俺が勝手に想像して察しただけだから、お前は悪くない」
ビスタークは慌ててフォローしたがそれでも悲しそうな顔をしている。
「昨日も言ったけど、別に敵とは思ってねえから安心しろ。言いふらしたりもしねえよ。他の神と世間の扱いがどう違うのか興味はあるけどな」
【ずっと隠して生きてきました。大神殿の神官には話が通っているので、そこまで困ったことはありません】
もう隠しても意味がないと思ったのか、素直に文字を書いていた。
「それで何か聞いたことのない農業系の神の町ってことにしてるのか」
【はい。葛は実際にある植物で食べられるものではありますが、神の恩恵を受けるような畑を作るような植物ではありません】
破壊神の神官と周りに知られると色々な不都合があるのだろうと思ったが好奇心から質問を続ける。
「確か町が無いんだよな。神殿は? 神衛はいるのか?」
【神衛兵はいません。神殿はあるはずですが、私は行ったことが無いのでわかりません。ずっと闇の都でお世話になり勉強していました】
「複数の都の試験に合格しないとならないんだな?」
【全部の都の試験に合格しないとなりません】
「全部!? そりゃ大変だな……。もう他の所のは合格したのか?」
【闇、風、空、土、星は合格しました】
「すげえな。試験問題は似たようなものなのか?」
【それぞれの地域の問題があるのでそれは最初から勉強しないとなりません。それがいつも大変ですね】
レリアはもう悲しそうな顔をしていなかった。それを見てビスタークはほっとする。泣かれたら面倒だ。料理も無くなったので図書館へ移動するかと思ったがレリアがまた文字を書いていた。
【貴方のことも教えてください】
「……俺のことはいい。よし、少しは食べたな。それじゃ、図書館行くぞ。行きたかったんだろ?」
レリアは少し残念そうな顔をしながら頷いた。
ビスタークはレリアに自分のことを話したくなかった。折角懐いてくれているのに余計なことを言いたくなかった。何故そう思うのか自分でも不思議であった。誰に何と思われようと構わなかったはず、女など性欲対象なだけで誰でも良かったはずだ。
レリアは体力が無いからか歩くのも遅かった。普段ならイライラしているところだが全然苦にならなかった。危なっかしいから自分が守ってやらなくてはと思えた。レリアは申し訳ないと思っているのか頭を何度も下げている。
「別に気にしなくていい。なんなら昨日みたいに抱きかかえて連れて行ってやろうか?」
そう言うと顔を真っ赤にして首を横に振った。その様子を見て笑うと、からかわれたのがわかったのか少しむくれていた。そんなところも可愛く思えた。そして、久しぶりに自分が心から笑っていたことに気が付いた。