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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
121 粥
 予想していたことではあったが、レリアは到着した翌日から寝込むことになった。目的地に着いたことでほっとしたところだからそろそろ危ないなと思っていたのだが、いつもと違い高熱を出していたのでビスタークは焦っていた。普段は貧血やめまいといった感じの症状なのだが、熱は出していなかったのだ。やはり、夜の行為をするにはまだ早かったのだろうかと後悔した。

「本当に身体が弱いのね。大丈夫かしら……」

 ニアタが心配している。子どもたちがまわりに纏わりついていることもあって、余計なことは言わないでおくことにした。

「今までの経験だと三日から五日くらいで回復すると思うんだが、今まで熱は出して無かったから心配だ……」

 ビスタークがとても心配しているのを見て何とか改善できないかとニアタは思案している。

「食欲はあるの?」
「元々そんなにないからな……ここんとこ食欲石アティペイトのおかげか少しずつ増えてはいたんだが。眠ってるから朝も食べてないしな」
「何か好きなものだったら食べられそうかしら?」
「好きなものか……あいつ屋台で売ってるような手軽なものとか普通の食堂で出すような味の濃いやつが好みだけど」
「それは寝込んでる人に食べさせる感じじゃないわね……」

 二人でうーん、と考え込んだ。

「レリアさんの故郷ってどこなの?」
闇の都ニグートス……になるのか?」
「なんで疑問形なの」

 ニアタは怪訝そうな表情で聞き返す。

「ほとんど旅生活だったらしい。拾われっ子で子どもの頃は闇の都ニグートスにいたって話だ」
「そうなの……色々と事情がありそうね」

 察したようにニアタは目を伏せてため息をついた。

「ああ。あまり聞かないでやってくれ」
「わかったわ」

 そして再度考え込んだ。

闇の都ニグートスか……あの辺りって食文化が全然違うのよね、確か」
「そうなのか?」
「そもそもパンをあまり食べないらしいし。お米っていうのを食べるのよ」
「あー、時の都ティメロスで食ったことあるな」
「お米の話かい?」

 その声に振り向くとマフティロがやって来ていた。

「この前届いた荷物に入ってたよ、お米」
「ホントか? 荷物って?」
「あっちにいるお義父さんからよ。よく色んな物を送ってくださるのよ」

 お義父さんとはマフティロの父親、この時点での水の大神官のことである。

「でもどうやって料理したらいいのかよくわからないのよね」
「茹でればいいんじゃねえの? そばの実みたいに粥にしてやれば」
「まあ病人には柔らかくして優しい味付けにするのがいいだろうね」

 少し考えて思い付いたことを言ってみる。

「じゃあ栄養もとらせたいからそれに卵とかチーズとか入れればいいか?」
「そうね。よく混ぜてしっかり火を通せばいいんじゃないかしら……チーズ入れれば塩味もあるし」

 それを聞いてビスタークがやる気を出す。

「よし。じゃあ台所貸してくれ」
「あら、自分で作るの?」
「ニア姉は忙しいだろ。そのくらい出来るさ」

 ニアタの子どもたちを見ながらそう言った。

「そうね、じゃあ頑張って」

 少し含み笑いをされながらそう言われた。レリアへの愛情を見透かされているようで居心地が悪い思いをしながら台所へ向かうと何故かマフティロがついてきた。

「何だよ」
「お米どこにあるかわからないだろ?」

 それもそうかと思い一緒に台所へ行くことになった。

「これだよ」

 台所に入ると箱の中に仕舞われている米を差し出された。棚の奥のほうにあったので確かにビスターク一人では見つけられなかったかもしれない。

「一緒に作ってみてもいいかい?」
「別にいいけど、何でだ?」
「僕は料理がからっきしでね。ニアタの負担を減らすために覚えたいんだ」

 マフティロはエリートなので仕事はとても出来るが、家事などは殆んどやったことが無いのだそうだ。実家には使用人がいるのだという。生きてきた世界の違いが窺える。そんな人間がなんでこんなところにと一瞬思ったが、そうだ変人だったな、と納得することにした。

「ニア姉に習えばいいんじゃねえの?」
「教えること自体が負担になってしまうみたいだよ」
「ああ……それはあるかもな」

 自分で作ったほうが早い、逐一教えるのが面倒、などの理由が推測できた。小さい子ども達を抱えてそんなことまで出来ないのだろう。

「俺は料理そんな上手くないから基本的なことしか出来ねえぞ」
「そのほうが初心者には丁度いいよ」
「じゃあやってみるからまずは見ててくれ。ただ、米なんて料理したことねえから失敗するかもしれんぞ」
「それはそれで勉強になるよ」

 米をよく洗って水を入れて野菜と同じ要領で茹で始める。しばらく煮て柔らかくなった頃に溶いた卵と粉状にしたチーズを入れ、卵にしっかり火を通してから味見をした。

「ん、こんなもんでいいかな。薄味だけど、後から塩足してもいいし」
「結構簡単だね」

 マフティロにも味見をさせたところ感心して頷いている。

「だから言ったろ、基本的なことしか出来ないって。同じようにやってみな」
「うん。まずは自分の分として作ってみるよ」
「味見さえすれば大体なんとかなる。味はまず薄くつけてみて、物足りなかったら後から足せばいいんだ。最初から濃く作ると薄めるのが難しいからな」

 早速マフティロが自分で作ろうとしているのを横目に作った粥の入った小鍋と食器、味が足りない場合を考えて塩の入った小瓶をワゴンに載せて自分たちの部屋へと向かった。後から聞いたところによると、マフティロは家族の分も作ってニアタに喜ばれたらしい。後でうんざるするほど惚気を聞かされた。

 軽くノックしてそっとドアを開ける。もう昼だがレリアはまだ寝ているようだ。顔に触れてみると少しは下がったようだがそれでもまだ熱かった。水源石シーヴァイトの入った水差しから側に置いていた洗面器に水を入れ、額に乗せているタオルを浸し絞ってまた額に乗せた。それでどうやら起こしてしまったようだ。目を少しだけ開けるとぼんやりとビスタークを見ていた。

「まだ熱があるみたいだから寝てたほうがいい。その前にメシ作ったんだが食べるか? 何にも食べてないだろ」

 そう言うと少し頭がはっきりしたのか笑みを浮かべて起き上がろうとした。

「大丈夫か? 無理しなくていいぞ」

 背中に手を添えて支えてやる。レリアは額のタオルを取りながら上半身を起こすと手話でビスタークへ聞いた。

【貴方が作ったの?】
「そうだ。まあ旨くもないが不味くもない」
【私のために作ってもらえてすごく嬉しい。食べさせてもらえるの?】

 そう手話で伝えながら口を開けた。食べさせるつもりは無かったのだが、仕方なく少し息を吹きかけて冷ましてからスプーンを口に運んでやった。レリアは目を瞑ってよく味わったあと、また口を開けた。食欲石アティペイトを使っていないのに食欲があるのは良いことだな、と気恥ずかしさを誤魔化しながら再度スプーンを口へ運んでやった。

「味薄くないか? 塩足そうか?」

 そう聞くとレリアは笑って首を振る。

【とっても美味しいから何も足さなくていいわ】

 そう手話で伝え次を食べさせて欲しい意思表示として口を開けた。

「まだ熱はあるみたいだが食欲もあるようだし少し元気になったようで良かった」
【心配かけてごめんなさい】
「謝ることじゃねえよ。しっかり休んで回復してくれ」

 そう言いながら食べさせる。

【貴方が料理出来るなんて思わなかった】
「まあ子どもの頃から神殿が人手不足だったから、手伝えることが家事くらいしかなかったんだ。別に大したものは作れねえよ」
【お米、久しぶりに食べたわ】
闇の都ニグートスで食べられてるって聞いてな。丁度マフティロがあるって教えてくれたからお前に良いかと思って」
【ありがとう】

 照れくさいので卑下するように言う。

「まあ味付けは全然違うんだろうけどな」
【それでも嬉しい。私のことを考えてくれて作ってくれたことが】

 ふふっと笑ってレリアは手話で伝える。

【貴方と一緒になれてよかった】
「……俺もだ」

 レリアはいつも素直な気持ちを伝えてくる。その言葉は伝染し、ビスタークも素直に自分の気持ちを伝えていた。
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