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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
120 帰郷
 レリアの体調に合わせてゆっくりと急がず何日もかけて移動し、ようやく地元の飛翔神の町リフェイオスへと帰ってきた。隣の友神の町フリアンスからは乗り合い馬車が出ていないため、商売のついでに神殿へ訪れて手紙や荷物が届いてないか確認していた飛翔神の町リフェイオスの商人オルディを待ち構えて荷馬車へ共に乗せてもらった。町の者は皆顔見知りのため、数年ぶりに戻ってきたビスタークを見てまず驚き、次に嫁を連れていることにもう一度驚かれた。

 道中馴れ初めなど色々聞かれながら飛翔神の町リフェイオスへと戻った。自分の悪評をレリアに話されることを危惧したが特に何もなかったことにビスタークは安堵した。レリアに聞かれたら困るからではない。逆である。レリアはその辺りを知っているので、怒ってオルディに手話で捲し立てそうだったからだ。彼女は意外と気が強い。自分のことなら傷ついたり落ち込んだり耐えられることもあるが、自分の親しい人間のことを悪く言われるのは我慢ならないのだそうだ。

 町に到着すると神殿前で馬車から降りた。

【本当に崖沿いに神殿があるのね】

 レリアが手話でそう言ってきた。

水の都シーウァテレスだってそうだったろ?」
【あそこは滝があって崖がよく見えなかったから。それに崖に建物はくっついてなかったし】
「まあ、確かにそうだな」

 ゆっくり移動していた間ずっと手話を学んでいたので、ビスタークは既にかなり理解できるようになっていた。

 神殿へ続く長い階段は自力で上らねばならない。反力石リーペイトは使ってもあまり意味がない。まず助走をつけないとならないからだ。レリアにはそんな体力は無い。また高度の調整が難しいので急いでいるときに反力石リーペイトを使って上ろうとしても時間がかかるので、基本的に下りのときにしか使われていない。

 体力向上のためにもその階段をレリアは時間をかけてなんとか上り、礼拝堂へと入る。案の定誰もいなかった。もう夕方に差し掛かる頃である。学校の授業は終わっているので神官達は書類仕事をしているか、ニアタなら子どももいるし家事をしているかもしれない。そう思っていると聞き覚えのある声が子どもの声と共に奥から聞こえてきた。

「よう、ニア姉」
「わっ!?」

 そこにいたのはニアタとその子どもたちだった。一人は赤ん坊のため抱っこされていて、他二人に纏わりつかれていた。ニアタは急に出てきたビスタークに驚愕しているようだった。

「ビ、ビスターク!?」
「ただいま。ガキが一人増えてやがる……」
「だれー?」
「だあれ?」

 コーシェルと思われる一番大きい男の子とその妹のセレインと思われる女の子が口を挟んだ。

「おー、お前ら赤ん坊だったやつらだな。見ない間に育ったな」

 ニアタはまだ一歳くらいのウォルシフを抱っこしたまま、口をぱくぱくさせながら文句を言い始めた。

「あ、あんたねえ! 帰ってくるならあらかじめ手紙とか送りなさいよ!」
「ああ、悪い。ほんとは帰ってくる気なかったからな」

 コーシェルがめげずにしつこく聞いてくる。

「ねー、だれー?」
「あー、おじさんだ。お前の母さんの弟」
「おじさんー?」
「コーシェル、セレイン、お父さんかお祖父ちゃんにビスタークが帰ってきたって言ってきて!」
「はーい」

 兄妹二人は神殿内の部屋へ駆けていった。レリアはその様子を後ろからにこやかに見ている。ニアタがようやく彼女に気づいた。

「あ、ごめんなさい、気づかなくて。え? あれ? も、もしかして……?」

 ニアタは動揺しているものの察したようだ。

「ああ。嫁だ。水の都シーウァテレスで出会って結婚した」
「えーっ! もう、なんで早く言わないの! おめでとうー!」

 驚きながらも喜んで祝ってくれている。

「私はニアタ。血の繋がりは無いけどビスタークの姉よ。お名前は?」
「レリアだ」
「あんたに聞いてないわよ」

 ビスタークが代わりに答えるとニアタから文句を言われた。

「レリアは口がきけないんだ。ニア姉は手話できるか?」
「……ごめん、できない」
「耳は聞こえてるから、レリアに何か聞くときは筆記具を用意してくれ」
「わかったわ。レリアさん、うちの弟をよろしくお願いしますね」

 レリアはにこやかに頭を下げて挨拶した。

「とりあえず部屋へ行っていいか?」
「そうね。ごめんなさい、立ち話させちゃって。荷物置いたら食堂に来てね。お茶入れるから」
「わかった」

 ビスタークは久しぶりの自室へレリアと共に行き荷物を置くと土産を持って二人で食堂へと向かった。

 食堂には神殿一家が勢揃いしていた。席に座ると茶と菓子が用意された。

「嫁さん別嬪さんじゃのうー」
「久しぶりだね。まさか結婚してるとは思わなかったよ」
「改めて、妻のレリアだ。神官の試験にも受かってる自慢の嫁だ」

 久しぶりに会ったソレムとマフティロに誇らしげに自分の妻を紹介した。実際六つの都の神官の試験に合格しているのでとても優秀なのであるが、複数の神殿の試験を受ける者はそういないためそれを伝えることはなかった。

「そうなの!?」
「頼もしいな」
「ただ、口がきけなくて身体が弱いんだ。その辺配慮してくれ」

 レリアはぺこりとお辞儀をして土産物を差し出した。

「ああ、これ土産だ。菓子と急に二人増えるから塊肉の塩漬けとか食材買ってきた」
「今日の夕食どうしようかと思ってたから助かるわ。ありがとう、レリアさん」
「あれ? 俺には?」
「こんな気を回せるのは女の人だろうと思って。どうせレリアさんに言われたから買ったんでしょ」
「バレたか」

 普通の土産程度なら自分から考えて買ったのだが、二人増えた後の食事のことまでは考えていなかった。レリアに指摘されてようやく気がついたのだ。眼神の町アークルスで購入して時停石ティーマイトと一緒にしておいた。

 馴れ初めや今までビスタークがどういう旅路と生活を送っていたのか色々と聞かれ、あらかた話が終わった後に切り出した。

「聖堂に行って報告と紹介をしてくる」
「そうじゃな、きっと喜ぶと思うよ」
「きっとたくさん祝福の石が降臨するわね」
「俺もそう思う」

 ニアタが少し聞きづらそうに尋ねる。

「その……レリアさんも知ってるの?」
「レア兄のことは話してある」
「そう。供物は用意してあるのね?」
「もちろん」

 既に部屋から袋に入れて持ち出していたのでそれを見せた。この半島ではあまり見かけない大陸産の蒸留酒を水の都シーウァテレスで購入していたのだ。

 世界の果ての崖を掘った洞窟にある聖堂へレリアと一緒に入る。聖堂内は整った床ではなく土のためレリアがつまづいたりしないよう手をとりゆっくり進む。洞窟の奥にある大きな紋章入りの反力石リーペイトを見てレリアは感嘆していた。

 その前でビスタークは跪き、供物に買ってきた蒸留酒を置くとレリアも同じように跪き祈った。

「レア兄、俺、結婚したよ。こっちは妻のレリアだ。俺、幸せになれたよ。見守ってくれてありがとう」

 なんとなく、心の中でなく言葉を口にして祈った。レリアにも聞かせたかったのかもしれない。横にいる妻は眼を閉じて熱心に祈っている。その様子を見て微笑ましく思っていると、たくさんの反力石リーペイトが降臨した。気のせいかマフティロの時より多い気がしてビスタークは優越感に浸る。供物の酒は既に消えていた。すぐ側にレアフィールがいて祝ってくれている気がする。

「ありがとう、レア兄」

 そう呟くとレリアが目を開けてビスタークを見つめた。目が合うとにっこりと笑ったのでつられて微笑む。

「一生懸命何を祈ってたんだ?」

 レリアは手話で答える。

【よろしくお願いしますというご挨拶と、貴方を幸せにしますという宣言と、赤ちゃんが授かりますようにって】

 ビスタークは苦い表情になった。

「子どもなんかいらねえよ。お前の体力じゃ産めないだろ」
【頑張って体力つけるから】
「それはそうしろ。お前の健康のためにだ」

 ビスタークは本当に子どもなど望んでいなかった。妻の身体のほうがずっと大事だった。
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