残酷な描写あり
R-15
191 海中訓練
その次の日からフォスターは命の都の神衛兵訓練に参加し始めた。言われていた通りピリピリした雰囲気での訓練だった。和やかな会話など一切無く、無駄口を叩こうものなら直ぐに叱責が飛んでくる。肉体的疲労より精神的な疲労のほうが大きかった。
リューナが部屋の窓から顔を出していた。目は見えないものの訓練しているフォスターのかけ声を聞き分けようとしているのだ。水の都では訓練中に神衛兵見習い達が「可愛い娘がいる」と浮足立っていたが、そういったことも無かった。よそ見でもすれば怒鳴られた挙句晒し者にされそうな雰囲気である。
とにかく言われるまま必死で訓練をこなし初日を終えた。
訓練が終わると空気が緩む。皆、軽くため息をつき、会話が始まり、少しずつ賑やかになってゆく。リューナを見ている神衛兵も数人いる。その中に無表情の者はいないかと警戒して見回したが、既に通達されているからかそれともリューナが変装しているからか、誰もいないようだった。
「お前ら浮かれてんなよ! 明日は海だからな!」
フォスターは指導していた神衛兵の言葉を聞いて青ざめた。二日目にしていきなり海に連れて行かれるとは思っていなかったのだ。
『教官に詳細を聞きに行け。初日だって言えば教えてもらえるはずだ』
表情を歪めたフォスターを手のかかる息子だと思ったのか、ビスタークが指示を出す。確かに持ち物や集合場所など何一つわからない。素直に従うことにした。
「ああ、今日からの見習いか。それなら宿舎の部屋に詳細を知らせる書類が行っているはずだ。もし届いていなかったら受付に行ってくれ」
「わかりました」
「もし何か足りないものがあっても貸し出しているから大丈夫だぞ」
「ありがとうございます」
訓練中は厳しいが、意外と親切なのだな、と思った。しかしやはり不安はあるので昼食前に急いで自室に戻り書類を確認した。水着などは使わず、鎧の下に着ている服で泳ぐそうだ。不測の事態が起きた場合、水着など悠長に来ている場合では無いからだろう。乾燥石と洗浄石は貸してもらえるとのことである。また、初心者は普通に泳ぐ練習から始める、と書いてあったのでほっとした。
昼食はリューナたちと一緒に病院側の食堂でとる。セレインとカイルは勿論、双子のファイスールとテレクエルも同席する。
「大神官に言っておいたよー」
「そのうち連絡があると思うよ」
例の医者、ザイステルの自宅を訪ねる件である。きちんと伝えてくれたようだ。
「もう母さんから話は聞いてるって。単に忙しくて手が回らないみたい」
「ここの神衛を警備につけるみたいだよー」
「変なことしないようにって見張りもあるだろうけどね」
「まあ、それはしょうがないかな……」
リューナの事情を知らない者がついてくるのは少し不安だが、指名手配犯の手がかりがあるかもしれない自宅を一般人が勝手に調べることのほうがおかしいのだ。
「あ、そうそう。私の目の診察はね、なんか偉い人が診てくれることになったんだって」
「そうなんだ」
リューナの話に対しテレクエルがこちらに目配せしたところをみると事情を知っている医者なのかもしれない。それなら安心である。
「あんまり期待しないでおくね」
「だからそういうこと言うなって」
皆が反応に困っているとセレインが気を利かせたのか話題を変えた。
「あ、リューナにクッキー焼いてもらったよ。美味しかった」
「それは良かった」
「作り方書いた紙と材料もらったからまた作るね!」
「ありがと」
フォスターとリューナにセレインが素直に礼を言った。
「お前が食べたいだけだろ……」
「それもあるけどそれだけじゃないもん!」
フォスターの突っ込みに文句を言った後、ふと気づいたようにリューナはカイルにも声をかけた。
「あ、カイルも食べる?」
「……」
「カイル?」
いつもならリューナに話しかけられると嬉しくて動揺しているような返事をするカイルが無言なのを見てフォスターは怪訝に思い声をかける。
「あ、ごめん。ちょっとボーっとしてた。何の話?」
「リューナがクッキーいるかって」
「ありがとう。でも買ったばかりだからいいや。俺の分はリューナが食べて」
「そう? じゃあもらっちゃうね」
カイルが受け取らなかったことで取り分が増えてリューナは嬉しそうである。
「そうだ。天火っていつ頃出来そう?」
「明日には出来ると思うよ」
「思ったより早いな」
「うん。前会った商人さんにまた会ってさ。部品用に使える物売ってるところ紹介してもらったんだ。で、あのクッキーまた買えたんだよ」
「そうなんだ。良かったな」
「この前ハマってるって言ってたやつー?」
興味を持ったのかファイスールが横から訊いた。
「向こうの港町で買ったって言ってなかった?」
「うん。同じ船に乗ってたんだって。気付かなかったよ」
「ふーん。偶然出会えて良かったね」
「うん、良かった!」
テレクエルは首を傾げながらカイルと会話をしていた。
昼食後は宿泊費代わりに紹介される仕事へ行く。今日の仕事は海で採れた海産物を都へ運ぶ仕事だった。活け締めされた大量の魚を時停石付きの台車に載せ、それを押してトンネルをくぐり都の内部まで運ぶのだ。外の漁港から都まで緩やかな登り坂が続くので結構な重労働である。他の神衛兵見習いらしき青年たちと愚痴を言いながら仕事をこなしたが、水の都の地下深くへ水源石を運ぶ仕事よりは楽だなとフォスターは思った。
次の日。いよいよ海での訓練である。フォスターは初心者のため泳ぐ練習からだ。長い髪を後ろで団子状にまとめ上げ準備運動をする。泳いだ経験の浅い者は遊泳石を使い水に慣れるところから始める。カイルもそれで泳げるようになっていたところをみると、「泳げる」という経験を一度させることで無駄な力が抜けるのかもしれない。泳ぐ練習として理にかなっているのだろう。
フォスターは一度だけ泳いだことがある。水の都へ行く際の船で神衛兵に襲われたときだ。その時も遊泳石を使った。そのおかげか鎧を着けたままでも泳ぐことが出来ていた。今回は服だけで鎧も無く水の中に引き摺り込もうとする者もいない。特に失敗することもなく遊泳石無しでも泳げるようになった。
初心者には優しい対応の訓練だったが、沖合で行われている現役の神衛兵の訓練は厳しいものだった。
停泊している船へ泳いで近づき反力石で飛び上がって船に乗り込む先陣、その先陣から降ろされた梯子やロープを登る増援、その混乱に乗じて小舟で囲み弓矢を放つ隊など、船で攻め入られた場合を想定しているものだった。実際に攻め入られたことのある命の都ならではの訓練である。
「蘇生石なんてホントにあんのかね」
「無いだろ。人が生き返る石なんてあったら大騒ぎになってんじゃね?」
「だよなあ」
休憩中、皆が服の水分を絞ったりする中、どこかからそんな会話が聞こえてきた。
「人を生き返らせる神の石がある」
そんな噂を真に受けた人間が金に物を言わせて武装集団を作り、命の都は攻撃されたことがある。その過去を踏まえての訓練内容だ。聞くところによると住民の避難訓練もあるらしい。
この都に祀られる命の大神ライヴェロスの石は長命石という少し寿命をのばすと言われるお守り程度の効果の石である。
「大神の石がその程度の効果のはずが無い」
そう言いがかりをつけて存在しない「生き返らせる石」を求める者が後を絶たないのだという。
「その程度」とはいえ、ビスタークの記憶の中で母レリアが亡くなったとき身に付けていた長命石が消えていたことを考えると、一応効果はあったのだと思われる。人がいつ死ぬかなど誰にもわからないので、効果が分かりにくいだけかもしれない。折角命の都にいるのだから、念の為家族の分くらいは手に入れておこうとフォスターは思った。
「休憩終わり!」
その掛け声で皆口を閉じ海へと戻る。見習いは他の町から来ているだけなので命の神衛兵のように船に攻め込む訓練は行わないが、着衣のままある程度の距離を泳げるようにはしておくそうだ。元々見習いの普段の態度に厳しいが、水中で真剣さが足りないと命にかかわるため手厳しい態度も納得である。難しいことは特に行わずとにかく泳ぐだけでその日の訓練は終了した。
リューナが部屋の窓から顔を出していた。目は見えないものの訓練しているフォスターのかけ声を聞き分けようとしているのだ。水の都では訓練中に神衛兵見習い達が「可愛い娘がいる」と浮足立っていたが、そういったことも無かった。よそ見でもすれば怒鳴られた挙句晒し者にされそうな雰囲気である。
とにかく言われるまま必死で訓練をこなし初日を終えた。
訓練が終わると空気が緩む。皆、軽くため息をつき、会話が始まり、少しずつ賑やかになってゆく。リューナを見ている神衛兵も数人いる。その中に無表情の者はいないかと警戒して見回したが、既に通達されているからかそれともリューナが変装しているからか、誰もいないようだった。
「お前ら浮かれてんなよ! 明日は海だからな!」
フォスターは指導していた神衛兵の言葉を聞いて青ざめた。二日目にしていきなり海に連れて行かれるとは思っていなかったのだ。
『教官に詳細を聞きに行け。初日だって言えば教えてもらえるはずだ』
表情を歪めたフォスターを手のかかる息子だと思ったのか、ビスタークが指示を出す。確かに持ち物や集合場所など何一つわからない。素直に従うことにした。
「ああ、今日からの見習いか。それなら宿舎の部屋に詳細を知らせる書類が行っているはずだ。もし届いていなかったら受付に行ってくれ」
「わかりました」
「もし何か足りないものがあっても貸し出しているから大丈夫だぞ」
「ありがとうございます」
訓練中は厳しいが、意外と親切なのだな、と思った。しかしやはり不安はあるので昼食前に急いで自室に戻り書類を確認した。水着などは使わず、鎧の下に着ている服で泳ぐそうだ。不測の事態が起きた場合、水着など悠長に来ている場合では無いからだろう。乾燥石と洗浄石は貸してもらえるとのことである。また、初心者は普通に泳ぐ練習から始める、と書いてあったのでほっとした。
昼食はリューナたちと一緒に病院側の食堂でとる。セレインとカイルは勿論、双子のファイスールとテレクエルも同席する。
「大神官に言っておいたよー」
「そのうち連絡があると思うよ」
例の医者、ザイステルの自宅を訪ねる件である。きちんと伝えてくれたようだ。
「もう母さんから話は聞いてるって。単に忙しくて手が回らないみたい」
「ここの神衛を警備につけるみたいだよー」
「変なことしないようにって見張りもあるだろうけどね」
「まあ、それはしょうがないかな……」
リューナの事情を知らない者がついてくるのは少し不安だが、指名手配犯の手がかりがあるかもしれない自宅を一般人が勝手に調べることのほうがおかしいのだ。
「あ、そうそう。私の目の診察はね、なんか偉い人が診てくれることになったんだって」
「そうなんだ」
リューナの話に対しテレクエルがこちらに目配せしたところをみると事情を知っている医者なのかもしれない。それなら安心である。
「あんまり期待しないでおくね」
「だからそういうこと言うなって」
皆が反応に困っているとセレインが気を利かせたのか話題を変えた。
「あ、リューナにクッキー焼いてもらったよ。美味しかった」
「それは良かった」
「作り方書いた紙と材料もらったからまた作るね!」
「ありがと」
フォスターとリューナにセレインが素直に礼を言った。
「お前が食べたいだけだろ……」
「それもあるけどそれだけじゃないもん!」
フォスターの突っ込みに文句を言った後、ふと気づいたようにリューナはカイルにも声をかけた。
「あ、カイルも食べる?」
「……」
「カイル?」
いつもならリューナに話しかけられると嬉しくて動揺しているような返事をするカイルが無言なのを見てフォスターは怪訝に思い声をかける。
「あ、ごめん。ちょっとボーっとしてた。何の話?」
「リューナがクッキーいるかって」
「ありがとう。でも買ったばかりだからいいや。俺の分はリューナが食べて」
「そう? じゃあもらっちゃうね」
カイルが受け取らなかったことで取り分が増えてリューナは嬉しそうである。
「そうだ。天火っていつ頃出来そう?」
「明日には出来ると思うよ」
「思ったより早いな」
「うん。前会った商人さんにまた会ってさ。部品用に使える物売ってるところ紹介してもらったんだ。で、あのクッキーまた買えたんだよ」
「そうなんだ。良かったな」
「この前ハマってるって言ってたやつー?」
興味を持ったのかファイスールが横から訊いた。
「向こうの港町で買ったって言ってなかった?」
「うん。同じ船に乗ってたんだって。気付かなかったよ」
「ふーん。偶然出会えて良かったね」
「うん、良かった!」
テレクエルは首を傾げながらカイルと会話をしていた。
昼食後は宿泊費代わりに紹介される仕事へ行く。今日の仕事は海で採れた海産物を都へ運ぶ仕事だった。活け締めされた大量の魚を時停石付きの台車に載せ、それを押してトンネルをくぐり都の内部まで運ぶのだ。外の漁港から都まで緩やかな登り坂が続くので結構な重労働である。他の神衛兵見習いらしき青年たちと愚痴を言いながら仕事をこなしたが、水の都の地下深くへ水源石を運ぶ仕事よりは楽だなとフォスターは思った。
次の日。いよいよ海での訓練である。フォスターは初心者のため泳ぐ練習からだ。長い髪を後ろで団子状にまとめ上げ準備運動をする。泳いだ経験の浅い者は遊泳石を使い水に慣れるところから始める。カイルもそれで泳げるようになっていたところをみると、「泳げる」という経験を一度させることで無駄な力が抜けるのかもしれない。泳ぐ練習として理にかなっているのだろう。
フォスターは一度だけ泳いだことがある。水の都へ行く際の船で神衛兵に襲われたときだ。その時も遊泳石を使った。そのおかげか鎧を着けたままでも泳ぐことが出来ていた。今回は服だけで鎧も無く水の中に引き摺り込もうとする者もいない。特に失敗することもなく遊泳石無しでも泳げるようになった。
初心者には優しい対応の訓練だったが、沖合で行われている現役の神衛兵の訓練は厳しいものだった。
停泊している船へ泳いで近づき反力石で飛び上がって船に乗り込む先陣、その先陣から降ろされた梯子やロープを登る増援、その混乱に乗じて小舟で囲み弓矢を放つ隊など、船で攻め入られた場合を想定しているものだった。実際に攻め入られたことのある命の都ならではの訓練である。
「蘇生石なんてホントにあんのかね」
「無いだろ。人が生き返る石なんてあったら大騒ぎになってんじゃね?」
「だよなあ」
休憩中、皆が服の水分を絞ったりする中、どこかからそんな会話が聞こえてきた。
「人を生き返らせる神の石がある」
そんな噂を真に受けた人間が金に物を言わせて武装集団を作り、命の都は攻撃されたことがある。その過去を踏まえての訓練内容だ。聞くところによると住民の避難訓練もあるらしい。
この都に祀られる命の大神ライヴェロスの石は長命石という少し寿命をのばすと言われるお守り程度の効果の石である。
「大神の石がその程度の効果のはずが無い」
そう言いがかりをつけて存在しない「生き返らせる石」を求める者が後を絶たないのだという。
「その程度」とはいえ、ビスタークの記憶の中で母レリアが亡くなったとき身に付けていた長命石が消えていたことを考えると、一応効果はあったのだと思われる。人がいつ死ぬかなど誰にもわからないので、効果が分かりにくいだけかもしれない。折角命の都にいるのだから、念の為家族の分くらいは手に入れておこうとフォスターは思った。
「休憩終わり!」
その掛け声で皆口を閉じ海へと戻る。見習いは他の町から来ているだけなので命の神衛兵のように船に攻め込む訓練は行わないが、着衣のままある程度の距離を泳げるようにはしておくそうだ。元々見習いの普段の態度に厳しいが、水中で真剣さが足りないと命にかかわるため手厳しい態度も納得である。難しいことは特に行わずとにかく泳ぐだけでその日の訓練は終了した。