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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
192 蘇生石
 しばらく平凡な日々が続いた。フォスターは神衛兵かのえへいの訓練と仕事、リューナは菓子作りと理力補充の仕事を頼まれてやっていたらしい。

 最初の訓練から五日後。フォスターが部屋で焼き菓子を作っていると誰かが訪ねてきた。ファイスールとテレクエルの双子だろうとフォスターは気軽にドアを開けた。しかしそこに立っていた人物は知らない二人の男性だった。

「君がフォスター=ウォーリン君かね」
「あ、はい……」

 フォスターは動揺した。服装を見て七十代くらいの男性が誰なのかわかってしまったからである。もう一人は護衛の神衛兵だろう。こちらは五十代から六十代くらいでいかつい体型をしている。

「話をしたい。手短に済ますから部屋に入ってもいいかね?」
「え? あ、あの、散らかってるんですが」
「構わない。静寂石キューアイトを起動してくれるか」
「は、はい」

 部屋の中は卵の殻や粉のついたボウル、計量したバターなどが入っていた皿が無造作に置かれ、本当に散らかっていた。

「思っていたのとは違う散らかりかただな……」

 少し呆れたように神衛兵らしき男性が呟く。フォスターは静寂石キューアイトを起動しながら謝ろうと口を開きかけたがすぐ老齢のほうの男性から謝られた。

「いや、すまない。勝手に突然来たのだから、悪いのはこちらのほうだ」
「確かに。申し訳ない」
「あの……」

 フォスターはこの男性達が誰なのか大体わかってはいたが、念の為確認する。

「命の大神官様でよろしいですか?」
「ああ。そうか、皆が私の顔を知っているものだから失念していた。すまない。では改めて、ここで大神官をしているウィタム=ゼフィンプトだ」
「自分は大神官の護衛を務めるツィスパ=ロタピスだ」
「よろしくお願いします」

 フォスターは一礼してウィタムに椅子をすすめた。一つしか無いのと護衛のためツィスパは立っている。

「君たちのことは水の大神官親子から聞いているよ」
「呼び出しがあるものだと思っていました」
「そうしようかとも思ったのだが、君を呼んで自室で待っている間に別の仕事が入ってくるかもしれなかったのでね。気分転換も兼ねてこちらへ来させてもらった」
「はあ」

 厳格と言われる命の大神官からそんなことを言われ少し気が抜ける。

「大神官」

 ツィスパから非難するような声を掛けられ、ウィタムは咳払いをしてから本題に入った。

「ザイステル=ゴーントという医者の家を調べたいとのことだったね?」
「はい、そうです」
「その男の家は診療所も兼ねていたのだが、彼の失踪後に閉鎖された後も税金が払われていたこともあり、まだ建物は彼の所有となっていた」
「水の大神官からもそう聞いています」
「しかし今回のことで神殿預かりとなった。自由に調べてくれて構わないが、護衛として神衛兵をつけるのは了承してもらいたい」
「もちろんです」
「人員の都合がつくのが来週くらいになりそうなので少し待たせてしまう。詳しい日程はまた連絡するがいいかね?」
「構いません」

 ツィスパが続ける。

「自分は大神官付なので別の者に行かせる予定だ」
「はい」
「もちろん神の子の滞在されている建物の中も外も目立たないよう警備をしている」
「ありがとうございます」
「もう調べた後なので何も出てこないと思っているが、神の子なら何かわかるかもしれないとのことだったから、今回限りだ」

 ツィスパはリューナが神の子だと知っているようだ。水の都シーウァテレスの神衛兵は誰もリューナの正体を知らなかったので少し意外だった。

「我々は神の子と過ごしたことがあるのでね」
「四十年くらい前までね、ここにいたんだ」
「そうなんですか!」

 リューナとレアフィール以外の神の子の話を聞けるのは貴重だ。忘却神の町フォルゲスの大神官ロスリーメが昔神の子がいたという話をした程度である。

「彼は神の子と一緒に育ったんだ。誰かにそのことを漏らしたことも無いので安心してほしい」
「自分は孤児院出身なんだが、そこでずっと一緒にいてね。兄弟みたいなものだった」
「神の子なのに孤児院にいたんですか」
「この大きな神殿の内部に一人だけ子どもがいたら目立つだろう」
「特別扱いをすると良からぬ者に何をされるかわからないからね」
「だから君の『妹』も隔離をしなかったのだ」

 納得したと同時に気になった。

「『良からぬ者』って……」
「君は『蘇生石ライヴェイト』の噂は知っているかね?」
「あ、生き返りの神の石、ですか?」
「それを求める者があの手この手で脅しをかけたりするものでね」

 だから大神官の護衛は外せないのだろう。水の大神官に常に一緒の護衛はいなかったことを考えると、ここは厳戒態勢なのかもしれない。

「あの、ええと……無いんですよね? その蘇生石ライヴェイトは……」

 少し躊躇ったがこんな機会はもう無いかもしれないと思い訊いてみた。

「無い」
「正しくは、大昔にはあった、だね」
「大昔……」

 きっぱりとツィスパが言い、ウィタムが訂正した。

「例の戦争よりもっと昔の、神が人間と共に暮らしていた時代だよ」
「当時の神が一度作ったらしいのだ。神はまだ若く、それがどういう結果をもたらすか深く考えなかったらしい」
「大混乱になったという文献が残っている」
「すぐにその石も記憶も消されたはずなのだが、実際生き返った者もいたため噂は残ってしまったという話だ」

 フォスターはこうも訊いた。

「その話、蘇生石ライヴェイトを求める人たちには……」
「しているよ」
「その話をしても信じてくれないのだ」
「人は愚かなのでね。自分の信じたいものしか信じないんだよ。無いと言っても全く聞く耳を持たない。どうすればわかってもらえるのか、ずっと考えているのだが答えが出ない」

 大神官であるウィタムは深刻な様子でそう言った。何度も伝えてきたのだろう。苦労が窺える。

 そこで気の抜ける匂いが漂ってきた。菓子の焼ける匂いである。

「いい匂いだねえ」
「あ、すみません。ちょっと失礼します」

 天火を確認しに行く。

「もうちょっとかな……」
「菓子を作る神衛は珍しいな。好きなのかね?」
「あ、はい。菓子作りというか、料理が好きで」
「でもこの匂いが隣の部屋からしてきたら一種の苦行だね」
「すぐ下が食堂の厨房なので誤魔化せるかと思ったんですけど……まずいですかね?」
「それなら匂いがしてもおかしくないか」

 二人ともそわそわしているように見受けられた。もしや、と思い誘いをかけた。

「もうすぐ焼けるので味見していかれますか?」
「いいのかね?」
「大神官」

 前のめりな反応のウィタムをツィスパがたしなめる。フォスターはそれを横目に水差しからポットへ水を入れ、炎焼石バルネイトで湯を沸かし始めた。忙しい彼らへのフォスターなりの気遣いである。

「甘いものは控えたほうがいいって言われてたじゃないですか」
「普段は控えてるじゃないか」
「人前では、ですよね」
「君が甘い物好きだとバレると周りに舐められるなどと言うから隠しているんじゃないか」
「それはそうですよ。大の男が甘い物好きなんて恥ずかしい」

 その言葉はフォスターにも突き刺さった。それまて黙っていたビスタークの同意している声が頭に響く。

「これでも昔は医者を目指したこともあったんだから、食べる量くらい弁えている。それにまだ病気にはなっていないのだからこれくらい良いだろう。その分運動でもすればいい」
「仕方ないですね。ちゃんと守って下さいよ」

 健康の話になったので甘味を提供していいのか迷ったがどうやら大丈夫なようだ。

 それにしても、双子から厳格と聞いていたので拍子抜けした。どうもそのように振る舞っているだけのようだ。普段は相当気を張り詰めているのだろう。焼けたバターケーキを切り分けてお茶を入れながら、上に立つ人間には自分たちではわからない苦労があるのだな、と思った。
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