2.(2)
「ボク、手助けするわ!」
女の人の声。子供っぽいキンキンさがないことから判断すると、僕よりも歳はそれなりに上だろう。威勢のいい声だった。
声が聞こえてからすぐに、目の前に現れたのは戦士の恰好の女の人だ。大人の女性の年齢なんて分からないけど、多分二十代だと思う。肩くらいまでの長さの短槍を右手に握っている。短槍という存在は知っていたけど、初めて見た。
女の人は、僕を見て短く言う。
「魔物は今いるだけね?」
「は、はい……。多分」
「分かったわ。じゃ、おとなしく待っててね」
女の人はそれだけ言うと、魔物の群れに走り、短槍を振るった。風を切る鋭い音がこちらにも聞こえてくる。
すごい。
僕はそれだけ思った。
今までごく普通の村である程度普通に暮らしていた身なので、まともな武器は剣くらいしか知らなかった。だけど、そんな僕でも彼女の敏捷さは分かるし、短槍に長けているということは分かった。
そんなこんなで、女の人による攻撃はあっという間に終わった。魔物はぼんやりと光って、空気に消えていった――これが、魔物という制約から開放された魔力だ。魔物は魔力で出来ている。
女の人は息をついた。僕は慌てて彼女に駆け寄った。
「あ、あの……」
「大丈夫かしら? ボク」
「あ、はい……。有り難うございます」
「ううん。人が困っていたら助ける。当たり前のことでしょ?」
歯切れのいい声で、女の人は笑った。何だかもうほとんど暗いんだけど、この女の人が割ときれいということだけは分かった。格好良い。
「でも、バールーンに手こずるなんて、どうしたの? 避ける動きは悪くなかったから、武器が全く使えないってわけじゃないわよね。バールーンはそんなに強くないから、最初叩けば後は楽なのに」
「いや、その……。武器がちょっと……」
いや、本当に。普段魔物と戦う習慣がないとはいえ、やる気がなさ過ぎて全然点検をしなかった自分が恥ずかしすぎる。
「そうなの。災難ね。あ、なら、これ使うといいわ」
女の人は持っていた荷物袋の紐を緩めた。だけど、いつの間にもうすっかり暗い。覗こうとして首を捻っている。
僕は左手を軽く握った。
学校の先生が、剣を使っている時でも簡単な魔法は使えるように、と言ったことがあるので、内申点のために少しは特訓したことがある。大がかりなものは両手を使っても元々出来ないし、攻撃系も大抵は両手が必要だ。だが、明かりなら、左手だけでも充分だ。
僕が手を開いたら、光の球がいくつか、ふわふわと漂った。
女の人は「へえ」と呟き、こちらを見た。明かりが灯って分かったのは、この女の人はやっぱり割ときれいな人だと言うことか。黒い髪が肩でぴょんとはねていて、動きやすそうな革鎧とマントを身につけている。
「いいわねぇ。君、魔法が出来るのね」
「簡単なのだけですけど……」
「それでも羨ましいわ。わたし、自慢じゃないけど魔力は全然ないのよ。札も使えないくらい。だから、明かりも本物のランプ点けなきゃいけないのよねぇ」
そう言いながら、女の人は光を目で追っていた。
こんなの全然大したものではないけど、羨ましがられるというのも悪くはない。僕は心が浮き足立ちかけたが、ふと思い出し、辺りを見てみる。
僕の旅の仲間というか元凶がさっきからずっと何も発していない気がするのだが――
トリオは僕のすぐ傍の墓石の上に立っていた。ぴくりとも動かず、袋を漁りはじめた女の人を見つめている。
「……トリオ、どうかしたの?」
わりときれいだし、女の人に一目惚れ?
そうも思ったが、口にするのはやめておいた。当たっていても違っていても、今のトリオは鳥なので、話の進みようがない。
「トリオ、トリオッ!」
僕は墓石を向いて声をかけたが、トリオは動かない。
ずっと袋を焦っていた女の人は、僕のただならぬ様子に気がつき、こちらを見た。
「あら、ボク、どうかしたの?」
「ええと……、僕じゃなくて……。この鳥、トリオっていうんですけど……、トリオがさっきから何も喋らないんです」
「まあ、それは大変ね。でも、あの魔物は別に動きをとめるような習性は持っていなかったと思うわ」
女の人は墓石の傍へと寄り、トリオを真正面からじっと見た。
その時だ。
トリオは両翼を振り下げ、そのすさまじい勢いで下がった。翼を動かして出来た風によって、小石が転がったり、草が僕の足に当たったりした。
「に、に、に……」
トリオの声は震えている。そう、さっき僕がここを歩くのを嫌がった時と同じような感じで。
女の人は微笑んだ。
「あら、良かったじゃない。そのトリオっての、ちゃんと飛べたわね。でも、ににになんてヘンな鳴き声ねぇ」
「えっと……、鳴き声の時はきょるきょるだから、それは鳴き声じゃなくて……」
僕がトリオは人間の言葉を喋れるということを説明しようかどうしようか、トリオに確認しようと思い始めていたら、「きょるきょる」と言う鳴き声が聞こえてきた。
両手で耳を抑えながら首を捻る。
トリオはこの女の人を見て大騒ぎしているんだよな? 猫に狙われて訳が分からなくなったネズミみたいになっている。いや、鳥か。
そうしてしばらく鳴き続けたトリオは女の人に向かって叫んだ。
「に、に、に……ニルレン! 何なんじゃいそん恰好は! 髪まで切って!」
トリオの口から飛び出したその名前は、歴史の教科書には伝説の大魔法使い、勇者と記され、且つ、彼の仲間兼同棲相手(多分彼女)である女性の名前だった。
女の人の声。子供っぽいキンキンさがないことから判断すると、僕よりも歳はそれなりに上だろう。威勢のいい声だった。
声が聞こえてからすぐに、目の前に現れたのは戦士の恰好の女の人だ。大人の女性の年齢なんて分からないけど、多分二十代だと思う。肩くらいまでの長さの短槍を右手に握っている。短槍という存在は知っていたけど、初めて見た。
女の人は、僕を見て短く言う。
「魔物は今いるだけね?」
「は、はい……。多分」
「分かったわ。じゃ、おとなしく待っててね」
女の人はそれだけ言うと、魔物の群れに走り、短槍を振るった。風を切る鋭い音がこちらにも聞こえてくる。
すごい。
僕はそれだけ思った。
今までごく普通の村である程度普通に暮らしていた身なので、まともな武器は剣くらいしか知らなかった。だけど、そんな僕でも彼女の敏捷さは分かるし、短槍に長けているということは分かった。
そんなこんなで、女の人による攻撃はあっという間に終わった。魔物はぼんやりと光って、空気に消えていった――これが、魔物という制約から開放された魔力だ。魔物は魔力で出来ている。
女の人は息をついた。僕は慌てて彼女に駆け寄った。
「あ、あの……」
「大丈夫かしら? ボク」
「あ、はい……。有り難うございます」
「ううん。人が困っていたら助ける。当たり前のことでしょ?」
歯切れのいい声で、女の人は笑った。何だかもうほとんど暗いんだけど、この女の人が割ときれいということだけは分かった。格好良い。
「でも、バールーンに手こずるなんて、どうしたの? 避ける動きは悪くなかったから、武器が全く使えないってわけじゃないわよね。バールーンはそんなに強くないから、最初叩けば後は楽なのに」
「いや、その……。武器がちょっと……」
いや、本当に。普段魔物と戦う習慣がないとはいえ、やる気がなさ過ぎて全然点検をしなかった自分が恥ずかしすぎる。
「そうなの。災難ね。あ、なら、これ使うといいわ」
女の人は持っていた荷物袋の紐を緩めた。だけど、いつの間にもうすっかり暗い。覗こうとして首を捻っている。
僕は左手を軽く握った。
学校の先生が、剣を使っている時でも簡単な魔法は使えるように、と言ったことがあるので、内申点のために少しは特訓したことがある。大がかりなものは両手を使っても元々出来ないし、攻撃系も大抵は両手が必要だ。だが、明かりなら、左手だけでも充分だ。
僕が手を開いたら、光の球がいくつか、ふわふわと漂った。
女の人は「へえ」と呟き、こちらを見た。明かりが灯って分かったのは、この女の人はやっぱり割ときれいな人だと言うことか。黒い髪が肩でぴょんとはねていて、動きやすそうな革鎧とマントを身につけている。
「いいわねぇ。君、魔法が出来るのね」
「簡単なのだけですけど……」
「それでも羨ましいわ。わたし、自慢じゃないけど魔力は全然ないのよ。札も使えないくらい。だから、明かりも本物のランプ点けなきゃいけないのよねぇ」
そう言いながら、女の人は光を目で追っていた。
こんなの全然大したものではないけど、羨ましがられるというのも悪くはない。僕は心が浮き足立ちかけたが、ふと思い出し、辺りを見てみる。
僕の旅の仲間というか元凶がさっきからずっと何も発していない気がするのだが――
トリオは僕のすぐ傍の墓石の上に立っていた。ぴくりとも動かず、袋を漁りはじめた女の人を見つめている。
「……トリオ、どうかしたの?」
わりときれいだし、女の人に一目惚れ?
そうも思ったが、口にするのはやめておいた。当たっていても違っていても、今のトリオは鳥なので、話の進みようがない。
「トリオ、トリオッ!」
僕は墓石を向いて声をかけたが、トリオは動かない。
ずっと袋を焦っていた女の人は、僕のただならぬ様子に気がつき、こちらを見た。
「あら、ボク、どうかしたの?」
「ええと……、僕じゃなくて……。この鳥、トリオっていうんですけど……、トリオがさっきから何も喋らないんです」
「まあ、それは大変ね。でも、あの魔物は別に動きをとめるような習性は持っていなかったと思うわ」
女の人は墓石の傍へと寄り、トリオを真正面からじっと見た。
その時だ。
トリオは両翼を振り下げ、そのすさまじい勢いで下がった。翼を動かして出来た風によって、小石が転がったり、草が僕の足に当たったりした。
「に、に、に……」
トリオの声は震えている。そう、さっき僕がここを歩くのを嫌がった時と同じような感じで。
女の人は微笑んだ。
「あら、良かったじゃない。そのトリオっての、ちゃんと飛べたわね。でも、ににになんてヘンな鳴き声ねぇ」
「えっと……、鳴き声の時はきょるきょるだから、それは鳴き声じゃなくて……」
僕がトリオは人間の言葉を喋れるということを説明しようかどうしようか、トリオに確認しようと思い始めていたら、「きょるきょる」と言う鳴き声が聞こえてきた。
両手で耳を抑えながら首を捻る。
トリオはこの女の人を見て大騒ぎしているんだよな? 猫に狙われて訳が分からなくなったネズミみたいになっている。いや、鳥か。
そうしてしばらく鳴き続けたトリオは女の人に向かって叫んだ。
「に、に、に……ニルレン! 何なんじゃいそん恰好は! 髪まで切って!」
トリオの口から飛び出したその名前は、歴史の教科書には伝説の大魔法使い、勇者と記され、且つ、彼の仲間兼同棲相手(多分彼女)である女性の名前だった。