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 僕は女の人を見た。女の人は首を傾げている。

「何? この鳥。わたしはニルレンじゃなくてマチルダだけど……。魔法使いじゃないし」
「ま、ま、またワシが笑わんような訳分からん冗談で人をからかおうとしちょるんか!」
「トリオ」

 一応声はかけてみたが、存在感のない僕の言葉なんて当然聞こえないらしい。
 トリオの言葉は続く。

「いつも言っとることじゃがワレは笑いのポイントがずれとるんじゃ! 大体ワレが短槍使うなんぞ六年間一緒におって初めて知ったぞ! いつの間に覚えたんじゃ!」

 トリオは、マチルダさんという女の人の遙か上空からギャーギャー叫んでいる。
 だが、マチルダさんは依然首を傾げたままだ。

「何なのよぉ。一体。怒られる記憶ないわよ」

 マチルダさんは身に覚えのないようだが、彼女よりは付き合いが数日長い僕なので、そろそろ話の意味が分かってきた。
 だからトリオに近づき言った。

「トリオー。この人はニルレンじゃないみたいだよー」
「嘘じゃ! そうやって何度も人を騙そうとくだらんこと企んどるんじゃ!」

 一体、ニルレンとトリオの間で何が繰り広げられていたのだろうか? ただの英雄カップルな同棲カップルじゃなかったのか。過去の二人の様子は気になるが、歴史の教科書にはそういうことは書いていない。

「いや、だってニルレンは二百年前の人だよ。仮に生きててもおばあさんだし」
「あいつはワシをこん姿に変えたんじゃぞ! 自分の姿若う変えるくらい訳ないことないじゃろ!」

 ごもっとも。
 確かめることが出来ない現状、あくまで自称なんだけど、この愉快な見かけの鳥の真実の姿は凛々しいらしい。
 だが、それはとりあえず今回は関係なさそうだ。
 いつまでも叫んでいるトリオを見て、マチルダさんはいらいらしたらしい。短槍で地面をついた。

「っもー! そこの鳥、いい加減にしなさい! わたしは大魔法使いじゃないわ。スゴ腕美人短槍使いのマチルダよ!」

 その剣幕に浮かぶことを忘れ、地面へと落ちていくトリオを、僕は慌てて受け止めた。僕の腕の中で、トリオは目を白黒させている。

「ニ、ニルレンじゃないんじゃと……」
「……そうみたいだね。他人の空似ってやつなんじゃないのかなぁ」

 一応そう返してはみるが、僕はニルレンがどんな姿をしているのかなんて知らない。ニルレンの姿は絵でも写真でも存在しないからだ。
 女の人は何回か短槍の柄を地面につく。

「もう。何を勘違いしているのかは知らないけど、わたしはスゴ腕美人短槍使いのマチルダ。年は二十三歳。仲間と彼氏募集中よ」
「あ、はい。ええと。僕はユウです。年は十五歳。それでこっちのはトリオです」

 自己紹介らしきものを向こうがしてきたので、僕も返すことにした。だけど、自分でスゴ腕とか美人っていうのも凄いなぁ。確かにわりと美人で格好いいけどさ。
 マチルダさんは、トリオをじろりと見る。

「で、何なのよ。この鳥。わたしをさっきからニルレンって。ニルレンってあの大魔法使い? どんな姿か知らないけど、そんなにわたしに似ているの?」
「顔も声も背丈も瓜二つじゃ!」

 素早く大声で返した後、トリオはゆっくりと言う。

「まあ髪形と服は違うんじゃが。あと筋肉質だし、ちょっと年が上かも――」
「何よ! わたしはまだピチピチで若さはつらつの二十三歳よ!」

 マチルダさんはまた短槍をどんとついた。トリオは言い足りない様子。

「そう言うても、ニルレンは二十歳じゃったし……」

 まあ、マチルダさんには悪いけど、二十歳と二十三歳じゃ結構違うというのはそうかもしれない。売れないアイドルだと二十三歳くらいで引退しているしなぁ。トビィが写真を気に入っていたプリンちゃんも卒業写真集の話あったし。
 でも、マグスを倒したときのニルレンって、そんなに若かったんだ。ちょっと驚き。
 世の中には才能のある人というのがいるもんだ。
 全く違う、遠い世界のことだなぁ、と、僕は何となく感慨深くなり、夜空を見上げた。
 前を向くと墓石だから。
 そんな風に僕が一人完結している間に、話は進んでいく。

「っていうか、信じられないわ。あんた、ニルレン捜しているわけ?」
「捜しているんじゃない。戻してもらいに行くんじゃ」
「はぁ? 相手は二百年前の英雄よ。いくら、英雄の元パートナーでも、情けないバカ鳥にされた、現代に生きるマヌケ鳥のあんたが会えるわけないわ」
「鳥って言うな! ワシぁ元は人間じゃと言ったじゃろ! おんどれなんぞ毛布ひっかぶってガタガタ震えて、ついでにあまりの凛々しさに恐れてしょんべん洩らすくらいの美形じゃったんじゃ!」

 それは見てみたいけど、しょんべん洩らすのは勘弁したい。

「しょんべんなんて、レディーに対して失礼ね!」
「おんどれのどこがレディーじゃい!」
「つむじのてっぺんから足の小指のはしっこまでよ! 何よ! あんたなんか、こっちから狙い下げよ。いくら美形でも、今ただの鳥だし、味方から魔法かけられるなんてマヌケだし。所詮バカ鳥ね」

 いつの間にか、トリオは自分が鳥になったいきさつを、マチルダさんに話していたらしい。基本的には僕に優しい気がするトリオが、随分とぶち込んだ会話をしている。
 彼女に似てるからって、仲がいいことで。
 僕は一人と一羽の会話を、ぼんやり聞いていた。
 そんな中、マチルダさんは、突然僕の名前を呼んだ。

「ねえ、ユウ君。こんなマヌケな黄緑色のバカ鳥なんか構わないで、わたしとパーティー組まないかしら?」
「へ?」
「あなた、動きも悪くないし、魔法使えるみたいだし、かわいいし。いいパーティーになると思うの」
「いや、僕は長期休み限定で旅でてるんで」

 心の底から村の学生の僕は迷わず断った。
 しかし、かわいいですか。
 割ときれいなお姉さんから誘われる(こう書くと随分怪しく思える)のは悪い気分にはならない。しかし、男が女性から言われて傷つく言葉ベスト五にランクイン確定な「かわいい」という言葉を言われた僕は、かなり複雑な気持ちになった。
 トリオはその僕の複雑な気持ちを理解した――わけじゃ、当然ないだろうが、羽をばさりとやってから言い返した。

「フン。かわいい年下のガキを傍に置きよって、逆ハーレムでも作るつもりかのう?」
「違うわよ!」

 マチルダさんは地面を蹴る。

「ふーんだ。あんたは、わたしみたいに若くて可愛い女の子を集めたハーレム、作りたくても作れないもんねぇ。あんたなんか、メス猫のハーレム作って食べられちゃえばいいのよ!」

 さらりと残酷なことを言うマチルダさん。恐ろしい。
 僕は黄緑色の羽だけになったトリオを想像し、ぞっとした。
 僕が想像している間に随分と時間は経っているようだけど、言い合いはまだ続いている。
 そろそろ、この一人と一羽の口ゲンカを終わりにした方がいいだろう。

「あのう……。そろそろ明かりの魔法も効果なくなるし……。いい加減他の所に行った方がいいんじゃ……」

 だが、思った通り、普通に言ったのでは一人と一匹はそれを聞いてくれない。いつもの通り、次は声を大にして言う。
 すると、トリオとマチルダさんはびくりとして、こちらを見た。

「どうしたの? ユウ君」
「どうしたんじゃ? ユウ」

 同時に、似たような言葉を言う一人と一匹。
 こいつら気が合うよな。

「いや、だから、そろそろ他の所行った方がいいと思うんですけど……。明かりの魔法効果もなくなりますから」
「あ、そうね」

 マチルダさんは僕の言葉に頷いた。トリオもこくりと頷く。

「ユウ君とバカ鳥は道に迷っていたのよね。わたしの用事が終わってからで良かったら、わたしが町までの道案内するけど。ここから少し距離あるしね」
「本当ですか?」

 それは願ったり叶ったりだ。
 だが、トリオは頷こうとする僕を引き止める。

「待て、ユウ。この女の用事が何なのか確かめてからでないと、ワレの身が危ないかもしれん。ワシも今は魔法が使えんから守れん」
「……トリオ」

 幸いなことに濡れ衣らしく、マチルダさんは怒鳴った。

「しっつれいね! わたしはここにお化け退治に来たのよ!」
「お、お化け……」

 自分の顔が引きつるのが何となく分かった。
 さっきからずっとずっと言っているけど、僕はそういう類のものに対しては生理的に恐怖を感じる。早い話が、苦手なのだ。
 僕のそんな様子を見て、マチルダさんは笑った。

「ふふっ。ホントのお化けのはずはないわよ。大方、魔力の泉ね。ホント言うとね、わたし、ただ単に魔力の泉を調べに来ただけなの」

 魔力は人など、色々なものに身についている力だが、自然界で、泉のように溜まる場所がある。それが魔力の泉だ。その魔力は精霊のものという説もあるが、一般的には誰のものではないとされている。
 そういうところでは、魔物が発生する場合、光ったり、温度が少々変化したりといったこともおこる。
 確かに、夜中に魔力の泉が何か起こそうとしたら、それはお化けのように勘違いされてしまう可能性も少なくはない。霊現象は、魔力の泉が実態というのも数多い。

「魔物が来た方向から考えると、この旧墓地からちょっと奥にある森が怪しいのよね。ねぇ、道案内する前に、手伝ってくれてもバチは当たらないでしょう?」

 マチルダさんはにっこりと笑った。
 僕はトリオを見た。
 トリオはケラケラと笑う。

「何じゃい。結局一人じゃ怖うてしょんべんちびりそうちゅうだけなんじゃな」
「違うわよ!」

 マチルダさんは、トリオに向かって短槍を突き出した。慌てて避けるトリオ。一人も一匹も、動きはハンパじゃなく素早かった。
 ……まさか、本気に当てようとしたのだろうか。気になるが、人並み程度にしか剣の出来ない僕には知りようもない。
 短槍を突き出したことにより、多少トリオについてのストレスが解消されたらしいマチルダさんは、トリオの「きょるきょる」という叫び声や、僕が再現するのにはちょっとためらうような文句を全て聞き流し、僕に笑いかけた。

「ねえ、どうかしら? ユウ君。今なら、サービスで魔物も退治出来る剣もつけるわ」
「手伝います! お化けじゃないなら平気ですし!」

 何よりも、サービスが欲しい。道に迷いはしたが、ここがどこなのかは分かったので何とかなるだろう。しかし、次の町につくまでに何が起こるか分からない。使用期限の切れた学用品ではない、魔物を倒せる剣は必須なのだ。

「こりゃ、ユウ!」

 トリオが翼で僕をペシペシ叩いてくすぐったい中、僕は神妙な顔をしてみる。

「ゴメン、トリオ……。今、僕たちに一番必要なのは無駄なプライドじゃない。身を守るためのもの。魔物を倒せる剣なんだ……」
「……ユウ」
「だからさ、少しくらいイヤでも我慢しようよ……」
「そうじゃな」

 意外にあっさりとおちてくれたトリオに、僕は内心驚いた。

「ユウも、いつ襲いかかられるかもしれんと、えろう大変なんじゃ。いくら最初は年上っちゅうやつでものう」

 この鳥の初めては年上だったのだろうか。
 どうでもいい疑問が頭に浮かぶ。

「ここはわしがしっかりして、ワレを不幸の道に進めんようにしないといかんのじゃ」
「……ま、まあ、ね」

 しかし、僕とトリオのかなり近くに、そのマチルダさんがいるのを、トリオはちゃんと理解しているのだろうか。いや、理解してもどうこうする気もないのかな。すぐにまたトリオを睨み始めたマチルダさんに、僕は急いで話しかけた。

「そ、それではお願いしますっ! マチルダさん」

 マチルダさんはにっこりと微笑む。

「いいえ、こちらこそヨロシクね。ユウ君。あと、ついでにバカ鳥も」
「ついでとは何じゃ。連れになろうとする相手に礼儀も知らん、この串刺し女が!」
「ひっどーい! せっかく聖女のように慈愛に満ちた優しい私が、あんたみたいな面白お笑いバカ鳥にヨロシクしてあげようと思ったのに!」
「常識もわきまえないモンにだれがヨロシクするかい。ワシの品位が落ちるで!」

 ……何だか、もう止めるのも面倒くさくなってきた。
 僕は、とりあえずこの事態に慣れるのに努力した。
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