4.(2)
視界は真っ白で何も見えない。
しもべって僕が何とか出来るほどの相手なのだろうか?
マチルダさんなら平気なのだろうか? 大丈夫なのだろうか?
とてつもなく不安になって、とにかくトリオの姿を見ようと思った。彼のゆるい口調を聞いていると、気落ちしなくなるのは確かだから。でも。
「……あれ? トリオ?」
横を見たのだが、トリオがいない。黄緑色ですごく目立つはずなのに。いつも口やかましいし、見えなくてもどこにいるか大体分かるはずなのに、分からない。
「トリオ? トリオ! どこだよ!」
どうしよう。困った僕はマチルダさんに言おうと思った。僕はさっきまでマチルダさんのいたところを見た。
けど、マチルダさんもいない。
僕一人だ。
「マチルダさん! トリオ!」
周りをくるりと一周してみた。
でも、一人も一羽もどこにもいない。見えるのは、白い煙だけ。遠くを探そうにも、見えやしない。
僕一人でどうすればいいのか分からない。
だから一人と一羽を探したいのに、どこにいるんだ?
どこにいて、どうなっていて、ぼくはなにをすればいいのかわからなくて……。
それで……
「アホ! ユウ、落ち着けぃ!」
黄緑色のなめらかな手触りのものが、僕の頭をぽかぽかと何回も叩いた。大して痛くはないけど、僕が我を取り戻すのには充分だった。
僕は、すうっ、と何かから通り抜けたような感覚を覚えた。チューブみたいに細い何かから、寒天みたいにつるっと抜け出たような。
「ふえ? あれ、トリオ」
僕は目を大きく瞬かせてトリオを見た。トリオはまた僕の頭をぽかぽかとやる。
「うわ、や、や、止めろよぉ……」
すると、トリオはその翼を止めた。
「解除するためなんじゃから、しょうがないじゃろ。どうやら、ワレは『混乱』の魔法にかかりやすいようじゃしな」
「コンランノマホウ……?」
まだ、上手く働かない僕の頭は、それを言葉としてではなく、ただの音としてしか認識出来なかった。トリオはゆっくりと言った。
「学校で習ったじゃろ? 今の方がそういうのはしっかり教えちょると思うんじゃがな」
ああ、混乱の魔法か。
「ま、白い半透明の煙をみたら、うずくまるか、水を被るかどっちかしい。それで随分違う」
「わかった。さすがだね」
今や魔法が使えない黄緑色の鳥だけど、彼がこういう事態に慣れているということはよく分かった。
辺りを見たら、白い半透明の煙はもうどこにもないことに気がついた。これでとりあえず、また混乱の魔法にかかるということはない。
マチルダさんが飛んできた。
「ユウ君! 大丈夫?」
「あ、はい……何とか……」
「はっ、ユウは平気じゃい。それよりも、串刺し女はとっととあれ倒してこい」
「分かったわよ。でも、アレをどうやって攻撃すればいいわけ?」
マチルダさんはアレというのを指差した。僕が混乱している間に、話はずいぶんと進んだらしい。そこにはテービットさんではなく、角の生えた丸い体の魔物がいた。二足歩行をする牛みたいな魔物が、胸を両手で太鼓のように交互に叩いている。何の儀式だ?
「あれがしもべ?」
僕もそちらを指差す。
「いや、しもべはワレを混乱させたもんじゃ。そいつは弱くてな。あの串刺し女がすぐに槍使うて倒した」
「え、すごい」
「じゃが、あのおっさんが、妙な薬を自分にかけてあんな角生やしてしもうたんじゃ。それから、気力でも上げておるんかのう。ああやっておる」
「へえ……」
話せる程度には落ち着いているとはいえ、なかなか面倒な状況のようだ。
「で、どうすればいいのよー。アイツ、そろそろ胸板叩くの止めちゃうわよ」
口を尖らせるマチルダさんの目の前まで、トリオは飛び、言った。
「とりあえず、オトリになってくれい。決め手が見つかるまでは、あまり深くは突っ込まんでくれよ。ワシが今ええ作戦考える。ユウは串刺し女に魔除けの魔法かけろ。それからはワシを守れ」
「分かった。じゃ、早速」
僕はホハムのグミキャンデーを口に入れ飲み込み、腰に吊るしていた魔法の札を一枚手に取り、呪文を言った。たちまち黄色っぽい光が札の周りに集まる。札のおかげで魔力が強くなったのだ。僕はその力をマチルダさんにかけた。
マチルダさんの体を光が包んだと思ったらすぐに、光は消えた。
「一応かかりました。でも、あんな魔物相手じゃ焼け石に水かけるぐらいの効果、っていうか気休めでしょうね」
そもそもあの牛と鬼の合いの子みたいなのは、魔物なのか? テービットさんなのか?
「ううん。ありがと、ユウ君。じゃ、バカ鳥。なるべく早く作戦考えてよ」
「分かっちょる」
トリオが答えた途端、地面が揺れ、僕は飛び上がってしまった。
地震か?
いや、テービットさんが飛び跳ねたらしい。人間姿の時は、動きが軽やかなせいか、音がほとんどしなかったのに。とうとう戦闘体制に入るというわけか。マチルダさんは短槍をしっかりと握った。
「行ってくるわ」
その言葉を最後に、マチルダさんは高く跳んだ。僕の手を三つ並べたよりも大きそうなテービットさんの拳が、マチルダさんを狙ったのだ。そのまま拳は地面へといき、ドンという大きな音がなった。
「ほーら、鬼さん、こっちよ!」
テービットさんの拳はマチルダさんに向かって幾度も放たれるが、身のこなしが半端じゃなく素早いマチルダさんが当たるわけもない。ぴょんぴょんとさっきのテービットさんみたいに飛び跳ねながら、避けている。
昨日も思ったけど、性格の割に、マチルダさんはそんなに直情型な戦い方ではなかった。
相手が僕たちへの気をやらないようにかな。多分わざと大きな動きで動いたり、変則的な動きで短槍を繰り出し目を離させないようにしている。
僕はトリオに来る衝撃が少しでも弱くなるように、結界をはった。効果あるのか分からないんだけどね。そして、トリオは今まで見たことがないくらい、真剣に考えていた。
「いかんのぅ……。こっちには圧倒的な攻撃力を持ったもんがおらんのじゃ」
「……確かに」
マチルダさんは素早くて確実性はある。しかし、攻撃力は弱くはない程度で、すごく強いわけじゃない。僕も小回りのきく魔法と、成績表に『そこそこ出来ます』と書かれた程度の剣しかない。
トリオは――何なんだ?
トリオはぶんぶんと頭を振った。
「くそっ、人間の頃のワシならあんぐらい倒せる魔力があったんじゃが……」
まさか使えないなんて思わなかったよね。
「と、トリオ……」
心配になってきた僕。その時。
「大丈夫だいじょうぶ。魔力はあるよ。使い方を知らないだけ」
絵本の世界の銀色の鈴が転がるような声で、非常に淡々とした話し方。それが僕とトリオの背後から聞こえた。
何故だかじわじわとやってくる不安感を抑え、僕は息を呑み込み、振り向いた。
彼女は片側の口角だけを上げている。
「申し訳ないね。こっちものんびりしていた訳じゃないけど、準備に手間取っちゃってさ。でも、ここまで話が進んでるなんて。ははは、驚きだ」
乾いた笑い声が僕の耳に届く。
濃い金色の長い髪。大きめの青い瞳。ふっくらと色白で、ふんわりとした頬に、それらをまとめあげる透き通るように白い肌。
髪はまとめていないでそのまま下ろしているし、服もドレスよりは動きやすそうなワンピース。恰好のおかげで印象は少し違う。
でも、その人間とは思えないほど愛らしい姿の彼女は、間違いなく昼間に会った少女だった。
しもべって僕が何とか出来るほどの相手なのだろうか?
マチルダさんなら平気なのだろうか? 大丈夫なのだろうか?
とてつもなく不安になって、とにかくトリオの姿を見ようと思った。彼のゆるい口調を聞いていると、気落ちしなくなるのは確かだから。でも。
「……あれ? トリオ?」
横を見たのだが、トリオがいない。黄緑色ですごく目立つはずなのに。いつも口やかましいし、見えなくてもどこにいるか大体分かるはずなのに、分からない。
「トリオ? トリオ! どこだよ!」
どうしよう。困った僕はマチルダさんに言おうと思った。僕はさっきまでマチルダさんのいたところを見た。
けど、マチルダさんもいない。
僕一人だ。
「マチルダさん! トリオ!」
周りをくるりと一周してみた。
でも、一人も一羽もどこにもいない。見えるのは、白い煙だけ。遠くを探そうにも、見えやしない。
僕一人でどうすればいいのか分からない。
だから一人と一羽を探したいのに、どこにいるんだ?
どこにいて、どうなっていて、ぼくはなにをすればいいのかわからなくて……。
それで……
「アホ! ユウ、落ち着けぃ!」
黄緑色のなめらかな手触りのものが、僕の頭をぽかぽかと何回も叩いた。大して痛くはないけど、僕が我を取り戻すのには充分だった。
僕は、すうっ、と何かから通り抜けたような感覚を覚えた。チューブみたいに細い何かから、寒天みたいにつるっと抜け出たような。
「ふえ? あれ、トリオ」
僕は目を大きく瞬かせてトリオを見た。トリオはまた僕の頭をぽかぽかとやる。
「うわ、や、や、止めろよぉ……」
すると、トリオはその翼を止めた。
「解除するためなんじゃから、しょうがないじゃろ。どうやら、ワレは『混乱』の魔法にかかりやすいようじゃしな」
「コンランノマホウ……?」
まだ、上手く働かない僕の頭は、それを言葉としてではなく、ただの音としてしか認識出来なかった。トリオはゆっくりと言った。
「学校で習ったじゃろ? 今の方がそういうのはしっかり教えちょると思うんじゃがな」
ああ、混乱の魔法か。
「ま、白い半透明の煙をみたら、うずくまるか、水を被るかどっちかしい。それで随分違う」
「わかった。さすがだね」
今や魔法が使えない黄緑色の鳥だけど、彼がこういう事態に慣れているということはよく分かった。
辺りを見たら、白い半透明の煙はもうどこにもないことに気がついた。これでとりあえず、また混乱の魔法にかかるということはない。
マチルダさんが飛んできた。
「ユウ君! 大丈夫?」
「あ、はい……何とか……」
「はっ、ユウは平気じゃい。それよりも、串刺し女はとっととあれ倒してこい」
「分かったわよ。でも、アレをどうやって攻撃すればいいわけ?」
マチルダさんはアレというのを指差した。僕が混乱している間に、話はずいぶんと進んだらしい。そこにはテービットさんではなく、角の生えた丸い体の魔物がいた。二足歩行をする牛みたいな魔物が、胸を両手で太鼓のように交互に叩いている。何の儀式だ?
「あれがしもべ?」
僕もそちらを指差す。
「いや、しもべはワレを混乱させたもんじゃ。そいつは弱くてな。あの串刺し女がすぐに槍使うて倒した」
「え、すごい」
「じゃが、あのおっさんが、妙な薬を自分にかけてあんな角生やしてしもうたんじゃ。それから、気力でも上げておるんかのう。ああやっておる」
「へえ……」
話せる程度には落ち着いているとはいえ、なかなか面倒な状況のようだ。
「で、どうすればいいのよー。アイツ、そろそろ胸板叩くの止めちゃうわよ」
口を尖らせるマチルダさんの目の前まで、トリオは飛び、言った。
「とりあえず、オトリになってくれい。決め手が見つかるまでは、あまり深くは突っ込まんでくれよ。ワシが今ええ作戦考える。ユウは串刺し女に魔除けの魔法かけろ。それからはワシを守れ」
「分かった。じゃ、早速」
僕はホハムのグミキャンデーを口に入れ飲み込み、腰に吊るしていた魔法の札を一枚手に取り、呪文を言った。たちまち黄色っぽい光が札の周りに集まる。札のおかげで魔力が強くなったのだ。僕はその力をマチルダさんにかけた。
マチルダさんの体を光が包んだと思ったらすぐに、光は消えた。
「一応かかりました。でも、あんな魔物相手じゃ焼け石に水かけるぐらいの効果、っていうか気休めでしょうね」
そもそもあの牛と鬼の合いの子みたいなのは、魔物なのか? テービットさんなのか?
「ううん。ありがと、ユウ君。じゃ、バカ鳥。なるべく早く作戦考えてよ」
「分かっちょる」
トリオが答えた途端、地面が揺れ、僕は飛び上がってしまった。
地震か?
いや、テービットさんが飛び跳ねたらしい。人間姿の時は、動きが軽やかなせいか、音がほとんどしなかったのに。とうとう戦闘体制に入るというわけか。マチルダさんは短槍をしっかりと握った。
「行ってくるわ」
その言葉を最後に、マチルダさんは高く跳んだ。僕の手を三つ並べたよりも大きそうなテービットさんの拳が、マチルダさんを狙ったのだ。そのまま拳は地面へといき、ドンという大きな音がなった。
「ほーら、鬼さん、こっちよ!」
テービットさんの拳はマチルダさんに向かって幾度も放たれるが、身のこなしが半端じゃなく素早いマチルダさんが当たるわけもない。ぴょんぴょんとさっきのテービットさんみたいに飛び跳ねながら、避けている。
昨日も思ったけど、性格の割に、マチルダさんはそんなに直情型な戦い方ではなかった。
相手が僕たちへの気をやらないようにかな。多分わざと大きな動きで動いたり、変則的な動きで短槍を繰り出し目を離させないようにしている。
僕はトリオに来る衝撃が少しでも弱くなるように、結界をはった。効果あるのか分からないんだけどね。そして、トリオは今まで見たことがないくらい、真剣に考えていた。
「いかんのぅ……。こっちには圧倒的な攻撃力を持ったもんがおらんのじゃ」
「……確かに」
マチルダさんは素早くて確実性はある。しかし、攻撃力は弱くはない程度で、すごく強いわけじゃない。僕も小回りのきく魔法と、成績表に『そこそこ出来ます』と書かれた程度の剣しかない。
トリオは――何なんだ?
トリオはぶんぶんと頭を振った。
「くそっ、人間の頃のワシならあんぐらい倒せる魔力があったんじゃが……」
まさか使えないなんて思わなかったよね。
「と、トリオ……」
心配になってきた僕。その時。
「大丈夫だいじょうぶ。魔力はあるよ。使い方を知らないだけ」
絵本の世界の銀色の鈴が転がるような声で、非常に淡々とした話し方。それが僕とトリオの背後から聞こえた。
何故だかじわじわとやってくる不安感を抑え、僕は息を呑み込み、振り向いた。
彼女は片側の口角だけを上げている。
「申し訳ないね。こっちものんびりしていた訳じゃないけど、準備に手間取っちゃってさ。でも、ここまで話が進んでるなんて。ははは、驚きだ」
乾いた笑い声が僕の耳に届く。
濃い金色の長い髪。大きめの青い瞳。ふっくらと色白で、ふんわりとした頬に、それらをまとめあげる透き通るように白い肌。
髪はまとめていないでそのまま下ろしているし、服もドレスよりは動きやすそうなワンピース。恰好のおかげで印象は少し違う。
でも、その人間とは思えないほど愛らしい姿の彼女は、間違いなく昼間に会った少女だった。