5.(6)
相変わらず休んでいた僕の頭の中に、何やらごそごそという音が聞こえてきた。
僕は目を開ける。
アリアがこちらへ近付いてきた。
「ユウ、起きたのか。今、夕方なんだけどね。ちょうどいいタイミングだ」
「タイミング?」
ベッドの上で上体を起こし、足を曲げて三角座りしながら聞き返すと、彼女は僕の目の前で手の平を広げた。そこにあるのは、紐付きの握れるくらい小さな革袋。ぱっと見た感じは携帯用の薬入れのように思える。丸薬とかを入れるための。
僕は、母親がトリオにつけたピカピカの魔除けの布のお守り袋を思い出した。
「プレゼント。ほら、君が妙な気分にならないためのお守りとでも思ってさ。これから何回もあんなことになるのはイヤでしょ。少しぐらいは効果あるよ。良かったら身につけてくれないかな」
黙ってそれを見る僕に対し、アリアは微笑んだ。
「大丈夫だいじょうぶ。変なものは使ってない。プラスの効果はあっても、マイナスの効果はないはずだよ」
「そっか。ありがと……」
どういうものかよく分からないけど、きっと、僕が知らない何か深いものでもあるんだろう。僕はそれを受け取った。
腰に吊るすのも悪くはないけれど、けっこう長い紐だったので、僕はそれを首から下げることにした。うん。長さはちょうど良さそうだ。
僕は袋の紐を頭にくぐらせた。
すると、効果はたちまち現れた。
あまりのことに、僕は息を飲み込んだ後、口を閉じるのも忘れてしまった。当然僕からは見えないけど、アリアからは表情の変貌ぶりはよく見えただろう。
何だろう。胸より少し上の平らな部分――ちょうど革袋が当たる部分なんだけど、どろどろとそこに留まっていた何かが、さらりとなってそこから流れてしまったような感覚だ。
同時に、マチルダさんやトリオにかなり心配された、よく分からない気分の悪さも、あっさりと流れてしまった。
僕の視線は革袋、手の平、そしてアリアの間を何回も行き来した。
そうしている内に浮かんでくるのは当然の疑問だ。
「どういうこと?」
「内緒」
そう言いつつも、はっきりとした様子の僕を確認してから、アリアは教えてくれた。
「今なら、君がさっき考えてたことについても考えられるよ。言葉に出すのはちょっと危ないかもしれないけど」
「……どういうこと?」
納得できない僕の様子は目に入らない様子で、彼女は「うーん」と首を傾げ、顎に手を添えた。
「……どこまで考えていたんだろうなぁ」
「え?」
聞き返すと、そこで彼女ははっと息を飲んだ。
「あ、いやいや、何でもない何でもない」
彼女は視線だけを上げた。何の変哲もないただの壁の右を見たり左を見たりした後、溜め息をついた。
「あのね、君は自分のことをありふれたごく普通の村人と思っているみたいだけど、それは物凄く特別なことなんだ。だから、私は君のことは全力で守るよ」
どういう意味なのかは分からない。
でも、アリアは何か知ってる。
その内容は、多分僕が口に出そうとしたことが正しいということだったり、それによって僕がこんな目に合った理由についてだったりするのだろう。
それでいて、僕にとって何か悪いことをするつもりはない。多分。
きっと。
少なくとも、アリアが今口にしようとしないことについて、時期を待たずにそれを追求したら、さっきのようになってしまうんじゃないかなとは思う。
だから僕は追求せず、一言伝えた。
「……ありがとう」
アリアは僕の隣に座った。
「ユウ、気晴らしに、また世間話でもしないかい?」
「うん、そうだね」
彼女との会話は、こんな状況でも、やっぱり楽しかった。
そうしてしばらくしたら聞こえてきた、扉を大きく開く音。
「もう! 聞いてよ、ユウ君にアリアちゃん!」
騒音は迷惑だ。
だけど、そんなことを気にする人じゃない。こういうときのマチルダさんは。
「おい、他にも客がおるのに、大きい音出すな!」
注意するトリオもマチルダさんほどじゃないけど、ちょっと声が大きい。
「バカ鳥ったら、ヒドイの! わたしが選ぶ物ぜーんぶにケチつけるのよ!」
「はっ、串刺し女の選ぶモンなんぞ、非常識千万じゃい!」
ベッド近くのサイドテーブルに降り立ったトリオは胸を張って答えた。マチルダさんは唇を突き出す。
「何よー、あんたが選ぶものだって時代遅ればっかよ。今を生きるわたしにとっては、ヒジョーシキ! 全く、時代を理解していないんだから、このオイボレ鳥ったら」
「ワシぁまだ二十五じゃ!」
首を振りながら、マチルダさんはテーブルに近づいた。トリオの目の前で、左手は五本、右手は四本の指を広げた。
「二十五じゃないわよ! 二百二十五の間違いよ! 九倍よ!」
マチルダさん 、意外に計算が強い。
「なんちゅうこと言うんじゃ、このアマは!」
トリオの赤いちょんまげは大きく揺れる。
「全く、悪いこと言うたともう一度謝ったワシが馬鹿じゃった!」
もう一度謝ったんだ。やっぱりこの鳥、結構生真面目だよな。
「何言ってるのよ。あんたなんか、二百二十五回謝ったって足りないわよ! 懺悔した後、わたしを称えなさいよ!」
マチルダさんの絶叫。
……フミの町の人、ご迷惑申し訳ありません。
アリアと僕は互いを見て、苦笑いをした。思ったことは同じだったようだった。
僕は目を開ける。
アリアがこちらへ近付いてきた。
「ユウ、起きたのか。今、夕方なんだけどね。ちょうどいいタイミングだ」
「タイミング?」
ベッドの上で上体を起こし、足を曲げて三角座りしながら聞き返すと、彼女は僕の目の前で手の平を広げた。そこにあるのは、紐付きの握れるくらい小さな革袋。ぱっと見た感じは携帯用の薬入れのように思える。丸薬とかを入れるための。
僕は、母親がトリオにつけたピカピカの魔除けの布のお守り袋を思い出した。
「プレゼント。ほら、君が妙な気分にならないためのお守りとでも思ってさ。これから何回もあんなことになるのはイヤでしょ。少しぐらいは効果あるよ。良かったら身につけてくれないかな」
黙ってそれを見る僕に対し、アリアは微笑んだ。
「大丈夫だいじょうぶ。変なものは使ってない。プラスの効果はあっても、マイナスの効果はないはずだよ」
「そっか。ありがと……」
どういうものかよく分からないけど、きっと、僕が知らない何か深いものでもあるんだろう。僕はそれを受け取った。
腰に吊るすのも悪くはないけれど、けっこう長い紐だったので、僕はそれを首から下げることにした。うん。長さはちょうど良さそうだ。
僕は袋の紐を頭にくぐらせた。
すると、効果はたちまち現れた。
あまりのことに、僕は息を飲み込んだ後、口を閉じるのも忘れてしまった。当然僕からは見えないけど、アリアからは表情の変貌ぶりはよく見えただろう。
何だろう。胸より少し上の平らな部分――ちょうど革袋が当たる部分なんだけど、どろどろとそこに留まっていた何かが、さらりとなってそこから流れてしまったような感覚だ。
同時に、マチルダさんやトリオにかなり心配された、よく分からない気分の悪さも、あっさりと流れてしまった。
僕の視線は革袋、手の平、そしてアリアの間を何回も行き来した。
そうしている内に浮かんでくるのは当然の疑問だ。
「どういうこと?」
「内緒」
そう言いつつも、はっきりとした様子の僕を確認してから、アリアは教えてくれた。
「今なら、君がさっき考えてたことについても考えられるよ。言葉に出すのはちょっと危ないかもしれないけど」
「……どういうこと?」
納得できない僕の様子は目に入らない様子で、彼女は「うーん」と首を傾げ、顎に手を添えた。
「……どこまで考えていたんだろうなぁ」
「え?」
聞き返すと、そこで彼女ははっと息を飲んだ。
「あ、いやいや、何でもない何でもない」
彼女は視線だけを上げた。何の変哲もないただの壁の右を見たり左を見たりした後、溜め息をついた。
「あのね、君は自分のことをありふれたごく普通の村人と思っているみたいだけど、それは物凄く特別なことなんだ。だから、私は君のことは全力で守るよ」
どういう意味なのかは分からない。
でも、アリアは何か知ってる。
その内容は、多分僕が口に出そうとしたことが正しいということだったり、それによって僕がこんな目に合った理由についてだったりするのだろう。
それでいて、僕にとって何か悪いことをするつもりはない。多分。
きっと。
少なくとも、アリアが今口にしようとしないことについて、時期を待たずにそれを追求したら、さっきのようになってしまうんじゃないかなとは思う。
だから僕は追求せず、一言伝えた。
「……ありがとう」
アリアは僕の隣に座った。
「ユウ、気晴らしに、また世間話でもしないかい?」
「うん、そうだね」
彼女との会話は、こんな状況でも、やっぱり楽しかった。
そうしてしばらくしたら聞こえてきた、扉を大きく開く音。
「もう! 聞いてよ、ユウ君にアリアちゃん!」
騒音は迷惑だ。
だけど、そんなことを気にする人じゃない。こういうときのマチルダさんは。
「おい、他にも客がおるのに、大きい音出すな!」
注意するトリオもマチルダさんほどじゃないけど、ちょっと声が大きい。
「バカ鳥ったら、ヒドイの! わたしが選ぶ物ぜーんぶにケチつけるのよ!」
「はっ、串刺し女の選ぶモンなんぞ、非常識千万じゃい!」
ベッド近くのサイドテーブルに降り立ったトリオは胸を張って答えた。マチルダさんは唇を突き出す。
「何よー、あんたが選ぶものだって時代遅ればっかよ。今を生きるわたしにとっては、ヒジョーシキ! 全く、時代を理解していないんだから、このオイボレ鳥ったら」
「ワシぁまだ二十五じゃ!」
首を振りながら、マチルダさんはテーブルに近づいた。トリオの目の前で、左手は五本、右手は四本の指を広げた。
「二十五じゃないわよ! 二百二十五の間違いよ! 九倍よ!」
マチルダさん 、意外に計算が強い。
「なんちゅうこと言うんじゃ、このアマは!」
トリオの赤いちょんまげは大きく揺れる。
「全く、悪いこと言うたともう一度謝ったワシが馬鹿じゃった!」
もう一度謝ったんだ。やっぱりこの鳥、結構生真面目だよな。
「何言ってるのよ。あんたなんか、二百二十五回謝ったって足りないわよ! 懺悔した後、わたしを称えなさいよ!」
マチルダさんの絶叫。
……フミの町の人、ご迷惑申し訳ありません。
アリアと僕は互いを見て、苦笑いをした。思ったことは同じだったようだった。