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7.(4)
※人名派手に間違えまくったので直しています。
申し訳ありません。

 首にかけられた巾着袋は、少し温かくて心地良い。トリオはひとまず巾着袋を服の下に押し込んだ。その勢いで頭がふわりとした。酒が回ったのだろうか。

「よう分からんが。ありがとう」
「いえいえ。本当は何かちゃんとしたものを贈りたかったんだけどね。時間なかったし、それは落ち着いてからということで、おっめでとー」

 アイラは両方の口角をにっとあげた。トリオは頬をかいた。

「……聞いたんか」
「あそこまで囲っておいて、何もしなかったらどうしようとは思ったよ。責任取る気があって良かったよ」
「囲うとか人聞きの悪いこと言うな」

 トリオの抗議を無視して、勢いよくアイラは頷いた。

「いやいや、二割は真面目な話をしたけど、八割それがテーマでしたよ。今が一番楽しい時期でしょうから、事細かに教えてくれたし、あのしゃきしゃきした子がふわふわのろけてのろけてのろけまくって本当にニルレン可愛かったよ!」

 早口で捲し立てたあとに、アイラは夢見る乙女のように右手を頬に添え、ふうと息をつく。
 内心、八割で済んだのかとトリオは思った。

「いやあ、終わってから本格的に付き合わなかったらそのまま消しちゃおうと思ってたけど、プロポーズして愛の同棲生活とはまじ尊敬っすよ。色男のおにーさん」

 内心気にしていることを振られて、言い訳したくなる。

「……こっちは一緒に住むなら、ちゃんと籍までいれてからが良かったんじゃけど」
「家無しなんだし、二人で住むしかないでしょ。プロポーズして婚約したなら一ヶ月位いいんじゃないの? ずっと一緒に旅してたくせに細かいな面倒くせー男」
「それとこれとは違うじゃろ」
「あなたはまだまだ若いのに本当に真面目だなぁ」

 自分よりも十ほど若い少女に揶揄される。

「まあ、ラブラブならいいじゃないか。いちゃいちゃぶりについて、ニルレン本当に事細かに教えてくれたよ」
「……言うたんか」
「もっちろん」

 とはいえ、その風景について、今朝までのニルレンを知っているトリオには容易に浮かんだ。二人は物凄く仲が良い。アイラは右手を放し、再び片側の口角だけ上げている。

「あちらは話したいしこちらは聞きたいんだよ。人の恋バナなんて何よりの娯楽だ。恋するニルレンめちゃくちゃ可愛いし、私もきゅんときて昼間なのについつい汚」
「汚すな!」
「えー、物理的に汚したのは私じゃなくてトリオさんだし。えっ、汚したって、まさかぶっ」
「人聞きの悪いこと言うな!」

 甘くないレモンソーダとイカのオイル漬けがやってきた。アイラはレモンサワーをもって、トリオのエールのコップに軽く当てた。

「いえーい。かんぱーい。で、どうなんだい色男。愛の同棲生活は。そりゃあ、あれっしょ。いちゃいちゃべたべたやりまくっているんでしょ? 酒のつまみの猥談として、ただれた性生活聞かせてよ。開通させた記念で」
「おい、永遠の十六歳」
「失敬。当方、耳年増なものでして、情報だけは成人指定です」

 砂糖抜きの生搾りのレモンソーダを美味そうに飲むアイラを見て、トリオは文句を言うのをやめた。ニルレンとは別の方向で、彼女には振り回された。彼女がおしとやかなのは見た目だけだ。聖いのも力だけだ。俗物の塊だ。

 タマとベンが癒やしだった。

 ああ、ベンと一緒にタマをなでたい。なでさせてくれないけど。ベンののみ取りを手伝いたい。トリオは天井を仰いだ。
 イカのオイル漬けをつまみながら、トリオは近況を話した。

 城に世話になっている間に伝手を使って家を借りて住み始めたこと。ニルレンは魔法研究所とたまにやりとりはしているが、彼女と違い外に出向くことが仕事の主体となる自分は今ひとつ気が乗らず、とりあえず専業主夫じみたことをやっていること。

 アイラは「同日に互いの話を一度に聞くって実に贅沢な時間だよね」と片側の口角を上げていた。

「しかし、こうやってあなたと盛り上がることができて良かったよ。一緒に旅した大切な仲間とゆっくり話したかった。ニルレンとは朝から晩までしょっちゅう話していたけどさ、あなたとは猥談以外でまともな話をする機会が少なかったんじゃないかな」
「……そっちが一方的に絡んでただけじゃと思うが」
「えー、そっかな?」

 とぼける言葉にため息をつく。

「じゃったら、あのときこっそりとのうなるな。終わったら、いくらでも時間とれたいうのに」

 トリオは文句を言うと、アイラはえへへと無邪気に笑う。それだけなら確かに十六歳の少女だ。

「すみませんねえ。私にも事情があるんですー」
「まったく、何やっとるんじゃか」
「ははは」
「……ニルレンには害のないことなんじゃろうな?」

 少し声を低くしたが、アイラは軽く調子で返答した。

「もっちろん。私が大好きなニルレンに害をなすわけがない。むしろ、こちらはあなた方に害がないようにばかりを考えて動いているんだ。私はそれに関しては絶対に嘘をつかない」

 それに関しては。

 やはり、彼女が話す身の上話は嘘ばっかりなのだろう。一年弱の付き合いだが、アイラについては何も分からなかった。
 トリオの視線の意味に気付いたのだろう。アイラは片側だけ口角を上げ、話をかえる。

「しっかし、トリオさん本当にニルレンのことしか言わないよね。超過保護。ニルレンはかつてあなたの手を取った十四の女の子じゃないよ。もう大人で色々考えているんだ。本当に大人の女性として好きなの?」
「あ、当たり前じゃろ」

 反論すると、アイラはそのままレモンソーダを飲み干し、グラスをテーブルに置いた。

「……きれい系の凛としたのが好みだったはずなんだけど、過酷な冒険の影響で性癖って変化するもんなのか? 新たな調教か?」
「はあ?」
「こっちの話さ。そんなことより」

 アイラはトリオを半眼で見る。

「トリオさん、自分の腕の中に収まる未熟さを求めようとするのは良くないことだ。あなたはそもそもそういうのを好む性質ではない。超過保護な面倒見すぎの態度はかえないと、いつか疲弊して破綻するよ。永遠の十六歳が耳年増で得た知識からの助言」

 風貌は幼い彼女は、すっかり空になったグラスを持ち上げて、トリオに向かって振る。

「まあ、性癖の矯正は私の役目ではないし、おいとく。私にとって、ニルレンの幸せは最優先事項だ」
「……こっちだってそのつもりじゃ」
「だよね。だからさ、お得意のナセル族の魔法の腕でも磨いておいてよ。格好良いおにーさん」
「何じゃ、突然」

 突然魔法の話をされ、戸惑うトリオにアイラは更にグラスを向けてくる。

「いいから、はい、返事」
「はあ」

 相変わらず胡散臭い。

「ほんっと、相変わらずゆるいし、お人好しすぎるよね。トリオさん。気になってしょうがないくせに、本当に聞きたいことも絶対に聞いてこない、筋金入りの事なかれ主義」

 アイラは「ははは」と笑い、甘くないジンジャーエールを追加する。

「まあ、それがあなたなんだけどね」



 そして、二人は店を出た。空はすっかり赤みを帯びている。アイラはトリオを見上げる。

「トリオさん、今日はワシスに泊まるの?」
「ああ、ニルレン達もいないし、あせって戻る必要もないからの」
「まあ、差し迫る不自由の前の時間だし、浮気しない程度に楽しんで」
「せんわ」

 短く否定すると、アイラはいつもの様に口元を片側だけ上げ、幼気な見かけに似合わない不敵な笑みを浮かべる。

「そりゃ良かった。また、会おうね」
「まあな。少なくとも、ワシはいる場所はしばらくはかわらんつもりじゃよ」
「ははは。かわってもこちらから会いにいくから。必ずあなたを見つけるから、大丈夫だいじょうぶ」

 アイラは手を振って、トリオから遠ざかっていった。
 コヨミ神殿の情報を集めている際に出会った、異国出身の元神官見習いと自称する十六歳の少女。魔道具ばかりを好んで使っていたため、ほとんど使う機会を見なかったが、聖なる力の使い手としてトリオ達を神殿へと導いた。神殿で力を得た後、マグスとの戦いにもその力と知恵を貸してくれた。

 彼女がどこまで本当のことを言っていたのか、よく分からない。

 ただ、ニルレンにとっては彼女はとても大切な友人だし、トリオにとっても同様だ。だから、彼女とまた会えるように、深くは聞かないことにした。

 世界を救った勇者のパートナーとしては随分消極的な態度なのは分かっているが、何かが壊れてしまう可能性があるなら、何も変えたくない。

 流されて世界を救う手助けまでしてしまったが、そもそも自分からは何も波風立てたくはない。故郷でぼんやり特産の薬草畑でも耕していたかった。

 もっとも、それだとニルレンにタマとベン、アイラと出会うこともなさったわけではあるが。

 その後、城下町で一泊し、翌朝、生鮮食品を買い足し、楽器屋で新しい弦を買って帰宅した。
 そのまま自堕落に本を読んだり、リュートを弾いたり夜更かししたり、憧れつつもまったく塩がなかった静かで気ままな一人暮らしを満喫し、そして五日間。

 扉が開いたので、新しく築く家族を迎えようとした。

 一週間ぶりに帰ってきた婚約者に「おかえり」を言う間もなかった。タマとベンに飛びつかれ、泣きそうな顔の彼女に突然魔法をかけられ、普通なら巡り会わない場所に連れて行かれた。

 一言、「コヨミ神殿に行って」という言葉をもたされて。
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