7.(6)
かつて旅をした少女と同じ笑みを浮かべる、煌めくような美しさを持つ少女がそこにいる。
なぜ姿が違うのか。
その疑問は当たり前のように浮かぶが、ニルレンの手によって鳥の姿となってしまった己がいる。人の姿であるならば、もっと容易い可能性はある。
それにしたって言いたいことはある。
「いや、思っていた状況と全く違うわ。アリア」
変わってもというのは、せいぜい引っ越すか、再び旅に出る程度だと思っていた。ニルレンと一緒に。
その言葉を聞いたアリアは片側の口角をあげる。
「さっすが。その状態で、かつての名でなくアリアと呼ぶのは賢明だ。ほんっと、頭いいよねー。トリオさん」
軽口を叩く彼女に対し、トリオは嘴を鳴らした。
「馬鹿にしちょるんか。ユウが妙に話を濁そうとするときや、倒れたときの言動を思い出したら、言っちゃいけん言葉があることくらいは分かるわ」
「ははは。ニルレンはトリオさんのこと、いつも頭脳担当とか言ってたものね」
そこまで賞賛されるほどかはともかく、彼女が知らない、または判断できないことを決めてきた気はする。ニルレンの方が優れている箇所は多かったが、彼女は興味の幅が狭すぎて、範囲から逸れたものについては「そんなのどうでもいいわよ」と投棄てることが多かった。
そのようなことから、少なくともニルレンよりは知識の幅があるトリオが有益な場面は多かった。
「うーん、私もそんなに頭悪くないと思うんだけどね?」
アリアはわざとらしく首を傾げる。長い金髪がさらりと揺れ、上げた口角は隠れていく。
一息吐いて、トリオはその言葉に答えた。
「確かに、情報を色々持っちょるとは思うけど、ザツじゃし、いつも漏れが多くなかったか? さっき考慮漏れと言っちょったじゃろ」
「えー、酷いなー。頭脳担当さんよー」
ちゃかすような話し方を聞きながら、いつも本心を明かさない彼女が、いつも通り明かさないでいてくれるのはむしろ安心した。
もう一度、アリアに何か飲むように促したら、今度は素直に従った。小さいテーブルにいくつかの瓶とコップが置いてあった。
悩みながら甘いリンゴジュースの瓶を選び、顔をしかめてラッパ飲みをするアリア。その立ち姿はかつての旅の間に何度も見たことがある。
トリオは自分が今まで全く気付いていなかったことについて、改めて呆れた。
「それよりも、まあ、危険はないじゃろうから、マチルダはこのまま寝かしておけばええとして、ユウのところに行きたいんじゃが」
中身を半分以上残した瓶を口から離し、アリアは「あれぇ」とわざとらしく言う。
「自分で眠らせたくせに酷いなぁ、トリオさんは。やっと気付いたのにいいの? 寝ている耳元で愛の言葉囁くとか、そういうプレイしなくていいの? 美女と面白鳥の人外プレイ的な」
「黙れ」
トリオの言葉に、アリアは「ははは」と乾いた笑い声を上げながら、瓶をテーブルに戻す。
「そりゃあ、マチルダに対して思うところばかりじゃが、優先順位はしっかりと設定するのは基本じゃろ。少なくとも、今はマチルダは安全じゃ。ワレがマチルダに危害を加えるとは思わん」
「ははは、信頼してくれてありがたいよ。私が大好きな彼女に手を出すことはないのは確かなことだからね」
「本当に胡散臭いな」
わざとらしく、手をひらひらとさせるアリアにトリオはため息をついた。アリアにもたれかかっているマチルダを見る。
「しかし、分かっておったが、本当に魔力も耐性もないんじゃな。ワシはまだ半分の力も出せていないというんに、この程度の魔法で寝おって」
実に無防備な、力の抜けた彼女を見やる。
「よく、何もなかったな。いくら腕に覚えがあると言うても一人で」
「ほんっと過保護だよねー。彼女は相変わらず可愛いとはいえ、もうあなたが出会った当初とは違うっていうのに。おさな妻扱いかよ。この過保護の少女趣味鳥。女の趣味変わったのかよ」
軽口を叩くアリアを無視して、トリオは下から座ったまま寝るマチルダを見上げた。黒い前髪が垂れていて、寝顔はよく分からない。そのままではさすがにかわいそうだと、アリアは座ったままのマチルダを寝台に寝かせ、仰向けにした。一人と一羽は反対側の寝台へ移動した。
「で、話を戻す」
「はーい」
「部屋を出る気のなかったワシは何故かこの部屋におる。しかも戻ろうにも身体がそっちへ向かん。ワレが何かやっちょるのか? アリアがユウの側にいないのなら、当座は大丈夫なのはわかるんじゃが、戻りたい」
三週間ほど一緒に旅をしている少年ユウ。
期間が短いとはいえ、四六時中一緒にいることもあり、トリオはかなりユウに対して愛着を感じている。
しばらく同性との縁が薄かった自分にとっては、久々に親しく話せる同性の連れで気兼ねなく楽しい。大人げない気もしたが、同性同士でしかできないようなふざけあいもした。
年齢の割には気の利いた、なかなか頭の働く少年だ。本人は普通の家だと言い張っているが、学歴という面では普通よりは優秀なご家庭だ。両親の聡明さは遺伝している。
彼の両親は発想がおかしいところは散見されたが、世情に詳しく、こちらの時代に不慣れなトリオに対しての説明も、旅立つまでの準備も的確な知的な人たちではあった。
しかし、連れてきた自分が言うのもなんだが、ユウは異様に押しが弱く流されやすかった。将来冒険者やら騎士の道は選ばないと考えられるとはいえ、あれほど流されやすいと他の職業でもうまくいかないだろう。そう思ってわざとユウを困らせることを言っても、それでも流されている。
旅立つ前に両親にユウについての話を聞いた様子や、ユウの親に愛されるのが当然というが如きの振る舞いから、少々変わっているとはいえ、何だかんだあたたかそうなご家庭だ。よくよく話すと、発想におかしいところはあれど、子について様々な方面から考えてはいる両親だったため、生育環境とも思えない。
異様に流されやすいのはそういう性質なだけなのか、少し気になっていた。
そんなユウが祭の後半で突然倒れた。フミの町で、明らかに具合が悪そうだったことはあるが、自分がはっきりと目にしたのはこれが初めてだ。
ユウが倒れる直前に言っていた『主役』を思い出す。
ここで眠りについている自分の恋人は、ユウとは異なり、その言葉を享受するに足る実に特殊な経歴の持ち主だ。
強い魔力を持つが故に狭い世界に押し込められ、トリオが連れ出すまでは外の世界があることすら知らずに、そこで無邪気に笑っていた。
あの背景は、十代半ばまでは、今はなき故郷で親や兄姉に世話を焼いてもらいながら、ぼんやり平凡に暮らしていた自分のような者とは世界が異なる。
トリオがニルレンと出会ったのは仕事中のことで、本来は事象の顛末について上司に報告する必要があった。しかし、トリオの外套を掴んで俯くまだまだ幼い少女の様子を鑑みて、報告することはやめ、旅先で再開した知り合いの娘として周囲には説明した。
それ故に、ニルレンの背景はごく少数しか知らない。トリオとニルレン、話を彼女に聞いたと主張するアイラないしアリアのみだ。
また、マグスを倒すという名目で旅をしていた時も、まるで、勇者が来ると分かっていたかのような場面に出くわすことは多かった。
それから逃げると、マグスを倒すのを避けようと、必死で噂から背を向けていたはずなのに、気がつくと、マグスを倒す話へと歩まされていた。
その道を辿らせた、勇者一行をコヨミ神殿へと導いた聖女は、目の前にいる。
彼女が現れてから、ニルレンとトリオは絡み取られ、選択肢を奪われ、マグスを倒すための一方通行の一本道に放り出された。
今ははっきりとした勇者という存在はおらず、何が正しいのかは分からない。ただ、ユウが言ってたことを考えてみると、確かにわざわざ用意されたような内容は今回もあった。
しかし、ユウは。
彼は用意された人間ではないのだろう。
恐らく本来は村の少年として、トリオと出会わず、ウヅキ村でダラダラと長期休みを過ごすのが正しかったのだろう。ここにいることは誤りだし、ましてや、そんな村人が舞台を指摘するということについては、はっきりと間違っていると考えられた。
なぜ姿が違うのか。
その疑問は当たり前のように浮かぶが、ニルレンの手によって鳥の姿となってしまった己がいる。人の姿であるならば、もっと容易い可能性はある。
それにしたって言いたいことはある。
「いや、思っていた状況と全く違うわ。アリア」
変わってもというのは、せいぜい引っ越すか、再び旅に出る程度だと思っていた。ニルレンと一緒に。
その言葉を聞いたアリアは片側の口角をあげる。
「さっすが。その状態で、かつての名でなくアリアと呼ぶのは賢明だ。ほんっと、頭いいよねー。トリオさん」
軽口を叩く彼女に対し、トリオは嘴を鳴らした。
「馬鹿にしちょるんか。ユウが妙に話を濁そうとするときや、倒れたときの言動を思い出したら、言っちゃいけん言葉があることくらいは分かるわ」
「ははは。ニルレンはトリオさんのこと、いつも頭脳担当とか言ってたものね」
そこまで賞賛されるほどかはともかく、彼女が知らない、または判断できないことを決めてきた気はする。ニルレンの方が優れている箇所は多かったが、彼女は興味の幅が狭すぎて、範囲から逸れたものについては「そんなのどうでもいいわよ」と投棄てることが多かった。
そのようなことから、少なくともニルレンよりは知識の幅があるトリオが有益な場面は多かった。
「うーん、私もそんなに頭悪くないと思うんだけどね?」
アリアはわざとらしく首を傾げる。長い金髪がさらりと揺れ、上げた口角は隠れていく。
一息吐いて、トリオはその言葉に答えた。
「確かに、情報を色々持っちょるとは思うけど、ザツじゃし、いつも漏れが多くなかったか? さっき考慮漏れと言っちょったじゃろ」
「えー、酷いなー。頭脳担当さんよー」
ちゃかすような話し方を聞きながら、いつも本心を明かさない彼女が、いつも通り明かさないでいてくれるのはむしろ安心した。
もう一度、アリアに何か飲むように促したら、今度は素直に従った。小さいテーブルにいくつかの瓶とコップが置いてあった。
悩みながら甘いリンゴジュースの瓶を選び、顔をしかめてラッパ飲みをするアリア。その立ち姿はかつての旅の間に何度も見たことがある。
トリオは自分が今まで全く気付いていなかったことについて、改めて呆れた。
「それよりも、まあ、危険はないじゃろうから、マチルダはこのまま寝かしておけばええとして、ユウのところに行きたいんじゃが」
中身を半分以上残した瓶を口から離し、アリアは「あれぇ」とわざとらしく言う。
「自分で眠らせたくせに酷いなぁ、トリオさんは。やっと気付いたのにいいの? 寝ている耳元で愛の言葉囁くとか、そういうプレイしなくていいの? 美女と面白鳥の人外プレイ的な」
「黙れ」
トリオの言葉に、アリアは「ははは」と乾いた笑い声を上げながら、瓶をテーブルに戻す。
「そりゃあ、マチルダに対して思うところばかりじゃが、優先順位はしっかりと設定するのは基本じゃろ。少なくとも、今はマチルダは安全じゃ。ワレがマチルダに危害を加えるとは思わん」
「ははは、信頼してくれてありがたいよ。私が大好きな彼女に手を出すことはないのは確かなことだからね」
「本当に胡散臭いな」
わざとらしく、手をひらひらとさせるアリアにトリオはため息をついた。アリアにもたれかかっているマチルダを見る。
「しかし、分かっておったが、本当に魔力も耐性もないんじゃな。ワシはまだ半分の力も出せていないというんに、この程度の魔法で寝おって」
実に無防備な、力の抜けた彼女を見やる。
「よく、何もなかったな。いくら腕に覚えがあると言うても一人で」
「ほんっと過保護だよねー。彼女は相変わらず可愛いとはいえ、もうあなたが出会った当初とは違うっていうのに。おさな妻扱いかよ。この過保護の少女趣味鳥。女の趣味変わったのかよ」
軽口を叩くアリアを無視して、トリオは下から座ったまま寝るマチルダを見上げた。黒い前髪が垂れていて、寝顔はよく分からない。そのままではさすがにかわいそうだと、アリアは座ったままのマチルダを寝台に寝かせ、仰向けにした。一人と一羽は反対側の寝台へ移動した。
「で、話を戻す」
「はーい」
「部屋を出る気のなかったワシは何故かこの部屋におる。しかも戻ろうにも身体がそっちへ向かん。ワレが何かやっちょるのか? アリアがユウの側にいないのなら、当座は大丈夫なのはわかるんじゃが、戻りたい」
三週間ほど一緒に旅をしている少年ユウ。
期間が短いとはいえ、四六時中一緒にいることもあり、トリオはかなりユウに対して愛着を感じている。
しばらく同性との縁が薄かった自分にとっては、久々に親しく話せる同性の連れで気兼ねなく楽しい。大人げない気もしたが、同性同士でしかできないようなふざけあいもした。
年齢の割には気の利いた、なかなか頭の働く少年だ。本人は普通の家だと言い張っているが、学歴という面では普通よりは優秀なご家庭だ。両親の聡明さは遺伝している。
彼の両親は発想がおかしいところは散見されたが、世情に詳しく、こちらの時代に不慣れなトリオに対しての説明も、旅立つまでの準備も的確な知的な人たちではあった。
しかし、連れてきた自分が言うのもなんだが、ユウは異様に押しが弱く流されやすかった。将来冒険者やら騎士の道は選ばないと考えられるとはいえ、あれほど流されやすいと他の職業でもうまくいかないだろう。そう思ってわざとユウを困らせることを言っても、それでも流されている。
旅立つ前に両親にユウについての話を聞いた様子や、ユウの親に愛されるのが当然というが如きの振る舞いから、少々変わっているとはいえ、何だかんだあたたかそうなご家庭だ。よくよく話すと、発想におかしいところはあれど、子について様々な方面から考えてはいる両親だったため、生育環境とも思えない。
異様に流されやすいのはそういう性質なだけなのか、少し気になっていた。
そんなユウが祭の後半で突然倒れた。フミの町で、明らかに具合が悪そうだったことはあるが、自分がはっきりと目にしたのはこれが初めてだ。
ユウが倒れる直前に言っていた『主役』を思い出す。
ここで眠りについている自分の恋人は、ユウとは異なり、その言葉を享受するに足る実に特殊な経歴の持ち主だ。
強い魔力を持つが故に狭い世界に押し込められ、トリオが連れ出すまでは外の世界があることすら知らずに、そこで無邪気に笑っていた。
あの背景は、十代半ばまでは、今はなき故郷で親や兄姉に世話を焼いてもらいながら、ぼんやり平凡に暮らしていた自分のような者とは世界が異なる。
トリオがニルレンと出会ったのは仕事中のことで、本来は事象の顛末について上司に報告する必要があった。しかし、トリオの外套を掴んで俯くまだまだ幼い少女の様子を鑑みて、報告することはやめ、旅先で再開した知り合いの娘として周囲には説明した。
それ故に、ニルレンの背景はごく少数しか知らない。トリオとニルレン、話を彼女に聞いたと主張するアイラないしアリアのみだ。
また、マグスを倒すという名目で旅をしていた時も、まるで、勇者が来ると分かっていたかのような場面に出くわすことは多かった。
それから逃げると、マグスを倒すのを避けようと、必死で噂から背を向けていたはずなのに、気がつくと、マグスを倒す話へと歩まされていた。
その道を辿らせた、勇者一行をコヨミ神殿へと導いた聖女は、目の前にいる。
彼女が現れてから、ニルレンとトリオは絡み取られ、選択肢を奪われ、マグスを倒すための一方通行の一本道に放り出された。
今ははっきりとした勇者という存在はおらず、何が正しいのかは分からない。ただ、ユウが言ってたことを考えてみると、確かにわざわざ用意されたような内容は今回もあった。
しかし、ユウは。
彼は用意された人間ではないのだろう。
恐らく本来は村の少年として、トリオと出会わず、ウヅキ村でダラダラと長期休みを過ごすのが正しかったのだろう。ここにいることは誤りだし、ましてや、そんな村人が舞台を指摘するということについては、はっきりと間違っていると考えられた。