9.(1)
きれいに洗った食器をかごに入れて、僕たちはアリアの案内の元、アルバートさんの家に行くことにした。僕の地元よりもずっと小さな村なので、あっという間に着く。
元魔王現神官という変わり種の人のご自宅だけど、村の他の家とそれほど変わらない外観だった。家が二つ並んでいる。
「すみませーん」
アリアが呼び鈴を鳴らす。奥から足音が聞こえてきた。
扉を開けたのは、アルバートさんだ。
「ようこそ。食卓の準備は終えたところだ。ちょうどいい。上がってくれ」
僕たちがお邪魔すると、そこには穏やかな顔の女性がいた。アルバートさんと年齢は近いのだろうか。ローブを羽織っている。
「儂の妻だ。こちらは先日話したとおり、儂の友人の孫娘とその仲間だ」
家に向かう前に説明を受けた。古い友人の娘とその仲間が、神殿を見に、祖父の知人を頼りにしてきた。アルバートさんの家の人にはそういう風に説明しているらしい。
やっぱり嘘ばっかりだな。アリア。
「アリアと申します。この度はお招きいただきありがとうございます。アルバートさんの話は祖父よりよく聞いておりました。これ、つまらないものですが」
いかにも良家のお嬢さん、というような可憐で高めの話し方をするアリアは、両手の平を並べたくらいの紙袋に入ったものを渡していた。フミの街からずっと持っていたらしい、贈答用の高級なお茶だ。
「あら、素敵なお嬢さん。お気遣いいただいて。ありがとうございますね」
アルバートさんの奥さんは微笑みながら受け取り、頭を下げた。
「いらして早々、大変申し訳ないのですが、私はこれから仕事がありまして。ご挨拶だけで失礼しますね。ごゆっくりして行って下さいね」
暗い色のマントを羽織ったアルバートさんの奥さんは、柔らかく微笑み、お茶の紙袋をアルバートさんに渡し、肩掛け鞄を腕に引っかけた。そして、ささっと出て行ってしまった。
「この村の大多数はコヨミ神殿がらみの職業だ。そのための村だからな。妻も同業で今日は当番の日だ。儂は比較的自由のきく立場だから、こうして迎えることができるのだが」
「奥さんには申し訳ないけど、この場にいたらちょっと話しにくいものね」
すっかりと口調を戻したアリアの言葉に、アルバートさんは頷いた。
そうして、アルバートさんは僕たちを食卓へと促した。
「昨日祭りだったこともあり、大したものは作れなかった。そこまで味は悪くないだろう」
「いや、食べさせてもらえるだけでありがたいよ。アルバートのご飯はおいしいものね。ありがとう」
「いえいえ、アリア様は食べ慣れただけでしょう」
アリアが頭を下げたのと併せて、残りの二人と一羽も同様にすることにした。
アルバートさんは燻製肉と野菜の入ったスープと、ソーセージと、パンを用意してた。燻製肉の出汁が出ていて、温かくて、美味しい。
「ユウ君は若いからよく食べるな。おかわりするか?」
「いえ、おかまいなく……」
「何言っているのよ。ユウ君、あなたそれじゃおなか減るわよ。育ち盛りなんだから、いただいて、沢山食べなさい」
マチルダさんは、僕に沢山食べさせることがもの凄く好きな気がする。頂きものじゃない場合でも、おかずを沢山のせてくる。
僕はそれに従い、おかわりを頂くことにした。
「若い子が沢山食べるのいいわよねー。本当に可愛いわー」
うっとりとした顔で僕の食べる様子を眺めるマチルダさんを横目で見ながら、アルバートさんからスープを頂く。若く見えるアリアもおかわりをしている。トリオは僕がちぎったパンとソーセージを食べていた。
食べ終わり、食卓を片付けた後、アルバートさんは細長く折りたたまれた一枚の紙を持ってきた。
「一応渡しておこう」
パンフレットだった。
そこには「国立コヨミ神殿へようこそ」と書かれ、その文字の下には神殿のものらしき紋章が描かれている。公的施設なのか。神殿って。トリオはのぞき込み「うーん」とうなった。
「今、こういう感じか。コヨミ神殿は」
アルバートさんが頷いた。
「君が初めて来た時代は、ハヅの村でのみひっそりと信仰されていた忘れられた神殿だったがね。それ以降、神殿の保全をするために国が介入するようになった。面倒なこともあるが、公的資金が入ったおかげで、神殿の維持が滞りなく出来るのはありがたい」
「国からお金を引っ張ることに成功したのはアルバートの力だよ」
何故かアリアが得意げに補足した。
「君とニルレンの名を使って、うまいことやらせてもらったよ。感謝している。トリオルース君」
「……あなたにお礼を言われると、何だが訳が分からん気持ちにはなってくるんですけどね」
うんと年上だからか、トリオは案外アルバートさんに対しての言葉が丁寧だ。そういえば、出会った直後の荒れまくっていた時以外は、僕の両親にも丁寧な態度をとっていた。敬語をちゃんと喋っていたという彼が証言するシーンは興味がなくてあまり覚えていないけど。
「儂はハヅの村に住む神官のアルバートだ。それ以上の存在ではない」
マグスと直接対峙したことのあるトリオは、その言葉を聞いても「うーん」と首をひねっている。少なくともアルバートさんはマグスのようなことをしていない。全く違う人生を歩んでいる。
それを理解しているからこそ、それだけで対応を済ませているのだろうけど。
「神殿についてはアメリアが申請を出しているし、儂がいれば、問題なく入れる。これでも神殿では高い地位にいるからな」
しがなくないのか。しかし、元魔王が高い位置にいる神殿。ご利益がありそうななさそうな。
そして、僕は気になることを聞いてみることにした。
「あの、根本的なこと聞いていいですか?」
「ああ、何だね。ユウ君」
「一般的な話だけでいいんですけど、そもそもコヨミ神殿って何祀っているんですか?」
そう。ここは見知らぬ土地、且つ僕が普段神殿や神様に無関心と言うこともあり、コヨミ神殿については全く知らなかった。
初めて聞いたときは倒れた直後と言うこともあり、神殿というのを分かっていない訳ではなかったけど、ずっと「コヨミシンデン」という固有名詞の音として認識していた。
神殿の案内パンフレットの表紙を見て、よく考えたらここは宗教施設だということに気付いたのだ。
古くは勇者が力を得て、トリオはそこで元に戻れる術があると当たりをつけ、アリアが全てを話してくれると約束した場所は何なんだ。
どんな神様なんだ。物凄く気になった。
その問いにすぐにアルバートさんは答えてくれた。
「世界の創造神の本殿だ」
「え、そんな有名な神様の本殿なんですか?」
世界の創造神の存在は知っている。でも、その本殿については興味がないとはいえ、全然知らなかった。
「ワシの時代ではほとんど信仰者はおらんかったな。古代の神とは聞いたが」
トリオは当時のことを補足してくれた。
「ある神殿で強い力を得ることが出来ると聞いて、まあよう知らん神様じゃし、話半分じゃけど、出会った詳しいもんが案内しちゃるゆうから試しに行ってみたら、ニルレンが神に近い力というのを受け取ったな」
詳しいもんというのはアリアだとして、おや、力を受け取ったのはニルレンだけか。僕は聞いてみた。
「トリオは何かもらわなかったの?」
「そげな飴でももらうような話じゃないじゃろ。ワシは雷以外は人並み程度じゃから、下手に強い力をもらっても、分不相応で扱えんし、ニルレンの支援で充分じゃ」
「そんなもん?」
「過ぎたるは及ばざるが如しじゃ。勇者がもらえば充分じゃ」
一貫して引いているよな、この鳥。当時は人間だけど。
とりあえずでも何か貰えばいいのに、この鳥は浮かれた見かけの割に妙なところが律儀だ。人間の姿だったら釣り合うのかもしれないけど、どんな顔なのかは自称凜々しいという言葉以外は知らない。
トリオがふわりと翼を広げた。
「そういえば、あそこの祭壇は地下じゃからか、空気が悪くて淀んでいる。あの時はワシも具合が悪くなったから、特にユウは気をつけるんじゃぞ」
「え、うん。そうなんだ」
「ユウは病み上がりなんじゃからな」
僕を心配しているのは分かったけど、その言葉は神殿の悪口に聞こえなくもない。僕は話を変えるべく、アルバートさんに話しかけることにした。
元魔王現神官という変わり種の人のご自宅だけど、村の他の家とそれほど変わらない外観だった。家が二つ並んでいる。
「すみませーん」
アリアが呼び鈴を鳴らす。奥から足音が聞こえてきた。
扉を開けたのは、アルバートさんだ。
「ようこそ。食卓の準備は終えたところだ。ちょうどいい。上がってくれ」
僕たちがお邪魔すると、そこには穏やかな顔の女性がいた。アルバートさんと年齢は近いのだろうか。ローブを羽織っている。
「儂の妻だ。こちらは先日話したとおり、儂の友人の孫娘とその仲間だ」
家に向かう前に説明を受けた。古い友人の娘とその仲間が、神殿を見に、祖父の知人を頼りにしてきた。アルバートさんの家の人にはそういう風に説明しているらしい。
やっぱり嘘ばっかりだな。アリア。
「アリアと申します。この度はお招きいただきありがとうございます。アルバートさんの話は祖父よりよく聞いておりました。これ、つまらないものですが」
いかにも良家のお嬢さん、というような可憐で高めの話し方をするアリアは、両手の平を並べたくらいの紙袋に入ったものを渡していた。フミの街からずっと持っていたらしい、贈答用の高級なお茶だ。
「あら、素敵なお嬢さん。お気遣いいただいて。ありがとうございますね」
アルバートさんの奥さんは微笑みながら受け取り、頭を下げた。
「いらして早々、大変申し訳ないのですが、私はこれから仕事がありまして。ご挨拶だけで失礼しますね。ごゆっくりして行って下さいね」
暗い色のマントを羽織ったアルバートさんの奥さんは、柔らかく微笑み、お茶の紙袋をアルバートさんに渡し、肩掛け鞄を腕に引っかけた。そして、ささっと出て行ってしまった。
「この村の大多数はコヨミ神殿がらみの職業だ。そのための村だからな。妻も同業で今日は当番の日だ。儂は比較的自由のきく立場だから、こうして迎えることができるのだが」
「奥さんには申し訳ないけど、この場にいたらちょっと話しにくいものね」
すっかりと口調を戻したアリアの言葉に、アルバートさんは頷いた。
そうして、アルバートさんは僕たちを食卓へと促した。
「昨日祭りだったこともあり、大したものは作れなかった。そこまで味は悪くないだろう」
「いや、食べさせてもらえるだけでありがたいよ。アルバートのご飯はおいしいものね。ありがとう」
「いえいえ、アリア様は食べ慣れただけでしょう」
アリアが頭を下げたのと併せて、残りの二人と一羽も同様にすることにした。
アルバートさんは燻製肉と野菜の入ったスープと、ソーセージと、パンを用意してた。燻製肉の出汁が出ていて、温かくて、美味しい。
「ユウ君は若いからよく食べるな。おかわりするか?」
「いえ、おかまいなく……」
「何言っているのよ。ユウ君、あなたそれじゃおなか減るわよ。育ち盛りなんだから、いただいて、沢山食べなさい」
マチルダさんは、僕に沢山食べさせることがもの凄く好きな気がする。頂きものじゃない場合でも、おかずを沢山のせてくる。
僕はそれに従い、おかわりを頂くことにした。
「若い子が沢山食べるのいいわよねー。本当に可愛いわー」
うっとりとした顔で僕の食べる様子を眺めるマチルダさんを横目で見ながら、アルバートさんからスープを頂く。若く見えるアリアもおかわりをしている。トリオは僕がちぎったパンとソーセージを食べていた。
食べ終わり、食卓を片付けた後、アルバートさんは細長く折りたたまれた一枚の紙を持ってきた。
「一応渡しておこう」
パンフレットだった。
そこには「国立コヨミ神殿へようこそ」と書かれ、その文字の下には神殿のものらしき紋章が描かれている。公的施設なのか。神殿って。トリオはのぞき込み「うーん」とうなった。
「今、こういう感じか。コヨミ神殿は」
アルバートさんが頷いた。
「君が初めて来た時代は、ハヅの村でのみひっそりと信仰されていた忘れられた神殿だったがね。それ以降、神殿の保全をするために国が介入するようになった。面倒なこともあるが、公的資金が入ったおかげで、神殿の維持が滞りなく出来るのはありがたい」
「国からお金を引っ張ることに成功したのはアルバートの力だよ」
何故かアリアが得意げに補足した。
「君とニルレンの名を使って、うまいことやらせてもらったよ。感謝している。トリオルース君」
「……あなたにお礼を言われると、何だが訳が分からん気持ちにはなってくるんですけどね」
うんと年上だからか、トリオは案外アルバートさんに対しての言葉が丁寧だ。そういえば、出会った直後の荒れまくっていた時以外は、僕の両親にも丁寧な態度をとっていた。敬語をちゃんと喋っていたという彼が証言するシーンは興味がなくてあまり覚えていないけど。
「儂はハヅの村に住む神官のアルバートだ。それ以上の存在ではない」
マグスと直接対峙したことのあるトリオは、その言葉を聞いても「うーん」と首をひねっている。少なくともアルバートさんはマグスのようなことをしていない。全く違う人生を歩んでいる。
それを理解しているからこそ、それだけで対応を済ませているのだろうけど。
「神殿についてはアメリアが申請を出しているし、儂がいれば、問題なく入れる。これでも神殿では高い地位にいるからな」
しがなくないのか。しかし、元魔王が高い位置にいる神殿。ご利益がありそうななさそうな。
そして、僕は気になることを聞いてみることにした。
「あの、根本的なこと聞いていいですか?」
「ああ、何だね。ユウ君」
「一般的な話だけでいいんですけど、そもそもコヨミ神殿って何祀っているんですか?」
そう。ここは見知らぬ土地、且つ僕が普段神殿や神様に無関心と言うこともあり、コヨミ神殿については全く知らなかった。
初めて聞いたときは倒れた直後と言うこともあり、神殿というのを分かっていない訳ではなかったけど、ずっと「コヨミシンデン」という固有名詞の音として認識していた。
神殿の案内パンフレットの表紙を見て、よく考えたらここは宗教施設だということに気付いたのだ。
古くは勇者が力を得て、トリオはそこで元に戻れる術があると当たりをつけ、アリアが全てを話してくれると約束した場所は何なんだ。
どんな神様なんだ。物凄く気になった。
その問いにすぐにアルバートさんは答えてくれた。
「世界の創造神の本殿だ」
「え、そんな有名な神様の本殿なんですか?」
世界の創造神の存在は知っている。でも、その本殿については興味がないとはいえ、全然知らなかった。
「ワシの時代ではほとんど信仰者はおらんかったな。古代の神とは聞いたが」
トリオは当時のことを補足してくれた。
「ある神殿で強い力を得ることが出来ると聞いて、まあよう知らん神様じゃし、話半分じゃけど、出会った詳しいもんが案内しちゃるゆうから試しに行ってみたら、ニルレンが神に近い力というのを受け取ったな」
詳しいもんというのはアリアだとして、おや、力を受け取ったのはニルレンだけか。僕は聞いてみた。
「トリオは何かもらわなかったの?」
「そげな飴でももらうような話じゃないじゃろ。ワシは雷以外は人並み程度じゃから、下手に強い力をもらっても、分不相応で扱えんし、ニルレンの支援で充分じゃ」
「そんなもん?」
「過ぎたるは及ばざるが如しじゃ。勇者がもらえば充分じゃ」
一貫して引いているよな、この鳥。当時は人間だけど。
とりあえずでも何か貰えばいいのに、この鳥は浮かれた見かけの割に妙なところが律儀だ。人間の姿だったら釣り合うのかもしれないけど、どんな顔なのかは自称凜々しいという言葉以外は知らない。
トリオがふわりと翼を広げた。
「そういえば、あそこの祭壇は地下じゃからか、空気が悪くて淀んでいる。あの時はワシも具合が悪くなったから、特にユウは気をつけるんじゃぞ」
「え、うん。そうなんだ」
「ユウは病み上がりなんじゃからな」
僕を心配しているのは分かったけど、その言葉は神殿の悪口に聞こえなくもない。僕は話を変えるべく、アルバートさんに話しかけることにした。