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9.(2)
 さっきの話で率直に感じたことを、アルバートさんに話してみる。

「でも、二百年で、無名の神様が有名になるもんなんですね」
「ニルレンの英雄譚のおかげだな。ニルレンが魔王を倒す前は魔王によって世界が混沌としていたこともあり、所謂知名度の高い神への信仰というものはゆらいでいた時代だ。救ってくれないからな」

 神殿に務めている神官がその言葉を言うのもなかなかだ。そもそも、彼の前世は混沌とさせた張本人だしな。

「神を信じないものもいたし、古代の神を細々と信仰するこのハヅの村のようなところもあった。他にも、自身で新しい神をつくり、祀るものもいた。ニルレンが創造神の力を受けたと言うことで、その名が改めて見直されることになった訳だ」

 アルバートさんは当時のことを、教科書を読み上げるように淡々と説明していった。魔王マグスという存在の記憶はもっているけれど、この人にとっては自身とは関係のない全くの別の存在なんだろうなと言うことはよく分かった。もの凄く他人事だ。

 そんなアルバートさんの話を、当時を知らないマチルダさんが案外興味深く聞いていた。
 この人、短槍と計算と自分の過去と手先を使うこと(料理は除く)以外にも興味があったのか。ちょっと意外だ。
 目を輝かせながら、アルバートさんに質問する。

「古代の神を信じるのは分かるけれど、新しい神を自分たちで作っちゃうって何か凄いわね。例えばどんなものを神としていたんですか?」
「創造神の作った世界には様々な神が生まれ、存在するという考え方だ。その考えに則って、新しい神を信じる者を否定する気はないというのは、前提として説明しておく」

 マチルダさんは頷いた。

「新しい神ということでは特定の生き物を神として信仰する集団は多かった。風変わりな動物でも、特別な力をもっている人間でもな」
「人間でも。へぇ、何でもありだったんですね」

 僕が内職をしていたのか、それとも授業で触れていないのか。今まで全く聞いたことがなかった知識をアルバートさんは説明してくれる。
 アリアはアルバートさんとマチルダさんを交互に見ながらお茶を飲んでいて、トリオはきょろきょろとしていた。

「信仰というものは人が信じることによって存在するものだ。不安な世では、今までとは違う特異なものを持つ存在を信じたくなるのだろう」

 そうして、食卓にいる落ち着かない様子の黄緑色の鳥を見る。

「当時のことなら、トリオルース君は儂よりも詳しいだろう?」

 話を振られたトリオはびくりと身体を震わせた。少し羽毛が立った。

「……それも知っちゃってですか」
「まあな。君のことは随分と調べたからな」

 それは魔王の時なんだか、アルバートさんになってからなんだか。
 トリオは首を軽く傾けて、「うーん」と軽く唸った後に説明し始めた。

「まあ、そういう信仰をもつ集団は各地に点在しちょった。実際に何かを信仰しちょる集団もおったし、実際は宗教を隠れ蓑にした集団もおった。信仰している場合でもその辺の新しい土地神様として拝んじょるだけの場合が大半じゃったんじゃが、 中には狂信的に対象を信仰して世間から断絶している場合もあった」

 具体的な話をしてくるトリオに、マチルダさんは「へぇ」と驚く。

「あんた、随分詳しいのね」
「昔の任務じゃ。……ニルレンと旅立つ前、騎士団所属だった頃、情報部のそういう調査をする班におった」

 マチルダさんに聞かれたトリオの説明は、随分と歯切れが悪かった。
 僕は、トリオが昨日言っていた、騎士らしいことをしていなかったという言葉を思い出した。確かに、想像する騎士の仕事とは全然違う。でも、昨日から今日にかけての頭の回転の速い、慎重な彼には向いていそうではある。
 前職について説明を受けたマチルダさんは、目をぱちくりとした。

「あんた騎士だったの? てっきり串焼き屋さんでも営んでいたのかと」
「無理に鳥に結びつけんでええわ!」

 物凄く雑なマチルダさんのボケにトリオは突っ込んだ。

「あら、やっと勢いが出た」
「はぁ?」

 ニヤリと笑ったマチルダさんにトリオが聞き返す。

「ま、串焼き美味しいし、いいじゃない」
「何じゃそれ! 捌き方が雑なくせに!」

 文句を言うトリオを無視して、マチルダさんはアルバートさんに話しかけた。

「それで、時は雑然としてた神様だった何なりが、今は平和になってある程度まとまったってことなんですね。ユウ君が聞きはじめたことだけど、面白い話だったわ。説明ありがとうございます」
「なあに。神官としては、こういう様々な話に興味を持ってもらえるということはありがたい」
「後半説明したのワシじゃぞ」

 アルバートさんとマチルダさんはニコニコと笑い合っていた。トリオは拗ねている。二百年前と比べると、随分平和な世界だ。

「では、本題へ戻ろう。明日についてだが、申請を出しているし、儂がいれば神殿の特別な場所にも連れて行くことが出来る」
「ワシが行った祭壇ですか?」
「そうだ。具体的なことは今伝えられないが、そこへ連れて行く。そこでアリア様の出番だ」

 アルバートさん、トリオ、マチルダさん、僕の視線がアリアへと行く。ずっと黙って何杯もお茶を飲んでいたアリアは、カップを置き、片側の口角を上げながら、首をこくりと縦にふった。

「何やらかんやらやって、記憶を戻して、あとは色々いいようにするよ」

 右手の親指を立てているが、諸事情のせいか、ざっくりしている。そして。
 僕とトリオが顔を合わせ、頷いていたら、マチルダさんがアリアに質問をし始めた。

「ねえ、わたしのは昨日教えてくれたし、今も触れていたからいいけど、こっちの鳥は元に戻せるの? こいつ、そのためにユウ君連れて神殿まで目指していた訳だし」

 それそれ。
 昨日トリオについての話が全くなかったことに、案外マチルダさんも気にしていてくれていたらしい。僕とトリオは、マチルダさんの言葉に大きく頷いた。
 その言葉に一人、アリアは目を大きくした。
首を傾げた。

「え? うん、もちろん」

 そして首を傾げる。

「……あれ? 言ってなかったっけ?」
「言っちょらんわ!」

 トリオはアリアの耳元まで飛んで、叫んだ。アリアは耳を塞ぎながら、頭を下げる。

「そうか。すまないね。トリオさん。不安にさせてしまったようだね」
「アリア、ワレ、昨日から明らかにワシの扱いが雑になっちょらんか?」

 むくれるトリオを見て、アリアは乾いた笑い声をあげた。

「あはは、気のせいさきっと。あなたに言い様にされて腹がたってるなんてことある訳ないじゃないか」
「その文句はもう午前中に嫌というほど聞いたわ! そろそろ当たるな!」

 僕には割と親切なアリアが、トリオにはかなりやっつけな態度だ。その会話を見ながら、僕はかつての三人の関係性を想像した。

 ……年下の女の子二人の相手って大変そうだなぁ。

 一人っ子の僕には未知すぎる世界だ。
 そんな、月並みな感想しか出なかった。

 少しの間それを眺めていたけど、ふと、アルバートさんがこちらを見ていることに気付いた。
 僕は苦笑いで頷いた。
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