9.(4)
戻った後、夕飯前に部屋の片づけをすることにした。宿屋でなく、長老さんのお宅の離れだし、特にきれいにしないといけない。いや、別に宿屋を汚く使ってはいないけどさ。
僕と女性陣が居間を片付け始めた時、トリオが紐付きの袋を首に引っ掛けていた。
アリアがそれに気付く。
「ん? トリオさん何持ってるの?」
「部屋に置いてあった。アルバートのじゃろ」
「あー、確かにアルバートさん、昨日それ持ってきてたねぇ」
頬をかきながら、僕は言う。
「ワシは片付けできんから、渡してこようかと思うて。明日渡すと邪魔になるじゃろ」
「まあ、確かに。でもさっき渡しとけばよかったのに」
「そりゃそうなんじゃけど、しょうがないじゃろ」
そう言って、トリオはパタパタと扉の外へ飛び立って行った。
そうして残された僕らが片付けと拭き掃除を終え、お茶を飲み始めた時にふらふらとトリオは帰ってきた。
首には同じ袋がかけられている。
「ん? 渡したんじゃないの?」
「中身が入れ替わった。お土産じゃと、アルバートに持たされた」
僕が袋をとって中を覗いて見ると、何かの詰め合わせだった。
「村の特産の木の実を使ったクッキーじゃと。結構美味かった」
「あら、随分遅いと思ったら、あんた向こうでお茶してきたの?」
「せっかくだからと言わるとのぅ」
鳥とおじいさんが向かい合って茶を飲む。
元勇者のパートナーと元魔王が向かい合って茶を飲む。
どちらもなかなか非現実的だなと何となく思う。
袋からクッキーを取り出すと、絵の描いてある紙に包まれていた。
「あら、随分おしゃれなラッピングね。これ、ニルレン?」
デフォルメされた女の人の絵が描いてある。ローブを着ていて、マチルダさんとは全く似ていない。
「……それを無視すれば、味は良かったぞ」
ニルレンの見かけについてうるさい男は相変わらずのことを言っていた。 その様子に、アリアは苦笑する。
「アルバートは村興ししたいみたいだからねぇ」
「あー、長老さんも宣伝したいぽかったよね」
「そうそう。ただ、立地が……」
何回かした覚えのある会話を繰り返す。
首都から徒歩で二週間かかるこの土地で、果たしてどれだけの人がくるのだろう。首都から日帰り往復できる場所に住んでいる僕には、わからない世界だなと思いながら、夕飯前にクッキーをつまんだ。
クッキーは甘くてサクッとしていて、確かに美味しかった。
その後のやや遅めの夕飯はやたらと肉が多いけど、概ねいつも通りの雰囲気だった。
マチルダさんはもの凄い勢いで肉野菜炒めを食べている。アリアはさっき買っていた肉と野菜の麺を半分皿に取って食べていた。僕は麺を短めに切ってトリオに渡し、残りを食べていた。育ち盛りの僕にはそれでは足りないので、マチルダさんに渡された焼いた肉の塊と豚肉のフライも食べている。
お祭りで食べられなかった豚肉のフライは、柔らかくて美味しかった。
明日はいよいよ最終目的地。マチルダさんの記憶は戻るらしいし、トリオの姿も戻るらしい。
そして、そもそも何であの三人がこんなことをしたのかも分かるはず。
色々と知りたくて、はやる気持ちもあるんだけど、この四人で食卓を囲む日は最後なんじゃないかと思う。明日の今頃は、この四人では揃っていないかもしれない。少なくとも関係性は変わってしまう。
もう少しこのままでいたい気持ちもあった。
そう思っても、食事はあっという間に終わる。
夕飯後、マチルダさんに誘われた。
「ユウ君たち、温泉いかない? まだ空いている時間だし、アリアちゃんとわたしは行ってくるけど」
「行きます!」
二人分のたらいとタオルを持って、僕とトリオは女性陣について行った。
「大きな風呂っていいなー。連日入ることができるなんていいなー」
昨日と同じくタライにお湯を入れ、そこにトリオはつかった。僕は大きな湯船で手足を伸ばした。
「……やっぱり、人に戻ってから入りたい気もするのう」
「まあ、そうだよね。タライじゃ小さいし」
タライはトリオの身体にはフィットしているけど、そもそも彼は人だ。普通に大きい湯船に入る方がそれは楽しいだろう。
「それでも、明日戻れるんだろトリオ。だったらさ、帰りにまた入ろうよ」
「そうじゃな。少なくともウヅキ村までユウを連れて帰らねばいけないんじゃし、どのみち通るな。……学校まで、期間はまだあるな?」
「ああ。まっすぐ帰れば問題なく間に合うと思うよ」
僕は頭で道と日にちを思い浮かべた。同時に、自宅の風景も思い出される。
親とも一ヶ月あっていないのか。人生でこれだけ両親に会っていないのも初めてだし、当分はないだろう。進学自体は隣町のカンナの町だけど、ウヅキ村寄りに位置する。通えない距離ではないので、とりあえず最初の数年は自宅から通うつもりだ。
そういうことで、こんなに長期間自宅から離れるのも、親から離れるのも多分これからしばらくはない。
親に無理やり旅立たされた時は、こんな体験できるとは思ってなかった。
僕は息を吐いた。
「しっかし、うちの両親も随分なことやらせたよなぁ」
「そうなのか? 長期休暇で旅に出るもんはたまにおると、親御さんは言うちゃってたが」
「まあ、そうなんだけどさ、うちの村でここまで遠くに来る人、聞いたことないよ。ワシスやカンナくらいならそりゃあ頻繁に行くけどさ。普通みんなそんなに外に行かないもの」
「確かに、ウヅキ村は冒険者はおらんかったからなぁ」
いつの間にか、ウヅキ村の様子まで把握していたらしいトリオの言葉に僕は同意する。
「そうそう。父さんが詳しかったからいいけど、地方に行く申請も面倒くさかったし、歩くのも大変だし、魔物もいるし」
冒険者や、トリオみたいな騎士の人、それに物流とか生活基盤に関わる仕事の人なら色々動くんだろうけど、僕みたいな村人は近辺にしか行かない。人の足には限界があるし、地方に行くためには申請が必要だ。ちょっと前まで申請担当という父さんがいるおかげで滞りなく進んだけど、本来物凄く面倒臭い。
父さんは、とりあえず学生向けの期間限定の冒険者として僕を登録していた。
「まあ、ユウはそうかもしれんが、それでもワシにとっては連れが出来たのはかなりありがたかった。感謝している」
「え、そう?」
突如お礼を言われ、僕はそれを受け入れるよりも首を傾げた。
そんなに大したことをした記憶はない。魔物も倒せないし。しょっちゅう倒れているし。
「多分ユウが思っちょるよりは、ワシはワレを頼りにしちょる。正直なところ、最近同性でつるむやつもおらんかったしな。楽しかったわ」
「ふーん、友達いないんだ」
僕は何回か首を縦に振った。
精神的には成人男性であるはずのトリオが、案外僕と男子的な馬鹿騒ぎを一緒にやってくれるのだが、そうか、友達がいなかったのか。憧れていたのか。
トリオはびくりとする。
「こ、故郷はのうなったし……、仕事は単独行動が多いし……、き、騎士って、こう性格が……」
つまりながら言い訳か何かを説明しているこの鳥は、やっていることはともかく、性格は物凄く僕側の人間だ。だから仲良くなったんだろうけど、まあ、騎士の人とは価値観が違うだろう。めちゃくちゃ根暗だし。
生活のためなんだろうけど、よく続けられてたな。騎士っぽくない情報部だったからかな。
騎士と自警団は違うかもしれないけど、僕もトビィは産まれた頃からご近所なのと、アイドル仲間ということで気が合っただけで、同じ学校の人位の関係ならそこまで仲が良くなかったかもしれないしね。
彼の年齢で、これから身内になる予定だったニルレン以外の縁者がいないというのは、なかなか異常な気がする。でも、下手に親しい人が多かったら、ここに来ても心残りが多かっただろう。不幸中の幸いなのかもしれないし、今の状況を受け入れることが出来るように、そういう風にされたのかもしれない。
……決してトリオが根暗だっただけでなく。
「まあいいか。そこまで頼りにしてくれて、嬉しいよ」
「これから大本番でやらなきゃいけんこともあるからのぅ。頼りにはしちょるわ」
「努力はするけど。……でも、僕にできるかな?」
「ワシよりはマシじゃろ」
不安になる僕に随分軽く言う鳥だ。
「……自信ないなぁ」
「まあ、ユウが失敗してもワシがおる。気にするな」
トリオはタライから出て、身体を振ってお湯を飛ばした。
この鳥は何気なくさらっと僕を励ましてくれる。
うん。決めた。
僕はトリオに話しかけた。
「トリオさ、出来れば、これからも、僕とは疎遠にならないようにしてくれるとありがたいかな」
「そうじゃな、そっちが良ければな」
友情なのかな。これは。少なくとも僕は結構トリオのことが好きなので、これからのことがどうなるにせよ、引き続き、笑い合える関係になりたいなと想った。
僕と女性陣が居間を片付け始めた時、トリオが紐付きの袋を首に引っ掛けていた。
アリアがそれに気付く。
「ん? トリオさん何持ってるの?」
「部屋に置いてあった。アルバートのじゃろ」
「あー、確かにアルバートさん、昨日それ持ってきてたねぇ」
頬をかきながら、僕は言う。
「ワシは片付けできんから、渡してこようかと思うて。明日渡すと邪魔になるじゃろ」
「まあ、確かに。でもさっき渡しとけばよかったのに」
「そりゃそうなんじゃけど、しょうがないじゃろ」
そう言って、トリオはパタパタと扉の外へ飛び立って行った。
そうして残された僕らが片付けと拭き掃除を終え、お茶を飲み始めた時にふらふらとトリオは帰ってきた。
首には同じ袋がかけられている。
「ん? 渡したんじゃないの?」
「中身が入れ替わった。お土産じゃと、アルバートに持たされた」
僕が袋をとって中を覗いて見ると、何かの詰め合わせだった。
「村の特産の木の実を使ったクッキーじゃと。結構美味かった」
「あら、随分遅いと思ったら、あんた向こうでお茶してきたの?」
「せっかくだからと言わるとのぅ」
鳥とおじいさんが向かい合って茶を飲む。
元勇者のパートナーと元魔王が向かい合って茶を飲む。
どちらもなかなか非現実的だなと何となく思う。
袋からクッキーを取り出すと、絵の描いてある紙に包まれていた。
「あら、随分おしゃれなラッピングね。これ、ニルレン?」
デフォルメされた女の人の絵が描いてある。ローブを着ていて、マチルダさんとは全く似ていない。
「……それを無視すれば、味は良かったぞ」
ニルレンの見かけについてうるさい男は相変わらずのことを言っていた。 その様子に、アリアは苦笑する。
「アルバートは村興ししたいみたいだからねぇ」
「あー、長老さんも宣伝したいぽかったよね」
「そうそう。ただ、立地が……」
何回かした覚えのある会話を繰り返す。
首都から徒歩で二週間かかるこの土地で、果たしてどれだけの人がくるのだろう。首都から日帰り往復できる場所に住んでいる僕には、わからない世界だなと思いながら、夕飯前にクッキーをつまんだ。
クッキーは甘くてサクッとしていて、確かに美味しかった。
その後のやや遅めの夕飯はやたらと肉が多いけど、概ねいつも通りの雰囲気だった。
マチルダさんはもの凄い勢いで肉野菜炒めを食べている。アリアはさっき買っていた肉と野菜の麺を半分皿に取って食べていた。僕は麺を短めに切ってトリオに渡し、残りを食べていた。育ち盛りの僕にはそれでは足りないので、マチルダさんに渡された焼いた肉の塊と豚肉のフライも食べている。
お祭りで食べられなかった豚肉のフライは、柔らかくて美味しかった。
明日はいよいよ最終目的地。マチルダさんの記憶は戻るらしいし、トリオの姿も戻るらしい。
そして、そもそも何であの三人がこんなことをしたのかも分かるはず。
色々と知りたくて、はやる気持ちもあるんだけど、この四人で食卓を囲む日は最後なんじゃないかと思う。明日の今頃は、この四人では揃っていないかもしれない。少なくとも関係性は変わってしまう。
もう少しこのままでいたい気持ちもあった。
そう思っても、食事はあっという間に終わる。
夕飯後、マチルダさんに誘われた。
「ユウ君たち、温泉いかない? まだ空いている時間だし、アリアちゃんとわたしは行ってくるけど」
「行きます!」
二人分のたらいとタオルを持って、僕とトリオは女性陣について行った。
「大きな風呂っていいなー。連日入ることができるなんていいなー」
昨日と同じくタライにお湯を入れ、そこにトリオはつかった。僕は大きな湯船で手足を伸ばした。
「……やっぱり、人に戻ってから入りたい気もするのう」
「まあ、そうだよね。タライじゃ小さいし」
タライはトリオの身体にはフィットしているけど、そもそも彼は人だ。普通に大きい湯船に入る方がそれは楽しいだろう。
「それでも、明日戻れるんだろトリオ。だったらさ、帰りにまた入ろうよ」
「そうじゃな。少なくともウヅキ村までユウを連れて帰らねばいけないんじゃし、どのみち通るな。……学校まで、期間はまだあるな?」
「ああ。まっすぐ帰れば問題なく間に合うと思うよ」
僕は頭で道と日にちを思い浮かべた。同時に、自宅の風景も思い出される。
親とも一ヶ月あっていないのか。人生でこれだけ両親に会っていないのも初めてだし、当分はないだろう。進学自体は隣町のカンナの町だけど、ウヅキ村寄りに位置する。通えない距離ではないので、とりあえず最初の数年は自宅から通うつもりだ。
そういうことで、こんなに長期間自宅から離れるのも、親から離れるのも多分これからしばらくはない。
親に無理やり旅立たされた時は、こんな体験できるとは思ってなかった。
僕は息を吐いた。
「しっかし、うちの両親も随分なことやらせたよなぁ」
「そうなのか? 長期休暇で旅に出るもんはたまにおると、親御さんは言うちゃってたが」
「まあ、そうなんだけどさ、うちの村でここまで遠くに来る人、聞いたことないよ。ワシスやカンナくらいならそりゃあ頻繁に行くけどさ。普通みんなそんなに外に行かないもの」
「確かに、ウヅキ村は冒険者はおらんかったからなぁ」
いつの間にか、ウヅキ村の様子まで把握していたらしいトリオの言葉に僕は同意する。
「そうそう。父さんが詳しかったからいいけど、地方に行く申請も面倒くさかったし、歩くのも大変だし、魔物もいるし」
冒険者や、トリオみたいな騎士の人、それに物流とか生活基盤に関わる仕事の人なら色々動くんだろうけど、僕みたいな村人は近辺にしか行かない。人の足には限界があるし、地方に行くためには申請が必要だ。ちょっと前まで申請担当という父さんがいるおかげで滞りなく進んだけど、本来物凄く面倒臭い。
父さんは、とりあえず学生向けの期間限定の冒険者として僕を登録していた。
「まあ、ユウはそうかもしれんが、それでもワシにとっては連れが出来たのはかなりありがたかった。感謝している」
「え、そう?」
突如お礼を言われ、僕はそれを受け入れるよりも首を傾げた。
そんなに大したことをした記憶はない。魔物も倒せないし。しょっちゅう倒れているし。
「多分ユウが思っちょるよりは、ワシはワレを頼りにしちょる。正直なところ、最近同性でつるむやつもおらんかったしな。楽しかったわ」
「ふーん、友達いないんだ」
僕は何回か首を縦に振った。
精神的には成人男性であるはずのトリオが、案外僕と男子的な馬鹿騒ぎを一緒にやってくれるのだが、そうか、友達がいなかったのか。憧れていたのか。
トリオはびくりとする。
「こ、故郷はのうなったし……、仕事は単独行動が多いし……、き、騎士って、こう性格が……」
つまりながら言い訳か何かを説明しているこの鳥は、やっていることはともかく、性格は物凄く僕側の人間だ。だから仲良くなったんだろうけど、まあ、騎士の人とは価値観が違うだろう。めちゃくちゃ根暗だし。
生活のためなんだろうけど、よく続けられてたな。騎士っぽくない情報部だったからかな。
騎士と自警団は違うかもしれないけど、僕もトビィは産まれた頃からご近所なのと、アイドル仲間ということで気が合っただけで、同じ学校の人位の関係ならそこまで仲が良くなかったかもしれないしね。
彼の年齢で、これから身内になる予定だったニルレン以外の縁者がいないというのは、なかなか異常な気がする。でも、下手に親しい人が多かったら、ここに来ても心残りが多かっただろう。不幸中の幸いなのかもしれないし、今の状況を受け入れることが出来るように、そういう風にされたのかもしれない。
……決してトリオが根暗だっただけでなく。
「まあいいか。そこまで頼りにしてくれて、嬉しいよ」
「これから大本番でやらなきゃいけんこともあるからのぅ。頼りにはしちょるわ」
「努力はするけど。……でも、僕にできるかな?」
「ワシよりはマシじゃろ」
不安になる僕に随分軽く言う鳥だ。
「……自信ないなぁ」
「まあ、ユウが失敗してもワシがおる。気にするな」
トリオはタライから出て、身体を振ってお湯を飛ばした。
この鳥は何気なくさらっと僕を励ましてくれる。
うん。決めた。
僕はトリオに話しかけた。
「トリオさ、出来れば、これからも、僕とは疎遠にならないようにしてくれるとありがたいかな」
「そうじゃな、そっちが良ければな」
友情なのかな。これは。少なくとも僕は結構トリオのことが好きなので、これからのことがどうなるにせよ、引き続き、笑い合える関係になりたいなと想った。