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9.(3)
 それから明日の集合時間、持ち物、その他諸々重要なことを確認して、僕たちはアルバートさんの家を後にした。夕飯を確保できる店も教えてもらえた。
 さっきマチルダさんと通りがかった店がおすすめらしい。自給自足みたいな立地と見かけの割に、神殿で働く人が多いから、小さい村の割にお惣菜は充実しているそうだ。ありがたい。
 アルバートさん宅からの帰り道、僕らは三人と一羽で連れ立って、夕飯を買うことにした。

「明日は朝から沢山動くから肉よ。肉。ユウ君もアリアちゃんも若いから肉食べなさい。肉。そこの鳥も雑食なんだから肉食べなさい」

 マチルダさんは、僕たちの希望をきいて、肉料理の惣菜をカゴにいれていった。
 肉をいくらでも食べられる年齢なので、異存はないけれど、この人はどれだけ肉に飢えているのだろう。合間に、アリアが僕が眺めていた肉以外の料理を手に取り、マチルダさんのカゴに入れた。野菜と肉の入った麺だ。

「ユウ、食べるんでしょ? 動くのであれば、炭水化物も必要だ」
「あ、ありがとう。アリア」
「どういたしまして」

 アリアは柔らかく微笑んだ。すっかり見慣れてきたその笑顔のはずだけど、なんだか久々な気もした。昨夜以降、僕はアリアと会話らしい会話をしていないから。

 特に理由があったわけでなく、たまたま話す機会がなかっただけだけど、よく考えると、今までは特に用事がなくても、その場にいたらよく話していた。

 彼女と会話するのは楽しい。

 ふんわりと染まる彼女の柔らかそうな頬を確認しながら話すのは、この旅の中で結構好きな時間だ。
 そこにいるのに、彼女と全く話さなかったのは、出会ってから初めてかもしれない。……いや、倒れて寝込んでいる時は無理だったな。

「昨日は、ゴメン」

 短く謝ったけど、彼女は首を振る。

「別にいいよ。トリオさんの言うとおりだから。で、ユウは他にも何か頼むのかい?」
「大丈夫。自分でやるよ。アリアはもういいの?」
「うん」

 店の中だし、当然要件だけだ。
 まだ夕方ではないのに、店内のお客にはローブを着た人が多い。遅番に向けているのだろうか。それとも、神殿は僕には分からない時間割で進んでいるのか。

 店の規模としては混んでいる中、マチルダさんが会計の列に並んでいる間に、僕とアリアは先に店を出た。あんなにマチルダさんと一緒にいるのを嫌がったトリオだったが、何となくのクセなのか、心の整理が付いたのか、会計に並ぶ彼女の側で飛んでいた。
 そういうことで、僕らは店を出て軒下に二人で待つことにした。

「ユウ」

 声をかけられ、僕は横に立っているアリアを見た。彼女はこちらを見ずに俯いてた。

「私個人としては、ユウと一緒にいる時間は好きだよ」

 地面に向かって放った言葉は告白という意味合いではないのは察したけど、初めて母親以外の女の人から現在進行形の「好き」という単語を聞いたので、ちょっと頬が熱を持った。

「だから、連れて行きたくなかった。また倒れたら嫌だから。でも、トリオさんが言う通り、私には手数が少なすぎる。私はあの三人と違って凡人だ」

 それは何となく察していた。

 彼女は、決して馬鹿ではない。アリアは僕が持っていない手札を数え切れないほど持っている。ただ、それを使うとき、そんなに先周りをしていなかったし、予想外の事態も多そうだった。何か起こってから動くことが多かったし、悩んでいたり、不安そうな顔をするときもなかなか多かった。

 昨日、アルバートさんが制限を解いた瞬間、さらっと状況を理解して、適切な対応をしていたトリオとは違う。ニルレンやアルバートさんのように凄い力を使えるわけでもない。昨夜、アルバートさんがアリアについて心配していたのも、こういうところなのだと思う。

 僕もアリアの目線を追って下を向く。夕焼けにはまだならないけれど、影ははっきり見える。森の夜、二人で話していたあの時の、柔らかなランプでできた長い影が頭に浮かんだ。
 彼女は誰のものともしれない記憶の話をしていた。あれが誰の話なのか、僕にはわからない。
 勇者と勇者の仲間と魔王の物語。
 僕には想像もできないとんでもなくかけ離れた世界の話なんじゃないかとは思っている。

 でも、話していると感じる。
 この子は、僕よりは凄い存在だと思うけど、多分大人三人よりもずっと無力だ。
 この子の中身は多分、僕とそう変わらない女の子だ。
 だから僕は、この子と話すのがとても楽しい。

 アリアは顔を上げた。僕もその動きに合わせる。
 青い瞳は僕を見つめている。

「ゴメン。私は君を利用する。私の目的のために」
「うん。僕は君のためになると思ったことをやるつもりだよ」

 もともと流されて流されてここまで来た僕だ。ここにいたいという主張だけはできたし、彼女のためにやりたいことがある。
 それだけだ。
 元魔王と勇者は彼女に協力している。詳細は分からない。でも、元魔王と勇者が考えていることは、トリオやマチルダさん、アリアのためにもなるのだろうから、文句はない。
 僕は彼女のためになることをしたい。

「ごめん」

 彼女はもう一度謝ろうとするのを、僕は遮った。

「謝らなくてもいいよ。僕はアリアのためになることはしようと思うけど、したいことをするから」

 唇を噛んで、アリアはうなずく。いつものように頬はピンク色で可愛かった。普段よりも少し感情のこもった青い目は、少しうるんでいた。
 認めたくない気持ちは全く無く、僕はやっぱりこの子のことが好きだと思ったし、今の姿でないアリアに会いたかった。
 とっかかりを作りたい。
 そう思っていると、ふと、口が開く。

「あのさ、僕を利用するんなら、一つだけお願いいいかな?」
「可能であればだけど、何だい?」

 少し微笑みながら、アリアは首を傾げた。

「……こ、今度」

 言おうとした時、マチルダさんの声が響いた。

「いやー、頼みすぎちゃったみたい。追加で調理してもらっちゃったわ」

 僕は言葉と息を飲み込んだ。アリアも目を大きくしてびくりとする。
 何となくお互い一歩ずつ離れた。
 カラカラと笑うマチルダさんの横から、トリオが全速力で飛び、僕の肩に飛び込むように止まってきた。

「……やっぱり気まずい」
「トリオ、それ、多分一方通行過ぎる想い。大体、それなら何でマチルダさんと一緒にいたんだよ」
「それは、まあのぅ」

 トリオはちらりと横を見た。そこには、口を曲げてこちらを睨んでいるアリアがいる。僕じゃないな。肩に止まっている方にだ。

「余計なこと考えないで欲しいな」
「はっ、お互い様じゃ」
「うっさい、この鳥! あんたはてめぇのことだけ考えてろ!」

 いつも以上に見かけとはそぐわない口調と表情で、アリアはいつも肩に掛けている赤いポシェットの紐を持ち、腕を回してトリオにぶつけようとした。真っ赤なポシェットは、トリオに当たらずに僕に当たった。

「いてっ」

 僕が膝を曲げたと同時に、トリオは浮き上がっていた。

「きょるきょるきょる! そろそろ本性出してきたな! この小娘が!」
「色ボケ鳥がうるせえ! かぶれさせてやろうか!」

 アリアは再び腕を振り上げる。

「はいはい。青春青春。あなたたち、帰るわよー」

 左手でお惣菜の袋を、右手で僕の左腕を掴み、マチルダさんは離れの方角へと歩き出した。僕はよろけながら、足を進めた。トリオはきょるきょる言いながら、僕の右肩を掴んでいた。

 後ろでガッという音がする。

 その後、アリアは黙ってマチルダさんの後ろにくっついてきた。マチルダさんが僕の腕を離したので、アリアの方へ目をやってみると、右の靴に少し土がついていた。
 見かけとは違ってお嬢様でもないし、なかなかぶっきらぼうな子だとは知っていた。
 昨日のマチルダさんの言葉を思い出す。

 ……アリアって、もしかして予想以上にガラが悪い?

 正念場を明日に控えた本日、好きな女の子の思ってもみなかった様子を見て、僕は細く長い息を吐いた。
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