11.(5)
トリオには夜の内に説明することにした。二人で今まで分かっていることを整理しているときに、僕はノートを取り出した。
出された封筒の文字に息を飲み込んだトリオは、僕に便箋と取り出させて確認した。その後、大急ぎで僕にノートを開かせる。
当初は「うーん?」と唸っていたが、読み込み始め、僕に書き込みをさせた。内容はよく分からないけど、ペンが持てないトリオの代わりに、とりあえず言われるがまま書き込んだ。
指示する途中でトリオは呟く。
「これが……ニルレンとマグスが望んだことなんじゃな」
トリオは息を一つ吐いた。
「あいつら一枚岩ではないということか。てっきり三人でグルなのかと思っちょった」
「アルバートさん、本当のこと言ってると思う?」
僕の問いに、首をくるりと回し、トリオは言った。
「……少なくとも、この手紙はニルレンのものに間違いないし、このノートに書かれている内容の構成にニルレンが関わっちょることは分かる。クセが出ているからな」
「さすが」
過保護な男は違う。
トリオが魔法について知識が豊富だからなのか、単にニルレンのことが好きすぎるのかは分からないけど、少なくとも出所が確かだとは判断できた。
「ニルレンがしたいことなら、ワシはやるだけじゃ」
「トリオってさ、本当に自分の意見ないよね。ニルレンのことばかり。まあ、僕もトリオがいいならいいんだけどさ」
思ったことを言ったら、トリオには「うるさい」と翼でバサバサやられた。
この、言葉はわかるけど意味の分からない表記について僕は聞いてみる。
「トリオ、何が書いてあるかわかるの?」
「専門じゃないから、全部は無理じゃろうな。明日、これを持って行けば教えてくれるんじゃろ。それまでは、分からないところがどこなのか、読むしかないのう」
ここまで言って、ぼそりとトリオは呟く。
「……ついでに背景も教えて貰えるとええんじゃが」
「え、ニルレンの手紙にそういうの書いてなかったの? 何が書いてあったの?」
期待していたのに。僕は驚いた。
便箋は何枚かあるのに、何一つ書いていないなんてことがあるのだろうか。僕の表情を確認した後、トリオは視線を落とした。
「……おおまかにいうと、マグスにやり方は引き継いだから、ノートを読みこんで頑張ってくれというのと、操作の補足しか」
ひっくり返した便箋をちらりとみる。
保存できる紙なのか、やたら薄いし、透けた文字の色は濃い。
裏からでも「好き」だの「愛してる」だので埋め尽くされているのは分かったが、僕は見えていないふりをする。
ニルレンの時はそういう感じだったのか。
気まずいから、もっと分厚い紙に書いて欲しい。
トリオはため息をつく。
「……相手がどう考えるとか、そういう発想はあまりないやつじゃから、事務連絡と書きたいことしか書いちょらんかった」
その辺りは今と変わらないようだ。
つまり、うちの母さんと同類。
ほんっとに研究者は面倒くさい。
書きたいことが「トリオ好き好き大好き愛している(略)」なのは、うん、付き合った直後だからかな。うん。
そんな風に魔王と勇者に振り回されながら、トリオは読み込んだ。僕はトリオが言うままに書き込みをした。
アルバートさん宅で時間を示し合わせた後、掃除中に、トリオは手順の入った袋を持って話を詰めに行った。
ふらふらしながら帰ったのは、アルバートさんの奥さんからいただいたお菓子の重さだけではないようだ。
一応、背景について何か聞けたか確認したけど、そんな暇はなかったらしい。「ニルレンから引き継いだゆう、知識を詰め込まれる魔法をかけられただけじゃった」とのことで、僕とトリオはただ実作業しか知らない状況だった。
その後もトリオは実に真面目に読み込んだ。
温泉に入る前後も、夕飯を食べてから寝るまでも。
僕もひたすら手伝わされた。
いただいたお菓子はよい栄養補給になったけど、こんなに覚えようとしたのは受験の時くらいだ。
ニルレンは、アルバートさんと示し合わした合図があったらしい。
コヨミ神殿に着き、記憶を取り戻したマチルダさんはすぐにアルバートさんと協働し始めた。
トリオは強制的に詰め込まれた知識で二人の手伝いをしていた。
基本的には大人三人がやることだ。
元々頭数には入っていない僕は、なるべくアリアの気をそらすようにしろとのお達しがあった。
大人三人が動くのを気取られないように。
「結構重要な役目じゃからな。ワシらはあいつの目の前でかなり色々なことをしかけなきゃいけない。あいつに気取られたらおしまいじゃ」
やるべきことを強制的に詰め込まれ、頭痛持ちとなった哀れな黄緑色の鳥は、タライのお湯につかりながら言っていた。
僕は頷いた。
「分かってるよ」
「まあ、ユウなら大丈夫じゃろ」
「……そうかなぁ。自信ないよ」
トリオは呑気に言ってたけど、僕は結構必死にアリアの気を引こうとした。
……告白まがいのことをする程度には。
うん、あれはまがいだ。本番じゃないから!
真っ赤になったアリアはめちゃくちゃ可愛くて非常に役得だったというのはおいといて、何よりも、アリアに気付かれないようにした。
この計画は全部ニルレンが思いついたことだ。
彼女は、ニルレンはきっと自分の大切なもの全てを救いたかったのだ。
この世界の神は住人が思っているよりも未熟な子供で、世界も極めて不安定だ。そんな身勝手な世界のしがらみから全てを解き放ちたかった。
それに含まれるのは、この世界の住人だけではなくて、ニルレンが大好きで大切な運用管理者――創造神が好む世界を作るために、神と同じ記憶と知識と考え方を持たされた少女も含んでいた。
ニルレンは魔王に協力を仰いで、共同作業をしている体で少女を騙し、助けたい対象である恋人すらも利用した。
マチルダさんは、まさしく勇者、英雄、救世主。
自力で得た全ての称号が相応しい人だと思う。
ざっくりしたマチルダさんの指示が飛ぶ。
「トリオー、それー」
「つけてくらい言ってくれんかのう」
「はーい。トリオ様、お手数ですがこちらをわたくしめが使えるようにつけてくださいませんかねー。お願いしますぅー」
ワザとらしく、丁寧なお願いをするマチルダさんはトリオに文句を言う。
「あんたさ、本当に小さいこと気にするようになったわよねー」
「そっちが雑になっちょるんじゃろ」
つるつるした板を指さしているマチルダさんに文句を言いつつ、トリオは小さな雷を手にまとわせ、板の上に手をおいた。
手の触れた部分は光り、板全体が明るくなった。文字が浮き出てくる。
マチルダさんは笑顔になった。
「ありがと!」
「はい、どういたしまして」
お礼の言葉をだしたマチルダさんだったが、すぐに唇を突き出す。
「でもさ、トリオ、すぐに全部の操作ができるようになって羨ましすぎるわよ。わたしが前来たときはタマとベンと協力して立ち上げるだけで時間がかかったし、制限があるから途中までしか無理だったもの」
「ああ、一週間、どこに行っちょるかと思うちょったが、やっぱりここか」
トリオの問いに、マチルダさんは勢いよく頷いた。
「そうよ! 起動するのも設定確認するのも勇者の力だけじゃめちゃくちゃ大変だったんだから!」
「はぁ、それはお疲れさん」
「まったくさ、いいわよねー、ナセルの力。全部の設定さっくり確認できる権限があるんだもん。勇者と魔法使いの力だけではかなわないわ」
ため息を一息つく。
「ねぇ、アルバートさん」
声をかけられたアルバートさんも深く頷く。
「全くだ。儂もアリア様の手伝いで覚えたが、制限があるから自身では最後まで処理ができない。本来であればもっと効率的なやり方もあったかもしれないのに、羨ましい限りだ」
「……言っておくが、ワシはやりたい訳でなくて、やらされちょるんじゃぞ」
勇者と魔王の重ねる文句に対し、勇者候補だった神の子ナセル族は「研究肌は面倒くさい」とぶつぶつ文句を言った。
村の少年はとりあえず静観することにした。
出された封筒の文字に息を飲み込んだトリオは、僕に便箋と取り出させて確認した。その後、大急ぎで僕にノートを開かせる。
当初は「うーん?」と唸っていたが、読み込み始め、僕に書き込みをさせた。内容はよく分からないけど、ペンが持てないトリオの代わりに、とりあえず言われるがまま書き込んだ。
指示する途中でトリオは呟く。
「これが……ニルレンとマグスが望んだことなんじゃな」
トリオは息を一つ吐いた。
「あいつら一枚岩ではないということか。てっきり三人でグルなのかと思っちょった」
「アルバートさん、本当のこと言ってると思う?」
僕の問いに、首をくるりと回し、トリオは言った。
「……少なくとも、この手紙はニルレンのものに間違いないし、このノートに書かれている内容の構成にニルレンが関わっちょることは分かる。クセが出ているからな」
「さすが」
過保護な男は違う。
トリオが魔法について知識が豊富だからなのか、単にニルレンのことが好きすぎるのかは分からないけど、少なくとも出所が確かだとは判断できた。
「ニルレンがしたいことなら、ワシはやるだけじゃ」
「トリオってさ、本当に自分の意見ないよね。ニルレンのことばかり。まあ、僕もトリオがいいならいいんだけどさ」
思ったことを言ったら、トリオには「うるさい」と翼でバサバサやられた。
この、言葉はわかるけど意味の分からない表記について僕は聞いてみる。
「トリオ、何が書いてあるかわかるの?」
「専門じゃないから、全部は無理じゃろうな。明日、これを持って行けば教えてくれるんじゃろ。それまでは、分からないところがどこなのか、読むしかないのう」
ここまで言って、ぼそりとトリオは呟く。
「……ついでに背景も教えて貰えるとええんじゃが」
「え、ニルレンの手紙にそういうの書いてなかったの? 何が書いてあったの?」
期待していたのに。僕は驚いた。
便箋は何枚かあるのに、何一つ書いていないなんてことがあるのだろうか。僕の表情を確認した後、トリオは視線を落とした。
「……おおまかにいうと、マグスにやり方は引き継いだから、ノートを読みこんで頑張ってくれというのと、操作の補足しか」
ひっくり返した便箋をちらりとみる。
保存できる紙なのか、やたら薄いし、透けた文字の色は濃い。
裏からでも「好き」だの「愛してる」だので埋め尽くされているのは分かったが、僕は見えていないふりをする。
ニルレンの時はそういう感じだったのか。
気まずいから、もっと分厚い紙に書いて欲しい。
トリオはため息をつく。
「……相手がどう考えるとか、そういう発想はあまりないやつじゃから、事務連絡と書きたいことしか書いちょらんかった」
その辺りは今と変わらないようだ。
つまり、うちの母さんと同類。
ほんっとに研究者は面倒くさい。
書きたいことが「トリオ好き好き大好き愛している(略)」なのは、うん、付き合った直後だからかな。うん。
そんな風に魔王と勇者に振り回されながら、トリオは読み込んだ。僕はトリオが言うままに書き込みをした。
アルバートさん宅で時間を示し合わせた後、掃除中に、トリオは手順の入った袋を持って話を詰めに行った。
ふらふらしながら帰ったのは、アルバートさんの奥さんからいただいたお菓子の重さだけではないようだ。
一応、背景について何か聞けたか確認したけど、そんな暇はなかったらしい。「ニルレンから引き継いだゆう、知識を詰め込まれる魔法をかけられただけじゃった」とのことで、僕とトリオはただ実作業しか知らない状況だった。
その後もトリオは実に真面目に読み込んだ。
温泉に入る前後も、夕飯を食べてから寝るまでも。
僕もひたすら手伝わされた。
いただいたお菓子はよい栄養補給になったけど、こんなに覚えようとしたのは受験の時くらいだ。
ニルレンは、アルバートさんと示し合わした合図があったらしい。
コヨミ神殿に着き、記憶を取り戻したマチルダさんはすぐにアルバートさんと協働し始めた。
トリオは強制的に詰め込まれた知識で二人の手伝いをしていた。
基本的には大人三人がやることだ。
元々頭数には入っていない僕は、なるべくアリアの気をそらすようにしろとのお達しがあった。
大人三人が動くのを気取られないように。
「結構重要な役目じゃからな。ワシらはあいつの目の前でかなり色々なことをしかけなきゃいけない。あいつに気取られたらおしまいじゃ」
やるべきことを強制的に詰め込まれ、頭痛持ちとなった哀れな黄緑色の鳥は、タライのお湯につかりながら言っていた。
僕は頷いた。
「分かってるよ」
「まあ、ユウなら大丈夫じゃろ」
「……そうかなぁ。自信ないよ」
トリオは呑気に言ってたけど、僕は結構必死にアリアの気を引こうとした。
……告白まがいのことをする程度には。
うん、あれはまがいだ。本番じゃないから!
真っ赤になったアリアはめちゃくちゃ可愛くて非常に役得だったというのはおいといて、何よりも、アリアに気付かれないようにした。
この計画は全部ニルレンが思いついたことだ。
彼女は、ニルレンはきっと自分の大切なもの全てを救いたかったのだ。
この世界の神は住人が思っているよりも未熟な子供で、世界も極めて不安定だ。そんな身勝手な世界のしがらみから全てを解き放ちたかった。
それに含まれるのは、この世界の住人だけではなくて、ニルレンが大好きで大切な運用管理者――創造神が好む世界を作るために、神と同じ記憶と知識と考え方を持たされた少女も含んでいた。
ニルレンは魔王に協力を仰いで、共同作業をしている体で少女を騙し、助けたい対象である恋人すらも利用した。
マチルダさんは、まさしく勇者、英雄、救世主。
自力で得た全ての称号が相応しい人だと思う。
ざっくりしたマチルダさんの指示が飛ぶ。
「トリオー、それー」
「つけてくらい言ってくれんかのう」
「はーい。トリオ様、お手数ですがこちらをわたくしめが使えるようにつけてくださいませんかねー。お願いしますぅー」
ワザとらしく、丁寧なお願いをするマチルダさんはトリオに文句を言う。
「あんたさ、本当に小さいこと気にするようになったわよねー」
「そっちが雑になっちょるんじゃろ」
つるつるした板を指さしているマチルダさんに文句を言いつつ、トリオは小さな雷を手にまとわせ、板の上に手をおいた。
手の触れた部分は光り、板全体が明るくなった。文字が浮き出てくる。
マチルダさんは笑顔になった。
「ありがと!」
「はい、どういたしまして」
お礼の言葉をだしたマチルダさんだったが、すぐに唇を突き出す。
「でもさ、トリオ、すぐに全部の操作ができるようになって羨ましすぎるわよ。わたしが前来たときはタマとベンと協力して立ち上げるだけで時間がかかったし、制限があるから途中までしか無理だったもの」
「ああ、一週間、どこに行っちょるかと思うちょったが、やっぱりここか」
トリオの問いに、マチルダさんは勢いよく頷いた。
「そうよ! 起動するのも設定確認するのも勇者の力だけじゃめちゃくちゃ大変だったんだから!」
「はぁ、それはお疲れさん」
「まったくさ、いいわよねー、ナセルの力。全部の設定さっくり確認できる権限があるんだもん。勇者と魔法使いの力だけではかなわないわ」
ため息を一息つく。
「ねぇ、アルバートさん」
声をかけられたアルバートさんも深く頷く。
「全くだ。儂もアリア様の手伝いで覚えたが、制限があるから自身では最後まで処理ができない。本来であればもっと効率的なやり方もあったかもしれないのに、羨ましい限りだ」
「……言っておくが、ワシはやりたい訳でなくて、やらされちょるんじゃぞ」
勇者と魔王の重ねる文句に対し、勇者候補だった神の子ナセル族は「研究肌は面倒くさい」とぶつぶつ文句を言った。
村の少年はとりあえず静観することにした。