【エピローグ】(3)
一時は、そんな負荷が局地的にかかっていたトリオだが、その後、約束通りにマチルダさんに家庭を顧みる余裕ができた。
とはいえ、マチルダさんは職場では相変わらず変わった距離感だ。どうやらこれが仕事のときの様子らしいなと理解してきた今日この頃。やっぱり研究者って変わってるね。
自由時間を得てうきうきするトリオに「転職祝いじゃ、奢るからとにかく気晴らしに付き合え。飲むぞ!」と言われ、酒場に連れて行かれた。
仕事仲間とは騎士団の時よりは上手くはやっているらしいけど、彼の中では僕は気兼ねなく誘える上位ではあるらしい。ありがたいことだ。
世間話をしながら、エールを三杯ほど飲んだトリオはじっと僕を見てこう言った。
「アリアに義理立てしちょるんか? そろそろ考え直す気はあるのか?」
気付いた。
もしかして、彼はそれを言うために僕を呼び出したのかもしれない。
あの時から考えると、もうすぐニルレンの十回目の誕生日。
気がついたら、僕は出会った時のトリオの年齢になった。
アリアはまだ帰って来ないし、結果的に僕は待っているような身になってしまった。
僕は首を横に振る。
「別にそういうわけじゃないよ」
僕の二十五年の人生の中で、たった数週間しか会っていない女の子。アイドル好きだったわけだし、可愛い女性の外見にときめくことは結構多かった。ただし、話して関わった相手に対して恋だと自覚したのは、今のところは彼女が最初で最後だ。
僕にとってはアリアが世界で一番可愛い女の子で、これが覆ったことはこの十年間ない。
グラスを傾き終えたトリオは言う。
「初恋なんて叶わんもんなのが定説じゃぞ」
「それは分かってるよ」
結婚歴の長い彼に改めて聞く気もないので、この男前の初恋相手がどんな人かは知らない。まあ、過去の発言からいって、マチルダさんではないのは確実だけど。
それに、僕も自分のそれが叶うとは思っていない。
「ただ、純粋に普通に縁が全くないだけだ……」
僕だってこの十年近く、初恋をこじらせて何もしなかったわけではない。
自分で言うのも何だけど、角が立つような性格や学歴や仕事ではないため、同じ学校や職場の人に知り合いを紹介されたり、合コンに参加依頼がきたりしたことはある。その流れで食事とその前のデートくらいなら行ったことはある。
頻度はそんなに高くないけど、十年近くもあればいくらかは。
でも何となく本気になれなくて、あちら側もそれを理解するのか、一、二回で終わるだけだ。
そんなに数沢山あった訳ではないけど、みんな僕にはもったいない、可愛くてきれいで感じの良い方々だった。
僕が問題だ。
その代わりなのか、旅に戻ってきてから、趣味のアイドルのコレクション収集に、より熱心になったような気はするのはここだけの話。最近は仕事と引っ越しが忙しくてご無沙汰だったけど。
写真を眺めていて、ふと頭に浮かぶ。
アリアとの写真、一枚くらい欲しかったなぁ。
いや、コレクションじゃなくて、一緒に写る写真。
撮って、今ここに持っていたとして、多分アリアによって見えない形にされるだけだろうけど。
僕は彼女と一緒にいた痕跡が、頭の中に残っている思い出以外にも何か欲しかった。
トリオは四杯目を飲み始めた。このおっさんは年を考えずにペースが早い。限られた自由を満喫中だからだろう。程度によっては後でマチルダさんに怒られるかもしれないのに、ふわふわ楽しそうではある。
「まあ、まともな初恋の相手があいつじゃな。強烈すぎる」
「それ言い方。っていうかさ、さっきから初恋初恋って何だよ」
「違うんか? 世界をぶち壊そうとする程度に過激だわ、胡散臭いわ、人をおちょくるわ、下品だわ、ガラは悪いわ。あいつが基準じゃ、普通の娘さんじゃ刺激も何もないじゃろうし。やっぱりあいつじゃなきゃダメなんかのぅ」
彼女を評するとき、トリオの眉は歪んでいた。僕とは違い、嫌な思い出が多いらしい。アリアはトリオには手厳しかった。
しかし、僕が思う彼女とは食い違うところがいくつかある。
「……そんなに下品でガラ悪かったっけ?」
淡々とした物言いではあったけど、下品なことを言っていた記憶はなく、ぶっきらぼうではあったけど可愛かった。一回、トリオに荒々しい口調で怒っていた記憶はあるけど……。
「ワシにはその印象しかないわ」
僕は首を捻る。もしかして、十年経って彼女の記憶が美化されているのだろうか。
甘い顔のおっさんは苦笑する。
「あいつ、ユウの前では徹底して良い子ぶっちょったからな。気に入られたかったんじゃろ。ま、それは良かったな」
トリオは僕とは比べ物にならないほど彼女と長期間過ごしていた。こんなに心残りがあるくせに、僕は彼女のほんの一面も見ていないのだろう。
顔を曇らせる僕にトリオは言う。
「まあ、よっぽど弊害があるんじゃなければ、相手が見せたい面だけ見ちょればええんじゃないのか?」
「そんなもん?」
「ワシの意見でしかないんじゃがな。相手のことを全て知る必要はない訳じゃろ。自分が見える部分が真実で本当じゃ。ワシだって、勤務時間さえ教えてくれれば、仕事中のマチルダがどうなんて知る気もないし、あっちもそうじゃろうし」
実年齢で言えば僕よりも十年多く生きているトリオは、いつも僕の先の人生を生きている。気がついたらすっかり親友と言ってもいい間柄だけど、こういうときは彼はただの人生の先輩だ。
「まあ、相手を見つけることも、一人で生きていくことも、ユウが一番納得できる道ならそれでええんじゃけど、まあ、しょうがないからワシが……」
トリオはうんうん頷いてグラスを傾ける。
「別に紹介とかはもういいよ」
何が「ワシ」なんだか、妙な言い方だとは思ったけど、酒の入った頭ではそれ以上深いことは考えられなかった。
だから、ずっと思ってたことを言う。
「トリオって、本当に相手を否定しようとしないよね。人のこと言えないけど、それでいいのかよ?」
「否定しないと言うより、自分がないだけじゃな。相手に引っ張ってもらうことを選んだわけじゃしな」
あの人は引っ張った結果、とんでもないところに連れて行きすぎな気はする。とはいえ、トリオも人並外れて流されやすいから、ちょうどいいのか。
「元々ワシ自身は故郷で畑耕しながら平凡に暮らす予定だったんじゃ。家族で言えば年の離れた兄姉のが出来が良くて目立ってるし、同い年には剣と魔法が上手くて騎士を目指す友達もおったし、極めて目立たん存在じゃった」
何度も聞いたことのある話をし始めた。この整った顔の器用な男が目立たない存在とは、ナセル族の村はどれだけ神がかっていたのだろうとは毎度思う。
友達が騎士になる手段について色々詳しくて、興味はないけど色々聞いていたから、いざ身寄りがなくなった時に生活できるだろうと騎士の学校に入ることを思いついたらしい。
「若い頃は何だか色々背負わされちょったけど、ガラじゃなかったわ。今は非常に気楽じゃぞ。たまに相談される以外は、判断全部あちら任せでええからな」
尻に敷かれている現状に対し、ゆるく笑うトリオを見ながら、僕は、何故創造神は彼を勇者にしようとしたのか、もうちょっとやる気のある村の他の人で良かったんじゃないのかと、改めて疑問に思う。
人が良いのは間違いないんだけど、それは自分のなさにも繋がるらしい。
あんなに格好良かった美青年は、十年分老けた以外は見かけはそこまで大きく変わっていないが、子育てに疲れたゆるいのんびりしたおっさんになっていた。
長く関わりを続けたのと、僕も大人になったこともあり、トリオのしょうもない部分もかなり理解してきた。
十五の時の僕はまだ自分がなかった。ただし、大人になった僕は、自分がないことについて、あそこまでは徹底できない。それも個性といえば個性なんだけど。
あの時は鳥の姿とはいえ、大人に感じたのになぁ。
大人になると、ずっと先にあると思ったものが身近に感じてくるときあるし、近くにいると思ったものが遠くに感じてしまうときもある。
追加注文でもしようかと、トリオの向こうの壁にはってあるお品書きを見た。
お品書きの横には、顔だけ知っている同郷の先輩のルシード先輩の写真とサインがはってある。
僕が旅立つ前、同級生のエイナに結果的に何だかフラれたような何かになった、原因の相手。
非常に優秀で現実離れした容姿の持ち主。
考えてみると、ウヅキ村でおかしい位の能力の持ち主といえば彼だった。
彼は、カンナ村やサツキ村はもちろん、首都のワシスでも聞かないような優秀さだった。
直接話したことはないし、決して身近な相手ではなかったけど、同じ学校に通っていた時は当たり前のように彼の噂を聞いていたから、同世代の僕たちはその力にマヒしていたのかもしれない。
ちょっと前に魔物の大群が地方を襲った。冒険者である元騎士の彼とその仲間が活躍し、彼は勇者として国に称えられた。彼は故郷であるウヅキ村で伝説の剣を見つけ、それを手に仲間と困難を乗り越えたらしい。
昨年、彼は勇者の仲間の一人、絹のように滑らかな金髪で、透明感のある白磁の肌を持つ空のように深い碧眼の人形のように美しい女性と結婚した。聖なる魔法の使い手らしい。
勇者夫婦が結婚後に村に凱旋パレードをする時は、たまたま帰省していたこともあり、トリオ一家と連れだって見に行った。
聖剣を腰に下げた先輩の横にいたのは、噂の通り、現実離れした美しさを持つ女性だった。僕が今まで見た中で二番目に魅力的な人だった。
そして、やっぱり僕が好きなあの子とは全くの別人だと理解した。僕の隣にいるマチルダさんも「勇者としてはわたしのが圧倒的に凄いし、顔はトリオのが断然良いわね」と勇者にケチをつけながら、目線はその隣にいる女性だった。
あの時、マチルダさんは子供を更にぎゅっと抱きしめていた。トリオはもう一人の子供を抱っこして、「最近洗濯物が増えたからアレ欲しいんじゃよな……」と謎の言葉を呟きながら、先輩の腰のあたりを見ていた。
写真とサインを見ながらそんなことを思い出した。
僕の向かいに座っている美形の元勇者候補は「ワシがワシが」と、酒場でくだを巻いている。
「トリオは相変わらず幸せそうで良かったよ」
彼に聞こえないほど小さな声で僕はそう呟いた。
とはいえ、マチルダさんは職場では相変わらず変わった距離感だ。どうやらこれが仕事のときの様子らしいなと理解してきた今日この頃。やっぱり研究者って変わってるね。
自由時間を得てうきうきするトリオに「転職祝いじゃ、奢るからとにかく気晴らしに付き合え。飲むぞ!」と言われ、酒場に連れて行かれた。
仕事仲間とは騎士団の時よりは上手くはやっているらしいけど、彼の中では僕は気兼ねなく誘える上位ではあるらしい。ありがたいことだ。
世間話をしながら、エールを三杯ほど飲んだトリオはじっと僕を見てこう言った。
「アリアに義理立てしちょるんか? そろそろ考え直す気はあるのか?」
気付いた。
もしかして、彼はそれを言うために僕を呼び出したのかもしれない。
あの時から考えると、もうすぐニルレンの十回目の誕生日。
気がついたら、僕は出会った時のトリオの年齢になった。
アリアはまだ帰って来ないし、結果的に僕は待っているような身になってしまった。
僕は首を横に振る。
「別にそういうわけじゃないよ」
僕の二十五年の人生の中で、たった数週間しか会っていない女の子。アイドル好きだったわけだし、可愛い女性の外見にときめくことは結構多かった。ただし、話して関わった相手に対して恋だと自覚したのは、今のところは彼女が最初で最後だ。
僕にとってはアリアが世界で一番可愛い女の子で、これが覆ったことはこの十年間ない。
グラスを傾き終えたトリオは言う。
「初恋なんて叶わんもんなのが定説じゃぞ」
「それは分かってるよ」
結婚歴の長い彼に改めて聞く気もないので、この男前の初恋相手がどんな人かは知らない。まあ、過去の発言からいって、マチルダさんではないのは確実だけど。
それに、僕も自分のそれが叶うとは思っていない。
「ただ、純粋に普通に縁が全くないだけだ……」
僕だってこの十年近く、初恋をこじらせて何もしなかったわけではない。
自分で言うのも何だけど、角が立つような性格や学歴や仕事ではないため、同じ学校や職場の人に知り合いを紹介されたり、合コンに参加依頼がきたりしたことはある。その流れで食事とその前のデートくらいなら行ったことはある。
頻度はそんなに高くないけど、十年近くもあればいくらかは。
でも何となく本気になれなくて、あちら側もそれを理解するのか、一、二回で終わるだけだ。
そんなに数沢山あった訳ではないけど、みんな僕にはもったいない、可愛くてきれいで感じの良い方々だった。
僕が問題だ。
その代わりなのか、旅に戻ってきてから、趣味のアイドルのコレクション収集に、より熱心になったような気はするのはここだけの話。最近は仕事と引っ越しが忙しくてご無沙汰だったけど。
写真を眺めていて、ふと頭に浮かぶ。
アリアとの写真、一枚くらい欲しかったなぁ。
いや、コレクションじゃなくて、一緒に写る写真。
撮って、今ここに持っていたとして、多分アリアによって見えない形にされるだけだろうけど。
僕は彼女と一緒にいた痕跡が、頭の中に残っている思い出以外にも何か欲しかった。
トリオは四杯目を飲み始めた。このおっさんは年を考えずにペースが早い。限られた自由を満喫中だからだろう。程度によっては後でマチルダさんに怒られるかもしれないのに、ふわふわ楽しそうではある。
「まあ、まともな初恋の相手があいつじゃな。強烈すぎる」
「それ言い方。っていうかさ、さっきから初恋初恋って何だよ」
「違うんか? 世界をぶち壊そうとする程度に過激だわ、胡散臭いわ、人をおちょくるわ、下品だわ、ガラは悪いわ。あいつが基準じゃ、普通の娘さんじゃ刺激も何もないじゃろうし。やっぱりあいつじゃなきゃダメなんかのぅ」
彼女を評するとき、トリオの眉は歪んでいた。僕とは違い、嫌な思い出が多いらしい。アリアはトリオには手厳しかった。
しかし、僕が思う彼女とは食い違うところがいくつかある。
「……そんなに下品でガラ悪かったっけ?」
淡々とした物言いではあったけど、下品なことを言っていた記憶はなく、ぶっきらぼうではあったけど可愛かった。一回、トリオに荒々しい口調で怒っていた記憶はあるけど……。
「ワシにはその印象しかないわ」
僕は首を捻る。もしかして、十年経って彼女の記憶が美化されているのだろうか。
甘い顔のおっさんは苦笑する。
「あいつ、ユウの前では徹底して良い子ぶっちょったからな。気に入られたかったんじゃろ。ま、それは良かったな」
トリオは僕とは比べ物にならないほど彼女と長期間過ごしていた。こんなに心残りがあるくせに、僕は彼女のほんの一面も見ていないのだろう。
顔を曇らせる僕にトリオは言う。
「まあ、よっぽど弊害があるんじゃなければ、相手が見せたい面だけ見ちょればええんじゃないのか?」
「そんなもん?」
「ワシの意見でしかないんじゃがな。相手のことを全て知る必要はない訳じゃろ。自分が見える部分が真実で本当じゃ。ワシだって、勤務時間さえ教えてくれれば、仕事中のマチルダがどうなんて知る気もないし、あっちもそうじゃろうし」
実年齢で言えば僕よりも十年多く生きているトリオは、いつも僕の先の人生を生きている。気がついたらすっかり親友と言ってもいい間柄だけど、こういうときは彼はただの人生の先輩だ。
「まあ、相手を見つけることも、一人で生きていくことも、ユウが一番納得できる道ならそれでええんじゃけど、まあ、しょうがないからワシが……」
トリオはうんうん頷いてグラスを傾ける。
「別に紹介とかはもういいよ」
何が「ワシ」なんだか、妙な言い方だとは思ったけど、酒の入った頭ではそれ以上深いことは考えられなかった。
だから、ずっと思ってたことを言う。
「トリオって、本当に相手を否定しようとしないよね。人のこと言えないけど、それでいいのかよ?」
「否定しないと言うより、自分がないだけじゃな。相手に引っ張ってもらうことを選んだわけじゃしな」
あの人は引っ張った結果、とんでもないところに連れて行きすぎな気はする。とはいえ、トリオも人並外れて流されやすいから、ちょうどいいのか。
「元々ワシ自身は故郷で畑耕しながら平凡に暮らす予定だったんじゃ。家族で言えば年の離れた兄姉のが出来が良くて目立ってるし、同い年には剣と魔法が上手くて騎士を目指す友達もおったし、極めて目立たん存在じゃった」
何度も聞いたことのある話をし始めた。この整った顔の器用な男が目立たない存在とは、ナセル族の村はどれだけ神がかっていたのだろうとは毎度思う。
友達が騎士になる手段について色々詳しくて、興味はないけど色々聞いていたから、いざ身寄りがなくなった時に生活できるだろうと騎士の学校に入ることを思いついたらしい。
「若い頃は何だか色々背負わされちょったけど、ガラじゃなかったわ。今は非常に気楽じゃぞ。たまに相談される以外は、判断全部あちら任せでええからな」
尻に敷かれている現状に対し、ゆるく笑うトリオを見ながら、僕は、何故創造神は彼を勇者にしようとしたのか、もうちょっとやる気のある村の他の人で良かったんじゃないのかと、改めて疑問に思う。
人が良いのは間違いないんだけど、それは自分のなさにも繋がるらしい。
あんなに格好良かった美青年は、十年分老けた以外は見かけはそこまで大きく変わっていないが、子育てに疲れたゆるいのんびりしたおっさんになっていた。
長く関わりを続けたのと、僕も大人になったこともあり、トリオのしょうもない部分もかなり理解してきた。
十五の時の僕はまだ自分がなかった。ただし、大人になった僕は、自分がないことについて、あそこまでは徹底できない。それも個性といえば個性なんだけど。
あの時は鳥の姿とはいえ、大人に感じたのになぁ。
大人になると、ずっと先にあると思ったものが身近に感じてくるときあるし、近くにいると思ったものが遠くに感じてしまうときもある。
追加注文でもしようかと、トリオの向こうの壁にはってあるお品書きを見た。
お品書きの横には、顔だけ知っている同郷の先輩のルシード先輩の写真とサインがはってある。
僕が旅立つ前、同級生のエイナに結果的に何だかフラれたような何かになった、原因の相手。
非常に優秀で現実離れした容姿の持ち主。
考えてみると、ウヅキ村でおかしい位の能力の持ち主といえば彼だった。
彼は、カンナ村やサツキ村はもちろん、首都のワシスでも聞かないような優秀さだった。
直接話したことはないし、決して身近な相手ではなかったけど、同じ学校に通っていた時は当たり前のように彼の噂を聞いていたから、同世代の僕たちはその力にマヒしていたのかもしれない。
ちょっと前に魔物の大群が地方を襲った。冒険者である元騎士の彼とその仲間が活躍し、彼は勇者として国に称えられた。彼は故郷であるウヅキ村で伝説の剣を見つけ、それを手に仲間と困難を乗り越えたらしい。
昨年、彼は勇者の仲間の一人、絹のように滑らかな金髪で、透明感のある白磁の肌を持つ空のように深い碧眼の人形のように美しい女性と結婚した。聖なる魔法の使い手らしい。
勇者夫婦が結婚後に村に凱旋パレードをする時は、たまたま帰省していたこともあり、トリオ一家と連れだって見に行った。
聖剣を腰に下げた先輩の横にいたのは、噂の通り、現実離れした美しさを持つ女性だった。僕が今まで見た中で二番目に魅力的な人だった。
そして、やっぱり僕が好きなあの子とは全くの別人だと理解した。僕の隣にいるマチルダさんも「勇者としてはわたしのが圧倒的に凄いし、顔はトリオのが断然良いわね」と勇者にケチをつけながら、目線はその隣にいる女性だった。
あの時、マチルダさんは子供を更にぎゅっと抱きしめていた。トリオはもう一人の子供を抱っこして、「最近洗濯物が増えたからアレ欲しいんじゃよな……」と謎の言葉を呟きながら、先輩の腰のあたりを見ていた。
写真とサインを見ながらそんなことを思い出した。
僕の向かいに座っている美形の元勇者候補は「ワシがワシが」と、酒場でくだを巻いている。
「トリオは相変わらず幸せそうで良かったよ」
彼に聞こえないほど小さな声で僕はそう呟いた。