オトモダチ
なにげない閑話みたいな話ほど、実は重要なメッセージが込められている。
なんてことはない。
なんてことはない。
人は流れるものだってオジサンが言ってた。そのことば通り、この集落にいる人たちはみるみる移り変わっていく。
ある人はその日だけ滞在し、別の人はわたしたちより早くこの集落にいて、まだずっと留まってるつもりらしい。
ここで唯一変わらないのはこの空間。一階に食堂があってニ階にベッドがあるお宿。商人たちがよく訪れることからおいしい食べ物がたくさんあって、大工さんたちも立ち寄るからよそより大きい建物らしくて、貴族たちが狩りをするときの寝泊まり場所にもなるから設備もいい。
このひろい世界で、わたしたちはひとつの場所を共有している。
「そうかぁ、やっぱわたしたち異世界人なんだ」
「ああ。こっちじゃ漂流者とか旅人、みたいないろいろ言い方あるらしいぜ……おっちゃんおかわい!」
「おう! にーちゃんよく食うな!」
「そうだよ、スプリットくんたべすぎ。それでもう五杯めだよ?」
「おまえも食えるうちに食っとけ」
それから、わたしは異世界人のせんぱい? であるスプリットくんからいろいろなことを教えてもらった。
この国のなまえ、自然がたくさんある場所で、どんな動物たちがいるのか。
20年くらい前に魔族との戦争があって、今はにんげん同士がきな臭いんだとか。
異世界オヤクソクの『魔王』とはいま仲良しさんなんだとか。
「ねえねえやっぱここってヨーロッパ風味な異世界なの? それとも和風テイスト? 実は古代ギリシャとかエジプト的な文化が待ってましたとか!」
なんて妄想してるうちにスプリットくんが悩ましい顔で頭をかいた。
「わっかんねぇ。ヨーロッパっぽい建物があるかと思ったあその隣にゃあ日本式の木造建築。んでそのとなりは南国風のコテージとかなんでもありな感じだったぜ」
「あーやっぱそうかぁ」
オジサンもそうだったもんね。いかにもな水車小屋なのにマタギ衣装オジサンとかミスマッチすぎたもん。
「スプリットくんはこのあとどうするの?」
「どうするって?」
「おうちに帰りたいのかってこと」
食器が木でできた皿をたたく音が響く空間で、わたしたちはわたしたちにしかわからない話をしている。
テーブルに並んだ皿にはパンとスープが置いてあり、食べ物をはこぶおねーさんは両手いっぱいにビールを持っていた。
「そりゃあ思うけどさ、どうやったら帰れるのかわかんねーじゃん。それにこの世界の人たち親切にしてくれるしどっちでもいーかなぁって」
「ずっと前からこの世界にいるんだよね?」
「あーほうふぁな」
「なにか手がかりとか見つからなかった?」
「まーふぉれをみふけふぁいから旅してたんだけど――ンく、ん。べつに目ぼしいものは見つかんなかったなぁ。どこ行ってもわけわかんねー遺跡ばかりだったし」
「いせき?」
「旧文明の遺産なんだとさ。ああそこに手がかりなんてなかったぜ? なんかスッゲーテクノロジーが隠されてたわけでもねーしお宝なんてすでに取り尽くされた後だったし。ってかオッサンはどこいったよ?」
「わかんない。なんか知り合いと話があるって」
「ふーん……ほい」
「あ! わたしのおにくとった!!」
ふざっけんな食べものの恨みは計り知れないんだからね!
「うまいわ」
「ひどい! さいごにとっておいたのに」
「楽しみは最初に味わっとかないと異世界じゃ生きてけないぜ」
「そんなのどーでもいーもん! おにくかえせ!」
わたしはスプリットくんの口元に飛びついた。
「いや、ちょ、まてやめろ!」
ガシャーン。イスとテーブル、あとふたりぶんのスープが宙に舞い、わたしとスプリットくんは頭からそれとかぶった。
ちょっとアツかった。
「で、掃除させられたでござる」
「皿洗いもな。っつーかおまえのせーだからな」
「おにく」
「それはもういーから……ったくよーめんどくせぇ」
「グチグチ言うな。ほら追加だ、さっさと洗え」
「はーい」
どんがらがっしゃーんした後、おデコに青いすじを浮かべた店番のおっちゃんに連れられた。
わたしはモップとバケツでお掃除。スプリットくんはお客さんが残した食器を集めて、テーブルを拭いて、汚れたものをジャバジャバ洗ってる。
「おめーのせーだってのになんでこっちのがキツい仕事させられてんだよ」
「すべてはおにくからはじまったのだ、つまりわたしはわるくない」
(……洗い場に洗剤まである)
さすがにステンレスのシンクというワケにはいかないけど、そこにはきちんとした石鹸があり、ものを洗う用のなんかかたい動物の毛? を集めたたわしもあるし、トイレもあるし、そーいえばさっきのスープジャガイモ入ってた。
「異世界ってこんなんだったっけ?」
「なんか言ったか?」
「ううん別に」
「手ぇ止めるなよ? もうちょっとで客捌けるからガマンしろ」
「「はーい」」
その言葉とおり、太陽がかたむくと同じようにお客さんの姿もまばらになっていった。
それと同時に会話をする余裕もうまれる。ガクガクになった膝をいたわるべくイスに座ってカウンターに突っ伏した。
「異世界でも労働するハメになるとは思わなかった」
「皿洗いなんて何年ぶりだよー」
「えースプリットくんもとの世界で皿洗いのしごとしてたの?」
「ああ、ペロペロしてたぜ」
「えっ」
なにそれこわい。
「バイトテロじゃん」
「あ、いや違った。そうじゃなくて、え、なんで?」
スプリットくんは慌てたように口をふさいだ。
「とにかくなんでもないから」
「はぁーわたしもスプリットくんも元の世界の記憶がないし、手がかりだけでも見つけたいなー」
「それならオッサンに聞けよ」
どこかツンとした声色だった。
「オレたちは同じ異世界人ってだけでなにも関係ないんだしさ」
「そんなこと言わないでぇ友だちでしょ? 同じサラのエサ食べた仲じゃん」
「なんだよその表現、ってかともだちって」
(むむ?)
それは聞き捨てならんなぁ。
「わたしとスプリットくんはオトモダチだよ? ――スプリットくんはそう思わないの?」
ずいっと近づく。
「ねえ?」
「ッ! バカッ! いきなり近づくなっての」
言って、彼はその場から跳び退いた。
うん、跳び退いたんだ。ってことはけっこーなジャンプでございまして、彼の背後にはキレーに整理整頓された調理器具が並んでおりまして――。
はい。
「あっ」
どんがらがっしゃーん。
「どうした!!」
店主のおっちゃんが慌てたように駆けつけた。その背後にはその奥さんが見える。
で、スプリットくんが何をやらかしたのかを把握すると、おっちゃんはまた眉間にシワ寄せて、おばちゃんはあらあらと困ったような笑みを浮かべた。
「あー……えー……」
これはさすがに「わたしかんけーありませーん」とは言いにくい。
ってことでいちおう謝っておくことにしました。
「すみませーんウチの子がごめーわくをおかけします」
「オレは犬か!!」
労働時間。延長はいりました。
ある人はその日だけ滞在し、別の人はわたしたちより早くこの集落にいて、まだずっと留まってるつもりらしい。
ここで唯一変わらないのはこの空間。一階に食堂があってニ階にベッドがあるお宿。商人たちがよく訪れることからおいしい食べ物がたくさんあって、大工さんたちも立ち寄るからよそより大きい建物らしくて、貴族たちが狩りをするときの寝泊まり場所にもなるから設備もいい。
このひろい世界で、わたしたちはひとつの場所を共有している。
「そうかぁ、やっぱわたしたち異世界人なんだ」
「ああ。こっちじゃ漂流者とか旅人、みたいないろいろ言い方あるらしいぜ……おっちゃんおかわい!」
「おう! にーちゃんよく食うな!」
「そうだよ、スプリットくんたべすぎ。それでもう五杯めだよ?」
「おまえも食えるうちに食っとけ」
それから、わたしは異世界人のせんぱい? であるスプリットくんからいろいろなことを教えてもらった。
この国のなまえ、自然がたくさんある場所で、どんな動物たちがいるのか。
20年くらい前に魔族との戦争があって、今はにんげん同士がきな臭いんだとか。
異世界オヤクソクの『魔王』とはいま仲良しさんなんだとか。
「ねえねえやっぱここってヨーロッパ風味な異世界なの? それとも和風テイスト? 実は古代ギリシャとかエジプト的な文化が待ってましたとか!」
なんて妄想してるうちにスプリットくんが悩ましい顔で頭をかいた。
「わっかんねぇ。ヨーロッパっぽい建物があるかと思ったあその隣にゃあ日本式の木造建築。んでそのとなりは南国風のコテージとかなんでもありな感じだったぜ」
「あーやっぱそうかぁ」
オジサンもそうだったもんね。いかにもな水車小屋なのにマタギ衣装オジサンとかミスマッチすぎたもん。
「スプリットくんはこのあとどうするの?」
「どうするって?」
「おうちに帰りたいのかってこと」
食器が木でできた皿をたたく音が響く空間で、わたしたちはわたしたちにしかわからない話をしている。
テーブルに並んだ皿にはパンとスープが置いてあり、食べ物をはこぶおねーさんは両手いっぱいにビールを持っていた。
「そりゃあ思うけどさ、どうやったら帰れるのかわかんねーじゃん。それにこの世界の人たち親切にしてくれるしどっちでもいーかなぁって」
「ずっと前からこの世界にいるんだよね?」
「あーほうふぁな」
「なにか手がかりとか見つからなかった?」
「まーふぉれをみふけふぁいから旅してたんだけど――ンく、ん。べつに目ぼしいものは見つかんなかったなぁ。どこ行ってもわけわかんねー遺跡ばかりだったし」
「いせき?」
「旧文明の遺産なんだとさ。ああそこに手がかりなんてなかったぜ? なんかスッゲーテクノロジーが隠されてたわけでもねーしお宝なんてすでに取り尽くされた後だったし。ってかオッサンはどこいったよ?」
「わかんない。なんか知り合いと話があるって」
「ふーん……ほい」
「あ! わたしのおにくとった!!」
ふざっけんな食べものの恨みは計り知れないんだからね!
「うまいわ」
「ひどい! さいごにとっておいたのに」
「楽しみは最初に味わっとかないと異世界じゃ生きてけないぜ」
「そんなのどーでもいーもん! おにくかえせ!」
わたしはスプリットくんの口元に飛びついた。
「いや、ちょ、まてやめろ!」
ガシャーン。イスとテーブル、あとふたりぶんのスープが宙に舞い、わたしとスプリットくんは頭からそれとかぶった。
ちょっとアツかった。
「で、掃除させられたでござる」
「皿洗いもな。っつーかおまえのせーだからな」
「おにく」
「それはもういーから……ったくよーめんどくせぇ」
「グチグチ言うな。ほら追加だ、さっさと洗え」
「はーい」
どんがらがっしゃーんした後、おデコに青いすじを浮かべた店番のおっちゃんに連れられた。
わたしはモップとバケツでお掃除。スプリットくんはお客さんが残した食器を集めて、テーブルを拭いて、汚れたものをジャバジャバ洗ってる。
「おめーのせーだってのになんでこっちのがキツい仕事させられてんだよ」
「すべてはおにくからはじまったのだ、つまりわたしはわるくない」
(……洗い場に洗剤まである)
さすがにステンレスのシンクというワケにはいかないけど、そこにはきちんとした石鹸があり、ものを洗う用のなんかかたい動物の毛? を集めたたわしもあるし、トイレもあるし、そーいえばさっきのスープジャガイモ入ってた。
「異世界ってこんなんだったっけ?」
「なんか言ったか?」
「ううん別に」
「手ぇ止めるなよ? もうちょっとで客捌けるからガマンしろ」
「「はーい」」
その言葉とおり、太陽がかたむくと同じようにお客さんの姿もまばらになっていった。
それと同時に会話をする余裕もうまれる。ガクガクになった膝をいたわるべくイスに座ってカウンターに突っ伏した。
「異世界でも労働するハメになるとは思わなかった」
「皿洗いなんて何年ぶりだよー」
「えースプリットくんもとの世界で皿洗いのしごとしてたの?」
「ああ、ペロペロしてたぜ」
「えっ」
なにそれこわい。
「バイトテロじゃん」
「あ、いや違った。そうじゃなくて、え、なんで?」
スプリットくんは慌てたように口をふさいだ。
「とにかくなんでもないから」
「はぁーわたしもスプリットくんも元の世界の記憶がないし、手がかりだけでも見つけたいなー」
「それならオッサンに聞けよ」
どこかツンとした声色だった。
「オレたちは同じ異世界人ってだけでなにも関係ないんだしさ」
「そんなこと言わないでぇ友だちでしょ? 同じサラのエサ食べた仲じゃん」
「なんだよその表現、ってかともだちって」
(むむ?)
それは聞き捨てならんなぁ。
「わたしとスプリットくんはオトモダチだよ? ――スプリットくんはそう思わないの?」
ずいっと近づく。
「ねえ?」
「ッ! バカッ! いきなり近づくなっての」
言って、彼はその場から跳び退いた。
うん、跳び退いたんだ。ってことはけっこーなジャンプでございまして、彼の背後にはキレーに整理整頓された調理器具が並んでおりまして――。
はい。
「あっ」
どんがらがっしゃーん。
「どうした!!」
店主のおっちゃんが慌てたように駆けつけた。その背後にはその奥さんが見える。
で、スプリットくんが何をやらかしたのかを把握すると、おっちゃんはまた眉間にシワ寄せて、おばちゃんはあらあらと困ったような笑みを浮かべた。
「あー……えー……」
これはさすがに「わたしかんけーありませーん」とは言いにくい。
ってことでいちおう謝っておくことにしました。
「すみませーんウチの子がごめーわくをおかけします」
「オレは犬か!!」
労働時間。延長はいりました。