すごくはやい
なぜ呪文を唱えなければならないのか?
「バカ者! 逃げろと言っただろ!」
こちらの様子に気付いたオジサンが駆け寄ってきた。
「引け! 今ならまだ間に合う」
「オレも戦う!」
「だから足手まといだと――」
「いやだ!!」
少年は悲しみを抱えて駆けた。
それを止められなかった騎士は、空から飛来するマモノに閃光を放ち、宿へ走る若者の背中を追う。
もはや両者は戦禍の中にいた。都合よく滞在してたらしい兵士たちと、商人の集落ということで武具道具が潤沢にあったことで多くの被害は出なかったけど、それでもやっぱりケガをした人がいて、その場から動けない人がいて、
死んだ人がいる。
大切な人を失った悲しみはその人にしかわからない。恨みや怒りさえも。
「小僧、稽古は対人戦の動きだ勘違いするなよ」
「安心しろ。オレはこういうヤツらのほうが戦い馴れてる――ッ!」
宣言、そしてそれを証明する。
「……スプリットくん」
襲い来るマモノを迎撃し、それを消滅させていく。それは戦場を優雅に舞う、でも彼の顔はどこか泣いているようにも見えた。
「うおおおおお!!」
「バカ、死にたいのか突出するな!」
オジサンの言う通り、スプリットくんはマモノを追い求めどんどん深みにハマッていく。
そこには倒すべき相手が多くいて、それはつまり孤立していくということで。
「むっ、そこのキミ! それ以上深入りしてはいかん!」
遠くから聞き覚えのある声が届く。けど、彼が気付いた時にはもう遅かった。
「くそっ、まだオレは」
「スプリットくん!」
わたしの声は届かない。彼はマモノの集団の中にいて、必死に戦っている姿だけが見えた。
一匹のマモノが孤立した人間の背中へ襲いかかる。かろうじて避けたものの、バランスを崩した彼はそのまま倒れ込み、武器を放りだした。
「ああ!」
「くっ、間に合わん!」
このままじゃスプリットくんがやられちゃう!
(いやだよ、せっかくオトモダチになれたのに。これからたくさんあそんで、いっぱいしゃべりしてもっともっといろんなこと――)
ここは異世界。わたしはこの世界の住人じゃない。
でも彼はちがった。わたしとおなじなんだ。
この世界で、わたしはオジサンと出会った。スプリットくんは商人さんだった。
オジサンはわたしにとても親切にしてくれた。でもこの世界にとってわたしはヨソモノで、スプリットくんにとってもそうだった。
そんな彼にとって、この世界とつながっていられる絆が切られた。いま彼が感じているのは怒りや悲しみではなく孤独、なんだと思う。
「……そんなのイヤだ」
そんな気持ちを抱えたまま、そんな最後でいてほしくない。だってそんなのイヤだもん!
刹那、わたしは自分の身体が軽くなっていくのを感じた。
ううん、ちがう。
ほんとうに身体が軽い。髪の毛が重力に逆らって浮き上がるかのようだ。
「これ……これが」
周囲を光がつつむ、のではなくわたし自身が光ってる。それはオジサンとの戦いでスプリットくんが見せたものと同じ。そしてわたしは自覚した。
彼と同じことができる。
(待っててねスプリットくん!)
いまたすけるから!
「スキル、俊足」
「スプリット!」
これはオジサンの声だ。スローモーションのようにゆっくり耳に入ってくる。
「やめろー!」
これはオジサンと話をしていた人の声。なまえはえーっとなんだっけ? わすれた。
それらの声がゆっくりとわたしの耳に入っていた。けどそれらはすぐ聞こえなくなった。
わたしは声より速く動く。唯一聞こえるのは、わたしが進んでいる先、スプリットくんの放つ咆哮だけ。
わたしは彼の声に応えた。
「わおーん!」
「はぁっ!?」
ズバッと着地! でもってオジサンから教わった必殺剣そのいち!
「短剣でたたかうモノはキューショを狙うべし!」
マモノさんのキューショも同じなのかな? まあいいや試せばわかるのです。
「あ、いける」
なんかイノシシっぽい見た目のマモノがいて、ジャンプしてその上から首筋を刺したらイケました。
「うわっ、ひゃ!」
あっちこっちのマモノさんがスプリットくんからこちらに狙いを変える。いいよいいよもっとおいでいっしょにあそぼ!
「へへー、おっそいもんねーだ!」
その間にもちゃんとキューショを狙っていくのだ! えっと具体的には首でしょ? 胸のあたりでしょ? あとえーっとねぇ、あ、おデコは固いから避けなさいって教わったの。
「んにゃああたくさんいてムリいいいい」
「グレース、おまえいつの間にスキルを、っていうか、えぇぇ」
次々と消滅していくマモノを呆然と見つめるスプリットくん。って、そんなゆっくりしてる場合じゃないよ!
「スプリットくん! 立てる?」
「あ、ああ」
マモノたちが距離をとったのを見計らい、わたしはスプリットくんの手を握った。
「いくよ!」
「おわっ!」
わたしはこの場から駆け出した。
「ごめん、ちょっとカッとなっちまった」
「ううん、いいの。わたしだって大切な人を目の前で失ったら……んもう! こういう話はおしまい」
スキルを発動して、そのまま森へ逃げた。
はじめは宿の近くまでいたマモノたちだったけど、そのうちオジサンや兵士さんたちががんばったおかげで数が減っていき、やがてすべて駆逐するに至った。
「無事か!」
「オッサン……ごめん」
「おまえ」
眉間にシワが寄っていくのを感じて、わたしはとっさに声をあげた。
「ちがうの!」
「グレース」
「スプリットくんはがんばってたよ! だってたくさんマモノ倒したじゃん!」
「――はぁ、わかったよ。ただしこれだけは覚えとけ」
ふたつの視線が自分を向いているのを確認して、オジサンは続けた。
「度胸と無謀は別だ。戦いの場で感情は力になるが、そのなかでも冷静に"勝つ"ための手段を考えろ」
「はい」
「グレース。おまえのスタイルは一対一向けだってことを覚えておけよ?」
「はぁーい」
「さて、私は後処理のため騎士団と合流する。おまえたちはこのままエルフ連中が来るまで待っていてくれ」
返事を聞かず、オジサンはそのまま背を向けて丘を下っていってしまった。
集落はマモノに襲撃されメチャクチャになってしまった。たぶん、スプリットくんがお世話になった商人さんのほかにも、たくさんの犠牲者が出たんだと思う。
わたしは心のどこかが冷たくなっていくのを感じた。
「さっきはありがとな。ってか、おまえスキル使えるようになってたんじゃん」
「えへへ、なんかスプリットくんを助けたいって思ってたらできちゃった」
「オレを――そ、そんなヘンなことで強くなれるだな、やっぱりバカか」
「バカじゃないもん!」
「冗談だよ……っていうかおまえ、けっこーガチめなこと教わってたんだな」
「なにが?」
「いや、なんでもない。なんかおまえが怖くなってきたよ」
「ひどい!? っていうかおまえじゃないもんグレースだもん!」
こちらの様子に気付いたオジサンが駆け寄ってきた。
「引け! 今ならまだ間に合う」
「オレも戦う!」
「だから足手まといだと――」
「いやだ!!」
少年は悲しみを抱えて駆けた。
それを止められなかった騎士は、空から飛来するマモノに閃光を放ち、宿へ走る若者の背中を追う。
もはや両者は戦禍の中にいた。都合よく滞在してたらしい兵士たちと、商人の集落ということで武具道具が潤沢にあったことで多くの被害は出なかったけど、それでもやっぱりケガをした人がいて、その場から動けない人がいて、
死んだ人がいる。
大切な人を失った悲しみはその人にしかわからない。恨みや怒りさえも。
「小僧、稽古は対人戦の動きだ勘違いするなよ」
「安心しろ。オレはこういうヤツらのほうが戦い馴れてる――ッ!」
宣言、そしてそれを証明する。
「……スプリットくん」
襲い来るマモノを迎撃し、それを消滅させていく。それは戦場を優雅に舞う、でも彼の顔はどこか泣いているようにも見えた。
「うおおおおお!!」
「バカ、死にたいのか突出するな!」
オジサンの言う通り、スプリットくんはマモノを追い求めどんどん深みにハマッていく。
そこには倒すべき相手が多くいて、それはつまり孤立していくということで。
「むっ、そこのキミ! それ以上深入りしてはいかん!」
遠くから聞き覚えのある声が届く。けど、彼が気付いた時にはもう遅かった。
「くそっ、まだオレは」
「スプリットくん!」
わたしの声は届かない。彼はマモノの集団の中にいて、必死に戦っている姿だけが見えた。
一匹のマモノが孤立した人間の背中へ襲いかかる。かろうじて避けたものの、バランスを崩した彼はそのまま倒れ込み、武器を放りだした。
「ああ!」
「くっ、間に合わん!」
このままじゃスプリットくんがやられちゃう!
(いやだよ、せっかくオトモダチになれたのに。これからたくさんあそんで、いっぱいしゃべりしてもっともっといろんなこと――)
ここは異世界。わたしはこの世界の住人じゃない。
でも彼はちがった。わたしとおなじなんだ。
この世界で、わたしはオジサンと出会った。スプリットくんは商人さんだった。
オジサンはわたしにとても親切にしてくれた。でもこの世界にとってわたしはヨソモノで、スプリットくんにとってもそうだった。
そんな彼にとって、この世界とつながっていられる絆が切られた。いま彼が感じているのは怒りや悲しみではなく孤独、なんだと思う。
「……そんなのイヤだ」
そんな気持ちを抱えたまま、そんな最後でいてほしくない。だってそんなのイヤだもん!
刹那、わたしは自分の身体が軽くなっていくのを感じた。
ううん、ちがう。
ほんとうに身体が軽い。髪の毛が重力に逆らって浮き上がるかのようだ。
「これ……これが」
周囲を光がつつむ、のではなくわたし自身が光ってる。それはオジサンとの戦いでスプリットくんが見せたものと同じ。そしてわたしは自覚した。
彼と同じことができる。
(待っててねスプリットくん!)
いまたすけるから!
「スキル、俊足」
「スプリット!」
これはオジサンの声だ。スローモーションのようにゆっくり耳に入ってくる。
「やめろー!」
これはオジサンと話をしていた人の声。なまえはえーっとなんだっけ? わすれた。
それらの声がゆっくりとわたしの耳に入っていた。けどそれらはすぐ聞こえなくなった。
わたしは声より速く動く。唯一聞こえるのは、わたしが進んでいる先、スプリットくんの放つ咆哮だけ。
わたしは彼の声に応えた。
「わおーん!」
「はぁっ!?」
ズバッと着地! でもってオジサンから教わった必殺剣そのいち!
「短剣でたたかうモノはキューショを狙うべし!」
マモノさんのキューショも同じなのかな? まあいいや試せばわかるのです。
「あ、いける」
なんかイノシシっぽい見た目のマモノがいて、ジャンプしてその上から首筋を刺したらイケました。
「うわっ、ひゃ!」
あっちこっちのマモノさんがスプリットくんからこちらに狙いを変える。いいよいいよもっとおいでいっしょにあそぼ!
「へへー、おっそいもんねーだ!」
その間にもちゃんとキューショを狙っていくのだ! えっと具体的には首でしょ? 胸のあたりでしょ? あとえーっとねぇ、あ、おデコは固いから避けなさいって教わったの。
「んにゃああたくさんいてムリいいいい」
「グレース、おまえいつの間にスキルを、っていうか、えぇぇ」
次々と消滅していくマモノを呆然と見つめるスプリットくん。って、そんなゆっくりしてる場合じゃないよ!
「スプリットくん! 立てる?」
「あ、ああ」
マモノたちが距離をとったのを見計らい、わたしはスプリットくんの手を握った。
「いくよ!」
「おわっ!」
わたしはこの場から駆け出した。
「ごめん、ちょっとカッとなっちまった」
「ううん、いいの。わたしだって大切な人を目の前で失ったら……んもう! こういう話はおしまい」
スキルを発動して、そのまま森へ逃げた。
はじめは宿の近くまでいたマモノたちだったけど、そのうちオジサンや兵士さんたちががんばったおかげで数が減っていき、やがてすべて駆逐するに至った。
「無事か!」
「オッサン……ごめん」
「おまえ」
眉間にシワが寄っていくのを感じて、わたしはとっさに声をあげた。
「ちがうの!」
「グレース」
「スプリットくんはがんばってたよ! だってたくさんマモノ倒したじゃん!」
「――はぁ、わかったよ。ただしこれだけは覚えとけ」
ふたつの視線が自分を向いているのを確認して、オジサンは続けた。
「度胸と無謀は別だ。戦いの場で感情は力になるが、そのなかでも冷静に"勝つ"ための手段を考えろ」
「はい」
「グレース。おまえのスタイルは一対一向けだってことを覚えておけよ?」
「はぁーい」
「さて、私は後処理のため騎士団と合流する。おまえたちはこのままエルフ連中が来るまで待っていてくれ」
返事を聞かず、オジサンはそのまま背を向けて丘を下っていってしまった。
集落はマモノに襲撃されメチャクチャになってしまった。たぶん、スプリットくんがお世話になった商人さんのほかにも、たくさんの犠牲者が出たんだと思う。
わたしは心のどこかが冷たくなっていくのを感じた。
「さっきはありがとな。ってか、おまえスキル使えるようになってたんじゃん」
「えへへ、なんかスプリットくんを助けたいって思ってたらできちゃった」
「オレを――そ、そんなヘンなことで強くなれるだな、やっぱりバカか」
「バカじゃないもん!」
「冗談だよ……っていうかおまえ、けっこーガチめなこと教わってたんだな」
「なにが?」
「いや、なんでもない。なんかおまえが怖くなってきたよ」
「ひどい!? っていうかおまえじゃないもんグレースだもん!」