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作者: 犬物語
その筋肉は魅せるためか、戦うためか
はじめから"そのため"に生まれた存在のための物語
 行ってしまったムッキムキの人を追いかけて、わたしはみんなに先立って草木を分け入っていた。

「くっそ、あいつ筋肉だるまのクセしてよく走れるな」

「おまえはもっとデカくなっとけ」

「よけーなお世話だ。それよりグレース、ほんとにこっちで合ってんのか?」

「うん、なんかあの人のニオイがするような気がする。あとなんとなく?」

「はあ!? おめーソレで間違ってたらどうすんだよ」

「今はグレースを信じよう。幸いこの森は小さい。遭難することはないだろう」

 っていう会話があとうん回つづきました。で、走ってたらだんだんあの人のニオイが強くなって、それと同時に魚の香りもプンプンしてきた。

 まもなく耳に入ってくるせせらぎ。すこし開けた場所に出ると、そこには小川をバックにあの人が仁王立ちしていた。

「……それ以上近づくな」

(すっご)

 訓練中のオジサンより威圧感ある。

「どうしてもいっしょに来てはくれんか?」

「くどい。アタイはここで生きると決めたんだ。どーしてもってんなら力尽くでやるんだな」

「……そうか。交渉成立だな」

「オッサン耳わりーのかよ。断られたじゃん」

「力で上回れば連れてかれてやるって言ってんだ。ありがたくそうしようじゃないか。ほらスプリット行って来い」

(え?)

「なんでオレなんだよ!?」

「ひとりとは言ってないぞ? ビシェルも手伝ってやれ」

「いいのか?」

 ビシェルが口を開く。その視線は腕を組む巨人に向けられていた。

「構わねぇ。なんだったらそこのオンナも来いや」

「えっ」

 いやちょっとまって、なんでそういう流れになるの?

(こんにちは、じゃあオトモダチになりましょうじゃだめ? っていうか戦う必要ある?)

 拳とコブシの会話みたいな? そんなのイタいだけじゃん。

「どーせそのひよっこひとりじゃムリだろうからな」

「ンだと?」

 って考えてる間にもーバトルな雰囲気になってるし。

 戦う前から勝ち誇ったような笑みを浮かべる。その態度に少年のプライドが傷ついた!

「武器も使えよ。そんな貧弱なウデじゃこのボディに傷ひとつつけられないだろう?」

「てめー言わせておけば!」

 いやいやあからさまな挑発だよスプリットくん? 引っかかっちゃダメでしょそんなの。

「っていうかちょおおっとまったあああ!」

 みんなの間に割って入る。とりあえずおちつこ?

「なんかアブナイ雰囲気よくないよ? ケンカしなきゃいけないなんてことないよね? ね?」

「ああその必要はねーぜ。お前らが大人しく引き下がるならな」

「グレース、ジャマすんじゃねえ」

 苛立つスプリットくんに、オジサンは訓練用の剣を渡した。刃を削ってなめらかにしたもので、それでも当たるとほんっとにイタイやつ。

「うーむ私も平和的に解決したいのはヤマヤマなのだがな、いかんせんあっちのほうがやる気満々のようだ。やーこまったこまった」

 ぜんぜん困ってないって顔してます。

「ついでにスプリットの実践経験も積ませてやりたい」

「そっちがホンネだ!? そんなことする必要ないじゃんみんななかよくやろーよ!」

「前と同じことだが対人戦はマモノ相手と異なる。まあ、ぶつかってこい」

 スルー無視された!

「ビシェルよ、魔法は使えるか?」

「いや、エルフからは弓術の鍛錬のみを受けた」

「だろうな、そうでなければここまでの上達はあり得ん。しかしさすがに弓矢はなぁ……一射だけならちょうどいいハンデだ」

「なるほど、一撃で仕留めろという訓練か。承った」

(争いを嫌う平和的なキャラクターがほかにいない件)

 ってかビーちゃんもそっち側だったなんて予想外なのですが。

「では戦いの前に――私の名はチャールズ。こちらはグレース、ビシェル、そしてスプリット。いつまでも"オンナ"呼ばわりじゃ申し訳ない。名前をお聞かせ願おう」

「トゥーサだ」

 キンニクマシマシの女性、トゥーサは簡潔にこたえた。

「ゴタゴタ言ってねーでさっさとかかってこいよ!」

「上等、後悔すんなよ!」

 その応酬が開戦の合図になった。

「はあ!」

「スキル、ダブルバイセップス頑強

 スプリットくんが切りかかり、トゥーサがなんかヘンなポーズでそれを受け止める。

 剣が折れた。

「な――ッ!」

「へっ、ナマクラだね!」

 そのままスプリットくんがぶん殴られオジサンのところまでふっとばされた。すっご、だって十五メートルはあるよ?

 で、愛弟子がすぐとなりで埋まってるのにまったく意に返さない師匠。それどころか喜んだ表情なのです。

「はは、すばらしい身体だな!」

 絶賛の嵐なのはいいとして、地面とこんにちはした少年は放置プレイですかそうですか。

「やはりスキルを使えるのか」

「スキルってのか。なんか知らねーうちに覚えた、いやひらめいたと言ってもいい」

 トゥーサが己の肉体を誇示する。

「勝負アリだ。シッポまいてさっさと帰んな」

「ふむ」

 オジサンはほんのり思考する。

「剣を折られて動きが固まったのは減点対象だな。訓練用の武器が脆いことはよく知ってるだろうに。しかしその後折れた剣で腹部をガードした瞬発性はすばらしい。受け身もほぼほぼ完璧だった」

 ここまで語って、やっとこさぶっ倒れた傍らの少年に視線を流していく。

「成績としては"良"といったところだ」

「……褒められても嬉しかねーよ」

 むくり、そんな感じでスプリットくんが起き上がる。白い肌に真っ黒な泥が付着していた。

「スプリットくん!」

「ほう、無事だったのか」

「ノーダメってわけにはいかないけどな。でも今ので完全に見切った。次は当たらねえ」

 オジサンから代わりの武器をもらう。その宣言にトゥーサは闘争心を剥き出しにした。

「やってみろ」

「ああ、やってやるよ!」

 激突。宣言通り、スプリットくんは彼女の攻撃をすべてかわしていく。でもそれはトゥーサにも同じことが言えて。

「へッ、当たらないね!」

「ハッ、効かねーんだよ!」

「うーむこれは堂々巡りだな。するとこの戦いにケリをつけるのは予想外の方角からの一撃ということになるが――どうだ?」

「いま、狙いを定めている」

 トゥーサはほとんど動かない。でもその周囲を忙しなく駆け回る別の的スプリットくんがいて、ビーちゃんは指を離すタイミングを測っているようだった。

「こんな状況、狩猟じゃまず経験しないだろう。だがマモノ相手は混戦が基本。そのなかで相手を仕留めるのはけっこー難しいぞ?」

「やってみせよう」

 その言葉から程なくして、ビーちゃんの弓矢がヒュンと音をたてた。

「チィ!」

「隙あり!」

 矢はトゥーサのヒザめがけ一直線に伸びていった。それをかわしたトゥーサに上空から襲いかかる。体勢を崩されたトゥーサはそれに対応できず、まるで子どものような体格差の少年に顔面から乗られ地面に落とされた。

 陥落した筋肉の要塞。スプリットくんはその胸元へ馬乗りになり、剣を彼女の鼻先に落としていた。

「一勝一敗だな」

「勝ったじゃん!」

「さいしょにふっとばされたのはドコのドイツだ。アレが戦場ならそのままトドメをさされていた――満足か?」

 歩み寄ったオジサンは、仰向けのまま虚空を見上げるトゥーサに声をかける。

「ああ、アタイの負けだね……でもやっぱダメだ。アタイは行けない」

 表情を変えないまま、彼女は空虚にのどを震わせた。
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