レベリング
初っ端からレベル上げすぎてヌルゲーになって萎えるやつ
「おまえは……」
わたしの半分くらいの速さでそれを口にする。驚いたように目を開いてさくらは続けた。
「追いつかれるとは思わなかった」
ここは衣服を扱うお店だ。通路、カウンター、壁際にもいろんな服が並んでる。彼女はそのひとつに手を這わせていたが、やがて身体ぜんぶをこちらに向ける。
異様なほどの存在感。ってか服買いに来たの? 古今東西の呉服屋さんでも、そんなツギハギだらけなファッションなさそうだけど。
「へへん、ヒミツのルートを通ったからね」
「ヒミツ? どんな」
さくらはこちらを観た。そんな感じだった。
だからわたしは警戒した。それを悟られぬようにもした。
「ヒミツなんだからヒミツに決まってんじゃーん?」
「……なるほど、あの洞窟を抜けてきたか」
「ちょ、なんで!」
驚愕するわたしを手のひらで転がすように、さくらは続けざまに他人様のプライベートに踏み込んできた。
「さいきん太ったのか。それでダイエットしたいと思いつつ食欲が抑えられないと」
「いやいやいやいやいややめてよカンケーないじゃん!!」
ここパブリックなの! オトメの秘め事をボリューミーに叫ぶなし。
「なに、なにされたの!?」
一歩距離をとりさくらの全体像を把握する。どこだ? わたしの心を読んだ不届きなツールは。
布切れを継ぎ当てしつつお肌まるみえなその衣装か?
真っ赤でブラックな色合いの下半身か?
まっくろな髪の毛か? 真ん中だけ不自然に白くなってる部分に秘密が?
以前、彼女に見せてもらったあの光景を思い出す。テーブルのすみっこに引っかかっていたティーカップ。ゲームがどうとか判定がどうとか言ってたけど、それとこれがどう関係してる?
「鑑定スキルは使えるか?」
そっけない態度で彼女は言った。
「ううん。でも知ってる」
チコちゃんとブッちゃんが使ってたやつだ。
対象のステータスを見れるスキル。戦闘向きだしブッちゃんに教われないかな? なんて思ってたけど。
「あれな、レベルがあるんだ」
「へー」
「チートを使えば文字通りなんでも"観"られるが――まあ、そこは開発者の涙ぐましい努力に免じてやらないでおいた。ただしレベリングはしっかりさせてもらったよ」
言って、さくらはスキル名を口にせず在庫を行使した。
「さくらも使えるんだ」
だからあの時すぐ別のティーカップが出てきた。
「覚えたか、便利だよなコレ」
「うん。それにね、あのわんちゃんがプレゼントだって八本脚のおうまさんもくれたんだよ」
「スレイプニルを?」
さくらは感心したような表情をつくる。
「それはまた……おまえたちに期待してるのかもしれないな。おれたちの未来について」
(どゆこと?)
心にふわっとよぎったその疑問は、しなやかで強い指先が異次元の亀裂から取り出したアイテムによってかき消された。
「これな、生きてるんだ」
そう言って見せたのはひとつの玉だった。
「えっ」
訝しげに、っていうかすっげー疑いの眼差しでそいつを見る。なんなら身体を乗り出して。
どーみてもただの玉。金色らからきん――いや、やめとこう。
「キンタマだ」
「せめてオブラートに包んでくんない!?」
わたし言わなかったよ?
ゴールデンボールとか他に言い方あったじゃん?
「コイツを鑑定してたんだ。一週間くらいな」
「いっしゅーかん!?」
「おかげで、今はなんでも鑑定できるようになった」
「なんでも」
「ああ」
わたし、観られてます。
「スリーサイズもバッチリだ」
「ヒィ!?」
わたしは反射的に隠した。どこをって、そりゃあ出っ張ってるとこと引っ込んでるとこ?
「ああ、フラーを出た時からまた太ったな」
「グサアッ!!!」
わたしは膝から崩れ落ちた。
「ちがうもん! おにくがおいしーのが悪いんだもん! 洞窟のなかに盗賊がたくさん食べ物置いてたから悪いんだもん!」
「言い訳する人間に進歩はないぞ」
「その名言もうちょい場面選ばない!?」
こんなシーンで発言するヤツじゃないよ! たとえばオジサンにメッタメタに打ちのめされて「もう少しで勝てたんだけどなー」とか言っちゃう少年に対してとかさあ!
「いろいろ便利だから覚えとけ。ほら」
「わっ」
ひょいと投げつけられたアイテムは、わたしにとって不釣り合いなものでした。
「ほん」
ぶっく。
本。
(わたしに活字を読めと?)
いちページで寝る自信があるのですが。
「それ読めばバカでも覚えられるぞ」
「バカとはなんだ!」
わたしは吠えた。せめておっちょこちょいだろ。
「やっぱうるさいな、おまえは」
さくらは呆れた様子で視線を商品に戻した。
わたしの半分くらいの速さでそれを口にする。驚いたように目を開いてさくらは続けた。
「追いつかれるとは思わなかった」
ここは衣服を扱うお店だ。通路、カウンター、壁際にもいろんな服が並んでる。彼女はそのひとつに手を這わせていたが、やがて身体ぜんぶをこちらに向ける。
異様なほどの存在感。ってか服買いに来たの? 古今東西の呉服屋さんでも、そんなツギハギだらけなファッションなさそうだけど。
「へへん、ヒミツのルートを通ったからね」
「ヒミツ? どんな」
さくらはこちらを観た。そんな感じだった。
だからわたしは警戒した。それを悟られぬようにもした。
「ヒミツなんだからヒミツに決まってんじゃーん?」
「……なるほど、あの洞窟を抜けてきたか」
「ちょ、なんで!」
驚愕するわたしを手のひらで転がすように、さくらは続けざまに他人様のプライベートに踏み込んできた。
「さいきん太ったのか。それでダイエットしたいと思いつつ食欲が抑えられないと」
「いやいやいやいやいややめてよカンケーないじゃん!!」
ここパブリックなの! オトメの秘め事をボリューミーに叫ぶなし。
「なに、なにされたの!?」
一歩距離をとりさくらの全体像を把握する。どこだ? わたしの心を読んだ不届きなツールは。
布切れを継ぎ当てしつつお肌まるみえなその衣装か?
真っ赤でブラックな色合いの下半身か?
まっくろな髪の毛か? 真ん中だけ不自然に白くなってる部分に秘密が?
以前、彼女に見せてもらったあの光景を思い出す。テーブルのすみっこに引っかかっていたティーカップ。ゲームがどうとか判定がどうとか言ってたけど、それとこれがどう関係してる?
「鑑定スキルは使えるか?」
そっけない態度で彼女は言った。
「ううん。でも知ってる」
チコちゃんとブッちゃんが使ってたやつだ。
対象のステータスを見れるスキル。戦闘向きだしブッちゃんに教われないかな? なんて思ってたけど。
「あれな、レベルがあるんだ」
「へー」
「チートを使えば文字通りなんでも"観"られるが――まあ、そこは開発者の涙ぐましい努力に免じてやらないでおいた。ただしレベリングはしっかりさせてもらったよ」
言って、さくらはスキル名を口にせず在庫を行使した。
「さくらも使えるんだ」
だからあの時すぐ別のティーカップが出てきた。
「覚えたか、便利だよなコレ」
「うん。それにね、あのわんちゃんがプレゼントだって八本脚のおうまさんもくれたんだよ」
「スレイプニルを?」
さくらは感心したような表情をつくる。
「それはまた……おまえたちに期待してるのかもしれないな。おれたちの未来について」
(どゆこと?)
心にふわっとよぎったその疑問は、しなやかで強い指先が異次元の亀裂から取り出したアイテムによってかき消された。
「これな、生きてるんだ」
そう言って見せたのはひとつの玉だった。
「えっ」
訝しげに、っていうかすっげー疑いの眼差しでそいつを見る。なんなら身体を乗り出して。
どーみてもただの玉。金色らからきん――いや、やめとこう。
「キンタマだ」
「せめてオブラートに包んでくんない!?」
わたし言わなかったよ?
ゴールデンボールとか他に言い方あったじゃん?
「コイツを鑑定してたんだ。一週間くらいな」
「いっしゅーかん!?」
「おかげで、今はなんでも鑑定できるようになった」
「なんでも」
「ああ」
わたし、観られてます。
「スリーサイズもバッチリだ」
「ヒィ!?」
わたしは反射的に隠した。どこをって、そりゃあ出っ張ってるとこと引っ込んでるとこ?
「ああ、フラーを出た時からまた太ったな」
「グサアッ!!!」
わたしは膝から崩れ落ちた。
「ちがうもん! おにくがおいしーのが悪いんだもん! 洞窟のなかに盗賊がたくさん食べ物置いてたから悪いんだもん!」
「言い訳する人間に進歩はないぞ」
「その名言もうちょい場面選ばない!?」
こんなシーンで発言するヤツじゃないよ! たとえばオジサンにメッタメタに打ちのめされて「もう少しで勝てたんだけどなー」とか言っちゃう少年に対してとかさあ!
「いろいろ便利だから覚えとけ。ほら」
「わっ」
ひょいと投げつけられたアイテムは、わたしにとって不釣り合いなものでした。
「ほん」
ぶっく。
本。
(わたしに活字を読めと?)
いちページで寝る自信があるのですが。
「それ読めばバカでも覚えられるぞ」
「バカとはなんだ!」
わたしは吠えた。せめておっちょこちょいだろ。
「やっぱうるさいな、おまえは」
さくらは呆れた様子で視線を商品に戻した。