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作者: 犬物語
新しい依頼の予感
予感ってのは当たるもんよ
「んー……スッキリ」

 背伸び。
 からの朝日。

「新しい朝だ」

 初日はどんよりだったこの空間。
 数度の夜を過ごし、今はそこそこ快適な空間になっていた。
 それはなぜか?

「それは、頼れるまっくろ僧侶さんが働いてくれたおかげなのです」

 床のゴミ、壁のシミ、天井のクモの巣。
 ぜーんぶキレイさっぱり。
 ギシギシのベッド、ジトジトのふとん。
 ぜーんぶお手入れ完了。

 お宿の主人と交渉し、ブッちゃんが部屋の掃除と引き換えに格安で宿泊できるよう手配したところ、野宿のがマシじゃね? と思えたこの環境もだいぶ様になってきた。

 っていうか寝覚めスッキリみたいな?
 鳥さんもチュンチュンさえずってますわ。

「あさだよー!」

 挨拶代わりの遠吠えアタック。
 みんな起きた。
 初日よりだいぶ顔色がいい。

「うざい」

 訂正、初日とは別の意味でイヤな顔してる。

「まあまあそう言わずに」
「うざい」
「あさだよ!」
「まだ言うか!」

 ロリっ子がキックをしかけた!
 しかし、こうげきは外れた!

「よけるな!」
「朝から元気ですわね」
「あんずちゃんおはよ!」

 よし、女子勢はお目覚め完了。あとは――。

「他にも宿泊客がいるわけだが?」
「あ、サンダーさん」

 緑のおじちゃんの声。
 扉を開くと、緑の怪しいおじちゃん登場。
 くそう。モーニングコールをする前に起きられた。

「あ、こらグレース!」

 彼の姿を見た途端、シーツで身体を隠すあんずちゃん。

「声もかけずに、レディーのお部屋を覗かせる人がいますか」
「えっへへーごめーん。ってことでまた後でね」
「あ、ああ」

 わたしはドアを締めた。
 かくいうわたしも、昨晩は寝苦しくなって肌着姿なので……す……あっ。

「っべ」

 ひょっとして見られた?
 装備を整えつつ、そんな疑念を持ち続け、部屋を出て、ブッちゃんの集合コールを受け取って、お宿のエントランスルームに向かった。

「見てねーから安心しろ」

 その一角にある小テーブル。
 イスがふたつ。
 丸いテーブルの真ん中には花瓶とお花がひとつ。

 片方のイスに腰を下ろす、緑のコートに身を包んだ怪しいおじちゃん。
 サンダーさんはくたびれた声色でそう言った。

「何の話だ?」
「ブッちゃんは関係ないの」
「そうか、ならいい」

 あまり詮索しないとこがブッちゃんのいいところだね。

「しかし、この宿も以前よか幾分マシになったな」

 なんてつぶやきつつ、サンダーさんは疲れた風に背を曲げつつ、肩をぐるぐる回してる。

「それもこれもアンタのおかげだ」
「拙者はできることをしたまで。そのせいで、より身体を労ることができたのは僥倖と言えよう」

 傍らの僧侶に感謝の姿勢。
 黒い肌に青いローブの僧侶は、慈悲深い笑顔でそれを受け止めた。

「で、朝から集合かけたのはなぜ?」
「ウォルター殿がテトヴォに戻ったそうだ」

 ブッちゃんが謎の人物の名前を口にした。だれ?

「ウォルターさん。テトヴォ町長のですか?」
「いかにも」
「ああ」

 あの人ね。
 だれだっけ?

「グレース、忘れたのか?」
「ん? 覚えてるよ。テトヴォ町長さんでしょ」

 やっべー覚えてねー。
 こらこらブッちゃん、疑いの眼差しはよくないぞ。

「まあいい。そういうことで、これから役所へ出向こうと思う」
「全員で行かないとダメ?」
「そうですわねぇ、わたくしたちへの依頼ですから、ブーラーさんが代表として出向けばそれで良いと思いますが」

 その先の説明はドロちんが引き受けた。

「いいの? これは国からの正式な依頼なのだから、その気になれば個別に謝礼を貰えると思うけど」

 え、ま?

「まあ、いらないなら無理にとは言わないわ」
「いくぅ!」

 おなかいっぱいのおにくゲットだぜ!

「ならオレは関係ねぇな。お前らは依頼報告とやらに行くといい。こっちは昼間から酒浸りでもすっか」
(おまえはオジサンか)

 違った。
 おじちゃんだった。

 ったく、ヤローってのはどうしてこうもだらしないのか。この場にビーちゃんがいたら「金の無駄だ」つってサイフを奪い取ってたところだ。

 っていうか、実際にそうしたことあるし。
 その後オジサンはどうしたって?
 ちゃんと酔っ払って帰ってきたよ。
 酒瓶片手に。

(エルフ仕込みの弓手さん、額に青筋を浮かべてたなぁ)

 金がなくても人がいる。人がいりゃ酒があるとはオジサンのことば。あんまり潔いイーもんで、最終的にはサっちゃんの張り手で妥協案。じゃなきゃ、実際に貫かれてただろうしね。

「この生臭ドクターめ」
「褒め言葉だ。ほーらさっさと行けガキども」

 渋い声帯は年の功。
 シワが目立つ手の甲。
 だらける闇医者を背に、わたしたちは依頼遂行への一歩を踏み出した。





 お役所へ入場早々、以前お世話になったおにーさんと目が合った。

 途端に驚愕の表情。からガタッとイスから立ち上がり奥の部屋へ。他の受け付けさんは来客対応中で、はてさてどうしたもんかと立ち往生を食らった傍から声をかけられる。

 声の主は知らん人。真面目そうというかガッツリ軍服。堅苦しい態度とことばで「ウォルター様がお待ちです」などと言われ、やってきましたトクベツなお部屋。

 どーしてこう、おエラい連中は応接室とやらを多様するのか。フツーにテキトーな場所でおしゃべりしてもよくない? 内緒話するワケでもなしさ。しかも「お待ちです」なんて言うクセしてこっちが待たされるんだもの。

 これから退屈な時間が始まりますよ……そう思っていた矢先。

「こちらでおくつろぎください」
「はーい。って、うおおおおおおすげえ!」
「ちょ、グレースはしたないですわよ」

 親友がこっちを見たり案内してくれた人を見たりとあたふた。案内人は笑顔でわたしを見送った。

「うーみー!」
「聞いてませんわね」
「本来はそちらが上座でございますが、このお部屋はビューが自慢ですので、そちらのソファーをお使いください」

 言いつつ、その人は手前の席を示した。
 階段をふたつ上がった先の部屋。

 いち面がすべてガラス張りになっており、そこから大海原が一望できて文字通りナイスなビュー!

「みてみてあんずちゃん! あそこに漁師さんたちの漁船があるよ!」
「グレース……もう」
「うちのバカがお騒がせするわ」

 などとロリっ子魔術師が供述しており、そのままちょこんと小さな身体をソファーに委ねます。あれ珍しいね、いつものドロちんだったら壁に掛けられた絵画でも観ただろうに。

「お飲み物も用意してございます。どうぞそちらのサーバーをお使いください」

 その人は部屋の隅を提示した。
 落ち着いた、というより無機質な声色。
 長くも短くもない髪。
 中性的な顔。
 胸が出てるワケでなし。
 線が細いワケでもなし。
 ナゾだ。

(おとこの人? それともおんなの人? わかりにくいなぁ……あれ)

 くんくん。
 あっ。

(おんなの人か)

「なにか?」
「グレース!」
「ぬわ」

 全戦担当に頭頂部をぺしこんされた。

「すみません! この子ったらいつもこうなんです」
「問題ございません」
(マジで?)

 じゃあもう少し――と思ったけど締め付ける力が冗談じゃなくなったのでやめときます。

「バカやってないで、大人しく座ってなさいよ」
「ドロシーの言う通りだ」
「はーい。ってかさ、ちゃんとお座りして待つなんて、ドロちん珍しくない?」
「はぁ?」

 ロリっ子魔法少女がたじろいた。

(あれ)

 ちょっとした会話の切り口に、と思ったら予想外にこころ揺れてます?

「なになに? 何かあるの?」
「何もないわよ! 黙って待ってろ」

 それきりコミュニケーション拒否モード。
 どうしたんだろ。おかしいドロちん。

(報酬が楽しみならそう言ってくれればいいのに)

 はてさて、わたしは景色を楽しんだりおいしいドリンクをチューチューしながら待ちますかと思いきや、客人の足は思いのほか俊敏だったようです。

「お待たせしました」

 数分と待たずして扉をノックする音。そして彼女の声。ブッちゃんの返事。開かれる扉。

「ご足労いただきありがとうございます。そして、数日足止めをさせてしまい本当に申し訳ない」

 男だ。

 威厳に満ちた険しい表情。ヒゲはない。黒髪をオールバックに、けどワックスで固めた風ではなくナチュラルな仕上がり。町長らしいけど、見た感じはオジサンと雰囲気が似てるというか、政治家というよりひとりの軍人に見える。

(ううん、この人)

 口調は穏やかなのに油断ならない感じ。リアル軍人だ。

「私は、テトヴォ町長の任を預かるウォルターと申します」

 その男は、自然な笑顔の内側に獰猛な面を覗かせていた。
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