残酷な描写あり
第五話 剣帝序列筆頭、帝国の焔
「船が爆発したぞ! 救助班急げ!」
アデル達が船から飛び降りてまもなく大きな炎と共に爆発した、とっさの事でアデル達は何が何だかよく解らないで居る。
「ありゃ……燃料貯蔵庫に引火したな?」
「いや、たるに入っている酒などのアルコール物に当たったと考えても良いだろうな」
二人は帝国兵に気付かれないように船の底を潜るように泳いだ、その間二人は口パクでお互いが言いたい事を存分に言った、それを解釈して互いに答えを口にする。
「ぷは、それにしてもこの後どうする?」
「どうするって言ったってなぁ。取り敢えず上陸するのが頭の良いやり方だろうな。こんな冷たい冬の海に何時までもつかっているなんて体力の消耗の元だ、それでなくてもあのレイヴンとか言う野郎に叩きのめされて疲れ果ててるってのによ」
「レイヴン。あいつは一体何者なんだろう」
「しらねぇよ、とにかく上がろう」
ガズルは海の中で残っている力一杯重力波を水中にはなった、その反動でざぶんと音を立てて陸に上がると腕を伸ばしてアデルを引きずり出した。
「うぅ、寒い!」
アデルはぶるぶると震えながら全身水浸しに成った身体を振った、その行動はまるで犬がびしょぬれになった時に身体をぶるぶると震わす行動と似ていた。
「冷て、お前も法術剣士なら何とかして炎を起こしてみろよ」
「無茶言うな、アレだって相当のエーテルを使うんだぞ。そう易々と出来る物じゃないんだ」
「じゃぁ、何でレイヴンはいとも簡単に炎を出したんだよ?」
「俺が聞きたいぐらいだ、それにあの移動速度は尋常じゃない。俺がまだ教わってなかった法術の一つだろうな。まったく、おやっさんはやってくれるよ」
アデルはそうぼやくと辺りを見回す、そこはグリーンズグリーンズの商店街通り中央、路地裏に位置していた。
「取り敢えず何処かに入って暖を取らして貰おう、こんな所にいたら凍え死んじまうよ」
二人は歩き始めた、ずぶぬれの衣装を引きずりながら歩きアデル、長ズボンがグッショリ濡れているガズル、二人は少し歩いた所の廃屋を見つけた。そこの扉をノックし誰もいない事を確認した上でドアを開けた。
「ん、比較的暖かいなこの中」
「そうだな、何が原因だろう」
ガズルの眼鏡が光った、その異変を瞬時にして突き止めたアデルは背中から「一刀両断」と書かれた張りせんと「先手必勝」と書かれたピコピコハンマーを取り出す。それを両手に構えて大きく振りかぶって狙いを定める。
だがそれを振り下ろそうとはしなかった、必死になってこの空間が何故暖かいのかを捜索しているガズルの事を考えるとここで突っ込む事は不必要だと考えた、なぜならガズルがその原因を突き止めればさらに服を乾かす事も出来るのではないだろうかと思いついたのだろう。それも無知の人間の想像ですらないが。
「……成る程な」
ガズルの眼鏡から光が消えた、そして何か一つ物を手に取ると渋々とそれを観測し始めた。
「何か解ったのか?」
ピコピコハンマーと張りせんを背中の何処かにしまい込んでガズルの横に座る、そしてガズルが観測をしている物を見る。
「なんだこれ?」
「はぁ? お前これが何か解らないのか?」
戦闘以外に関しては全くの無知であるアデル、それは一緒に居るガズルにとって悩みの種でもあった。旅を続けるうえで必要な知識が欠落しているのだ。
「これはだな、幻聖石の一種で陽光石って言う珍しい石なんだ。その石は炎のエレメントで固められた一種の法術体、この陽光石から発せられている微弱な法術のお陰で暖を取れるって訳だ。因みにこんな所に有るのは不思議でしょうがない」
淡々と説明する中アデルは最後の言葉に少し悩んだ。そして驚いた口調でガズルの腕を掴む。
「馬鹿、自然的にこんな所に有るわけ無いんだったら人工的に有るって事だろう!
誰かここに住んでたりするんだよ、早く逃げるぞ!」
「その必要はないわ!」
突然ドアが開いた、そしてそこには銃を構えた一人の少女が仁王立ちしている。
「あなた達は誰!」
「……何でお前と一緒だとこうも面倒なんだ?」
「知るか、取り敢えず撃たれないようにしろよ、こっちは何も構えてないんだ」
二人は眉一つ動かさずに銃口を向けている少女の目を睨んだ、そして少女がアデルの足下に一発弾丸を飛ばした。
「答えなさい、あなた達は誰!」
アデルはまだ濡れたままの衣装で床にドカッと座り込んだ。
「中央大陸グリーンズグリーン北部の町ケルミナより三フェルズ離れた所に拠点を持つ義賊『カルナック』の初代頭、アデル・ロードだ」
「同じく義賊カルナックの右腕、ガズル・E・バーズンだ。君は?」
「私の名前はアリス『アリス・キリエンタ』よ。こんな所で何してるの? まさか私のお金を盗もうとしてるんじゃないでしょうね?」
「おいおい、今も言ったが俺達は義賊だ。平民から金なんてもぎ取ろうとしないぜ?」
ガズルが笑いながら冗談交じりに言った、だが次の瞬間ガズルの顔脇すれすれを弾丸が一発通り過ぎていった、サーと青ざめていくガズルを横目にアデルが話しかける。
「あんた、この町の出身か?」
「違うわ」
即答だった、何もためらわずにきっぱりと答えた。
「あんたが金を貯めている理由は何の為だ、この町に移住でもするつもりなのか?」
「それを聞いてどうするつもりかしら?」
「別に、これと言って特にないが」
「……用心棒よ」
「はぁ?」「はい?」
アデルとガズルはお互い拍子抜けしたような声を出す、余りにも解りやすく馬鹿みたいな回答に二人は急に笑い出した。
「何がおかしいの!」
「いや別に、用心棒だって聞いたからついな」
「全くだ、用心棒を雇う? 馬鹿馬鹿しい」
二人はさらに笑い転げる、ついに頭に来たアリスはアデルに向かって銃口を向け引き金を引いた、だがアデルはその動作を見逃さなかった、とっさに腰に付けていた剣を取り出すと引き金が引かれる前に自分の目の前に取り出すと弾丸を斜め上に弾いた。
「っ!」
「どうだ、一つ商談と行かないか? 悪い話じゃないと思うんだけどな?」
「……何よ」
「簡単だ、俺達をかくまってくれ、そうすれば金無しで俺達があんたの護衛を引き受けてやろう。どうだ? 悪い話じゃないだろ?」
「あんた達を信用しろって言うの?」
「そう言ってるつもり何だろうな、アデルの口もさび付いたもんだ」
ガズルが眼鏡を取り拭いた、そしてまた付けた。
「安心しな、俺達は義賊だ。誇りに掛けて嘘はつかねぇよ」
「あなた達が私を信用するのは勝手だから構わないけど私が裏切ったらどうするの? 私は帝国にあなた達を売るかも知れないわよ?」
「それは無いだろう?」
「なぜ?」
「もしもあんたが帝国に俺達を売るならもうとっくにしてるさね」
お互いにらみ合ったまま暫く沈黙が続いた、緊張が走る三人の間にはまだ壁が残っている。だがその壁を壊すようにアリスが動く、拳銃を下ろしてクスクスと笑い始めた。
「ふふふ、貴方なかなか面白い事を言うわね」
「そうか? 俺は冗談が苦手なんだけどな」
アデルの言葉がさらに笑いを誘う、何故笑われているのかが全く把握出来ていないアデルは少々ムッとした表情を見せる。
「わかった、あなた達を信じましょう」
「そう来なくっちゃ、俺達もいい加減ヤロー共の旅は飽き飽きしてる所だ」
「ヤロー共?」
アリスが首をかしげる、ヤロー共と言うには物足りない人数だったからである。
「実は俺達さっき爆発した船に乗ってた人間なんだけどよ、ここにたどり着く数日前に仲間とはぐれちまってな。まずはそいつらを探しに行かなきゃ行けない所なんだ。まぁ……あいつの事だから心配はないと思うが……」
ガズルが話し終える少し手前で言葉を遮るようにしてアリスが口を開く。
「あなた達あの船の搭乗者なの?」
「そうだけど、何か問題でも?」
「大ありよ、よくレイヴン相手して生き延びられたわね」
アリスが驚きを表情にそのまま出して驚いている、その顔を見て二人は苦い顔をしながら事情を説明し始めた。
そのころ、この二人もグリーンズグリーンズに向かって行動を開始していた。
雪積もる山道をひたすら歩き続ける少年と少女、明らかに二人には疲労が浮かび出ていた。服はボロボロに破れ息を切らし歩く足もおぼつかない。
二人は山小屋を出るやいなや野生の動物や盗賊などに襲われ生死を彷徨っていた、命からがら切り抜けた二人だったがもはや話す気力すら残されては居なかった。
黙々と手を繋いで雪降る山道をひたすら歩いていた、すでに辺りは暗い。だが何処かで身体を休める所は見つからない。
レイは少し焦っていた、自分は各地を点々と旅をしながら生活していた性もあって体力や法術などで力を温存出来るがメルは何も能力はない、何時倒れるか解らない事だけが心残りだった。
握るその手はもう冷たい、自分の手だって十分冷たかった。だが自分は彼女に何もしてやれる事は出来ない。レイは小さく唇を咬んだ。
「ゴメンねレイ君」
「何言ってんだよメル、僕の事は気にしなくて良いから。それよりメルは自分の事を気にしてなきゃ、後もう少しで街の明かりが見えてくるはずだからそれまで体力を温存しておかなきゃ」
メルがゴメンねと言う度にレイは心底泣きたくなった、本当に彼女に何もしてやれないのだろうか? 何も出来なくても言葉ぐらいは掛けてやれるのではないか、だけど……その言葉さえも見つからなかった。
暫くすると街明かりらしい光が見えてきた、目を細めながら遠くの方を見るレイはその光が家々の明かりだと確信する。
そしてもうすぐ街だよ、と言う変わりにメルの冷たい手を強く握り替えした、そして振り向くと笑顔で遠くの方に見える明かりの事を教えた。
メルの顔に久々に笑顔が戻った、とても明るい笑顔だった、その笑顔を消させない為にもレイは弱っているメルをおんぶしてその残りの行程を歩く事にした。
「本当にレイ君は力持ちだね」
メルが言った。
「そんな事はないよ、法術の力で多少力を調整しているだけだから」
レイが正直な事を答えた。
「ううん、そんな事はないよ。レイ君は力持ちだ。それに……」
「それに?」
「こんなにも優しい、私の理想の男の子だよ」
「……」
レイが黙った、頬を赤くして下を向き少年らしい顔で止まった、そして照れながらまた歩き出す、後ろからフフと笑い声が聞こえてそしてレイの首に腕を回してマフラー代わりにした。
「寒くない?」
「私は平気、それよりもレイ君。そんな薄着で寒いでしょ」
Tシャツ一枚で歩いているレイにメルは心配そうに訪ねる、何時もレイが来ている青いジャンパーはメルが羽織っていた。
「僕は心配ないよ、ほら!」
「え、何? きゃ!」
レイが突然大きくジャンプした、それも人並み外れた跳躍だった、数メートルはあるかと言う木を軽々と越したジャンプはとても高かった。
山の上の木々が伸びていない所から見る冬の夜は綺麗だった、例え百万シェル(シェル:お金の単位の事)を積まれても手に入れる事の出来ないその景色、二人は望むままに、そして目に焼き付けた。二人だけの思い出として。
「……綺麗」
「僕も初めて見るよ、とても綺麗だ」
レイの履いているズボンがばばたばたと音を立てている、そしてメルが羽織っているレイのジャンパーもばたばたと音を立てた。二人の髪の毛は空気の流れに沿って後ろの方へと自然的に描き上げられたみたいな感じではなく自然的な流れになっていた。 そしてレイ達はなかなか地面に着地しなかった、レイは気が付いた。そこが今どんな状態になっているのかを。
そこは大きな崖だった、断崖絶壁の崖が二人の足下から数メートル離れた所にあった。
「メル、僕の身体にしっかりと捕まっていてね」
「え?」
「落ちるよ」
レイが指を鳴らした、するとレイの身体ががくんと高度を下げ始める、しがみついていたメルも同時に同じ速度で落下し始めた。
レイはにこにこしながら鞄の中に入っていた幻聖石を一つ取り出すとそれを左手にしっかりと握った。すると幻聖石は光だしその辺りをてらした。
「メル!」
突然二人の身体が浮いた、だがメルはレイの身体からズレ落ちそうになる、それを止めるべくレイは右手でしっかりとメルの身体を抱きしめる。
「きゃ!」
ズレ落ちるのが止まった、ほんの数センチずれただけですんだ。メルは不思議そうにレイの顔を見る。
するとレイはにっこりと笑って頭上を見上げた。そこには大きな軽い素材で出来たブーメラン型の物があった。
「驚いた?」
ブーメラン型の物に取っ手が付いている、それに片腕だけで捕まっていた。
「レイ君これって」
「僕が作ったスカイワーズって言う乗り物さ、まだ実用性はないけどね。これで街まで一気に降下するよ、しっかりと捕まっててね。じゃないと落ちちゃうから」
「……うん」
メルは小さく返事をした、また前に目線を戻すと再び綺麗な景色が目の前に広がった、街の光と海が白く光っていた。下を見れば雪化粧をした森が、林が、雪原が広がっている。その光景を忘れまいとしっかりとメルは見た、瞬きをするのも忘れてその景色を見ていた。
レイも同じくして見ていた、本来の優しい目に戻り安堵の表情を浮かべて……だがその右腕にはしっかりとメルを抱き続ける為にしっかりと力を入れていた。痛くない程度で彼女が落ちないように。
二人は抱き合いながら降下し続けた、少年の顔にはまた風のイタズラで髪の毛を乱す悪さをする風が吹いている、少女にも同じイタズラをしている。
暫く二人は同じ体制のまま固まっていた、遠くを見る目や少年を抱き続ける腕、また遠くを見る目と少女を抱く右腕があった。
ロクシェリベルのホテル。
そこに三人の少年と少女が訪ねてきた、一人は黒い帽子に黒いエルメアを着た長い髪の毛を腰まで垂らしている少年と、青いニット帽を深くかぶった眼鏡を掛けている少年。そして白いワンピースに上から紫色のジャケットを羽織っている少女の三人組だった。
三人はとかく安い部屋を訪ねた、ちょうど良い部屋を二つ借りてアデルとガズルは少し雑な部屋を、アリスはアデル達より少し豪華な部屋に荷物を置いた。
「取り敢えず安いホテルが見つかっただけでも良かったとするか、あのボロ小屋に三人は少々分が悪すぎる」
ガズルテーブルの上に地図を広げながら喋った、アデルも自分の荷物をベッドのすぐ脇に置いてガズルの正面に座る。
「なぁ、どう思う?」
「どう思うって何が?」
いきなり切り出したアデルにガズルが何事かと尋ねる。
「レイとメルって女の事だよ、離ればなれになってからもう一週間は経つんだぞ? いい加減心配になってきたぜ」
「そんな事言ったって今の俺達に何が出来る? 彼奴等の事を心配するなら取り敢えずこの町に居るしかないんだ、レイの言葉を忘れたのか? あいつはこの町で合流するって言ってたんだ。そう簡単にこの町からは出られないんだぜ?」
「そうだけどよ、探しに行くとか何とかしなくて良いのかよ?」
真剣な顔をして離していたアデルにガズルが食いつく。
「なら聞くが、この大陸にいるかも解らない人間をどうやって捜すって言うんだ?」
「そうだけど」
「レイなら大丈夫だ、お前と違って頭は良いよ。その内ひょっこり出てくるさ」
ガズルがのんびりした顔で言う、だがその裏腹は心配でしょうがなかった。正直アデルの言うとおりではあった、離ればなれになってから早一週間。人間一人が生きていける事はおろか二人、生存は絶望的ではあった。しかしレイの言い残した言葉通りここから離れるわけにはいかなかった。
「それより、これからの事を考えよう。まず残りの軍資金についてだけど」
「金か、俺達が持ち合わせていた金とアリスが貯めた金を足しても二十万シェル前後。食料と宿代を引いていくと大体一ヶ月が限度って所だな」
「一ヶ月か……その間に間に合ってくれれば良いんだけどな……」
ガズルが両腕を組みそんな事を言った、アデルは帽子を取って机に置き椅子の背もたれに寄りかかる。
そして二人同時にため息をついた。
「何辛気くさい話してるのよ」
ドアが開けられてずかずかと入ってきた、アリスだった。
アリスはアデルとガズルのちょうど真ん中に座るとガズルが眺めていた地図を見た。そして自分の鞄の中からノートを取り出して鉛筆で何かを書き始めた。
「あなた達ねぇ、さっきから聞いてればずいぶん楽に考えてるけどお金の計算間違ってるわよ?」
突拍子にアリスがあきれ顔で二人に言った。
「はぁ?」「へ?」
二人は同時に言った。そして計算を終えたアリスがノートを見せる、そこにはびっしりと書かれた綺麗な文字が並んでいる。
「えーと何々? マジかよ」
「マジもマジ、大マジ。たかが二十万シェルじゃ二週間が関の山よ。大体どんな計算をすれば一ヶ月なんて数字が出てくるの? そっちが知りたいわよ」
一つため息をついてどんよりする二人の顔を見た、また一つため息をついてからアデルに向かって言う。
「所で、私に何か武器無い?」
「はい?」
アデルは驚いてアリスの顔を見る、ガズルもゆっくりではあるがアリスの顔を見た。
「武器って、シフトパーソルが有るじゃないか」
「駄目、アレは借り物なの。もしこの大陸を出たときに戦う事が出来ないじゃない。解る?」
真剣に怒鳴るアリスの顔を見てアデルは押され気味でいた、そして一つため息をついてバックパックから一つの短剣を取り出すとそれをアリスに向かって放り投げた。
「わわわ!」
「おい、そんなにビックリしなくても良いだろ?」
「そうだけど、いきなり投げるなんて何考えてるのよ。今一度言っておきますけどね、私は女の子なんだからね?」
「それぐらいで驚かれてちゃぁこの先不安だな」
アリスは顔を膨らませて拗ねるしぐさをしたのち、受け取った短剣を少し振って見せる。
「軽い、意外だわ。もう少し重いものだと思ってた」
アデルはムッとし、ガズルは静かに笑った。アリスはどんな表情で居て良いのか困り果ててその部屋を出ようとした。
「……」
何かに気が付くと曇っている窓を開ける、暖房が外に漏れ出すと部屋の温度が少し下がった、雪が窓から部屋の中に少し入った。
「 何してんだよ、寒いじゃねぇか!」
「今日は雪が降ってるよね?」
「は? そんなの見れば解るじゃないか」
三人が順番ずつ喋った、アリスは急に振り向き二人を睨んだ。
「馬鹿だねぇ、そんな事は誰だって見れば解る事だよ。でも、雪が降ってるのに何で星が出てるのか不思議にならない?」
「星?」
ガズルはとっさに椅子を蹴飛ばし窓に身を乗り出した、そこには確かに雪雲の中、輝く星みたいな物があった。
「星、雪、雪空、星、光、たいまつ……光、幻聖石、まさか!」
ガズル以外の二人は彼が何を言っているのかが全く理解出来ずにいた、そしてガズルは一つの可能性を胸に抱いた。
「おいガズル、いい加減閉めてくれよ。寒いよ」
アデルの言葉に我に返ったガズルはもう一度その光を良く見て確信した。そしてゆっくりと窓を閉めて椅子を戻し座った。
「お金の計算なら心配なさそうだ、早ければ明後日にでも出発出来るぞ?」
「はぁ? 何言ってんだよお前、レイ達が来なきゃその話も無しだろうが」
「窓の外に小さくではあるが幻聖石の光を見た、この東大陸では滅多に手に入らない幻聖石だ。先ず持っているのは中央大陸から来た人間だろうな。それも空中に飛ぶ事の出来る人並み外れた人間だけだ」
「来たのか、後どの位でここに到着するんだ?」
ガズルは少し悩み天井を見つめた、そして何時も通りに眼鏡が光った。つい癖で背中から張りせんとピコピコハンマーを取り出したアデルだったが、物珍しそうに見るアリスにすぐに取り上げられてしまった。
そしてはりせんの方だけをアデルに返すとピコピコハンマーは自分で保管すると言い出して自分の部屋に戻った。
「そうだな、風の具合にも寄るけど掛かって明日の朝じゃないか? 早くて今夜、それでも深夜だろうな」
「どんな計算をすればそんなのが分かるんだよ、全く……相変わらず頭良いな」
フフフと不気味に笑うとアデルが勢いよく頭上からはりせんをガズルの頭目掛けてたたき込む、暫く蹲るガズルに相変わらずの表情でアデルが上から見下ろす。
「ててて。それよりアデル、お前どう思う?」
「は? どう思うとは?」
「アリスの事だよ、結構可愛いじゃないか。俺は好みだな」
「――それなんだが」
「あんだって!」
「だから何度も同じ事を言わせるなっつうに!」
ガズルは大爆笑しながらアデルに嫌がらせに似た行為を続けた、アデルは聞き返される言葉にいちいち反応して大声にも成りながら大事な部分だけはしっかりと小さく言った。
ガズルはアデルの言葉が十分聞こえている物の新鮮で且つアデルの口から二度と出る事はないだろうその言葉を何度も何度も聞き返した。
「だから、テメェの声は小さくて聞こえないんだよ。大体予想は出来るけどもう一度“大きな声”で言ってみろよ!」
「やかましいわ! 誰がそんな恥ずかしい事を大声で言えるかっつうにな! そもそもテメェホントは聞こえてんじゃねぇか?」
「聞こえてないから言ってんだろ? ははははは!」
等々我慢出来なくなって言葉にも出来なくなったガズルはひたすら笑い続けた、机をバンバンと叩きながら大爆笑してそして椅子から転げ落ちた。
「いててて、それにしてもその話マジか?」
「あ、やっぱり聞こえてたんじゃねぇか! わりぃかよ、俺だって男だ。女の子を好きになって何が悪い! ってか一目惚れだよ!」
とっさに大声になったアデルは思わず口を塞いだ、ガズルに思いっ切り笑われると思ったからだ、だがガズルは目を大きく見開いたまま何も喋らなかった。
「……」
暫く一点を見つめていたガズルは徐に立ち上がり部屋を出た、アデルは不思議そうにしながらもガズルが出て行くのを見なかった。ずっと窓の外を眺めている。そして物音が聞こえた。
「へ?」
ビックリして後ろを振り返る、そこには目を大きく見開いたままで立っているアリスの姿があった。
「あ、あああ、あ、アリス!」
「……」
アリスは赤面になりながらアデルがいる部屋から勢いよく飛び出した、アデルが手を伸ばすがすでにアリスは部屋を出た後だった。そして暫くアデルはその状態から動こうとはしなかった。
ガズルはホテルの屋上にいた、隠し持っていた煙草を一つ口にくわえてマッチをすった。火がつくと煙草に火を付ける。最初の煙は吐き出してその後ゆっくりと煙草の味を楽しんだ。ふうっと一息ついた後幻聖石が光る方向に目をやる。
「後三時間ぐらいかな、それにしてもスカイワーズとはねぇ。実用段階じゃないって言ってたのに良くやるわぁアイツも」
ニヤリと笑みを零してた、そしてまた煙草を吸う。
突然屋上の扉が開いた、ばたんと大きな音を立てると中からアリスが息を切らして階段を上ってきた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「アリス」
ガズルの言葉で前を向く、そこには渋い顔をしたガズルが煙草をくわえて立っている。今はニット帽をかぶっていない、緑色のジャンパーと青いジーパンを履いて少し身体を斜めにして立っていた。
「アリス?」
もう一度言った、そして煙草を手に取ると口に残っていた煙を一気に空気中に吹き出す。アリスはまだ息を切らしながら膝に両手をかけていた。
「ガズル君」
「悪かったな、俺の相方が急にあんな事言って」
「……」
アリスは答えなかった、まだ動揺しているのが伺えた。多分人から好きだと言われたのは初めてだったのであろう。暫くは姿勢を正してガズルの顔を見ていた。
ガズルの顔はとても格好良かった、いつもは帽子をかぶっているのでどんな髪型なのかが全く解らないでいたが帽子を取るとそれはそれはとても格好いい物であった。綺麗な黒髪で整った髪型、少し前髪が垂れているところがほのかに良かった。
「帽子」
「はい?」
「ガズル君って何時も帽子かぶってるから解らなかったけど、顔は格好いいんだね」
「格好良くなんか無いさ、帽子を取るとアデルの方が俺の数倍格好いいぜ」
「そうだね」
ふふふと少し笑ってガズルの横の手すりに自分の手を絡ませる。
「あの光が君達の仲間なんだね、さっきよりずっと大きくなってるからもうすぐここにつくね」
「あぁ」
小さくそう返した、両足を肩幅に広げて左肘を手すりに掛ける。アリスを正面に捕らえて顔は幻聖石の光の方に向けられていた。
「アデルの事」
「え?」
「アデルの事、解ってやってくれ。突然あんな事を言い出したけどアレはあいつにとってとても珍しい事なんだ」
「……」
「あいつは、あいつは俺と同じ捨てられた人間だったんだ」
突然言い出された言葉にアリスはガズルの方を向いた、そしてガズルは一拍子置いてから二人がどうやって知り合ったのかを淡々と説明しだした。
「俺とあいつは」
アデル達が船から飛び降りてまもなく大きな炎と共に爆発した、とっさの事でアデル達は何が何だかよく解らないで居る。
「ありゃ……燃料貯蔵庫に引火したな?」
「いや、たるに入っている酒などのアルコール物に当たったと考えても良いだろうな」
二人は帝国兵に気付かれないように船の底を潜るように泳いだ、その間二人は口パクでお互いが言いたい事を存分に言った、それを解釈して互いに答えを口にする。
「ぷは、それにしてもこの後どうする?」
「どうするって言ったってなぁ。取り敢えず上陸するのが頭の良いやり方だろうな。こんな冷たい冬の海に何時までもつかっているなんて体力の消耗の元だ、それでなくてもあのレイヴンとか言う野郎に叩きのめされて疲れ果ててるってのによ」
「レイヴン。あいつは一体何者なんだろう」
「しらねぇよ、とにかく上がろう」
ガズルは海の中で残っている力一杯重力波を水中にはなった、その反動でざぶんと音を立てて陸に上がると腕を伸ばしてアデルを引きずり出した。
「うぅ、寒い!」
アデルはぶるぶると震えながら全身水浸しに成った身体を振った、その行動はまるで犬がびしょぬれになった時に身体をぶるぶると震わす行動と似ていた。
「冷て、お前も法術剣士なら何とかして炎を起こしてみろよ」
「無茶言うな、アレだって相当のエーテルを使うんだぞ。そう易々と出来る物じゃないんだ」
「じゃぁ、何でレイヴンはいとも簡単に炎を出したんだよ?」
「俺が聞きたいぐらいだ、それにあの移動速度は尋常じゃない。俺がまだ教わってなかった法術の一つだろうな。まったく、おやっさんはやってくれるよ」
アデルはそうぼやくと辺りを見回す、そこはグリーンズグリーンズの商店街通り中央、路地裏に位置していた。
「取り敢えず何処かに入って暖を取らして貰おう、こんな所にいたら凍え死んじまうよ」
二人は歩き始めた、ずぶぬれの衣装を引きずりながら歩きアデル、長ズボンがグッショリ濡れているガズル、二人は少し歩いた所の廃屋を見つけた。そこの扉をノックし誰もいない事を確認した上でドアを開けた。
「ん、比較的暖かいなこの中」
「そうだな、何が原因だろう」
ガズルの眼鏡が光った、その異変を瞬時にして突き止めたアデルは背中から「一刀両断」と書かれた張りせんと「先手必勝」と書かれたピコピコハンマーを取り出す。それを両手に構えて大きく振りかぶって狙いを定める。
だがそれを振り下ろそうとはしなかった、必死になってこの空間が何故暖かいのかを捜索しているガズルの事を考えるとここで突っ込む事は不必要だと考えた、なぜならガズルがその原因を突き止めればさらに服を乾かす事も出来るのではないだろうかと思いついたのだろう。それも無知の人間の想像ですらないが。
「……成る程な」
ガズルの眼鏡から光が消えた、そして何か一つ物を手に取ると渋々とそれを観測し始めた。
「何か解ったのか?」
ピコピコハンマーと張りせんを背中の何処かにしまい込んでガズルの横に座る、そしてガズルが観測をしている物を見る。
「なんだこれ?」
「はぁ? お前これが何か解らないのか?」
戦闘以外に関しては全くの無知であるアデル、それは一緒に居るガズルにとって悩みの種でもあった。旅を続けるうえで必要な知識が欠落しているのだ。
「これはだな、幻聖石の一種で陽光石って言う珍しい石なんだ。その石は炎のエレメントで固められた一種の法術体、この陽光石から発せられている微弱な法術のお陰で暖を取れるって訳だ。因みにこんな所に有るのは不思議でしょうがない」
淡々と説明する中アデルは最後の言葉に少し悩んだ。そして驚いた口調でガズルの腕を掴む。
「馬鹿、自然的にこんな所に有るわけ無いんだったら人工的に有るって事だろう!
誰かここに住んでたりするんだよ、早く逃げるぞ!」
「その必要はないわ!」
突然ドアが開いた、そしてそこには銃を構えた一人の少女が仁王立ちしている。
「あなた達は誰!」
「……何でお前と一緒だとこうも面倒なんだ?」
「知るか、取り敢えず撃たれないようにしろよ、こっちは何も構えてないんだ」
二人は眉一つ動かさずに銃口を向けている少女の目を睨んだ、そして少女がアデルの足下に一発弾丸を飛ばした。
「答えなさい、あなた達は誰!」
アデルはまだ濡れたままの衣装で床にドカッと座り込んだ。
「中央大陸グリーンズグリーン北部の町ケルミナより三フェルズ離れた所に拠点を持つ義賊『カルナック』の初代頭、アデル・ロードだ」
「同じく義賊カルナックの右腕、ガズル・E・バーズンだ。君は?」
「私の名前はアリス『アリス・キリエンタ』よ。こんな所で何してるの? まさか私のお金を盗もうとしてるんじゃないでしょうね?」
「おいおい、今も言ったが俺達は義賊だ。平民から金なんてもぎ取ろうとしないぜ?」
ガズルが笑いながら冗談交じりに言った、だが次の瞬間ガズルの顔脇すれすれを弾丸が一発通り過ぎていった、サーと青ざめていくガズルを横目にアデルが話しかける。
「あんた、この町の出身か?」
「違うわ」
即答だった、何もためらわずにきっぱりと答えた。
「あんたが金を貯めている理由は何の為だ、この町に移住でもするつもりなのか?」
「それを聞いてどうするつもりかしら?」
「別に、これと言って特にないが」
「……用心棒よ」
「はぁ?」「はい?」
アデルとガズルはお互い拍子抜けしたような声を出す、余りにも解りやすく馬鹿みたいな回答に二人は急に笑い出した。
「何がおかしいの!」
「いや別に、用心棒だって聞いたからついな」
「全くだ、用心棒を雇う? 馬鹿馬鹿しい」
二人はさらに笑い転げる、ついに頭に来たアリスはアデルに向かって銃口を向け引き金を引いた、だがアデルはその動作を見逃さなかった、とっさに腰に付けていた剣を取り出すと引き金が引かれる前に自分の目の前に取り出すと弾丸を斜め上に弾いた。
「っ!」
「どうだ、一つ商談と行かないか? 悪い話じゃないと思うんだけどな?」
「……何よ」
「簡単だ、俺達をかくまってくれ、そうすれば金無しで俺達があんたの護衛を引き受けてやろう。どうだ? 悪い話じゃないだろ?」
「あんた達を信用しろって言うの?」
「そう言ってるつもり何だろうな、アデルの口もさび付いたもんだ」
ガズルが眼鏡を取り拭いた、そしてまた付けた。
「安心しな、俺達は義賊だ。誇りに掛けて嘘はつかねぇよ」
「あなた達が私を信用するのは勝手だから構わないけど私が裏切ったらどうするの? 私は帝国にあなた達を売るかも知れないわよ?」
「それは無いだろう?」
「なぜ?」
「もしもあんたが帝国に俺達を売るならもうとっくにしてるさね」
お互いにらみ合ったまま暫く沈黙が続いた、緊張が走る三人の間にはまだ壁が残っている。だがその壁を壊すようにアリスが動く、拳銃を下ろしてクスクスと笑い始めた。
「ふふふ、貴方なかなか面白い事を言うわね」
「そうか? 俺は冗談が苦手なんだけどな」
アデルの言葉がさらに笑いを誘う、何故笑われているのかが全く把握出来ていないアデルは少々ムッとした表情を見せる。
「わかった、あなた達を信じましょう」
「そう来なくっちゃ、俺達もいい加減ヤロー共の旅は飽き飽きしてる所だ」
「ヤロー共?」
アリスが首をかしげる、ヤロー共と言うには物足りない人数だったからである。
「実は俺達さっき爆発した船に乗ってた人間なんだけどよ、ここにたどり着く数日前に仲間とはぐれちまってな。まずはそいつらを探しに行かなきゃ行けない所なんだ。まぁ……あいつの事だから心配はないと思うが……」
ガズルが話し終える少し手前で言葉を遮るようにしてアリスが口を開く。
「あなた達あの船の搭乗者なの?」
「そうだけど、何か問題でも?」
「大ありよ、よくレイヴン相手して生き延びられたわね」
アリスが驚きを表情にそのまま出して驚いている、その顔を見て二人は苦い顔をしながら事情を説明し始めた。
そのころ、この二人もグリーンズグリーンズに向かって行動を開始していた。
雪積もる山道をひたすら歩き続ける少年と少女、明らかに二人には疲労が浮かび出ていた。服はボロボロに破れ息を切らし歩く足もおぼつかない。
二人は山小屋を出るやいなや野生の動物や盗賊などに襲われ生死を彷徨っていた、命からがら切り抜けた二人だったがもはや話す気力すら残されては居なかった。
黙々と手を繋いで雪降る山道をひたすら歩いていた、すでに辺りは暗い。だが何処かで身体を休める所は見つからない。
レイは少し焦っていた、自分は各地を点々と旅をしながら生活していた性もあって体力や法術などで力を温存出来るがメルは何も能力はない、何時倒れるか解らない事だけが心残りだった。
握るその手はもう冷たい、自分の手だって十分冷たかった。だが自分は彼女に何もしてやれる事は出来ない。レイは小さく唇を咬んだ。
「ゴメンねレイ君」
「何言ってんだよメル、僕の事は気にしなくて良いから。それよりメルは自分の事を気にしてなきゃ、後もう少しで街の明かりが見えてくるはずだからそれまで体力を温存しておかなきゃ」
メルがゴメンねと言う度にレイは心底泣きたくなった、本当に彼女に何もしてやれないのだろうか? 何も出来なくても言葉ぐらいは掛けてやれるのではないか、だけど……その言葉さえも見つからなかった。
暫くすると街明かりらしい光が見えてきた、目を細めながら遠くの方を見るレイはその光が家々の明かりだと確信する。
そしてもうすぐ街だよ、と言う変わりにメルの冷たい手を強く握り替えした、そして振り向くと笑顔で遠くの方に見える明かりの事を教えた。
メルの顔に久々に笑顔が戻った、とても明るい笑顔だった、その笑顔を消させない為にもレイは弱っているメルをおんぶしてその残りの行程を歩く事にした。
「本当にレイ君は力持ちだね」
メルが言った。
「そんな事はないよ、法術の力で多少力を調整しているだけだから」
レイが正直な事を答えた。
「ううん、そんな事はないよ。レイ君は力持ちだ。それに……」
「それに?」
「こんなにも優しい、私の理想の男の子だよ」
「……」
レイが黙った、頬を赤くして下を向き少年らしい顔で止まった、そして照れながらまた歩き出す、後ろからフフと笑い声が聞こえてそしてレイの首に腕を回してマフラー代わりにした。
「寒くない?」
「私は平気、それよりもレイ君。そんな薄着で寒いでしょ」
Tシャツ一枚で歩いているレイにメルは心配そうに訪ねる、何時もレイが来ている青いジャンパーはメルが羽織っていた。
「僕は心配ないよ、ほら!」
「え、何? きゃ!」
レイが突然大きくジャンプした、それも人並み外れた跳躍だった、数メートルはあるかと言う木を軽々と越したジャンプはとても高かった。
山の上の木々が伸びていない所から見る冬の夜は綺麗だった、例え百万シェル(シェル:お金の単位の事)を積まれても手に入れる事の出来ないその景色、二人は望むままに、そして目に焼き付けた。二人だけの思い出として。
「……綺麗」
「僕も初めて見るよ、とても綺麗だ」
レイの履いているズボンがばばたばたと音を立てている、そしてメルが羽織っているレイのジャンパーもばたばたと音を立てた。二人の髪の毛は空気の流れに沿って後ろの方へと自然的に描き上げられたみたいな感じではなく自然的な流れになっていた。 そしてレイ達はなかなか地面に着地しなかった、レイは気が付いた。そこが今どんな状態になっているのかを。
そこは大きな崖だった、断崖絶壁の崖が二人の足下から数メートル離れた所にあった。
「メル、僕の身体にしっかりと捕まっていてね」
「え?」
「落ちるよ」
レイが指を鳴らした、するとレイの身体ががくんと高度を下げ始める、しがみついていたメルも同時に同じ速度で落下し始めた。
レイはにこにこしながら鞄の中に入っていた幻聖石を一つ取り出すとそれを左手にしっかりと握った。すると幻聖石は光だしその辺りをてらした。
「メル!」
突然二人の身体が浮いた、だがメルはレイの身体からズレ落ちそうになる、それを止めるべくレイは右手でしっかりとメルの身体を抱きしめる。
「きゃ!」
ズレ落ちるのが止まった、ほんの数センチずれただけですんだ。メルは不思議そうにレイの顔を見る。
するとレイはにっこりと笑って頭上を見上げた。そこには大きな軽い素材で出来たブーメラン型の物があった。
「驚いた?」
ブーメラン型の物に取っ手が付いている、それに片腕だけで捕まっていた。
「レイ君これって」
「僕が作ったスカイワーズって言う乗り物さ、まだ実用性はないけどね。これで街まで一気に降下するよ、しっかりと捕まっててね。じゃないと落ちちゃうから」
「……うん」
メルは小さく返事をした、また前に目線を戻すと再び綺麗な景色が目の前に広がった、街の光と海が白く光っていた。下を見れば雪化粧をした森が、林が、雪原が広がっている。その光景を忘れまいとしっかりとメルは見た、瞬きをするのも忘れてその景色を見ていた。
レイも同じくして見ていた、本来の優しい目に戻り安堵の表情を浮かべて……だがその右腕にはしっかりとメルを抱き続ける為にしっかりと力を入れていた。痛くない程度で彼女が落ちないように。
二人は抱き合いながら降下し続けた、少年の顔にはまた風のイタズラで髪の毛を乱す悪さをする風が吹いている、少女にも同じイタズラをしている。
暫く二人は同じ体制のまま固まっていた、遠くを見る目や少年を抱き続ける腕、また遠くを見る目と少女を抱く右腕があった。
ロクシェリベルのホテル。
そこに三人の少年と少女が訪ねてきた、一人は黒い帽子に黒いエルメアを着た長い髪の毛を腰まで垂らしている少年と、青いニット帽を深くかぶった眼鏡を掛けている少年。そして白いワンピースに上から紫色のジャケットを羽織っている少女の三人組だった。
三人はとかく安い部屋を訪ねた、ちょうど良い部屋を二つ借りてアデルとガズルは少し雑な部屋を、アリスはアデル達より少し豪華な部屋に荷物を置いた。
「取り敢えず安いホテルが見つかっただけでも良かったとするか、あのボロ小屋に三人は少々分が悪すぎる」
ガズルテーブルの上に地図を広げながら喋った、アデルも自分の荷物をベッドのすぐ脇に置いてガズルの正面に座る。
「なぁ、どう思う?」
「どう思うって何が?」
いきなり切り出したアデルにガズルが何事かと尋ねる。
「レイとメルって女の事だよ、離ればなれになってからもう一週間は経つんだぞ? いい加減心配になってきたぜ」
「そんな事言ったって今の俺達に何が出来る? 彼奴等の事を心配するなら取り敢えずこの町に居るしかないんだ、レイの言葉を忘れたのか? あいつはこの町で合流するって言ってたんだ。そう簡単にこの町からは出られないんだぜ?」
「そうだけどよ、探しに行くとか何とかしなくて良いのかよ?」
真剣な顔をして離していたアデルにガズルが食いつく。
「なら聞くが、この大陸にいるかも解らない人間をどうやって捜すって言うんだ?」
「そうだけど」
「レイなら大丈夫だ、お前と違って頭は良いよ。その内ひょっこり出てくるさ」
ガズルがのんびりした顔で言う、だがその裏腹は心配でしょうがなかった。正直アデルの言うとおりではあった、離ればなれになってから早一週間。人間一人が生きていける事はおろか二人、生存は絶望的ではあった。しかしレイの言い残した言葉通りここから離れるわけにはいかなかった。
「それより、これからの事を考えよう。まず残りの軍資金についてだけど」
「金か、俺達が持ち合わせていた金とアリスが貯めた金を足しても二十万シェル前後。食料と宿代を引いていくと大体一ヶ月が限度って所だな」
「一ヶ月か……その間に間に合ってくれれば良いんだけどな……」
ガズルが両腕を組みそんな事を言った、アデルは帽子を取って机に置き椅子の背もたれに寄りかかる。
そして二人同時にため息をついた。
「何辛気くさい話してるのよ」
ドアが開けられてずかずかと入ってきた、アリスだった。
アリスはアデルとガズルのちょうど真ん中に座るとガズルが眺めていた地図を見た。そして自分の鞄の中からノートを取り出して鉛筆で何かを書き始めた。
「あなた達ねぇ、さっきから聞いてればずいぶん楽に考えてるけどお金の計算間違ってるわよ?」
突拍子にアリスがあきれ顔で二人に言った。
「はぁ?」「へ?」
二人は同時に言った。そして計算を終えたアリスがノートを見せる、そこにはびっしりと書かれた綺麗な文字が並んでいる。
「えーと何々? マジかよ」
「マジもマジ、大マジ。たかが二十万シェルじゃ二週間が関の山よ。大体どんな計算をすれば一ヶ月なんて数字が出てくるの? そっちが知りたいわよ」
一つため息をついてどんよりする二人の顔を見た、また一つため息をついてからアデルに向かって言う。
「所で、私に何か武器無い?」
「はい?」
アデルは驚いてアリスの顔を見る、ガズルもゆっくりではあるがアリスの顔を見た。
「武器って、シフトパーソルが有るじゃないか」
「駄目、アレは借り物なの。もしこの大陸を出たときに戦う事が出来ないじゃない。解る?」
真剣に怒鳴るアリスの顔を見てアデルは押され気味でいた、そして一つため息をついてバックパックから一つの短剣を取り出すとそれをアリスに向かって放り投げた。
「わわわ!」
「おい、そんなにビックリしなくても良いだろ?」
「そうだけど、いきなり投げるなんて何考えてるのよ。今一度言っておきますけどね、私は女の子なんだからね?」
「それぐらいで驚かれてちゃぁこの先不安だな」
アリスは顔を膨らませて拗ねるしぐさをしたのち、受け取った短剣を少し振って見せる。
「軽い、意外だわ。もう少し重いものだと思ってた」
アデルはムッとし、ガズルは静かに笑った。アリスはどんな表情で居て良いのか困り果ててその部屋を出ようとした。
「……」
何かに気が付くと曇っている窓を開ける、暖房が外に漏れ出すと部屋の温度が少し下がった、雪が窓から部屋の中に少し入った。
「 何してんだよ、寒いじゃねぇか!」
「今日は雪が降ってるよね?」
「は? そんなの見れば解るじゃないか」
三人が順番ずつ喋った、アリスは急に振り向き二人を睨んだ。
「馬鹿だねぇ、そんな事は誰だって見れば解る事だよ。でも、雪が降ってるのに何で星が出てるのか不思議にならない?」
「星?」
ガズルはとっさに椅子を蹴飛ばし窓に身を乗り出した、そこには確かに雪雲の中、輝く星みたいな物があった。
「星、雪、雪空、星、光、たいまつ……光、幻聖石、まさか!」
ガズル以外の二人は彼が何を言っているのかが全く理解出来ずにいた、そしてガズルは一つの可能性を胸に抱いた。
「おいガズル、いい加減閉めてくれよ。寒いよ」
アデルの言葉に我に返ったガズルはもう一度その光を良く見て確信した。そしてゆっくりと窓を閉めて椅子を戻し座った。
「お金の計算なら心配なさそうだ、早ければ明後日にでも出発出来るぞ?」
「はぁ? 何言ってんだよお前、レイ達が来なきゃその話も無しだろうが」
「窓の外に小さくではあるが幻聖石の光を見た、この東大陸では滅多に手に入らない幻聖石だ。先ず持っているのは中央大陸から来た人間だろうな。それも空中に飛ぶ事の出来る人並み外れた人間だけだ」
「来たのか、後どの位でここに到着するんだ?」
ガズルは少し悩み天井を見つめた、そして何時も通りに眼鏡が光った。つい癖で背中から張りせんとピコピコハンマーを取り出したアデルだったが、物珍しそうに見るアリスにすぐに取り上げられてしまった。
そしてはりせんの方だけをアデルに返すとピコピコハンマーは自分で保管すると言い出して自分の部屋に戻った。
「そうだな、風の具合にも寄るけど掛かって明日の朝じゃないか? 早くて今夜、それでも深夜だろうな」
「どんな計算をすればそんなのが分かるんだよ、全く……相変わらず頭良いな」
フフフと不気味に笑うとアデルが勢いよく頭上からはりせんをガズルの頭目掛けてたたき込む、暫く蹲るガズルに相変わらずの表情でアデルが上から見下ろす。
「ててて。それよりアデル、お前どう思う?」
「は? どう思うとは?」
「アリスの事だよ、結構可愛いじゃないか。俺は好みだな」
「――それなんだが」
「あんだって!」
「だから何度も同じ事を言わせるなっつうに!」
ガズルは大爆笑しながらアデルに嫌がらせに似た行為を続けた、アデルは聞き返される言葉にいちいち反応して大声にも成りながら大事な部分だけはしっかりと小さく言った。
ガズルはアデルの言葉が十分聞こえている物の新鮮で且つアデルの口から二度と出る事はないだろうその言葉を何度も何度も聞き返した。
「だから、テメェの声は小さくて聞こえないんだよ。大体予想は出来るけどもう一度“大きな声”で言ってみろよ!」
「やかましいわ! 誰がそんな恥ずかしい事を大声で言えるかっつうにな! そもそもテメェホントは聞こえてんじゃねぇか?」
「聞こえてないから言ってんだろ? ははははは!」
等々我慢出来なくなって言葉にも出来なくなったガズルはひたすら笑い続けた、机をバンバンと叩きながら大爆笑してそして椅子から転げ落ちた。
「いててて、それにしてもその話マジか?」
「あ、やっぱり聞こえてたんじゃねぇか! わりぃかよ、俺だって男だ。女の子を好きになって何が悪い! ってか一目惚れだよ!」
とっさに大声になったアデルは思わず口を塞いだ、ガズルに思いっ切り笑われると思ったからだ、だがガズルは目を大きく見開いたまま何も喋らなかった。
「……」
暫く一点を見つめていたガズルは徐に立ち上がり部屋を出た、アデルは不思議そうにしながらもガズルが出て行くのを見なかった。ずっと窓の外を眺めている。そして物音が聞こえた。
「へ?」
ビックリして後ろを振り返る、そこには目を大きく見開いたままで立っているアリスの姿があった。
「あ、あああ、あ、アリス!」
「……」
アリスは赤面になりながらアデルがいる部屋から勢いよく飛び出した、アデルが手を伸ばすがすでにアリスは部屋を出た後だった。そして暫くアデルはその状態から動こうとはしなかった。
ガズルはホテルの屋上にいた、隠し持っていた煙草を一つ口にくわえてマッチをすった。火がつくと煙草に火を付ける。最初の煙は吐き出してその後ゆっくりと煙草の味を楽しんだ。ふうっと一息ついた後幻聖石が光る方向に目をやる。
「後三時間ぐらいかな、それにしてもスカイワーズとはねぇ。実用段階じゃないって言ってたのに良くやるわぁアイツも」
ニヤリと笑みを零してた、そしてまた煙草を吸う。
突然屋上の扉が開いた、ばたんと大きな音を立てると中からアリスが息を切らして階段を上ってきた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「アリス」
ガズルの言葉で前を向く、そこには渋い顔をしたガズルが煙草をくわえて立っている。今はニット帽をかぶっていない、緑色のジャンパーと青いジーパンを履いて少し身体を斜めにして立っていた。
「アリス?」
もう一度言った、そして煙草を手に取ると口に残っていた煙を一気に空気中に吹き出す。アリスはまだ息を切らしながら膝に両手をかけていた。
「ガズル君」
「悪かったな、俺の相方が急にあんな事言って」
「……」
アリスは答えなかった、まだ動揺しているのが伺えた。多分人から好きだと言われたのは初めてだったのであろう。暫くは姿勢を正してガズルの顔を見ていた。
ガズルの顔はとても格好良かった、いつもは帽子をかぶっているのでどんな髪型なのかが全く解らないでいたが帽子を取るとそれはそれはとても格好いい物であった。綺麗な黒髪で整った髪型、少し前髪が垂れているところがほのかに良かった。
「帽子」
「はい?」
「ガズル君って何時も帽子かぶってるから解らなかったけど、顔は格好いいんだね」
「格好良くなんか無いさ、帽子を取るとアデルの方が俺の数倍格好いいぜ」
「そうだね」
ふふふと少し笑ってガズルの横の手すりに自分の手を絡ませる。
「あの光が君達の仲間なんだね、さっきよりずっと大きくなってるからもうすぐここにつくね」
「あぁ」
小さくそう返した、両足を肩幅に広げて左肘を手すりに掛ける。アリスを正面に捕らえて顔は幻聖石の光の方に向けられていた。
「アデルの事」
「え?」
「アデルの事、解ってやってくれ。突然あんな事を言い出したけどアレはあいつにとってとても珍しい事なんだ」
「……」
「あいつは、あいつは俺と同じ捨てられた人間だったんだ」
突然言い出された言葉にアリスはガズルの方を向いた、そしてガズルは一拍子置いてから二人がどうやって知り合ったのかを淡々と説明しだした。
「俺とあいつは」