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作者: 味噌村幸太郎
R-15
捨てられないもの

 とりあえず、彼の言う通り。扉の向こう側にいる綾さんと話をすることに。

「あ、あの……どうされました? 美咲さん」
『それがですね~ 航太がお鍋を持って出かけたみたいでぇ~ 私使いたいんですよぉ~』

 綾さんの言っている鍋とは、航太が持って来たおでんが入っていた物だろう。

「それでしたら、航太くんがうちに持って来てくれたんですよ。今返しますんで……」

 そう言って後ろに振り返ると、セーラー服を脱いだ航太が立っていた。
 しかしまだ着替えている最中で、トレーナーワンピースを頭から被ろうとしているが。
 慌てているのか、苦戦しているようだ。

 その時、俺は見てしまった……。
 小麦色に焼けた肌とは違う。ピンク色の小さなつぼみを二つ。

「……」

 こんなに綺麗な形は、生まれて初めて見た。
 俺は人生で二人しか経験がないから、比較のしようがないけど。
 男のものとは思えないぐらい、可愛い……。

 気がつけば、我を忘れて自身の手を前に伸ばす。

 しかし、既に着替えが終わってしまったようで、トレーナーから航太の顔がぴょこんと飛び出る。

「ぷはっ! お待たせ、もういいよ。おっさん!」
「え?」
「着替え終わったから、母ちゃん呼んでいいよ」
「そうだったな……」

 なぜか落ち込んでいる自分に気がつく。
 俺ってヤバいのかな?
 長い間、女性と触れ合っていないから、航太に変な気持ちを抱くとか……。

  ※

「ここにいたんだぁ、航太。あのね、お鍋持ち出した?」

 綾さんが慌てていたのは、息子のことではなく。
 お鍋の方だった。
 航太はそんな母親の姿を見ても、至って冷静で。
 キッチンから鍋を持って、綾さんに手渡す。

「はい、これ。ちょっと、おっさんにおでんをおすそ分けしてたからさ」
「ふぅん、黒崎さんにね……」

 綾さんが俺に視線を向ける。
 顎に手をやり、不思議そうに見つめる。

 ヤバい。何か疑われていないか?
 セーラー服なら、洗濯機の中に放り込んでいるし……。

「ひょっとして……航太は、黒崎さんとお友達になったのかな?」

 と首を傾げる綾さん。
 天然だとは感じていたが、ここまでとはな。

「そ、そうなんですよ! 航太くんが色々としてくれて助かってます!」

 無理やり話を合わせる。
 もちろん、航太も。

「そうそう! おっさんは元カノに振られて、すごく引きずってんの。だからかわいそうで、オレが面倒みてやってるんだ」

 ひでぇ……勝手に話を作りやがって。
 俺が振られたことになってる。

「へぇ~ 黒崎さんって、彼女さんがいたんですねぇ……」
「まあ、3年も前の話なんですけどね。ははは」
「それは寂しいですよねぇ、うちの航太で良かったら、いつでも遊んでくださいな」

 話題を変えて、どうにかその場を凌げたようだ。
 
  ※

 綾さんは自宅で待っている男のために、鍋を使いたかったらしい。
 酒のつまみでも、作るのだろうか。
 息子の航太を残して、ひとりで帰ってしまった。
 結構、薄情な人だな……。

「お、おっさん……」
「ん? どうした?」
「さっきの母ちゃんと話してたこと、本当にいいの?」
「綾さんと話したこと? なんだっけ?」
「オレがこれからも、この家へ遊びに来ること!」
「はぁ……別に構わんが」
「約束な!」
「うん」
 
 なぜか嬉しそうに微笑む航太。
 彼が小指を差し出してきたので、俺は黙って指切りする。

「じゃあ、おっさん。今度はもっと美味しいもんを食べさせてあげるよっ!」
「いや……毎度悪いよ。別に俺ん家へ来るからって、何か持ってくる必要ないから」

 そう言って優しく断るつもりだったが。
 彼の意思は固いようで、眉間に皺を寄せる。

「オレが作りたいから、やってんの! 大体おっさんはすぐにキッチンを汚くするし、食べ物はバランス悪いし……」

 航太の死んだおばあちゃん仕込みってわけか。
 こりゃあ、どっちが年上なんだか、わからなくなってきたぞ。

「わかったよ……好きにしてくれ」
「やった! じゃあさ、キッチンのことで質問があるんだけど、聞いてもいいかな?」
「ん? なんだ?」
「おっさんてさ。料理しないんだよね? なのに……調理器具とか、お皿が可愛いキャラクターで揃えられているんだよ。どうして?」
「うっ……」

 元カノの未来が置いていった物だ。

「そ、それは“あいつ”が昔、買ってきて……そのまま残してたんだ」

 真実を伝えると、航太はにこりと微笑む。
 ただ眼だけは笑っていない。

「いらないよね? そんな前のもの」
「……」

 すぐに不燃ごみとして、処分された。
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