38.バカだね
「こんな出会いだったよな」
俺が告げると、フェルは大きくうなづく。
出会いは本当に偶然だった。俺はなぜか妖精を見る力を持っていたようだった。通常なら何もしなくても妖精の姿は誰にも見えないそうだが、俺には妖精を見る事が出来たらしい。
フェルに言わせればなんとなく波長が合ったという事だ。たまにそういう力を持つ人間もいるらしい。
ただ魔法を使えばそういった人間相手にも姿を消す事もできるから、そういう人間がいても普通は魔法を使って姿を隠してしまうそうだ。だけど俺との出会いの時は蜘蛛の巣に触れていたため、魔法が使えずに姿を隠す事が出来なかったとのことだった。
だからフェルを助けたのは本当に偶然だった。望むべくして力を手にいれた訳でもなかった。
だけどあの時にフェルを救ってからというもの、フェルとはほとんど一緒に過ごす事になった。だから時には妹のような、時には姉のような、ずっとそばにいる新しい家族のように思って過ごしてきた。
そんなことを思い返す。
『たかしにとってみたらなんてことなかったのかもしれないけど。私にとっては本当に命の恩人なのよ。たかしは』
フェルは俺の周りを飛び回って、それからまた頭の上に着地する。
『だからね。たかしのためなら何でもしてあげたい。なんでもね。だからたかしの言う通り六日間。時間を戻すよ』
フェルはゆっくりとした口調で告げると、それから今度はえんぴつ削りの上に着地する。
それからじっと俺の顔を見つめていた。
『でもひとつだけ先に言っておくね。これだけ戻したら、もう時間を戻す事は出来ない。それは知っていて欲しいの』
フェルの言葉の意味が最初わからなかった。
時間を戻す事が出来なくなるというのはどういう意味なのだろうか。
「俺が死ぬからって事か。それとも何か禁忌に触れるとか、そういうことなのか?」
『ううん。ちがうよ。そういうのじゃない。単純にね。私の力の限界がくるから。六日は私にとって戻せる時間の最大に近いの。だから使ったら、私の力はほとんど無くなってしまう』
フェルは静かな口調で、ゆっくりと告げていた。
『それとね。そのせいでたぶんたかしは時間を戻した事を忘れちゃうと思う』
「それは、どういうことだ?」
フェルの説明はまた意味がわからなかった。いや言っている内容はわかる。
時間を戻す事はこれが最後になる。そして時間を戻した事を忘れてしまう。
だけど六日間時間を戻す事が、どうしてそれにつながるかはわからなかった。
『私はね。時の妖精だから。この戻した時間の結果によってね。何が起きるのか、大切なものとして失うものが何なのかって、どういう結果になるのか。実のところは戻す前からわかっていたの。これは本当は人にはいっちゃいけないルールなんだけどね』
フェルはあまりにもいつもと違う落ち着いた静かな声で告げていた。
なんとなく胸の奥にざわめきを覚える。不安が心の中を満たしていく。
『だけど今回は巻き戻したらきっと忘れてしまうから、だから前もって教えておくね。あのね。六日間時間を戻せば、たかしにとって最良の結果になるよ。ほのかは救う事が出来るし、ゆいも事故にはあわない。もちろん他のたかしの家族や友達に何かが起きたりもしない』
「そう……なのか?」
それが本当だとすれば六日間戻す意味はあるという事だ。
だけど何か嫌な予感がして、俺はただためらうように訊ねる事しかできなかった。
『うん。それでね。たかし自身も失われないよ。でもたかしはバカだよね』
突然バカよばわりされたけど、嫌な感じは全くしなかった。どこかフェルの言葉に俺を思いやるような気持ちを感じられたからだろうか。
ただ不安はどんどん強くなっていく。
行ってはいけない場所に、少しずつ向かっているかのような。そんな感覚が、俺をとらえていた。
だけど時間は止まらなくて、フェルはゆっくりと優しい声で告げる。
『自分を犠牲にして、ほのかとゆいを救おうとするってことは、自分自身よりもほのかやゆいの方が大切だってことだよ。だからさ、たくさん時間を戻した時に失われるものはたかし自身ではありえないよ』
くすくすと妖精らしい笑みを浮かべながら、フェルは少し空に舞って、俺の鼻先をつんとつついた。
どこかくすぐったいような気がしていた。
だけどそれ以上に不安が身を苛んでいく。何かおかしな空気が支配しているように思えた。
ただ穂花や結依、他の家族や自分自身。それよりも大切なものなど思いつかなかった。だからフェルが何を言おうとしているのか理解できなかった。
「なら何を失うんだ」
だから思わず訊ねていた。
穂花や結依の方が自分より大切だと言われれば、確かにそうなのかもしれない。穂花を救うためにこの時間を繰り返してきたのだから。結依を失わないために、さらに時間を戻そうと思ったのだから。
もういちど三日間戻してやり直す事もできたとは思う。
だけど失うものの重さが戻した時間の総量によって決まるなら、結依でなくなったとしても同じような大切な何かを失ってしまうのだろう。
でも三日戻さなければ穂花は救えない。
それならもっと時間を戻してみるしか、俺にとれる手段はなかった。それで失うものは自分自身だと思っていたから。それなら賭けてみてもいいと思えた。
それ以上に大切なものなんて思いつかなかった。フェルの言う通り、自分よりも穂花と結依の方が大切なのかもしれない。だけどそうだとすれば、余計にこれで失われるものの想像がつかなかった。
穂花でも結依でも自分自身でもない。失われる大切なもの。それが何かわからなかった。
だから問いかけていた。失うものを知りたいと思った。
そしてフェルは静かな声でゆっくりと答えた。
俺が告げると、フェルは大きくうなづく。
出会いは本当に偶然だった。俺はなぜか妖精を見る力を持っていたようだった。通常なら何もしなくても妖精の姿は誰にも見えないそうだが、俺には妖精を見る事が出来たらしい。
フェルに言わせればなんとなく波長が合ったという事だ。たまにそういう力を持つ人間もいるらしい。
ただ魔法を使えばそういった人間相手にも姿を消す事もできるから、そういう人間がいても普通は魔法を使って姿を隠してしまうそうだ。だけど俺との出会いの時は蜘蛛の巣に触れていたため、魔法が使えずに姿を隠す事が出来なかったとのことだった。
だからフェルを助けたのは本当に偶然だった。望むべくして力を手にいれた訳でもなかった。
だけどあの時にフェルを救ってからというもの、フェルとはほとんど一緒に過ごす事になった。だから時には妹のような、時には姉のような、ずっとそばにいる新しい家族のように思って過ごしてきた。
そんなことを思い返す。
『たかしにとってみたらなんてことなかったのかもしれないけど。私にとっては本当に命の恩人なのよ。たかしは』
フェルは俺の周りを飛び回って、それからまた頭の上に着地する。
『だからね。たかしのためなら何でもしてあげたい。なんでもね。だからたかしの言う通り六日間。時間を戻すよ』
フェルはゆっくりとした口調で告げると、それから今度はえんぴつ削りの上に着地する。
それからじっと俺の顔を見つめていた。
『でもひとつだけ先に言っておくね。これだけ戻したら、もう時間を戻す事は出来ない。それは知っていて欲しいの』
フェルの言葉の意味が最初わからなかった。
時間を戻す事が出来なくなるというのはどういう意味なのだろうか。
「俺が死ぬからって事か。それとも何か禁忌に触れるとか、そういうことなのか?」
『ううん。ちがうよ。そういうのじゃない。単純にね。私の力の限界がくるから。六日は私にとって戻せる時間の最大に近いの。だから使ったら、私の力はほとんど無くなってしまう』
フェルは静かな口調で、ゆっくりと告げていた。
『それとね。そのせいでたぶんたかしは時間を戻した事を忘れちゃうと思う』
「それは、どういうことだ?」
フェルの説明はまた意味がわからなかった。いや言っている内容はわかる。
時間を戻す事はこれが最後になる。そして時間を戻した事を忘れてしまう。
だけど六日間時間を戻す事が、どうしてそれにつながるかはわからなかった。
『私はね。時の妖精だから。この戻した時間の結果によってね。何が起きるのか、大切なものとして失うものが何なのかって、どういう結果になるのか。実のところは戻す前からわかっていたの。これは本当は人にはいっちゃいけないルールなんだけどね』
フェルはあまりにもいつもと違う落ち着いた静かな声で告げていた。
なんとなく胸の奥にざわめきを覚える。不安が心の中を満たしていく。
『だけど今回は巻き戻したらきっと忘れてしまうから、だから前もって教えておくね。あのね。六日間時間を戻せば、たかしにとって最良の結果になるよ。ほのかは救う事が出来るし、ゆいも事故にはあわない。もちろん他のたかしの家族や友達に何かが起きたりもしない』
「そう……なのか?」
それが本当だとすれば六日間戻す意味はあるという事だ。
だけど何か嫌な予感がして、俺はただためらうように訊ねる事しかできなかった。
『うん。それでね。たかし自身も失われないよ。でもたかしはバカだよね』
突然バカよばわりされたけど、嫌な感じは全くしなかった。どこかフェルの言葉に俺を思いやるような気持ちを感じられたからだろうか。
ただ不安はどんどん強くなっていく。
行ってはいけない場所に、少しずつ向かっているかのような。そんな感覚が、俺をとらえていた。
だけど時間は止まらなくて、フェルはゆっくりと優しい声で告げる。
『自分を犠牲にして、ほのかとゆいを救おうとするってことは、自分自身よりもほのかやゆいの方が大切だってことだよ。だからさ、たくさん時間を戻した時に失われるものはたかし自身ではありえないよ』
くすくすと妖精らしい笑みを浮かべながら、フェルは少し空に舞って、俺の鼻先をつんとつついた。
どこかくすぐったいような気がしていた。
だけどそれ以上に不安が身を苛んでいく。何かおかしな空気が支配しているように思えた。
ただ穂花や結依、他の家族や自分自身。それよりも大切なものなど思いつかなかった。だからフェルが何を言おうとしているのか理解できなかった。
「なら何を失うんだ」
だから思わず訊ねていた。
穂花や結依の方が自分より大切だと言われれば、確かにそうなのかもしれない。穂花を救うためにこの時間を繰り返してきたのだから。結依を失わないために、さらに時間を戻そうと思ったのだから。
もういちど三日間戻してやり直す事もできたとは思う。
だけど失うものの重さが戻した時間の総量によって決まるなら、結依でなくなったとしても同じような大切な何かを失ってしまうのだろう。
でも三日戻さなければ穂花は救えない。
それならもっと時間を戻してみるしか、俺にとれる手段はなかった。それで失うものは自分自身だと思っていたから。それなら賭けてみてもいいと思えた。
それ以上に大切なものなんて思いつかなかった。フェルの言う通り、自分よりも穂花と結依の方が大切なのかもしれない。だけどそうだとすれば、余計にこれで失われるものの想像がつかなかった。
穂花でも結依でも自分自身でもない。失われる大切なもの。それが何かわからなかった。
だから問いかけていた。失うものを知りたいと思った。
そしてフェルは静かな声でゆっくりと答えた。