残酷な描写あり
R-15
25話『帰還』
エドムを出発してから、時間にして約7時間というところ。
御者の男性の計らいで、小さな町に昼食を取りに立ち寄り、少し観光して再び出発した。
たまたま入った魔術品の店では、元魔術師だったという店主に簡単な召喚魔術を見せて貰い、そのコツを教えて貰うなど、帰り道も何かと楽しい経験が多かった。
魔獣に遭遇するなどというアクシデントも無く、この二日間の記憶を思い返しながら、エリュシオンに到着するのを待っていた。
「────」
外はまだ明るく、地竜車からは街道の周囲に広がる青々とした大自然がよく見える。
何かと忙しかった数日だったので、帰りはこうして外の景色を眺めながらのんびり帰るのも良いだろう。身体だけでなく、心も休めなければ毎日を生きるのは難しくなるだけだ。
アウラは車窓から外の景色を眺め、向かいに座るクロノの方はすやすやと寝息を立てている。差し込む陽光が暖かく、適度な揺れが眠気を誘う。
(あと少しで、エリュシオンか)
波乱と想定外の連続だったこの二日間。
まさに「大変だった」の一言に尽きるが、得られる物の方が多かったのもまた事実。
(とりあえず、戻ったらギルドに顔出さないとだな)
生存報告自体はエドム側からして貰ったものの、実際に顔を出さないまま過ごす訳にはいかない。
まずは五体満足で帰って来た事を報告する。自分のことはそれからだ。
※※※※
「おいクロノー、起きろー」
「……ん。あぁ、おはようございます」
アウラが声を掛けると、クロノは目を覚まし、眠そうに目を擦りながら答えた。
「おはようございますって……もうとっくに昼は過ぎてるよ。それよか、着いたぞ」
クロノが周囲を見渡すと、そこには自分達以外の地竜車や荷車が見て取れた。
彼女にとっては見慣れた場所────エリュシオンの入口だった。
「ありがとうございます、もう着いたんですね……」
口を大きく開けて欠伸をし、地竜車を降りる。相当ぐっすり眠っていたのか、降りた後も身体を伸ばしていた。
高く聳える門を前にして、ようやく自分が帰って来た事を実感する。
「一応アトラスに立ち寄っても良いか?」
「勿論です。報酬金の受け取り手続きもありますし、ついでに済ませちゃいましょうか」
「手続き?」
「ああ、簡単なものなのですぐ終わりますよ。受注者の身元が確認できれば大丈夫です」
「身分証明書になりそうなもの、何かあったかな……」
アウラは不安げに懐を漁るが、手元にあるものといえば僅かに硬貨の入った袋か、剥き出しのヴァジュラしか思い当たらない。
「その剣で良いんじゃないですか? アウラさん以外にそんな武器使ってる人はいないでしょうし」
「確かにこんなの扱うヤツはそうそういないだろうけど、これで押し通せるか?」
「一応エドム側から連絡は来ているでしょうし、大丈夫でしょう。多分」
「せめて大丈夫って言い切って欲しかったな……」
アウラは目に見えて不安げだ。
クロノは基本的にはしっかりした常識人だが、ふとしたタイミングで雑な部分が出てくる。
若干の心配を抱えつつ、二人はエリュシオンの門を通り抜ける。その日もいつもと変わらず、太陽が傾き始めても活気に満ち溢れていた。
大通りを抜けて、そのまま街の北方──アトラスの位置する場所へと向かう。
ギルドに続く一本道に入る頃には周囲の人混みもなくなり、市街地へと向かう同業者たちとすれ違う事が多くなってくる。
そして──大聖堂の如き建物の玄関を開けた。
着くころには夕方になりかけていたからか、ギルド内部は思いのほか閑静としていた。
一階の集会場で食事を取る事も出来るのだが、大抵の者は市街地で酒を酌み交わしているのだろう。
「────お、帰って来た帰って来た!」
二人が中に入るや否や、そんな快活な声が一階に響き渡る。
その声が聞こえたのは、受付の方からだ。声の主は勿論────
「ただいま戻りました、ナルさん」
「いやぁ、二人共五体満足で大丈夫そうだね。エドムの人から連絡があったから知ってはいたけど、この眼で見てやっと安心できたよ!」
白のメッシュと八重歯が特徴的な獣人の少女、ナル。
嬉しそうにカウンターから出て、尻尾をぶんぶんと振りながらクロノの方に駆け寄る。その人懐っこさは狼というよりも犬のソレに近い。
彼女もこの二日間、帰って来ない二人の事を心配していた様子だった。
だが、二人の帰還を待っていたのはナルだけではないようで──カウンターにもう一人、凭れるように佇む少女の姿も見受けられた。
彼女もゆっくりとアウラ達の下へ歩み寄っていき、
「おかえりなさい」
と、声を掛けた。
「カレンも待っててくれたんだな」
「丁度今しがた依頼を終えて戻って来た所だったし、貴方達を送り出した私が出迎えないってのも、ちょっと筋が通ってないと思ってね。──それで、どうだった? 初めての依頼は」
「ハードなんてレベルじゃないよ、アレは……魔術行使の反動も十分にキツかったけど、それ以上に色々あり過ぎて大変だったよ」
「そっか、貴方達、下山中にエドムの面子と鉢合わせしたんだっけ。クロノがあちらさんの魔術師を殺しかけたって話は聞いてるけど」
「なんでそこだけピンポイントで伝わってるんですか!?」
クロノとしても、あの一件はかなりトラウマになってしまっていた。
自分の早とちりで容赦なく首を取りにいき、ギルド間の大問題に発展する一歩手前までいってしまったのだ。反省しているとはいえ、中々拭えるものではない。
「確かにあの時のクロノ、本気でロアさんの事殺しに行ってたもんな……」
「クロノ、アンタもしかして魔術師より暗殺者の方が向いてるんじゃないかい?」
「もう忘れて下さい……うぅ……」
いじられ続け、更には同行していたアウラにすら追い打ちをかけられるという始末だ。恥ずかしさか、それとも情けなさから来るものか、若干涙目になっている。
ナルが付け加えた一言にアウラも「たしかに」、と零してしまうが、傍らにいたカレンはフォローするように、
「まぁまぁ、それだけクロノの実力が評価されているって事よ。今回だってナーガ討伐に貢献したんだし、もっと自信持ちなさいって。……それに良かったじゃない。他のギルドの連中に、主力が抜けても十分戦えるって証明が出来たんだから」
「カレン、お前他のギルドに対抗心でも燃やしてるのか?」
「主力の一人や二人いないだけで軽く見られるのは私としては御免だからね。あの剣帝は流石に化け物過ぎるから仕方ないとしても、東の大陸にある残りのギルドの連中には負けてられないから」
彼女の言葉は、エリュシオンを代表する者としての意地というべきか。
最高位の魔術師に次ぐ実力を持つのなら、可能な限りその穴を埋められるように努めなければならない。その人材を育てるというのも、その役割を担う者の役目でもある。
カレンには、その自覚があった。
「アウラも十分に戦えるみたいだし、クロノは神言魔術だって扱える。だったら戦力としては申し分ない。他のギルド連中とも張り合っていけるでしょ」
そう語るカレンは自信あり気だ。
彼女がその実力を認めているクロノと、己の弟子であるアウラ。彼らが信頼を置くに足る人間であるからこそ出る言葉だ。
「今後の事も色々話したいけど、それは明日以降でいっか」
コホン、と、カレンは調子を整えるように間を置く。
いつもと変わらないクールな表情だったが、彼女はその表情を少し緩めて、
「────何はともあれ、二人とも、お疲れ様」
心の底から労いの言葉を贈った。
普段はクールな彼女だが、この時の心境はナルと同じ──純粋に、彼らの帰還を心から祝福していた。
この言葉を以て、アウラの最初の依頼──異世界に来て最初の冒険は、その幕を下ろしたのだった。
御者の男性の計らいで、小さな町に昼食を取りに立ち寄り、少し観光して再び出発した。
たまたま入った魔術品の店では、元魔術師だったという店主に簡単な召喚魔術を見せて貰い、そのコツを教えて貰うなど、帰り道も何かと楽しい経験が多かった。
魔獣に遭遇するなどというアクシデントも無く、この二日間の記憶を思い返しながら、エリュシオンに到着するのを待っていた。
「────」
外はまだ明るく、地竜車からは街道の周囲に広がる青々とした大自然がよく見える。
何かと忙しかった数日だったので、帰りはこうして外の景色を眺めながらのんびり帰るのも良いだろう。身体だけでなく、心も休めなければ毎日を生きるのは難しくなるだけだ。
アウラは車窓から外の景色を眺め、向かいに座るクロノの方はすやすやと寝息を立てている。差し込む陽光が暖かく、適度な揺れが眠気を誘う。
(あと少しで、エリュシオンか)
波乱と想定外の連続だったこの二日間。
まさに「大変だった」の一言に尽きるが、得られる物の方が多かったのもまた事実。
(とりあえず、戻ったらギルドに顔出さないとだな)
生存報告自体はエドム側からして貰ったものの、実際に顔を出さないまま過ごす訳にはいかない。
まずは五体満足で帰って来た事を報告する。自分のことはそれからだ。
※※※※
「おいクロノー、起きろー」
「……ん。あぁ、おはようございます」
アウラが声を掛けると、クロノは目を覚まし、眠そうに目を擦りながら答えた。
「おはようございますって……もうとっくに昼は過ぎてるよ。それよか、着いたぞ」
クロノが周囲を見渡すと、そこには自分達以外の地竜車や荷車が見て取れた。
彼女にとっては見慣れた場所────エリュシオンの入口だった。
「ありがとうございます、もう着いたんですね……」
口を大きく開けて欠伸をし、地竜車を降りる。相当ぐっすり眠っていたのか、降りた後も身体を伸ばしていた。
高く聳える門を前にして、ようやく自分が帰って来た事を実感する。
「一応アトラスに立ち寄っても良いか?」
「勿論です。報酬金の受け取り手続きもありますし、ついでに済ませちゃいましょうか」
「手続き?」
「ああ、簡単なものなのですぐ終わりますよ。受注者の身元が確認できれば大丈夫です」
「身分証明書になりそうなもの、何かあったかな……」
アウラは不安げに懐を漁るが、手元にあるものといえば僅かに硬貨の入った袋か、剥き出しのヴァジュラしか思い当たらない。
「その剣で良いんじゃないですか? アウラさん以外にそんな武器使ってる人はいないでしょうし」
「確かにこんなの扱うヤツはそうそういないだろうけど、これで押し通せるか?」
「一応エドム側から連絡は来ているでしょうし、大丈夫でしょう。多分」
「せめて大丈夫って言い切って欲しかったな……」
アウラは目に見えて不安げだ。
クロノは基本的にはしっかりした常識人だが、ふとしたタイミングで雑な部分が出てくる。
若干の心配を抱えつつ、二人はエリュシオンの門を通り抜ける。その日もいつもと変わらず、太陽が傾き始めても活気に満ち溢れていた。
大通りを抜けて、そのまま街の北方──アトラスの位置する場所へと向かう。
ギルドに続く一本道に入る頃には周囲の人混みもなくなり、市街地へと向かう同業者たちとすれ違う事が多くなってくる。
そして──大聖堂の如き建物の玄関を開けた。
着くころには夕方になりかけていたからか、ギルド内部は思いのほか閑静としていた。
一階の集会場で食事を取る事も出来るのだが、大抵の者は市街地で酒を酌み交わしているのだろう。
「────お、帰って来た帰って来た!」
二人が中に入るや否や、そんな快活な声が一階に響き渡る。
その声が聞こえたのは、受付の方からだ。声の主は勿論────
「ただいま戻りました、ナルさん」
「いやぁ、二人共五体満足で大丈夫そうだね。エドムの人から連絡があったから知ってはいたけど、この眼で見てやっと安心できたよ!」
白のメッシュと八重歯が特徴的な獣人の少女、ナル。
嬉しそうにカウンターから出て、尻尾をぶんぶんと振りながらクロノの方に駆け寄る。その人懐っこさは狼というよりも犬のソレに近い。
彼女もこの二日間、帰って来ない二人の事を心配していた様子だった。
だが、二人の帰還を待っていたのはナルだけではないようで──カウンターにもう一人、凭れるように佇む少女の姿も見受けられた。
彼女もゆっくりとアウラ達の下へ歩み寄っていき、
「おかえりなさい」
と、声を掛けた。
「カレンも待っててくれたんだな」
「丁度今しがた依頼を終えて戻って来た所だったし、貴方達を送り出した私が出迎えないってのも、ちょっと筋が通ってないと思ってね。──それで、どうだった? 初めての依頼は」
「ハードなんてレベルじゃないよ、アレは……魔術行使の反動も十分にキツかったけど、それ以上に色々あり過ぎて大変だったよ」
「そっか、貴方達、下山中にエドムの面子と鉢合わせしたんだっけ。クロノがあちらさんの魔術師を殺しかけたって話は聞いてるけど」
「なんでそこだけピンポイントで伝わってるんですか!?」
クロノとしても、あの一件はかなりトラウマになってしまっていた。
自分の早とちりで容赦なく首を取りにいき、ギルド間の大問題に発展する一歩手前までいってしまったのだ。反省しているとはいえ、中々拭えるものではない。
「確かにあの時のクロノ、本気でロアさんの事殺しに行ってたもんな……」
「クロノ、アンタもしかして魔術師より暗殺者の方が向いてるんじゃないかい?」
「もう忘れて下さい……うぅ……」
いじられ続け、更には同行していたアウラにすら追い打ちをかけられるという始末だ。恥ずかしさか、それとも情けなさから来るものか、若干涙目になっている。
ナルが付け加えた一言にアウラも「たしかに」、と零してしまうが、傍らにいたカレンはフォローするように、
「まぁまぁ、それだけクロノの実力が評価されているって事よ。今回だってナーガ討伐に貢献したんだし、もっと自信持ちなさいって。……それに良かったじゃない。他のギルドの連中に、主力が抜けても十分戦えるって証明が出来たんだから」
「カレン、お前他のギルドに対抗心でも燃やしてるのか?」
「主力の一人や二人いないだけで軽く見られるのは私としては御免だからね。あの剣帝は流石に化け物過ぎるから仕方ないとしても、東の大陸にある残りのギルドの連中には負けてられないから」
彼女の言葉は、エリュシオンを代表する者としての意地というべきか。
最高位の魔術師に次ぐ実力を持つのなら、可能な限りその穴を埋められるように努めなければならない。その人材を育てるというのも、その役割を担う者の役目でもある。
カレンには、その自覚があった。
「アウラも十分に戦えるみたいだし、クロノは神言魔術だって扱える。だったら戦力としては申し分ない。他のギルド連中とも張り合っていけるでしょ」
そう語るカレンは自信あり気だ。
彼女がその実力を認めているクロノと、己の弟子であるアウラ。彼らが信頼を置くに足る人間であるからこそ出る言葉だ。
「今後の事も色々話したいけど、それは明日以降でいっか」
コホン、と、カレンは調子を整えるように間を置く。
いつもと変わらないクールな表情だったが、彼女はその表情を少し緩めて、
「────何はともあれ、二人とも、お疲れ様」
心の底から労いの言葉を贈った。
普段はクールな彼女だが、この時の心境はナルと同じ──純粋に、彼らの帰還を心から祝福していた。
この言葉を以て、アウラの最初の依頼──異世界に来て最初の冒険は、その幕を下ろしたのだった。