残酷な描写あり
R-15
29話『忠告』
「出発は二日後だ。一度港町のロウエンまで出てから船に乗って、東大陸の臨海都市リノスで降りてもらうことになる。一応、教会側の使者が二人ほど待機しているから、彼らの案内で向かってくれ」
「使者? わざわざ私たちの為にですか?」
「何が起こるか分からないからね。念には念を、ということらしい。──どうにも、近頃の東の大陸は色々と物騒だからね」
執務室のデスクに身体を預けながら、シェムは三人に向かって語り掛けた。
「前にナルが魔獣が活発化してるって言ってたけど、東でも同じことが起きてるって事ですか」
「無論、それもある。ただ、バチカル派の目撃情報に加えて、冒険者が交戦して負傷したって報告も多いみたいなんだ。教会はそれなりの手練れを派遣するらしいけど、そこは用心しておくように」
アウラはストンと腑に落ちたように、「あぁ」と言葉を漏らす。
カレンやクロノも交戦経験のある異端派。それは何も西方に限ったことではなく、各ギルドが対処にあたっている問題でもあった。
ただ、シェムの言葉の中に気掛かりがあったのか、
(手練れ……?)
アウラは怪訝そうに眉を下げた。
教会側に所属する人材であるのならば、一介の信徒に過ぎない筈。しかしシェムは彼らのことを「手練れ」と称した。
戦いや争いとは無縁の筈の信徒と、彼の言った単語がどうにも結びつかないのだ。
時に主張の違いから異なる宗派が生まれることは多々あるが、根本的に武力とは無縁というイメージが根強い。
「教会は何か対策を?」
「一応、教皇直属の近衛騎士が監視と調査を行っているらしい。……ただ、直近だと「司教」と遭遇したって報告もあったから、油断はできないよ」
「────っ!」
三人が、息を呑んだ。
──司教。
バチカル派の教団を構成する役職の一つ。
最低でも「熾天」の階級の冒険者に匹敵、或いは凌駕する実力者が名を連ねる、異端の中の怪物。
並みの者では到底太刀打ちできない、異常識を手繰るモノ。
シェムは机の引き出しから、封筒とはまた別の紙を取り出して三人に見せる。それには全部で13の「名前」と思しき文字列が並んでいた。
「カレンは知っているだろうけど、教会本部や各ギルドの記録にある「司教」は総勢で13名。最近討伐報告があった者を除けば12名だが、中には単身で一国を滅ぼせるような者も在籍している。いずれも、人の域を大きく逸脱したバケモノだよ」
「これが、司教の一覧なんですね……」
緊迫した様子で、クロノが呟く。
その紙に羅列された名は全て、己を含めた冒険者が命を賭してでも討ち取らねばならない相手だからだ。
(サウルさんが冒険者を引退することになったのも、コイツらが────)
アウラは、地竜車の停留所でのサウルの言葉を反芻していた。
彼が一線を退くのを余儀なくされた事件。今では多少回復したものの、サウルは魔術を扱えなくなる程に強大な呪いを付与されていたのだ。
「司教は基本的に、実力順に序列を為している。下位なら主力の抜けた今の戦力でもどうにかなるかもしれないが、上位のメンツとなると、「熾天」の上位や「神位」の人材で互角に渡り合えるってところかな」
「誰の目撃情報があったのかは聞いているの?」
「記録に残っている限りでは、第十位と第七位の目撃情報があったらしい。前者は数年前、東大陸の小国付近の都市の住民を一夜にして鏖殺。後者も同じ規模の被害を多く出しているが──つい数ヶ月前に教会側の人間が討伐したと、討伐した本人から報告されたそうだ」
「ソテル教の人間、が……? 冒険者でも、近衛騎士でもなくて?」
「正統派教会にはいるのさ、そういうことを仕事の一つに請け負う人間が。言ってしまえば、教会所属の「悪霊払い」の上位互換みたいな連中だね」
驚愕するアウラに対し、淡々とシェムは語る。
現世に留まり、人に憑りついて害を為す霊を祓うのがエクソシストという聖職者である。
非人間だけではなく、信徒の生命を脅かす異端の徒すら屠るというのだから、確かに上位互換と言っても差し支えはない。
「嬉しいニュースではあるんだが、一時的に空席が出来ても、後から新たな司教が座に就くことも多くてね。いくら下位の司教を倒しても、後釜が現れてくる可能性が高いのが厄介なんだ」
「……つまり、上位の司教を倒さないと意味がない、と」
「察しが良くて助かるよ、アウラ君」
嬉しそうに、アウラの発言を肯定した。
脅威なのは、何も一人一人の実力だけという訳ではない。一人を討ち取ったとしても、空いた司教の座を埋める者が出てくるというしぶとさが教団を支えているのだ。
「司教といっても、単身で乗り込んでくることもあれば、信徒数人を率いて襲撃を仕掛けてくるケースもある。──だから、くれぐれも気を付けて行って来てくれ」
最後の最後だけは、彼は至極真面目な表情をしていた。
それまでの何処か抜けているような、軽薄そうな男ではなく──冒険者の上に立つ者としての姿が垣間見えたように思えた。
「僕からの話は以上だ。アウラ君とクロノ君には負担をかけてしまうようで申し訳ないが、幸運を祈るよ」
※※※※
「絶対何かあるだろうとは思っていたけど、これまた随分と面倒な案件を持ってきたわね……あのグランドマスター」
シェムから渡された封筒を見ながら、カレンはそう零した。
三人はギルドを出て、市街地の方へと戻っていた。度々依頼を受けている彼女であれ、これほどの規模のものは初めてだったのだろう。
「ソテル教発祥の地か……どんな国なんだろうな」
「エクレシアの王都は、世界最大級の聖堂があることで有名ですね。街の景観にも気を遣っているので、とても美しい国です」
「へぇ、それは楽しみだな」
遥か遠い異国の地。一神教の聖地について聞き、期待に胸を膨らませる。
彼らが向かうのは、人々の祈りが満ちる国。
遠い事には変わりないが、モチベーションの一つにするには十分だ。
「そういえば、クロノは実際に行った事があるんだってね」
「はい、各地を巡って魔獣やらの掃討に駆り出されてた時に、一度。といっても、ほんの少し立ち寄っただけですけどね」
苦笑しつつ、藍色の少女は答えた。
この三人の中で、最も多く異国の地に足を運んでいるのは間違いなくクロノだった。故に、彼女からすれば実に二度目の訪問ということになる。
「エクレシア周辺の国だと、そうですね……四大ギルドの一つ「ベテル」のあるシナル王国にも行きましたね。あちらグランドマスターにもお世話になりましたよ」
「クロノ……アンタ本当に顔が広いのね。まぁあれだけの期間飛び回っていれば当然だけど」
「他のギルドのグランドマスターって、やっぱシェムさんみたいに変わってるのか?」
「いえ、至って真面目な普通の人でしたよ? 礼節を弁えている、とでも言うのでしょうか」
「変わり者の度合いで言えば、エリュシオンとエドムが頭一つ抜けているでしょ。どうしてこうも、ギルドの長は変人が多いのかしら」
「あぁ、言われてみれば確かに……」
指を顎に当て、カレンに同意するクロノ。
数日前にアウラとクロノも訪れた、ケシェル山を挟んだ隣国エドム。
最高位の「剣帝」を擁するギルドのグランドマスターも、シェムに負けず劣らず変わっている人物なのだという。
常に飄々とした態度を崩さず、掴みどころがないというのが三人の共通認識だが、
ギルドから市街地へと一直線に戻り、気が付けば噴水が目印の広場にいた。他の冒険者たちはこれから依頼に出向くのか、三人とすれ違う者も多い。商人や住民達の姿も増え、今となっては聞き慣れた喧噪が耳に届く。
「……さて、今日の用事は済んだことだし、今日はもう解散にしましょうか。出発の日は、朝方に地竜車の停留所に集合ってことで」
カレンがそう言うと、二人は頷きで応じる。
集合場所の約束を交わし、彼らは解散するのだった。
「使者? わざわざ私たちの為にですか?」
「何が起こるか分からないからね。念には念を、ということらしい。──どうにも、近頃の東の大陸は色々と物騒だからね」
執務室のデスクに身体を預けながら、シェムは三人に向かって語り掛けた。
「前にナルが魔獣が活発化してるって言ってたけど、東でも同じことが起きてるって事ですか」
「無論、それもある。ただ、バチカル派の目撃情報に加えて、冒険者が交戦して負傷したって報告も多いみたいなんだ。教会はそれなりの手練れを派遣するらしいけど、そこは用心しておくように」
アウラはストンと腑に落ちたように、「あぁ」と言葉を漏らす。
カレンやクロノも交戦経験のある異端派。それは何も西方に限ったことではなく、各ギルドが対処にあたっている問題でもあった。
ただ、シェムの言葉の中に気掛かりがあったのか、
(手練れ……?)
アウラは怪訝そうに眉を下げた。
教会側に所属する人材であるのならば、一介の信徒に過ぎない筈。しかしシェムは彼らのことを「手練れ」と称した。
戦いや争いとは無縁の筈の信徒と、彼の言った単語がどうにも結びつかないのだ。
時に主張の違いから異なる宗派が生まれることは多々あるが、根本的に武力とは無縁というイメージが根強い。
「教会は何か対策を?」
「一応、教皇直属の近衛騎士が監視と調査を行っているらしい。……ただ、直近だと「司教」と遭遇したって報告もあったから、油断はできないよ」
「────っ!」
三人が、息を呑んだ。
──司教。
バチカル派の教団を構成する役職の一つ。
最低でも「熾天」の階級の冒険者に匹敵、或いは凌駕する実力者が名を連ねる、異端の中の怪物。
並みの者では到底太刀打ちできない、異常識を手繰るモノ。
シェムは机の引き出しから、封筒とはまた別の紙を取り出して三人に見せる。それには全部で13の「名前」と思しき文字列が並んでいた。
「カレンは知っているだろうけど、教会本部や各ギルドの記録にある「司教」は総勢で13名。最近討伐報告があった者を除けば12名だが、中には単身で一国を滅ぼせるような者も在籍している。いずれも、人の域を大きく逸脱したバケモノだよ」
「これが、司教の一覧なんですね……」
緊迫した様子で、クロノが呟く。
その紙に羅列された名は全て、己を含めた冒険者が命を賭してでも討ち取らねばならない相手だからだ。
(サウルさんが冒険者を引退することになったのも、コイツらが────)
アウラは、地竜車の停留所でのサウルの言葉を反芻していた。
彼が一線を退くのを余儀なくされた事件。今では多少回復したものの、サウルは魔術を扱えなくなる程に強大な呪いを付与されていたのだ。
「司教は基本的に、実力順に序列を為している。下位なら主力の抜けた今の戦力でもどうにかなるかもしれないが、上位のメンツとなると、「熾天」の上位や「神位」の人材で互角に渡り合えるってところかな」
「誰の目撃情報があったのかは聞いているの?」
「記録に残っている限りでは、第十位と第七位の目撃情報があったらしい。前者は数年前、東大陸の小国付近の都市の住民を一夜にして鏖殺。後者も同じ規模の被害を多く出しているが──つい数ヶ月前に教会側の人間が討伐したと、討伐した本人から報告されたそうだ」
「ソテル教の人間、が……? 冒険者でも、近衛騎士でもなくて?」
「正統派教会にはいるのさ、そういうことを仕事の一つに請け負う人間が。言ってしまえば、教会所属の「悪霊払い」の上位互換みたいな連中だね」
驚愕するアウラに対し、淡々とシェムは語る。
現世に留まり、人に憑りついて害を為す霊を祓うのがエクソシストという聖職者である。
非人間だけではなく、信徒の生命を脅かす異端の徒すら屠るというのだから、確かに上位互換と言っても差し支えはない。
「嬉しいニュースではあるんだが、一時的に空席が出来ても、後から新たな司教が座に就くことも多くてね。いくら下位の司教を倒しても、後釜が現れてくる可能性が高いのが厄介なんだ」
「……つまり、上位の司教を倒さないと意味がない、と」
「察しが良くて助かるよ、アウラ君」
嬉しそうに、アウラの発言を肯定した。
脅威なのは、何も一人一人の実力だけという訳ではない。一人を討ち取ったとしても、空いた司教の座を埋める者が出てくるというしぶとさが教団を支えているのだ。
「司教といっても、単身で乗り込んでくることもあれば、信徒数人を率いて襲撃を仕掛けてくるケースもある。──だから、くれぐれも気を付けて行って来てくれ」
最後の最後だけは、彼は至極真面目な表情をしていた。
それまでの何処か抜けているような、軽薄そうな男ではなく──冒険者の上に立つ者としての姿が垣間見えたように思えた。
「僕からの話は以上だ。アウラ君とクロノ君には負担をかけてしまうようで申し訳ないが、幸運を祈るよ」
※※※※
「絶対何かあるだろうとは思っていたけど、これまた随分と面倒な案件を持ってきたわね……あのグランドマスター」
シェムから渡された封筒を見ながら、カレンはそう零した。
三人はギルドを出て、市街地の方へと戻っていた。度々依頼を受けている彼女であれ、これほどの規模のものは初めてだったのだろう。
「ソテル教発祥の地か……どんな国なんだろうな」
「エクレシアの王都は、世界最大級の聖堂があることで有名ですね。街の景観にも気を遣っているので、とても美しい国です」
「へぇ、それは楽しみだな」
遥か遠い異国の地。一神教の聖地について聞き、期待に胸を膨らませる。
彼らが向かうのは、人々の祈りが満ちる国。
遠い事には変わりないが、モチベーションの一つにするには十分だ。
「そういえば、クロノは実際に行った事があるんだってね」
「はい、各地を巡って魔獣やらの掃討に駆り出されてた時に、一度。といっても、ほんの少し立ち寄っただけですけどね」
苦笑しつつ、藍色の少女は答えた。
この三人の中で、最も多く異国の地に足を運んでいるのは間違いなくクロノだった。故に、彼女からすれば実に二度目の訪問ということになる。
「エクレシア周辺の国だと、そうですね……四大ギルドの一つ「ベテル」のあるシナル王国にも行きましたね。あちらグランドマスターにもお世話になりましたよ」
「クロノ……アンタ本当に顔が広いのね。まぁあれだけの期間飛び回っていれば当然だけど」
「他のギルドのグランドマスターって、やっぱシェムさんみたいに変わってるのか?」
「いえ、至って真面目な普通の人でしたよ? 礼節を弁えている、とでも言うのでしょうか」
「変わり者の度合いで言えば、エリュシオンとエドムが頭一つ抜けているでしょ。どうしてこうも、ギルドの長は変人が多いのかしら」
「あぁ、言われてみれば確かに……」
指を顎に当て、カレンに同意するクロノ。
数日前にアウラとクロノも訪れた、ケシェル山を挟んだ隣国エドム。
最高位の「剣帝」を擁するギルドのグランドマスターも、シェムに負けず劣らず変わっている人物なのだという。
常に飄々とした態度を崩さず、掴みどころがないというのが三人の共通認識だが、
ギルドから市街地へと一直線に戻り、気が付けば噴水が目印の広場にいた。他の冒険者たちはこれから依頼に出向くのか、三人とすれ違う者も多い。商人や住民達の姿も増え、今となっては聞き慣れた喧噪が耳に届く。
「……さて、今日の用事は済んだことだし、今日はもう解散にしましょうか。出発の日は、朝方に地竜車の停留所に集合ってことで」
カレンがそう言うと、二人は頷きで応じる。
集合場所の約束を交わし、彼らは解散するのだった。