残酷な描写あり
R-15
30話『出発の日』
「これで三人揃ったな」
腰に手を当て、銀髪の青年が言った。
まだ涼し気な、朝方のエリュシオンの門前。そこには三人の冒険者の姿があった。
アウラが高台の教会で奇妙な修道女──エレミヤに不穏な忠告を受けてから、二日後。彼らは事前に決めた約束通り、エクレシア王国へ向かう為に集まっていた。
行き先は、東大陸の一大国家。
数百年の歴史を持ち、国教に据えるソテル教が生まれたとされる、人々の信仰が集まる地。
「ここからロウエンってどれぐらいかかるんだ? シェムさんはそっから船に乗ってくれとしか言ってなかったけど」
「到着は大体昼過ぎってところね。今回に限っては、地竜車に乗っている時間より船に揺られる時間の方が長いし」
「船か……そういや、地味に乗るの初めてだな」
顎に指を当て、己の記憶を掘り返しながら呟いた。
日本といっても、アウラが住んでいたのは首都、メガロポリス東京の都心だ。船に乗る機会などそうそう無い。寧ろ電車を利用する日常だった。
いつかは乗ってみたいとは感じていたものの、まさかそれが異世界で叶うとは夢にも思わなかった。
「……街の薬屋で酔い止め買った方が良かったか。二人は大丈夫なのか?」
「私とクロノは治癒の魔術が使えるし、大丈夫よ。ねぇ?」
「……はいっ!? えぇ、まぁ、そうですね……」
「?」
クロノの返答は、いまいち要領を得ないものだった。
彼女はカレンに聞かれる寸前まで、深刻そうな面持ちで思い悩んでいるような様子だったのだ。
アウラとカレンは二人して不思議そうに首をかしげる。
「それより、揃ったことですし出発しましょう! ほら、地竜車の御者さんも待ってくれてますし」
話を逸らすように、クロノが乗る予定の地竜車を指さす。
アウラ達の乗る地竜車はシェムによって予め手配されたもので、キャビンも一般的な物よりも広く、加えて二頭立てという豪華っぷりだった。
彼らは地竜に餌をやっている御者の青年に挨拶を済ませて乗り込む。
「港町のロウエンまでお願い。できるなら若干早めに到着するようにしてほしいんだけど、できる?」
「えぇ、勿論。この子たちは他の地竜より体力もありますし、別に問題ありませんよ」
黒髪の青年はカレンの頼みに笑顔で答えながら、御者台に乗る。
手綱を引くと、少し楽し気に声の調子を上げて──、
「それじゃあ、ご要望通り……飛ばしますよ!!」
「えっ────」
カレンは一瞬、血の気が引いたように零す。──その直後、二頭の地竜が勢い良く駆け出し、彼女の身体はロープで引っ張られたかのように、後方に持っていかれた。
「ぐふっ!!」
座っていたアウラに、カレンの身体が弾丸となって直撃する。しかも運悪く、彼女の肘が彼の顔面にクリティカルヒットし、アウラは鼻を手で押さえていた。
不思議と揺れが大きくないのが不思議だが、地竜車を曳く二頭のスピードは通常の地竜の比ではなかった。
「ごめんアウラ! 大丈夫!?」
「いや、だいじょうぶ……今のは仕方ないから……」
涙目になりながら答えるも、指の隙間からは血が漏れている。
不慮の事故故、アウラはそこまで気にしていないが、彼にはそれ以上に申し出たい事があるらしく、
「それよりカレン……早く離れてくれない? 意外と重い……」
そう懇願するアウラは見た目以上に苦し気だ。
容赦なく振るわれる尋常ならざる膂力の一端を偶然にも知ったアウラだが、「重い」と言われたカレンは気にする様子もなく、素直に退いた。
ただ、アウラは、
(やっば……いくらカレンとはいえ、女の子にハッキリ重いって言っちゃったな……)
鼻の辺りを手で覆いながら、そんなことが彼の脳内を過る。つい出てしまった言葉を思い返し、後悔を抱いた。
アウラとて一人の男子。女子が傷付くような事を言って何も思わない訳ではない。
流石にマズいと思ったのか、即座に
「その……わりぃ」
「何が?」
「いや、流石に面と向かって女の子相手に「重い」なんて言うのはちょっとアレかなって思って」
「別にそんなことでいちいち怒ったりしないっての。寧ろ、私を普通の女の子扱いするヤツの方が珍しいわ」
割と真面目に気にしているアウラに対し、カレンの方はヘラヘラとした振る舞いをしている。
「……やっぱお前、逞しいのな。俺が気を遣う必要無かった?」
「そんなの前から知ってるでしょ。私とクロノ、どっちがちゃんと女の子扱いされるかってウチの冒険者共に聞けば、全員がクロノを選ぶ自信があるわ」
「私なんですか!? そんな、女の子扱いだなんて……」
「いや、よく考えてみなさい、クロノ。「羅刹」なんて二つ名で呼ばれる私と、普段は物腰柔らかで常識人、戦う時だけちょっと眼付きが鋭くなるだけの貴方。どっちが可愛がられるかなんて一目瞭然でしょう」
カレンは諭すような面持ちで、クロノに語る。
自分の女らしさの無さを最もらしく言ってのけるが、その会話を傍から聞いていたアウラは鼻の出血を気にしながら、心の中で
(いや、二人とも十分に可愛いんだけどな)
と、冷静にツッコんだ。
ギルド勤めのナルや大家のレイズなどに並び、この二人もアウラからすれば相当に顔立ちが整っている。人生においてもトップクラスに位置するだろう。尤も、彼としては品行方正で清楚な者よりも、カレン程度フランクな方が気楽なのだが。
性格的にも、この三人は良い具合にバランスが取れている。
「いやいや、カレンさんにも魅力はありますよ! えーと、具体的には、その……すらっとした手足とか、魔剣振り回してる時の真剣な表情とか、あとは──空気抵抗の少ない機能性に特化した華奢な身体つきとか!」
「────」
車内の空気が、一瞬、水を打ったように静まり返った。
クロノに悪意はなく精一杯オブラートに包んでいるが、傍から聞けば、褒めているのか貶しているのか分からない。
率直に言って、カレンの胸部装甲は非常に薄い。
言わば、断崖絶壁。
クロノはそれがどうにかプラスになるようにフォローしたのだ。
数秒の間、彼女はフリーズした後、自分がどれだけ的外れな事を言ったのかを理解し、
「すみません……すみません……」
両手で顔を覆い、俯いたまま謝罪するだけの機械と化してしまった。
そんな彼女を哀れんだのか、カレンは無言でその背中をさすって宥め続ける。
クロノの心の底からの謝罪だけが車内に繰り返されるが、アウラは一つ、先の彼女の言葉の中に気になるワードがあったらしく、口を開いた。
「まぁ気にすんなって、変に褒めようとして空回りすることなんてよくある事なんだし。それより、さっき「魔剣」って言ってたけど……カレンの剣って、やっぱりそうなのか?」
彼女の持つ、漆黒の刀身を持つ剣。
切れ味も並みの刀剣とは一線を画し、その凶刃に傷つけられて無事で済む者はいないと思わせる程の代物。ヴァジュラやクロノの鎌と同じく、霊体化させる事が出来るという時点でただの武器ではない事は明らかだった。
恐る恐る問うアウラに対し、カレンは「ええ」と肯定して
「魔剣の中でも、それなりに古い代物ではあるわ」
「確か、私と出会うよりも前から持ってましたよね?」
「そうだけど、実はこれ、元から持っていた訳じゃないのよ。数年前に依頼でバチカル派の数人と会敵した時に、その一人が持っていたんだけど、そいつからぶんどったってだけで」
「ぶんどったって、簡単に言うけど……あーいや、カレンならそれぐらいやりかねないか」
アウラは不思議と納得してしまう。
徒手空拳でも「強化」を施した魔術師を難なく制圧してみせる彼女であれば、素手で数人を相手取ってもその程度の芸当はこなしてみせるだろう。
「これは完全に俺の想像なんだけど、魔剣って何かデメリットは無いのか? 例えば、魔剣に呪われるとか、不吉なことが起きるとか、色々と噂があると思うんだけど」
立て続けの質問に、カレンは指を顎に当てて暫し黙考する。
魔剣というのは読んで字の如く魔法の剣だが、しばし聖剣と対を為す存在としても描かれる。
北欧の竜殺しが用いたとされるグラムや、世界を灼き尽くす「炎の剣」などはその筆頭格だ。
適当な解答が用意し終わったのか、カレンは落ち着いたトーンで、
「……魔剣の所持者が魔剣に呪われるのは、所持者たる資格がないことの何よりの証拠。呪われるというのは、魔剣の力を御せなかっただけのこと。言い換えれば、あのバチカル派の魔剣使いは、自分の武器に見限られたってワケね」
「魔剣が、所有者を……」
唖然としながら、アウラが零した。
順序が逆だったのだ。
人間が魔剣を選ぶのではなく、魔剣が主を選定する。その資格無しと判断されれば──呪いを捻じ伏せる事の出来る者でなければ、所持者には相応しくない。
「それで、カレンさんの手に渡った、と」
「そう。もう一つ言うと、魔剣は己が主として認めた者にしか本来の異能を貸す事はない。今は五体満足で扱えてるし、私は所持者として認められてるのかしらね」
そう言うカレンは己の掌に視線を落とす。
彼女の魔剣の扱いは、何度も受けたアウラからすれば極限まで磨き上げられている。己の全てをかなぐり捨ててでも獲物の命を掠め取らんとする戦い振りは、まさに魔剣を担うに相応しい。
正統派な剣士であったエイルの対極に位置するとも言える。
(魔剣の担い手たる資格、か)
カレンの言葉を聞いて、アウラはやや表情を強張らせる。
霊体化させているヴァジュラをイメージし、ナーガ相手に異能を解放した時の記憶が蘇らせた。
こればかりは経験の差があるが、インドラの聖遺物を持つアウラと魔剣を自在に手繰るカレンとでは「担い手」としては天と地ほどの差が存在する。
ヴァジュラの異能を制御できるようにするには、彼女のように「武器に認められるような担い手」になる必要があるのかと、彼はふと思ったのだ。
それは戦士としての技量か、それとも精神的な問題か。
或いは、その両方かもしれない。
いずれにしても、今のアウラには不足しているモノだった。
(バチカル派と戦うなら、ヴァジュラの異能を御する程度の事は出来ないと──)
一点を見つめて、彼はそんなことを考えていた。
以前から心の何処かで、焦りは感じていた。
ヴァジュラの所持者としての実力が如何に不足しているかを、つい数日前に思い知らされたのだ。
突き付けられた現実は受け止める他なく、眼を逸らす事は己への裏切りに等しい。
「……壁が高いなぁ、本当に」
がくりと項垂れて、心の底から言葉を吐き出した。
アウラ自身が抱えている問題は壁となり、山──否、天を突かんが如く聳え立つ塔のように、アウラの前に立ちはだかる。
自身の努力が悉く打ちのめされるような感覚。
到達できるビジョンの見えない未来を目標にしたアウラは、車窓から移り行く景色を見て一時の逃避を試みるのであった。
※※※※
一行を乗せた地竜車はロウエンに続く街道を韋駄天の如く爆走し、一度休憩を挟んだものの、予定時刻よりも数時間ほど早く到着した。
三人が降りると、最初に感じたのは爽やかな潮風だった。
既に船着き場には何隻かの船が停留しており、港湾には貨物を運ぶ人々で溢れ返っていた。
「それじゃ、運賃の方はグランドマスターから頂いていますし、僕はここで失礼します。では三人とも、良い旅を!」
御者の青年はそう言うと軽く会釈し、再び地竜二頭を爆走させて来た道を戻っていく。年齢的には彼らとあまり変わらない、もしくは少し下といった所だが、ハキハキとした好青年だった。
アウラ達はその姿が見えなくなるまで見送った後、一度市街地へと視線を移す。
降りたカレンは懐から時計を取り出して、
「凄いわね……少し早めに到着してくれれば良かったのに、出航まで2時間もあるじゃない」
「どうする? 適当に各々で時間潰すか?」
「そうね。一旦、必要な物の買い出しにでも行って時間を潰しましょう。用事が済んだら船着き場に集合でいい?」
言うと、カレンは遠く──船が停泊している辺りを指さす。
アウラが僅かに視覚を「強化」して注視すると、そのすぐ近くに一つのオブジェクトが見えた。
その石像は美しい女性を象っているように見え、そのまま「神像?」と零すと、クロノが横から補足する。
「あれは女神イシスですね。湾岸の街なので、航海の守護を祈って、ああやって像が建てられたそうです」
「あぁ成る程……確かに、イシスは「水夫の守護神」って触れ込みもあったっけ」
視覚に施していた「強化」の魔術を解き、納得しながらアウラは言った。
ただ、即座に違和感を感じたのか、続けて問う。
「でもイシスって、元々は東の大陸の女神様じゃなかったか?」
アウラは以前図書館で呼んだ『テオスの書』という、神期について記録した書物の中の記述を思い返した。
その書物には神期の神々の分布などが古い文体で書かれていたが、彼は大抵の記述を頭に叩き込んでいたのだ。
その問いに、クロノはスラスラと答える。
「……神の時代が終わって以降、人々は異国の神を自分たちが奉ずる神と同一視していきました。イシスは東南のアメネス地方の神ですが、海を越えた往来が始まるにつれ、西方大陸屈指の大女神──美神アフロディーテと同一だと考えられたんです」
「あー、成る程。神々の習合の産物ってことか。確か、イシスは女神デメテルとも結びつけられてたって、前に本で読んだ記憶もあるな」
「正解です。イシスもデメテルもアフロディーテも、地母神として「豊穣」を司っていましたからね」
アウラの推測を、クロノは笑顔で肯定した。
神はいつまでも同じ状態で信仰される訳ではなく、時代と共に姿形、そして信仰をも変えていく。それはアウラが元居た世界でも同じことだった。
「どの神も、神期を代表する地母神の大御所ね。──じゃあ、集合はあの像の前にしましょうか。分かりやすいし」
「了解です」
「それじゃあ、一旦解散だな」
アウラの言葉を皮切りに、他の二人も活気に満ちた市街地の方へと歩き出す。
少し遅れて、彼も周囲の建物を見渡しながら、
「……さて、俺もパパっと用事済ませちまうか」
そう呟いて、街の方へと歩き出した。
※※※※
解散してから一時間。集合時間よりも若干早く、アウラは石像の下で待機していた。
過行く人々を見て時間を潰し、二人が到着するのを待つ。
すると、人混みの中から見慣れた赤眼の少女が、何かが入った麻袋を手にやってきた。
「アウラ、貴方もう終わったの?」
「まぁな。薬屋が存外早く見つかって飯も軽く済ませたから、ゆっくり待ってたんだけど……お前それ、ナニ?」
「ん?あぁ、これね」
アウラが訝し気な視線と共に指さしたのは当然、カレンの持っていた小さな麻袋だ。
中から鉄が擦れるような──財布の中で小銭が揺れたかのような音がしきりに聞こえていたのだ。
「ちょっと路地裏で時間潰してたら、変な男共数人に絡まれて胸とか首とか触ってきたもんだから、揃ってボコボコにしてぶんどって来たのよ」
「治安わっる……一応聞いておくけど、殺してないよな?」
「私をそんな殺人鬼みたいに言わないでよ。流石に殺してはいないけど、きっちり一人ずつ骨2、3本折ってやったわ」
「正当防衛っちゃ正当防衛だけど、ほぼチンピラじゃねぇか!」
「何言ってんの? 自分の身は自分で守る、これは鉄則よ」
もっともらしく言うカレンに、アウラは最早呆れ気味だった。
彼女は根本的に、やる時は情け容赦は無い。自業自得とはいえ、男たちは死ななかっただけ十分に幸運だ。
(つっても、カレンに色気なんて毛程も────)
心の中に、そんな言葉が浮かび上がる。
同時に、アウラの視線はほんの一瞬、カレンの胸部──一ミリの傾斜も無いであろう、そり立つ絶壁に向いてしまった。
地竜車内でクロノが意図せず指摘してしまった時は大して気にしていなかったが、アウラの視線を察したのか、彼女は一瞬ムスっとしてたような表情を浮かべると、
「────ふんッ!!」
「強化」を行使した時に並ぶ速度で、アウラの頭頂部目掛けて拳骨を振り下ろした。
多少は彼女の体術にも慣れてきた彼ですら反応できない程の、見事な一撃。
強制的に下を向かされたアウラは、命中したと思しき旋毛辺りを手で押さえている。
「痛った……!! なになになに!?」
「いや、ごめん、うん。なんかムカついたから、つい」
「せめて理由を明確にしてくれ!」
アウラは涙目になりながら、拳骨を振り下ろした張本人に訴える。
反応からして、視線を送った本人ですら無意識であったらしい。
湾岸でそんなやりとりを繰り広げていると、人混みの中から、声が飛び込んで来る。
「すみません、お待たせしました~!」
小走りでやってくるのは、首からペンダントのようなものを下げたクロノだ。
ペンダントからは土色の六角形の石が垂れ下がっており、そこには何やらアルファベットの「U」に似た文字が刻まれていた。
「クロノ、そのペンダントは?」
「あぁこれ、たまたま見つけた魔術品のお店で買ったお守りみたいな物です。地属性の天然の魔石で出来ているので、船酔い防止に効くかなと思って。そこに相性の良いルーン文字を刻んで、効果を増強させたんです」
魔石をアウラとカレンに見せると、刻まれたルーン文字が微かに輝いているのが見て取れた。
大地は全てを生み出す豊穣の源。故に地属性は治癒や回復の魔術の効能を底上げする為、相性が良いのだ。
「ルーン魔術って本当に万能なんだな」
「ルーン文字は、それ自体が簡単な術式みたいな意味を持つからね。魔力を通すだけで効果を発揮するのは同じだけど、使い勝手の良さでは突出してるのよ」
カレンの説明を聞き、アウラは腕を組んでひたすらに感心していた。
通常の魔術に加えて、クロノは一つの魔術系統を完全に使いこなしている。彼女が「天位」にあるまじき実力を誇る要因の一つだ。
同時に、対して「強化」しか基本的に扱えない自分に若干の肩身の狭さを感じながら、桟橋の方へと目をやる。
「俺たちが乗るの、アレか」
アウラの視線の先にあったのは、ずんぐりとした外観をした木製の船だった。
近くで見ると想像以上の巨体を誇っており、高く張られた帆がその威容を強調している。
「これまた随分と立派な船だな……」
「貨物とかの輸送にも使うんだし、大体こんなもんよ。私たち以外にも利用客はいるみたいだし、早いとこ乗っちゃいましょうか」
二人は頷き、カレンが先導する形で桟橋に向かう。
乗り込みには桟橋から掛けられた板を使い、三人は船上で出航を待つ。アウラ達が一番乗りかと思いきや、船員の他、他にも同業者と思しき者の姿も見て取れた。
天候は至って快晴。嵐が来るような様子は欠片も無いが、一度海に出ればその限りではない。
ゆらゆらと揺れる船の上で、これから始まる冒険に仄かな期待感を抱きながら、アウラは水平線を見つめていた。
腰に手を当て、銀髪の青年が言った。
まだ涼し気な、朝方のエリュシオンの門前。そこには三人の冒険者の姿があった。
アウラが高台の教会で奇妙な修道女──エレミヤに不穏な忠告を受けてから、二日後。彼らは事前に決めた約束通り、エクレシア王国へ向かう為に集まっていた。
行き先は、東大陸の一大国家。
数百年の歴史を持ち、国教に据えるソテル教が生まれたとされる、人々の信仰が集まる地。
「ここからロウエンってどれぐらいかかるんだ? シェムさんはそっから船に乗ってくれとしか言ってなかったけど」
「到着は大体昼過ぎってところね。今回に限っては、地竜車に乗っている時間より船に揺られる時間の方が長いし」
「船か……そういや、地味に乗るの初めてだな」
顎に指を当て、己の記憶を掘り返しながら呟いた。
日本といっても、アウラが住んでいたのは首都、メガロポリス東京の都心だ。船に乗る機会などそうそう無い。寧ろ電車を利用する日常だった。
いつかは乗ってみたいとは感じていたものの、まさかそれが異世界で叶うとは夢にも思わなかった。
「……街の薬屋で酔い止め買った方が良かったか。二人は大丈夫なのか?」
「私とクロノは治癒の魔術が使えるし、大丈夫よ。ねぇ?」
「……はいっ!? えぇ、まぁ、そうですね……」
「?」
クロノの返答は、いまいち要領を得ないものだった。
彼女はカレンに聞かれる寸前まで、深刻そうな面持ちで思い悩んでいるような様子だったのだ。
アウラとカレンは二人して不思議そうに首をかしげる。
「それより、揃ったことですし出発しましょう! ほら、地竜車の御者さんも待ってくれてますし」
話を逸らすように、クロノが乗る予定の地竜車を指さす。
アウラ達の乗る地竜車はシェムによって予め手配されたもので、キャビンも一般的な物よりも広く、加えて二頭立てという豪華っぷりだった。
彼らは地竜に餌をやっている御者の青年に挨拶を済ませて乗り込む。
「港町のロウエンまでお願い。できるなら若干早めに到着するようにしてほしいんだけど、できる?」
「えぇ、勿論。この子たちは他の地竜より体力もありますし、別に問題ありませんよ」
黒髪の青年はカレンの頼みに笑顔で答えながら、御者台に乗る。
手綱を引くと、少し楽し気に声の調子を上げて──、
「それじゃあ、ご要望通り……飛ばしますよ!!」
「えっ────」
カレンは一瞬、血の気が引いたように零す。──その直後、二頭の地竜が勢い良く駆け出し、彼女の身体はロープで引っ張られたかのように、後方に持っていかれた。
「ぐふっ!!」
座っていたアウラに、カレンの身体が弾丸となって直撃する。しかも運悪く、彼女の肘が彼の顔面にクリティカルヒットし、アウラは鼻を手で押さえていた。
不思議と揺れが大きくないのが不思議だが、地竜車を曳く二頭のスピードは通常の地竜の比ではなかった。
「ごめんアウラ! 大丈夫!?」
「いや、だいじょうぶ……今のは仕方ないから……」
涙目になりながら答えるも、指の隙間からは血が漏れている。
不慮の事故故、アウラはそこまで気にしていないが、彼にはそれ以上に申し出たい事があるらしく、
「それよりカレン……早く離れてくれない? 意外と重い……」
そう懇願するアウラは見た目以上に苦し気だ。
容赦なく振るわれる尋常ならざる膂力の一端を偶然にも知ったアウラだが、「重い」と言われたカレンは気にする様子もなく、素直に退いた。
ただ、アウラは、
(やっば……いくらカレンとはいえ、女の子にハッキリ重いって言っちゃったな……)
鼻の辺りを手で覆いながら、そんなことが彼の脳内を過る。つい出てしまった言葉を思い返し、後悔を抱いた。
アウラとて一人の男子。女子が傷付くような事を言って何も思わない訳ではない。
流石にマズいと思ったのか、即座に
「その……わりぃ」
「何が?」
「いや、流石に面と向かって女の子相手に「重い」なんて言うのはちょっとアレかなって思って」
「別にそんなことでいちいち怒ったりしないっての。寧ろ、私を普通の女の子扱いするヤツの方が珍しいわ」
割と真面目に気にしているアウラに対し、カレンの方はヘラヘラとした振る舞いをしている。
「……やっぱお前、逞しいのな。俺が気を遣う必要無かった?」
「そんなの前から知ってるでしょ。私とクロノ、どっちがちゃんと女の子扱いされるかってウチの冒険者共に聞けば、全員がクロノを選ぶ自信があるわ」
「私なんですか!? そんな、女の子扱いだなんて……」
「いや、よく考えてみなさい、クロノ。「羅刹」なんて二つ名で呼ばれる私と、普段は物腰柔らかで常識人、戦う時だけちょっと眼付きが鋭くなるだけの貴方。どっちが可愛がられるかなんて一目瞭然でしょう」
カレンは諭すような面持ちで、クロノに語る。
自分の女らしさの無さを最もらしく言ってのけるが、その会話を傍から聞いていたアウラは鼻の出血を気にしながら、心の中で
(いや、二人とも十分に可愛いんだけどな)
と、冷静にツッコんだ。
ギルド勤めのナルや大家のレイズなどに並び、この二人もアウラからすれば相当に顔立ちが整っている。人生においてもトップクラスに位置するだろう。尤も、彼としては品行方正で清楚な者よりも、カレン程度フランクな方が気楽なのだが。
性格的にも、この三人は良い具合にバランスが取れている。
「いやいや、カレンさんにも魅力はありますよ! えーと、具体的には、その……すらっとした手足とか、魔剣振り回してる時の真剣な表情とか、あとは──空気抵抗の少ない機能性に特化した華奢な身体つきとか!」
「────」
車内の空気が、一瞬、水を打ったように静まり返った。
クロノに悪意はなく精一杯オブラートに包んでいるが、傍から聞けば、褒めているのか貶しているのか分からない。
率直に言って、カレンの胸部装甲は非常に薄い。
言わば、断崖絶壁。
クロノはそれがどうにかプラスになるようにフォローしたのだ。
数秒の間、彼女はフリーズした後、自分がどれだけ的外れな事を言ったのかを理解し、
「すみません……すみません……」
両手で顔を覆い、俯いたまま謝罪するだけの機械と化してしまった。
そんな彼女を哀れんだのか、カレンは無言でその背中をさすって宥め続ける。
クロノの心の底からの謝罪だけが車内に繰り返されるが、アウラは一つ、先の彼女の言葉の中に気になるワードがあったらしく、口を開いた。
「まぁ気にすんなって、変に褒めようとして空回りすることなんてよくある事なんだし。それより、さっき「魔剣」って言ってたけど……カレンの剣って、やっぱりそうなのか?」
彼女の持つ、漆黒の刀身を持つ剣。
切れ味も並みの刀剣とは一線を画し、その凶刃に傷つけられて無事で済む者はいないと思わせる程の代物。ヴァジュラやクロノの鎌と同じく、霊体化させる事が出来るという時点でただの武器ではない事は明らかだった。
恐る恐る問うアウラに対し、カレンは「ええ」と肯定して
「魔剣の中でも、それなりに古い代物ではあるわ」
「確か、私と出会うよりも前から持ってましたよね?」
「そうだけど、実はこれ、元から持っていた訳じゃないのよ。数年前に依頼でバチカル派の数人と会敵した時に、その一人が持っていたんだけど、そいつからぶんどったってだけで」
「ぶんどったって、簡単に言うけど……あーいや、カレンならそれぐらいやりかねないか」
アウラは不思議と納得してしまう。
徒手空拳でも「強化」を施した魔術師を難なく制圧してみせる彼女であれば、素手で数人を相手取ってもその程度の芸当はこなしてみせるだろう。
「これは完全に俺の想像なんだけど、魔剣って何かデメリットは無いのか? 例えば、魔剣に呪われるとか、不吉なことが起きるとか、色々と噂があると思うんだけど」
立て続けの質問に、カレンは指を顎に当てて暫し黙考する。
魔剣というのは読んで字の如く魔法の剣だが、しばし聖剣と対を為す存在としても描かれる。
北欧の竜殺しが用いたとされるグラムや、世界を灼き尽くす「炎の剣」などはその筆頭格だ。
適当な解答が用意し終わったのか、カレンは落ち着いたトーンで、
「……魔剣の所持者が魔剣に呪われるのは、所持者たる資格がないことの何よりの証拠。呪われるというのは、魔剣の力を御せなかっただけのこと。言い換えれば、あのバチカル派の魔剣使いは、自分の武器に見限られたってワケね」
「魔剣が、所有者を……」
唖然としながら、アウラが零した。
順序が逆だったのだ。
人間が魔剣を選ぶのではなく、魔剣が主を選定する。その資格無しと判断されれば──呪いを捻じ伏せる事の出来る者でなければ、所持者には相応しくない。
「それで、カレンさんの手に渡った、と」
「そう。もう一つ言うと、魔剣は己が主として認めた者にしか本来の異能を貸す事はない。今は五体満足で扱えてるし、私は所持者として認められてるのかしらね」
そう言うカレンは己の掌に視線を落とす。
彼女の魔剣の扱いは、何度も受けたアウラからすれば極限まで磨き上げられている。己の全てをかなぐり捨ててでも獲物の命を掠め取らんとする戦い振りは、まさに魔剣を担うに相応しい。
正統派な剣士であったエイルの対極に位置するとも言える。
(魔剣の担い手たる資格、か)
カレンの言葉を聞いて、アウラはやや表情を強張らせる。
霊体化させているヴァジュラをイメージし、ナーガ相手に異能を解放した時の記憶が蘇らせた。
こればかりは経験の差があるが、インドラの聖遺物を持つアウラと魔剣を自在に手繰るカレンとでは「担い手」としては天と地ほどの差が存在する。
ヴァジュラの異能を制御できるようにするには、彼女のように「武器に認められるような担い手」になる必要があるのかと、彼はふと思ったのだ。
それは戦士としての技量か、それとも精神的な問題か。
或いは、その両方かもしれない。
いずれにしても、今のアウラには不足しているモノだった。
(バチカル派と戦うなら、ヴァジュラの異能を御する程度の事は出来ないと──)
一点を見つめて、彼はそんなことを考えていた。
以前から心の何処かで、焦りは感じていた。
ヴァジュラの所持者としての実力が如何に不足しているかを、つい数日前に思い知らされたのだ。
突き付けられた現実は受け止める他なく、眼を逸らす事は己への裏切りに等しい。
「……壁が高いなぁ、本当に」
がくりと項垂れて、心の底から言葉を吐き出した。
アウラ自身が抱えている問題は壁となり、山──否、天を突かんが如く聳え立つ塔のように、アウラの前に立ちはだかる。
自身の努力が悉く打ちのめされるような感覚。
到達できるビジョンの見えない未来を目標にしたアウラは、車窓から移り行く景色を見て一時の逃避を試みるのであった。
※※※※
一行を乗せた地竜車はロウエンに続く街道を韋駄天の如く爆走し、一度休憩を挟んだものの、予定時刻よりも数時間ほど早く到着した。
三人が降りると、最初に感じたのは爽やかな潮風だった。
既に船着き場には何隻かの船が停留しており、港湾には貨物を運ぶ人々で溢れ返っていた。
「それじゃ、運賃の方はグランドマスターから頂いていますし、僕はここで失礼します。では三人とも、良い旅を!」
御者の青年はそう言うと軽く会釈し、再び地竜二頭を爆走させて来た道を戻っていく。年齢的には彼らとあまり変わらない、もしくは少し下といった所だが、ハキハキとした好青年だった。
アウラ達はその姿が見えなくなるまで見送った後、一度市街地へと視線を移す。
降りたカレンは懐から時計を取り出して、
「凄いわね……少し早めに到着してくれれば良かったのに、出航まで2時間もあるじゃない」
「どうする? 適当に各々で時間潰すか?」
「そうね。一旦、必要な物の買い出しにでも行って時間を潰しましょう。用事が済んだら船着き場に集合でいい?」
言うと、カレンは遠く──船が停泊している辺りを指さす。
アウラが僅かに視覚を「強化」して注視すると、そのすぐ近くに一つのオブジェクトが見えた。
その石像は美しい女性を象っているように見え、そのまま「神像?」と零すと、クロノが横から補足する。
「あれは女神イシスですね。湾岸の街なので、航海の守護を祈って、ああやって像が建てられたそうです」
「あぁ成る程……確かに、イシスは「水夫の守護神」って触れ込みもあったっけ」
視覚に施していた「強化」の魔術を解き、納得しながらアウラは言った。
ただ、即座に違和感を感じたのか、続けて問う。
「でもイシスって、元々は東の大陸の女神様じゃなかったか?」
アウラは以前図書館で呼んだ『テオスの書』という、神期について記録した書物の中の記述を思い返した。
その書物には神期の神々の分布などが古い文体で書かれていたが、彼は大抵の記述を頭に叩き込んでいたのだ。
その問いに、クロノはスラスラと答える。
「……神の時代が終わって以降、人々は異国の神を自分たちが奉ずる神と同一視していきました。イシスは東南のアメネス地方の神ですが、海を越えた往来が始まるにつれ、西方大陸屈指の大女神──美神アフロディーテと同一だと考えられたんです」
「あー、成る程。神々の習合の産物ってことか。確か、イシスは女神デメテルとも結びつけられてたって、前に本で読んだ記憶もあるな」
「正解です。イシスもデメテルもアフロディーテも、地母神として「豊穣」を司っていましたからね」
アウラの推測を、クロノは笑顔で肯定した。
神はいつまでも同じ状態で信仰される訳ではなく、時代と共に姿形、そして信仰をも変えていく。それはアウラが元居た世界でも同じことだった。
「どの神も、神期を代表する地母神の大御所ね。──じゃあ、集合はあの像の前にしましょうか。分かりやすいし」
「了解です」
「それじゃあ、一旦解散だな」
アウラの言葉を皮切りに、他の二人も活気に満ちた市街地の方へと歩き出す。
少し遅れて、彼も周囲の建物を見渡しながら、
「……さて、俺もパパっと用事済ませちまうか」
そう呟いて、街の方へと歩き出した。
※※※※
解散してから一時間。集合時間よりも若干早く、アウラは石像の下で待機していた。
過行く人々を見て時間を潰し、二人が到着するのを待つ。
すると、人混みの中から見慣れた赤眼の少女が、何かが入った麻袋を手にやってきた。
「アウラ、貴方もう終わったの?」
「まぁな。薬屋が存外早く見つかって飯も軽く済ませたから、ゆっくり待ってたんだけど……お前それ、ナニ?」
「ん?あぁ、これね」
アウラが訝し気な視線と共に指さしたのは当然、カレンの持っていた小さな麻袋だ。
中から鉄が擦れるような──財布の中で小銭が揺れたかのような音がしきりに聞こえていたのだ。
「ちょっと路地裏で時間潰してたら、変な男共数人に絡まれて胸とか首とか触ってきたもんだから、揃ってボコボコにしてぶんどって来たのよ」
「治安わっる……一応聞いておくけど、殺してないよな?」
「私をそんな殺人鬼みたいに言わないでよ。流石に殺してはいないけど、きっちり一人ずつ骨2、3本折ってやったわ」
「正当防衛っちゃ正当防衛だけど、ほぼチンピラじゃねぇか!」
「何言ってんの? 自分の身は自分で守る、これは鉄則よ」
もっともらしく言うカレンに、アウラは最早呆れ気味だった。
彼女は根本的に、やる時は情け容赦は無い。自業自得とはいえ、男たちは死ななかっただけ十分に幸運だ。
(つっても、カレンに色気なんて毛程も────)
心の中に、そんな言葉が浮かび上がる。
同時に、アウラの視線はほんの一瞬、カレンの胸部──一ミリの傾斜も無いであろう、そり立つ絶壁に向いてしまった。
地竜車内でクロノが意図せず指摘してしまった時は大して気にしていなかったが、アウラの視線を察したのか、彼女は一瞬ムスっとしてたような表情を浮かべると、
「────ふんッ!!」
「強化」を行使した時に並ぶ速度で、アウラの頭頂部目掛けて拳骨を振り下ろした。
多少は彼女の体術にも慣れてきた彼ですら反応できない程の、見事な一撃。
強制的に下を向かされたアウラは、命中したと思しき旋毛辺りを手で押さえている。
「痛った……!! なになになに!?」
「いや、ごめん、うん。なんかムカついたから、つい」
「せめて理由を明確にしてくれ!」
アウラは涙目になりながら、拳骨を振り下ろした張本人に訴える。
反応からして、視線を送った本人ですら無意識であったらしい。
湾岸でそんなやりとりを繰り広げていると、人混みの中から、声が飛び込んで来る。
「すみません、お待たせしました~!」
小走りでやってくるのは、首からペンダントのようなものを下げたクロノだ。
ペンダントからは土色の六角形の石が垂れ下がっており、そこには何やらアルファベットの「U」に似た文字が刻まれていた。
「クロノ、そのペンダントは?」
「あぁこれ、たまたま見つけた魔術品のお店で買ったお守りみたいな物です。地属性の天然の魔石で出来ているので、船酔い防止に効くかなと思って。そこに相性の良いルーン文字を刻んで、効果を増強させたんです」
魔石をアウラとカレンに見せると、刻まれたルーン文字が微かに輝いているのが見て取れた。
大地は全てを生み出す豊穣の源。故に地属性は治癒や回復の魔術の効能を底上げする為、相性が良いのだ。
「ルーン魔術って本当に万能なんだな」
「ルーン文字は、それ自体が簡単な術式みたいな意味を持つからね。魔力を通すだけで効果を発揮するのは同じだけど、使い勝手の良さでは突出してるのよ」
カレンの説明を聞き、アウラは腕を組んでひたすらに感心していた。
通常の魔術に加えて、クロノは一つの魔術系統を完全に使いこなしている。彼女が「天位」にあるまじき実力を誇る要因の一つだ。
同時に、対して「強化」しか基本的に扱えない自分に若干の肩身の狭さを感じながら、桟橋の方へと目をやる。
「俺たちが乗るの、アレか」
アウラの視線の先にあったのは、ずんぐりとした外観をした木製の船だった。
近くで見ると想像以上の巨体を誇っており、高く張られた帆がその威容を強調している。
「これまた随分と立派な船だな……」
「貨物とかの輸送にも使うんだし、大体こんなもんよ。私たち以外にも利用客はいるみたいだし、早いとこ乗っちゃいましょうか」
二人は頷き、カレンが先導する形で桟橋に向かう。
乗り込みには桟橋から掛けられた板を使い、三人は船上で出航を待つ。アウラ達が一番乗りかと思いきや、船員の他、他にも同業者と思しき者の姿も見て取れた。
天候は至って快晴。嵐が来るような様子は欠片も無いが、一度海に出ればその限りではない。
ゆらゆらと揺れる船の上で、これから始まる冒険に仄かな期待感を抱きながら、アウラは水平線を見つめていた。