残酷な描写あり
5.幽明の狭間に落つる慟哭-1
またひとつ、夜が明けた――。
夢を見た。
眠りから覚めた〈蝿〉は、ゆっくりとベッドから身を起こし、周りを――現実を確認する。
肌を滑り落ちた毛布は、極上の手触りをしていた。
マットのスプリングは、彼の体重を心地よく受け止めてくれている。
それらの夜具は、それなりに裕福な生活を送っていた彼の過去の記憶においても、まずお目にかかったことのないような上等な品だった。
部屋の中に目を向ければ、贅を尽くした最高級の調度。一般市民が手を触れるのは畏れ多いほどの――。
当然だ。ここは、かつての王の居室なのだから。
……けれど、〈蝿〉の心が踊ることはない。
何故なら、ここには最愛のミンウェイがいない。
双子も同然だったエルファンもいない。
夢の中で共に笑い合っていた彼らが……いない。
ふと視線を落とせば、青黒い血管の浮き出た、自分の手の甲が見えた。
老けたな――と、思う。
老人と呼ばれる年齢にはまだまだ早いが、三十代の記憶を五十路手前のこの肉体に入れられたのは……。
そう思いかけて、〈蝿〉は首を振る。
そうではない。
夢で見た『あのころ』と比べて――老いたのだ。
「……」
昔の夢などを見たのは、おそらく昨晩のリュイセンのせいだろう。記憶の中のエルファンと瓜二つだった。
〈蝿〉は溜め息を落とし、のろのろと身支度を始める……。
部屋を出るとき、扉を飾り立てる天空神フェイレンの彫刻が目に入り、彼は鼻に皺を寄せた。
天空神が大きく翼を広げて下界を見下ろしている。この一見、優美な意匠には、神の罪が隠されていると〈蝿〉は思う。
天空神が広げている翼は、鷹の羽根。鷹刀一族から奪い取ったものだ。
神は、鷹の一族に翼を差し出させ、代わりに刀を授けて守護の任を命じた。故に、鷹刀一族の紋章は、翼が刀と化した鷹なのである。
無論、これは伝承だ。
しかし、この国の王が、鷹刀の血族を〈贄〉に生き存えてきたことを象徴的に示している。
すなわち、天空神の姿は、鷹刀一族への搾取の証そのもの。
――病弱に生まれたミンウェイも、王の犠牲者のひとりだ……。
〈蝿〉は口の中に血の味を覚え、自分が唇を噛んでいたことに気づく。
彼は、何ごともなかったかのように扉に背を向け、歩き出した。
緋毛氈の廊下に朝日が差し込み、〈蝿〉の後ろに長い影を描く。黒い翼を伸ばしたかのようなその姿は、孤独を引きずっているようにも見えた。
定められた日課として、メイシアは今日も『ライシェン』と対面していた。
白金の髪の赤子はいつもと変わらず、硝子ケースの揺り籠で夢見るようにまどろんでいる。ゆらりゆらりと培養液の中をたゆたい、ごくまれに瞬きをしては、美しい青灰色の瞳を彼女に見せてくれた。
しかし、メイシアの心は『ライシェン』にはない。
〈七つの大罪〉のデータベースへの侵入に難航しているルイフォンを想い、彼女は憂いに眉を曇らせる。
彼は今、どうしているだろうか?
邪魔をしてはいけないと、電話は控えた。メッセージは入れておいたが、おそらく読んでいないだろう。集中しているときの彼は、頭が異次元に飛んでいる。寂しくはあるが、別に構わない。そんな懸命なところも、彼の魅力のひとつだと思うからだ。
しかし、〈七つの大罪〉のデータベースは、簡単には侵入を許してくれないだろう。
メイシアの中には、セレイエの記憶がある。だから、そのセキュリティがどんなに強固な障壁であるのかを知っている。そのくせ、メイシアが『セレイエとして』、ルイフォンにその壁の打ち破り方を教えることはできそうにないのだ。
初めて『ライシェン』を見たあの瞬間だけは、メイシアは感覚や感情すらも引きずられ、完全にセレイエと同化した。けれど、それは特別なことだったらしい。
メイシアの中にあるセレイエの記憶は、言うなれば分厚い事典のようなものだ。
さまざまなことが記されているが、それを『持っている』だけでは、内容のすべてを『知っている』ことにはならない。中身を読んで、理解して、初めて身につく――そんな感じなのだ。
だから、セレイエ――あるいは〈影〉となったあとのホンシュアが見聞きした『経験』は、比較的すっと頭に入ってくるのだが、専門的な『知識』となると、にわかではお手上げだった。
「何を考えているのですか?」
苛立ちを含んだ低い声が響き、メイシアの思考は中断された。
椅子に座ったまま、体をひねって振り返ると、いつの間にか背後に立っていた〈蝿〉が、不機嫌な顔つきで彼女を睨んでいた。なかなかセレイエの情報を得られないためか、このところずっと機嫌が悪かったのだが、今日はいつもにも増して眉間に深い皺が寄せられていた。
メイシアは知る由もないことだったが、今朝の〈蝿〉は夢見が『良すぎた』。それで、夢と現実とのあまりの落差に、どす黒い感情が揺らめいていたのである。
「どうにも、あなたは真面目に『ライシェン』と向き合っているように思えませんね」
「……すみません」
逆らっても仕方ないので、メイシアは素直に頭を下げた。そして、そのまま身を固くして、じっとしている。
しかし――。
今日の〈蝿〉は、極めて虫の居所が悪かった。
彼女が殊勝な態度をとっても、彼は満足できなかった。
「――そうですね。あなたが協力的でないのなら仕方ありません。今から、自白剤を使ってみましょう」
「……え?」
メイシアは耳を疑った。
〈蝿〉は今、なんと言ったのか?
「自白剤……です、か……?」
顔面が蒼白になる。
紫がかった薄紅の唇から漏れたのは、確認というよりも、ただの呟きだ。
「ええ」
椅子に座ったメイシアの耳に届くよう、〈蝿〉がわずかにかがんだ。その拍子に白衣の裾が揺れ、床に落ちた影が黒い翼のようにはためく。
「自白剤で駄目なら、あなたの脳に電極を刺し、刺激を与えてみます。ありとあらゆる手段を講じてみましょう」
『悪魔』が発する囁きに、メイシアは目の前が真っ暗になった。
――甘かったのだ。
そもそも〈蝿〉は、一週間くらい『ライシェン』と対面してみようと、気まぐれに言っただけだ。いつしびれを切らしてもおかしくなかった。一週間の猶予が確実である保証など、どこにもなかったのだ。
メイシアのすべては、〈蝿〉の掌にある。
歯の根が合わず、メイシアの口が、かちかちと小さな音を立てる。
全身が震え始め、それを押さえようと彼女は自分の体を掻き抱く。しかし、小刻みに揺れる長い黒絹の髪が、彼女の激しい脅えをあらわにするだけだった。
まるで命乞いをするかの様子に、〈蝿〉は美麗な顔を醜く歪めて破顔した。そして、白衣を翻し、薬棚のある部屋の奥へと向かっていく……。
その瞬間、メイシアの心臓が跳ねた。
自白剤について、彼女はミンウェイに聞いたことがあった。
それは、泥酔した人間に秘密を吐き出させるようなものだという。
だから、知りたい情報を得られるとは限らない。逆に、思いもよらなかったことを勝手に喋り始めることもある。
つまり。
もしも、今のメイシアに自白剤が投与されたら……、口にしてしまうのはセレイエに関する情報だけではないかもしれない。
ルイフォンのことを――彼と連絡を取れたことを、告白してしまうかもしれない。
タオロンやファンルゥが協力してくれたことを、打ち明けてしまうかもしれない。
そうなれば、今まで苦労してきたすべては水泡に帰す。そして、タオロン父娘は、危険に晒される……!
「ま、待ってください!」
メイシアは、弾かれたように立ち上がった。
「私は、あなたを騙していました……!」
閉ざされた研究室に響き渡る、凛と澄んだ声――。
迷いはなかった。
今、為すべきことは、〈蝿〉の後ろ姿を引き止めることだ。
「私は――本当は、セレイエさんの記憶をすべて受け取っています」
〈蝿〉の足が、ぴたりと止まった。
白衣の裾と、その影だけが慣性に流されていく。
「……」
沈黙の中で、〈蝿〉の広い肩が、わなわなと恐ろしげに震えた。
メイシアは縮み上がりそうな心を奮い立たせ、あらん限りの力を振り絞って叫ぶ。
「だけど! あなたになんか何も教えたくなかった! ……だから、嘘をつきました!」
「小娘――!」
振り返った〈蝿〉の顔は、驚愕と憤怒に彩られていた。
彼は、にわかには言葉が続かず、半端に口を開けたまま。その隙に、メイシアは畳み掛ける。
「でも、自白剤を使えば、私の嘘はばれてしまうのでしょう? だったら、先に私から――……きゃあぁっ!」
最後まで言うことはできなかった。
大股に近づいてきた〈蝿〉が、メイシアの襟首を掴み上げたのだ。
「この私を――騙していた、だと……!?」
「は……、い……」
咳き込みながらも、メイシアは毅然と答える。
苦しい呼吸の中で、懸命に打開策を組み立てる。
これは戦いなのだ。
喰うか喰われるかの、戦い。
物理的な、肉体的な勝負では、メイシアの身柄を自由にできる〈蝿〉が圧倒的に優位。これを覆すことはできない。
だから彼女は、別の方向から〈蝿〉に立ち向かう。
それは『情報』――ルイフォンが使う武器。
『情報を制する者が勝つ』
ルイフォンの持論だ。
セレイエの記憶を受け取ったメイシアは、多くの情報を手に入れた。
だから、きっと手段はある……。
「ほぅ、それで? 嘘がばれる前に白状すれば、私が許すとでも?」
メイシアの思考に割り込むように、〈蝿〉の低い声が耳朶を打つ。
ばらけそうになる意識を必死にかき集め、メイシアは首を振る。
――ルイフォン……!
脳裏に、彼の顔を思い浮かべる。
刹那、彼女は閃いた。
最強の切り札を――。
「あなた……は、許してくれるような……人、じゃない……。でも、先に……言えば、まだ……話を聞いて……くれ、る……」
「はっ! 一度、嘘をついた人間の話など、誰が聞くというのですか?」
嘘まみれの〈蝿〉が口にするには、あまりにも滑稽な台詞だった。けれど、厚顔な彼はそのことに気づいていない。
「ほら……、こうし、て、……今、だって……、話を、している……」
〈蝿〉を見上げ、メイシアは嗤う。
彼を挑発するように、婉然と。花の顔を、美しく妖しく歪めながら。
「馬鹿馬鹿しい」
〈蝿〉は言い捨て、メイシアの襟を離す。
その途端、メイシアは床に崩れ落ち、激しく咳き込んだ。
「あなたが『鷹刀セレイエの記憶を受け取った』と白状したなら、今こそ、私は自白剤を使えばよいだけでしょう?」
床にうずくまるメイシアを打ち捨て、〈蝿〉は再び、薬棚へと向かう。
その背中に向かって、床に座り込んだままのメイシアが上半身を起こして叫んだ。
「〈蝿〉!」
けれど、彼が立ち止まることはなかった。
それでも構わない。
こちらには、最強の切り札がある。
「私は『亡くなった、あなたの奥様』を生き返らせることができます」
その声にも、〈蝿〉は歩み続ける――。
しかし……、彼の肩はわずかに揺れていた。
「奥様の『肉体』は、すぐそこにあります。そして私なら――私が〈天使〉になれば――既に亡くなった方の『記憶』を手に入れることができます」
メイシアは言葉を重ねる。
〈蝿〉の心を揺さぶるために。
「『肉体』と『記憶』。このふたつがあれば、奥様の『蘇生』は可能でしょう?」
見えない刃で、〈蝿〉を斬りつける――!
『既に死んだ人間の『記憶』を手に入れられる』
嘘ではない。……おそらくは。
セレイエから受け取った記憶――情報からすると、理屈の上では可能なはずだ。
ただし、〈蝿〉が信じるかどうかは――。
「……小娘」
ゆらり、と。
幽鬼のように、〈蝿〉が振り返った。
「よりによって、詭弁にミンウェイを持ち出すとは……」
愛する妻を駆け引きに利用された。その屈辱に〈蝿〉は激憤していた。
彼はゆっくりと、ゆっくりとメイシアに近づいてくる。
「その減らず口、どうしてやりましょうか……?」
地の底から湧き上がってくるような、低い声。
彼の深い憤りが――否、妻を想う慟哭が、床を通じて伝わってくるような気がして、メイシアは戦慄した。
逆鱗――だ。
分かっていて、口にした。
メイシアは罪悪感を振り払い、正面から〈蝿〉と向き合う。
黒曜石の瞳をいっぱいに見開き、静かに口を開く。
「一度、嘘をついた私の言い分を信じないのは、賢明な判断だと思います」
彼女は、すっと自分の胸に手を当てた。
それは、はちきれそうな心臓を押さえるためであったが、結果として、ぴんと姿勢が正され、毅然とした構えとなった。
「ですが、〈蝿〉――。技術的にそれが可能か否かを検討しないとは、あなたは〈七つの大罪〉の〈悪魔〉として、随分と浅慮ではありませんか?」
メイシアは、凛と対峙する。
美しい戦乙女の顔をして。
「――っ!」
メイシアの言葉は、あまりにも正鵠を射ていて、知を誇る〈蝿〉には我慢のならないものだった。憎々しげに顔を歪め、彼は吐き捨てる。
「はっ! それもこれも、自白剤を使って、あなたに喋らせればよいだけのことです」
「お断りします」
メイシアは即答した。
そのあまりの素早さに、〈蝿〉は呆気にとられた。彼が二の句を継げずにいるうちに、彼女は続ける。
「大嫌いなあなたに屈するなんて、私の矜持が許さない」
それは、ただの我儘に聞こえたのだろう。ようやく口をきけるようになった〈蝿〉は、さも可笑しそうに鼻で笑った。
「囚われのあなたに、そんなことを言う資格はないでしょう?」
「いいえ。取り引きが成立する間柄だと思います」
「取り引き? あなたと私が? 何をそんな世迷い言を」
〈蝿〉の哄笑の中で、メイシアは冷静に告げる。
「私は、あなたの奥様を蘇らせます。その代わり……」
「ほう!」
彼はメイシアを遮り、揶揄するような奇声を上げた。それは、失ったはずの妻を取り戻すという、あまりにも魅力的な誘惑に囚われないようにするための、無意識の防御だった。
そんな夢物語を信じられるほど、〈蝿〉の心は希望に満ちていない。それでも、絶望の中から見げれば、思わず手を伸ばしたくなるような光が、彼は怖かった。
メイシアを見下ろし、〈蝿〉は言い放つ。
「『その代わり』、――見事、ミンウェイを生き返らせてみせるから、自白剤を使わずとも自分の言うことを信用しろ、とでも?」
彼の喉の奥から、虚勢にまみれた低い嗤いが漏れた。
メイシアは、ごくりと唾を呑み込んだ。
ここで、自白剤にこだわるような発言をしてはならない。
彼女の真の目的が、単にこの場を切り抜けることであったとしても。
展望室に戻って、ルイフォンに事態の急変の連絡を入れることであったとしても。
その結果、タオロンに頼んで〈蝿〉を討ち取ってもらうことだったとしても……。
間違えてはいけない。
彼女が提示すべき要求は、これだ――!
「私を、ルイフォンのもとに帰してください!」
メイシアは立ち上がり、〈蝿〉にぐっと迫る。
その勢いに、黒絹の髪がふわりと舞う。
つぶらに見開かれた黒曜石の瞳が、ぎろりと〈蝿〉を睨み……、ひとしずくの涙が、堪えきれなくなったように、きらきらとした軌跡を描きながらこぼれ落ちた。
「あ……」
泣くつもりなど、なかった。
これは、〈蝿〉を喰らうための演技なのだから。
けれど、今、口にした思いは本当で、心からの切望で――。
「なるほど、そうですね。あなたの望むことなど、それしかありませんね。私としたことが愚かなことを訊きました」
ほんのわずかな狼狽を混ぜながら、〈蝿〉が口の端を上げる。
「しかし、それなら何故もっと早く、その要求を出さなかったのですか? あなたは帰りたいのでしょう? あの子猫のもとへ」
〈蝿〉の弁はもっともだ。
だが、彼の疑念をかわすための答えなら、メイシアはあらかじめ用意してあった。
「……何を言っているのですか、あなたは……! 分かって……いないのですか!?」
彼女は声を震わせる。
「亡くなった方の記憶を集められるようになるために、私は……、私はっ……、……〈天使〉にならないといけないんです!」
本当に〈天使〉になるつもりなどない。けれど、想像しただけでも恐ろしく、彼女の脅えは本物だった。
「そんなこと、簡単に決意できない! ――でも、このままここにいたら、私はあなたのいいようにされるだけです。それなら、私は自分の誇りを守るため、〈天使〉になることを選びます!」
彼女は〈蝿〉に詰め寄る。
言葉の罠で、彼を絡め取る。
「ふむ。理屈は通っているようですね。……しかし、死んだ人間の記憶を手に入れることができるなど、信じられませんよ。どうせつくなら、もう少しましな嘘を……」
「できます!」
凛とした声が、〈蝿〉の言葉を打ち消した。
「『デヴァイン・シンフォニア計画』が、その証拠です!」
「『デヴァイン・シンフォニア計画』?」
唐突に出された、諸悪の根源たる名称に〈蝿〉は眉をひそめる。
「『デヴァイン・シンフォニア計画』は、亡くなったライシェンの『肉体』をあなたに作らせ、『記憶』を〈天使〉であるセレイエさんが用意して、ライシェンを生き返らせるという計画です」
メイシアはそこで一度、言葉を切り、ゆっくりと解き明かすように言う。
「ライシェンの暗殺は、まさかの出来ごとでした。当然のことながら『生前のうちに、保存しておいた記憶』などありません。だから、ライシェンが亡くなったあとで、セレイエさんが掻き集めたんです」
――これは、事実だ。
記憶の集め方を詳しく説明すれば、王族の『秘密』に触れるため、ルイフォンには言っていない。しかし、〈悪魔〉である〈蝿〉になら言える……。
「!」
〈蝿〉が息を呑んだ。
しかし、それでも抗うように、彼は言葉を漏らす。
「赤ん坊の記憶など、なくても構わないでしょう? 私が『ライシェン』の肉体を作れば、それで生き返ったことに……」
「それで、セレイエさんが満足すると思いますか!?」
畳み掛けたメイシアに、〈蝿〉は押し黙った。
彼女の話に破綻はないと、彼の頭脳は悟ってしまったのだ。それを屁理屈で否定していくほど、彼は愚者ではなかった。
「詳しい話を……聞いて差し上げてもよろしいですよ」
地下研究室に、乾いた低音が響いた。
夢を見た。
眠りから覚めた〈蝿〉は、ゆっくりとベッドから身を起こし、周りを――現実を確認する。
肌を滑り落ちた毛布は、極上の手触りをしていた。
マットのスプリングは、彼の体重を心地よく受け止めてくれている。
それらの夜具は、それなりに裕福な生活を送っていた彼の過去の記憶においても、まずお目にかかったことのないような上等な品だった。
部屋の中に目を向ければ、贅を尽くした最高級の調度。一般市民が手を触れるのは畏れ多いほどの――。
当然だ。ここは、かつての王の居室なのだから。
……けれど、〈蝿〉の心が踊ることはない。
何故なら、ここには最愛のミンウェイがいない。
双子も同然だったエルファンもいない。
夢の中で共に笑い合っていた彼らが……いない。
ふと視線を落とせば、青黒い血管の浮き出た、自分の手の甲が見えた。
老けたな――と、思う。
老人と呼ばれる年齢にはまだまだ早いが、三十代の記憶を五十路手前のこの肉体に入れられたのは……。
そう思いかけて、〈蝿〉は首を振る。
そうではない。
夢で見た『あのころ』と比べて――老いたのだ。
「……」
昔の夢などを見たのは、おそらく昨晩のリュイセンのせいだろう。記憶の中のエルファンと瓜二つだった。
〈蝿〉は溜め息を落とし、のろのろと身支度を始める……。
部屋を出るとき、扉を飾り立てる天空神フェイレンの彫刻が目に入り、彼は鼻に皺を寄せた。
天空神が大きく翼を広げて下界を見下ろしている。この一見、優美な意匠には、神の罪が隠されていると〈蝿〉は思う。
天空神が広げている翼は、鷹の羽根。鷹刀一族から奪い取ったものだ。
神は、鷹の一族に翼を差し出させ、代わりに刀を授けて守護の任を命じた。故に、鷹刀一族の紋章は、翼が刀と化した鷹なのである。
無論、これは伝承だ。
しかし、この国の王が、鷹刀の血族を〈贄〉に生き存えてきたことを象徴的に示している。
すなわち、天空神の姿は、鷹刀一族への搾取の証そのもの。
――病弱に生まれたミンウェイも、王の犠牲者のひとりだ……。
〈蝿〉は口の中に血の味を覚え、自分が唇を噛んでいたことに気づく。
彼は、何ごともなかったかのように扉に背を向け、歩き出した。
緋毛氈の廊下に朝日が差し込み、〈蝿〉の後ろに長い影を描く。黒い翼を伸ばしたかのようなその姿は、孤独を引きずっているようにも見えた。
定められた日課として、メイシアは今日も『ライシェン』と対面していた。
白金の髪の赤子はいつもと変わらず、硝子ケースの揺り籠で夢見るようにまどろんでいる。ゆらりゆらりと培養液の中をたゆたい、ごくまれに瞬きをしては、美しい青灰色の瞳を彼女に見せてくれた。
しかし、メイシアの心は『ライシェン』にはない。
〈七つの大罪〉のデータベースへの侵入に難航しているルイフォンを想い、彼女は憂いに眉を曇らせる。
彼は今、どうしているだろうか?
邪魔をしてはいけないと、電話は控えた。メッセージは入れておいたが、おそらく読んでいないだろう。集中しているときの彼は、頭が異次元に飛んでいる。寂しくはあるが、別に構わない。そんな懸命なところも、彼の魅力のひとつだと思うからだ。
しかし、〈七つの大罪〉のデータベースは、簡単には侵入を許してくれないだろう。
メイシアの中には、セレイエの記憶がある。だから、そのセキュリティがどんなに強固な障壁であるのかを知っている。そのくせ、メイシアが『セレイエとして』、ルイフォンにその壁の打ち破り方を教えることはできそうにないのだ。
初めて『ライシェン』を見たあの瞬間だけは、メイシアは感覚や感情すらも引きずられ、完全にセレイエと同化した。けれど、それは特別なことだったらしい。
メイシアの中にあるセレイエの記憶は、言うなれば分厚い事典のようなものだ。
さまざまなことが記されているが、それを『持っている』だけでは、内容のすべてを『知っている』ことにはならない。中身を読んで、理解して、初めて身につく――そんな感じなのだ。
だから、セレイエ――あるいは〈影〉となったあとのホンシュアが見聞きした『経験』は、比較的すっと頭に入ってくるのだが、専門的な『知識』となると、にわかではお手上げだった。
「何を考えているのですか?」
苛立ちを含んだ低い声が響き、メイシアの思考は中断された。
椅子に座ったまま、体をひねって振り返ると、いつの間にか背後に立っていた〈蝿〉が、不機嫌な顔つきで彼女を睨んでいた。なかなかセレイエの情報を得られないためか、このところずっと機嫌が悪かったのだが、今日はいつもにも増して眉間に深い皺が寄せられていた。
メイシアは知る由もないことだったが、今朝の〈蝿〉は夢見が『良すぎた』。それで、夢と現実とのあまりの落差に、どす黒い感情が揺らめいていたのである。
「どうにも、あなたは真面目に『ライシェン』と向き合っているように思えませんね」
「……すみません」
逆らっても仕方ないので、メイシアは素直に頭を下げた。そして、そのまま身を固くして、じっとしている。
しかし――。
今日の〈蝿〉は、極めて虫の居所が悪かった。
彼女が殊勝な態度をとっても、彼は満足できなかった。
「――そうですね。あなたが協力的でないのなら仕方ありません。今から、自白剤を使ってみましょう」
「……え?」
メイシアは耳を疑った。
〈蝿〉は今、なんと言ったのか?
「自白剤……です、か……?」
顔面が蒼白になる。
紫がかった薄紅の唇から漏れたのは、確認というよりも、ただの呟きだ。
「ええ」
椅子に座ったメイシアの耳に届くよう、〈蝿〉がわずかにかがんだ。その拍子に白衣の裾が揺れ、床に落ちた影が黒い翼のようにはためく。
「自白剤で駄目なら、あなたの脳に電極を刺し、刺激を与えてみます。ありとあらゆる手段を講じてみましょう」
『悪魔』が発する囁きに、メイシアは目の前が真っ暗になった。
――甘かったのだ。
そもそも〈蝿〉は、一週間くらい『ライシェン』と対面してみようと、気まぐれに言っただけだ。いつしびれを切らしてもおかしくなかった。一週間の猶予が確実である保証など、どこにもなかったのだ。
メイシアのすべては、〈蝿〉の掌にある。
歯の根が合わず、メイシアの口が、かちかちと小さな音を立てる。
全身が震え始め、それを押さえようと彼女は自分の体を掻き抱く。しかし、小刻みに揺れる長い黒絹の髪が、彼女の激しい脅えをあらわにするだけだった。
まるで命乞いをするかの様子に、〈蝿〉は美麗な顔を醜く歪めて破顔した。そして、白衣を翻し、薬棚のある部屋の奥へと向かっていく……。
その瞬間、メイシアの心臓が跳ねた。
自白剤について、彼女はミンウェイに聞いたことがあった。
それは、泥酔した人間に秘密を吐き出させるようなものだという。
だから、知りたい情報を得られるとは限らない。逆に、思いもよらなかったことを勝手に喋り始めることもある。
つまり。
もしも、今のメイシアに自白剤が投与されたら……、口にしてしまうのはセレイエに関する情報だけではないかもしれない。
ルイフォンのことを――彼と連絡を取れたことを、告白してしまうかもしれない。
タオロンやファンルゥが協力してくれたことを、打ち明けてしまうかもしれない。
そうなれば、今まで苦労してきたすべては水泡に帰す。そして、タオロン父娘は、危険に晒される……!
「ま、待ってください!」
メイシアは、弾かれたように立ち上がった。
「私は、あなたを騙していました……!」
閉ざされた研究室に響き渡る、凛と澄んだ声――。
迷いはなかった。
今、為すべきことは、〈蝿〉の後ろ姿を引き止めることだ。
「私は――本当は、セレイエさんの記憶をすべて受け取っています」
〈蝿〉の足が、ぴたりと止まった。
白衣の裾と、その影だけが慣性に流されていく。
「……」
沈黙の中で、〈蝿〉の広い肩が、わなわなと恐ろしげに震えた。
メイシアは縮み上がりそうな心を奮い立たせ、あらん限りの力を振り絞って叫ぶ。
「だけど! あなたになんか何も教えたくなかった! ……だから、嘘をつきました!」
「小娘――!」
振り返った〈蝿〉の顔は、驚愕と憤怒に彩られていた。
彼は、にわかには言葉が続かず、半端に口を開けたまま。その隙に、メイシアは畳み掛ける。
「でも、自白剤を使えば、私の嘘はばれてしまうのでしょう? だったら、先に私から――……きゃあぁっ!」
最後まで言うことはできなかった。
大股に近づいてきた〈蝿〉が、メイシアの襟首を掴み上げたのだ。
「この私を――騙していた、だと……!?」
「は……、い……」
咳き込みながらも、メイシアは毅然と答える。
苦しい呼吸の中で、懸命に打開策を組み立てる。
これは戦いなのだ。
喰うか喰われるかの、戦い。
物理的な、肉体的な勝負では、メイシアの身柄を自由にできる〈蝿〉が圧倒的に優位。これを覆すことはできない。
だから彼女は、別の方向から〈蝿〉に立ち向かう。
それは『情報』――ルイフォンが使う武器。
『情報を制する者が勝つ』
ルイフォンの持論だ。
セレイエの記憶を受け取ったメイシアは、多くの情報を手に入れた。
だから、きっと手段はある……。
「ほぅ、それで? 嘘がばれる前に白状すれば、私が許すとでも?」
メイシアの思考に割り込むように、〈蝿〉の低い声が耳朶を打つ。
ばらけそうになる意識を必死にかき集め、メイシアは首を振る。
――ルイフォン……!
脳裏に、彼の顔を思い浮かべる。
刹那、彼女は閃いた。
最強の切り札を――。
「あなた……は、許してくれるような……人、じゃない……。でも、先に……言えば、まだ……話を聞いて……くれ、る……」
「はっ! 一度、嘘をついた人間の話など、誰が聞くというのですか?」
嘘まみれの〈蝿〉が口にするには、あまりにも滑稽な台詞だった。けれど、厚顔な彼はそのことに気づいていない。
「ほら……、こうし、て、……今、だって……、話を、している……」
〈蝿〉を見上げ、メイシアは嗤う。
彼を挑発するように、婉然と。花の顔を、美しく妖しく歪めながら。
「馬鹿馬鹿しい」
〈蝿〉は言い捨て、メイシアの襟を離す。
その途端、メイシアは床に崩れ落ち、激しく咳き込んだ。
「あなたが『鷹刀セレイエの記憶を受け取った』と白状したなら、今こそ、私は自白剤を使えばよいだけでしょう?」
床にうずくまるメイシアを打ち捨て、〈蝿〉は再び、薬棚へと向かう。
その背中に向かって、床に座り込んだままのメイシアが上半身を起こして叫んだ。
「〈蝿〉!」
けれど、彼が立ち止まることはなかった。
それでも構わない。
こちらには、最強の切り札がある。
「私は『亡くなった、あなたの奥様』を生き返らせることができます」
その声にも、〈蝿〉は歩み続ける――。
しかし……、彼の肩はわずかに揺れていた。
「奥様の『肉体』は、すぐそこにあります。そして私なら――私が〈天使〉になれば――既に亡くなった方の『記憶』を手に入れることができます」
メイシアは言葉を重ねる。
〈蝿〉の心を揺さぶるために。
「『肉体』と『記憶』。このふたつがあれば、奥様の『蘇生』は可能でしょう?」
見えない刃で、〈蝿〉を斬りつける――!
『既に死んだ人間の『記憶』を手に入れられる』
嘘ではない。……おそらくは。
セレイエから受け取った記憶――情報からすると、理屈の上では可能なはずだ。
ただし、〈蝿〉が信じるかどうかは――。
「……小娘」
ゆらり、と。
幽鬼のように、〈蝿〉が振り返った。
「よりによって、詭弁にミンウェイを持ち出すとは……」
愛する妻を駆け引きに利用された。その屈辱に〈蝿〉は激憤していた。
彼はゆっくりと、ゆっくりとメイシアに近づいてくる。
「その減らず口、どうしてやりましょうか……?」
地の底から湧き上がってくるような、低い声。
彼の深い憤りが――否、妻を想う慟哭が、床を通じて伝わってくるような気がして、メイシアは戦慄した。
逆鱗――だ。
分かっていて、口にした。
メイシアは罪悪感を振り払い、正面から〈蝿〉と向き合う。
黒曜石の瞳をいっぱいに見開き、静かに口を開く。
「一度、嘘をついた私の言い分を信じないのは、賢明な判断だと思います」
彼女は、すっと自分の胸に手を当てた。
それは、はちきれそうな心臓を押さえるためであったが、結果として、ぴんと姿勢が正され、毅然とした構えとなった。
「ですが、〈蝿〉――。技術的にそれが可能か否かを検討しないとは、あなたは〈七つの大罪〉の〈悪魔〉として、随分と浅慮ではありませんか?」
メイシアは、凛と対峙する。
美しい戦乙女の顔をして。
「――っ!」
メイシアの言葉は、あまりにも正鵠を射ていて、知を誇る〈蝿〉には我慢のならないものだった。憎々しげに顔を歪め、彼は吐き捨てる。
「はっ! それもこれも、自白剤を使って、あなたに喋らせればよいだけのことです」
「お断りします」
メイシアは即答した。
そのあまりの素早さに、〈蝿〉は呆気にとられた。彼が二の句を継げずにいるうちに、彼女は続ける。
「大嫌いなあなたに屈するなんて、私の矜持が許さない」
それは、ただの我儘に聞こえたのだろう。ようやく口をきけるようになった〈蝿〉は、さも可笑しそうに鼻で笑った。
「囚われのあなたに、そんなことを言う資格はないでしょう?」
「いいえ。取り引きが成立する間柄だと思います」
「取り引き? あなたと私が? 何をそんな世迷い言を」
〈蝿〉の哄笑の中で、メイシアは冷静に告げる。
「私は、あなたの奥様を蘇らせます。その代わり……」
「ほう!」
彼はメイシアを遮り、揶揄するような奇声を上げた。それは、失ったはずの妻を取り戻すという、あまりにも魅力的な誘惑に囚われないようにするための、無意識の防御だった。
そんな夢物語を信じられるほど、〈蝿〉の心は希望に満ちていない。それでも、絶望の中から見げれば、思わず手を伸ばしたくなるような光が、彼は怖かった。
メイシアを見下ろし、〈蝿〉は言い放つ。
「『その代わり』、――見事、ミンウェイを生き返らせてみせるから、自白剤を使わずとも自分の言うことを信用しろ、とでも?」
彼の喉の奥から、虚勢にまみれた低い嗤いが漏れた。
メイシアは、ごくりと唾を呑み込んだ。
ここで、自白剤にこだわるような発言をしてはならない。
彼女の真の目的が、単にこの場を切り抜けることであったとしても。
展望室に戻って、ルイフォンに事態の急変の連絡を入れることであったとしても。
その結果、タオロンに頼んで〈蝿〉を討ち取ってもらうことだったとしても……。
間違えてはいけない。
彼女が提示すべき要求は、これだ――!
「私を、ルイフォンのもとに帰してください!」
メイシアは立ち上がり、〈蝿〉にぐっと迫る。
その勢いに、黒絹の髪がふわりと舞う。
つぶらに見開かれた黒曜石の瞳が、ぎろりと〈蝿〉を睨み……、ひとしずくの涙が、堪えきれなくなったように、きらきらとした軌跡を描きながらこぼれ落ちた。
「あ……」
泣くつもりなど、なかった。
これは、〈蝿〉を喰らうための演技なのだから。
けれど、今、口にした思いは本当で、心からの切望で――。
「なるほど、そうですね。あなたの望むことなど、それしかありませんね。私としたことが愚かなことを訊きました」
ほんのわずかな狼狽を混ぜながら、〈蝿〉が口の端を上げる。
「しかし、それなら何故もっと早く、その要求を出さなかったのですか? あなたは帰りたいのでしょう? あの子猫のもとへ」
〈蝿〉の弁はもっともだ。
だが、彼の疑念をかわすための答えなら、メイシアはあらかじめ用意してあった。
「……何を言っているのですか、あなたは……! 分かって……いないのですか!?」
彼女は声を震わせる。
「亡くなった方の記憶を集められるようになるために、私は……、私はっ……、……〈天使〉にならないといけないんです!」
本当に〈天使〉になるつもりなどない。けれど、想像しただけでも恐ろしく、彼女の脅えは本物だった。
「そんなこと、簡単に決意できない! ――でも、このままここにいたら、私はあなたのいいようにされるだけです。それなら、私は自分の誇りを守るため、〈天使〉になることを選びます!」
彼女は〈蝿〉に詰め寄る。
言葉の罠で、彼を絡め取る。
「ふむ。理屈は通っているようですね。……しかし、死んだ人間の記憶を手に入れることができるなど、信じられませんよ。どうせつくなら、もう少しましな嘘を……」
「できます!」
凛とした声が、〈蝿〉の言葉を打ち消した。
「『デヴァイン・シンフォニア計画』が、その証拠です!」
「『デヴァイン・シンフォニア計画』?」
唐突に出された、諸悪の根源たる名称に〈蝿〉は眉をひそめる。
「『デヴァイン・シンフォニア計画』は、亡くなったライシェンの『肉体』をあなたに作らせ、『記憶』を〈天使〉であるセレイエさんが用意して、ライシェンを生き返らせるという計画です」
メイシアはそこで一度、言葉を切り、ゆっくりと解き明かすように言う。
「ライシェンの暗殺は、まさかの出来ごとでした。当然のことながら『生前のうちに、保存しておいた記憶』などありません。だから、ライシェンが亡くなったあとで、セレイエさんが掻き集めたんです」
――これは、事実だ。
記憶の集め方を詳しく説明すれば、王族の『秘密』に触れるため、ルイフォンには言っていない。しかし、〈悪魔〉である〈蝿〉になら言える……。
「!」
〈蝿〉が息を呑んだ。
しかし、それでも抗うように、彼は言葉を漏らす。
「赤ん坊の記憶など、なくても構わないでしょう? 私が『ライシェン』の肉体を作れば、それで生き返ったことに……」
「それで、セレイエさんが満足すると思いますか!?」
畳み掛けたメイシアに、〈蝿〉は押し黙った。
彼女の話に破綻はないと、彼の頭脳は悟ってしまったのだ。それを屁理屈で否定していくほど、彼は愚者ではなかった。
「詳しい話を……聞いて差し上げてもよろしいですよ」
地下研究室に、乾いた低音が響いた。