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作者: 唯響-Ion
第三二話 嫌な記憶
 翌日、弥勒は教室で秋月といつも通り談笑していた。そして秋月にも、墓地の件について質問してみる。
 翌日、弥勒は教室の中で、秋月と話していた。昨晩、蛍を見たくて田園地帯へ行ったが見つけることは出来なかったという話だ。
「蛍かぁ最近は私も見てないのよねぇ。子供の頃はよく、執事に場違いなリムジンで連れて行かれたっけ。そんでもって、蛍を見て田んぼにハマったら、レディなのにはしたないって怒鳴られたなぁ。あぁ、思い出の一つ一つに嫌な感情が紐付けされてる……」
 首を横に振り、あからさまに嫌そうな顔をする秋月。彼女にとって、家柄というのは面倒な据(しがらみ)以外の何物でもないのだろうと、弥勒は察した。
「秋月さんって、この家に生まれてよかったって思ったことはないの?」
「まぁ、この学校に入って、はーちゃんと出会えたこと位かな。他は本当にない」
「はーちゃんって、別府に行った渋川さんだよね」
「そっ。はーちゃんも当然、名家の渋川家の据に困ってるだろうに、健気で良い子なのよ。不満なんか見せないし、発育も良い。頭も良くて、優しくて、おまけに発育も良い。魅力を上げるとキリがないわ。発育 が」
「嫉妬が強いな」
「うるさいわよ、この変態ジロジロ見てんじゃ無いわよ」
 理不尽さに辟易しながら、弥勒は遠くを見詰めた。
「あんた渋川家については知ってるの? あたしの家程ではないにしても、名が知れた九州の豪族だけど」
「渋川家って、九州探題を務めた名家でしょ?」
「そう、数百年も前から続く名家よ。はーちゃんは渋川義長(しぶかわよしなが)って人の支流で、渋川家の中でも硬派な一族らしくってね。きっとあたしと同じく窮屈な思いをしてるのに、そんな素振りは一切見せないんだ。本当に健気よね」
「渋川さんが窮屈な思いをしてるって、そういった訳じゃないんだ。つまり、秋月さんの思い込みなんでしょ?」
「まぁ素振りはないけど……名家ってそういうもんでしょ。あんただって、舞楽なんて高尚なことをしてるし、全部家の都合でしょ?」
「キッカケは確かに家だけど……嫌々ではないよ。初めからね。耳が聞こえない僕でも、神通力を使えば、両親が誇らしく思って感動してくれる。そして多くの人から、拍手を貰えるんだ。だから、頑張ろうって思ったのも、実際に頑張ったのも、全部僕の意思だよ」
「……そっか」
 秋月の家は、自分の家よりも不自由なのだろうと、弥勒は思った。あるいは、秋月環奈本人にとって、仕来(しきた)りというものは肌に合わないものなのだろう。彼女がただの成金の家に生まれていれば、どれ程生きやすかっただろうかと、弥勒は哀れに思った。
「はーちゃんのこと、分かってるつもりで分かってなかったのかな、あたし」
「そんなに悲しく考える程……?」
「あんた、はーちゃんと気が合うんじゃない。硬派だし」
「そうだね、話してみたいとは思ってるんだ。機会を設けて貰えるの?」
 秋月は、曇った。それがどういう意味なのかは秋月は自分でも分からなかったが、突然不快さを感じ、息苦しくなった。
「機会を設けるなんて、大層なものでも無いんだけどね。今からでも校庭に行けば、そこに居ると思うよ。園芸部だからね」
「そうだったんだ。じゃあ、今から行ってみようかな」
「そうしたら?」
 秋月は不貞腐れていた。その態度の意味を弥勒は理解出来なかったが、秋月へ「教えてくれてありがとう」と告げた。
「あ、そうだ。一つ聞き忘れていたことがあるんだけど、聞いても良いかな」
「聞くのは勝手よ、答えるかは内容によるけど」
「秋月さんって……あの墓地でのことなんだけど」
 弥勒はいつもの質問をした。だが答えは、おおよそ検討が着いていた。そして秋月は弥勒がいい切る前に、食い気味で「また楽しい思い出に嫌な記憶が紐付けされて、うぜぇなって思っただけ」と吐き捨てた。
 弥勒は、やっぱりなと思いながら、教室を後にした。
渋川義長(生年不詳〜没:1534年)……戦国時代の武将で、九州探題。

九州探題……室町時代に設置された九州の出先機関であり、その統括を担う役職。
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