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作者: 鈴奈
Exspetioa2.6.26 (2)
 それから、三日。私は、眠り続けていたようでした。
 私は、朝の光で目を覚ましました。

「おはよう、セナ」
 目の前に美しいお顔が現れて、私は、「キャッ!」と勢いよく飛び跳ねました。

「シスター・セナ!」

 私の部屋に、シスター・ルドベキアが飛び込んできました。そして、瞳を黄金色に輝かせ、美しい神の聖剣を腰から抜くと、私の顔を覗き込むお方の喉もとに向けられました。
 お二人は、睨み合いました。

「シスター・セナは目を覚ました。これ以上、ここにとどまる必要はないはずだ。約束通り牢へ戻れ」

「まだよ」

 きっぱりとそうおっしゃると、黒髪のお方は、いつものように、私にやさしくほほ笑みかけてくださいました。

「大丈夫?」

 何がでしょう――と思って、すぐに思い出しました。シスター・ルゴサに起きたことを……。
 涙があふれ、ぽたぽたとこぼれ落ちました。掛け布団で瞼を抑え、一生懸命涙を止めようとしました。でもできませんでした。

 もう会えない。シスター・ルゴサに……。

 哀しみであふれる心に、ぽつりと、「私のせいだ」という思いが芽生えたのがわかりました。
 開口一番にエスになれないと伝えなければ……。もっと正しい伝える順番があったのかもしれないのに。いえ、もっと違う言葉があったかもしれない……。もう、シスター・ルゴサはいない。謝ることだってできない。もう二度と……。私のせいで。私のせいで――……。

「セナ」

 私は、ぐしょぐしょの目をあげました。

「どんなに自分を責めたとしても、自分を嫌いになってはだめ。一生懸命、相手のことを考えたあなたは、とても美しいと私は思う。もし、自分を嫌いになりそうになったら思い出して。

 私は、あなたを愛してる」

 涙が止まりました。びっくりしたのです。誰にも言われたことのなかった言葉。神様にしかお伝えしない言葉。そんなお言葉を、ずっと遠いところから見つめ合っていたこのお方からいただけるなんて……。

「もういいだろう」

 彼女は、シスター・ルドベキアの言葉に、今度は素直に従いました。もう一度私に穏やかな笑みを向けてくださると、部屋から出ていってしまわれました。

 それからしばらく、私はぼうっと、あのお方のことを考えていました。
 あのようなお声だったのですね。あのようなお姿だったのですね。
 あのお方は何ものでいらっしゃるのでしょう。どうしてあの牢にいらっしゃったのでしょう。瞳と花とが輝き、何もないところから武器を出していらっしゃったということは、イクス・モルフォでいらっしゃるということでしょうか。
 そう、あの花――。私は、あの花を知っていました。知らないはずがないのです。
 私が意識を取り戻した時、最初に目に入った花なのですから。

 あの花は、私が育てたという花。意識を取り戻した後、しばらく咲き続けていたのですが、四月頃、こつぜんと姿を消したのです。見るだけで嬉しくなるような花ではあったので、少しさみしくはありましたが、不思議と、悲しくはありませんでした。むしろ少し、よかった……と、ほっとしたような気持ちになったのです。

 ですが、もしあのお方があの花だとしたら、どうやってかたちを得たというのでしょう。神様の創造のお力がなければ、私たちはこのかたちを得られないはずです。
 もしかすると、神様の力をより多く授かったイクス・モルフォでいらっしゃるために、自らのかたちを得ることができた、ということなのでしょうか。

 わかりません。わからないことばかりです。
 だけど、一番わからないのは、どうして私に、「愛してる」というお言葉をくださったのかということでした……。
 わからなくて、考えたくて、だけど頭が動かなくて……。あふれて止まらない涙を、必死に拭うことしかできませんでした。

「シスター・セナ」

 勇敢なお声が聞こえました。涙を拭い、顔を上げると、入口に、シスター・ルドベキアが立っていらっしゃいました。

「マザーが、目が覚めたらすぐに来るようにと。すぐに支度を」

 私は着替えました。体が鉛のように重く、いつもより手が動かずに、シスター・ルドベキアをお待たせしてしまいました。
 廊下は静寂に包まれていました。今は、神様への手紙を書く時間のようでした。足音を消しながら歩き、マザーのもとへ向かいました。
 途中、朝の空が見えました。光で満ちて、真っ白に染まっていました。いつもと変わらない景色に、私の胸は苦しくなりました。
 マザーの部屋の扉を開いた瞬間、マザーがたっと私に駆け寄って、強く抱きしめてくださいました。「怪我がなくてよかった」といたわりの言葉をささやいてくださいました。
 私はマザーに、椅子に座るよう促されました。ありがたく座らせていただくと、私の後ろに、シスター・ルドベキアと三人の騎士の方がずらりと並んで立たれました。

「シスター・セナ。あったことをすべて話してください」

 騎士の方々がいらっしゃるからか、マザーは、皆さんの前に立つ時と同じ、公的な話し方をなさいました。私は少し緊張しましたが、一切をお話ししました。途中、涙で詰まることばかりでしたが、マザーは静かに私の言葉を待ち、聞き遂げてくださいました。
 そして、まずおっしゃったのは、シスター・ルゴサのことでした。

「シスター・ルゴサが変化したのは、蟲です」

 ああ、やっぱり……。予想していた答えが現実になり、涙が、じわりと滲みました。同時に、今までは浮かびもしなかった疑問が湧き上がりました。

「……どうして……どうして、シスター・ルゴサが……蟲は、蟲ではないのですか? 花の、修道女なのですか……?」

「おそらくそうなのでしょう。そして、エスの指輪が蟲のもと。指輪が動き、黒く枯れたところに噛みついた、と言いましたね。花の修道女の枯れた部分に毒を注ぐことで、体を蟲に変化させる仕組みなのでしょう。

 このようなことができるのは、ただひとり、ラジアータだけ」

 マザーは、「覚えていますね」とおっしゃいました。私は、きちんと覚えていました。「創生の時代Creatia」に、イヴとアダムをそそのかし、再興の時代に、「神の花嫁」だった罪女ニゲラと手を取って、神様を裏切り、傷つけた蛇のことです。

「つまり、この東の修道院に、ラジアータがひそんでいる、ということです。そして、エスと、それに伴う心の渇きを利用して、花の修道女たちを亡ぼそうと企んでいるのです」

 私は、戦慄し、息を呑みました。
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