Exspetioa2.6.26 (3)
マザーは、次の話に移りました。あの白い光のことでした。
「シスター・セナ。その白い光は、あなたのイクス・モルフォの力です。あなたは、イクス・モルフォになったのです」
私が、イクス・モルフォ……。無我夢中でよく覚えていないのですが、それでも、力を使った感覚がしなかったことは確かです。それに、いったい何の力なのでしょう。私がお訊きすると、マザーが、
「おそらく『浄化』の力でしょう。その証拠に、西の修道院で現れた蟲が朝の光によって消滅した際には出なかったという種が、今回は残っていました」
と教えてくださいました。私は、シスター・ルゴサの種が残っていらっしゃったということにとてもほっとして、じんわりと浮かんだ涙を拭いました。
「もし、今回のことをラジアータがどこかで見て知っていたとしたら、ラジアータは、あなたの命を狙ってくるでしょう。花の修道女たちを亡ぼそうとしているラジアータにとって、あなたの力は、自分の計画を阻む厄介なものでしょうから。よって、今日からあなたの警護に、シスター・ルドベキアをつけます」
「えっ……騎士長の方が……」
「あなたは『神の花嫁』になるのですから、一番いい警護をつけなければなりません。警戒すべき相手はもう一人いるのですから。
ニゲラです。あなたを蟲から助けたという、塔の上の牢にいたもの。あれこそが、神を亡ぼした、罪女ニゲラなのです」
あのお方が、「ニゲラ」……。かつての「神の花嫁」で、初めてのイクス・モルフォ。そして神を、「破壊」の力で亡ぼしたという……。あの、穏やかでやさしく、温かな笑みをくださり、いつも見守ってくださっている、あのお方が……。
たしかに、武器をつくりだす力があるということは、「破壊」の力をもつということ。ぼんやりしすぎて気が付きませんでした。
「今回のことは、すべて罪女ニゲラの仕業でしょう」
「そんな……! そんなことはありません!」
自分が思ったよりも大きな声が出て、私は思わず、口を塞ぎました。マザーのヴェール越しに見える瞳は、一瞬悲しそうになりましたが、しかし強く、そして冷たく、私をひたと見据えました。
「罪女ニゲラは、四月に突然現れて、『軟禁でいいからここにおいてほしい』と言ってきました。罪女ニゲラは神を恨んでいる。ラジアータと手を組み、神の創った私たち花の修道女を……いえ、この世界を亡ぼそうと考えているに違いありません。あなたを助けたのも、あなたにいい子だと思わせて、私に解放するよう頼ませ、ここで自由に動きまわれるようにしようと目論んだからでしょう」
私は、信じられませんでした。彼女は、そんなことをするようなお方ではない……。そう、強く思ったのです。
神様を亡ぼしたという事実は変わりませんし、彼女とじっくりとお話したこともありません。
ですが、毎日私を見つめてくださっていたあのまなざしの温かさ、そして、私に掛けてくださった、「自分を嫌いにならないで」といういたわりのお言葉、「愛してる」というまっすぐなお言葉……。
私は、あのお方を信じていたい。そう、強く思いました。
マザーはそんな私の気持ちを見抜いたのでしょう。声を低めて、おっしゃいました。
「シスター・セナ。あなたは今回、私の言葉に従わなかった。私は、こうなってしまうかもしれないと思い、あなたを止めたのに。私の言葉に従わず、自分の考えで行動することは、間違い。間違いを犯したら、取り返しのつかない不幸を招く。シスター・ルゴサが亡んだのはあなたのせい。あなたが、皆を幸せにしたいなどと、自分の考えで動いたから。あなたは、神以外の誰かなど、誰一人幸せにはできない」
息が、できなくなりました。心が太い縄で締め上げられているような苦しい痛みに、体がねじ切れてしまいそうでした。
マザーは淡々とお話を続けられました。
「罪女ニゲラは、神を亡ぼした敵。あの牢に、二度と行かないこと。決して、かかわりをもたないこと。そして、罪女ニゲラを決して信じないこと。もし神が、ご自身を亡ぼした相手をあなたが信じるなどと知ったら、どれほどお悲しみになるでしょう。
私の言葉は神の御言葉、神の御心。私の言葉に従い、神の望む心になりなさい。それがあなたの在るべき正しい美しさ。『神の花嫁』となる、あなたの正しい行動です。神のみ愛し、神のために咲きなさい。もう二度と、間違いを犯さないように」
ノックの音がしました。マザーが「入りなさい」と言うと、シスター・アザレアが入ってきました。
「あなたの方にはシスター・ルドベキアをつけますが、ニゲラの方にはシスター・アザレアをつけます。シスター・アザレア。ニゲラが妙な動きをしないよう、鐘を突く時間以外、ニゲラを見張りなさい」
「承知いたしました。マザーのお言葉のままに」
シスター・アザレアはスカートの膨らみを少し上げ、とても優雅な一礼をなさいました。
マザーはシスター・アザレアに、小さな木箱を贈っていらっしゃいました。中には、鎖が入っているとのお話でした。シスター・アザレアもイクス・モルフォでいらっしゃるので、ニゲラを監視する際、何かあれば、イクス・モルフォの力を発動し、これで対抗するように、とのことでした。私はあのお方が心配で、胸が痛くなりました……。
礼拝の時間ということで、解散となりました。私はとりあえず三日間、しっかり自室で心と体を休めるように言われ、部屋に戻りました。
そうした経緯で、昨日から今まで、じっとベッドの中にいて、あまりにも頭の中がぐちゃぐちゃしていたので、こうして日記を書いてまとめることにしたのです。
やはり、日記を書いたら、困惑してよくわからなかった今日までのことがすっきりと整理されました。シスター・ルゴサのくださったものだったから、目に触れるのさえつらかったのですが……。思い切って、手に取ってよかったです。
ただ、まだ出来事を整理できただけで、何も考えられないし、気持ちはぐちゃぐちゃしています。まだふとした時に、じんわりと涙があふれてしまうのです……。
ずっと椅子に腰掛けていらっしゃるシスター・ルドベキアにも大変申し訳なく、一日も早く外に出られるようになりたいと焦るばかりです。
ひとまず、私が整理するべき気持ちは、シスター・ルゴサのこと。
そして、ニゲラ――あのお方のこと。
午後の労働を告げる鐘が聞こえました。あのお方は、今、どのようにお過ごしなのでしょう……。
今日はもう日記を書く手を止め、目をつむり、自分の気持ちをひとつひとつ整理したいと思います。
「シスター・セナ。その白い光は、あなたのイクス・モルフォの力です。あなたは、イクス・モルフォになったのです」
私が、イクス・モルフォ……。無我夢中でよく覚えていないのですが、それでも、力を使った感覚がしなかったことは確かです。それに、いったい何の力なのでしょう。私がお訊きすると、マザーが、
「おそらく『浄化』の力でしょう。その証拠に、西の修道院で現れた蟲が朝の光によって消滅した際には出なかったという種が、今回は残っていました」
と教えてくださいました。私は、シスター・ルゴサの種が残っていらっしゃったということにとてもほっとして、じんわりと浮かんだ涙を拭いました。
「もし、今回のことをラジアータがどこかで見て知っていたとしたら、ラジアータは、あなたの命を狙ってくるでしょう。花の修道女たちを亡ぼそうとしているラジアータにとって、あなたの力は、自分の計画を阻む厄介なものでしょうから。よって、今日からあなたの警護に、シスター・ルドベキアをつけます」
「えっ……騎士長の方が……」
「あなたは『神の花嫁』になるのですから、一番いい警護をつけなければなりません。警戒すべき相手はもう一人いるのですから。
ニゲラです。あなたを蟲から助けたという、塔の上の牢にいたもの。あれこそが、神を亡ぼした、罪女ニゲラなのです」
あのお方が、「ニゲラ」……。かつての「神の花嫁」で、初めてのイクス・モルフォ。そして神を、「破壊」の力で亡ぼしたという……。あの、穏やかでやさしく、温かな笑みをくださり、いつも見守ってくださっている、あのお方が……。
たしかに、武器をつくりだす力があるということは、「破壊」の力をもつということ。ぼんやりしすぎて気が付きませんでした。
「今回のことは、すべて罪女ニゲラの仕業でしょう」
「そんな……! そんなことはありません!」
自分が思ったよりも大きな声が出て、私は思わず、口を塞ぎました。マザーのヴェール越しに見える瞳は、一瞬悲しそうになりましたが、しかし強く、そして冷たく、私をひたと見据えました。
「罪女ニゲラは、四月に突然現れて、『軟禁でいいからここにおいてほしい』と言ってきました。罪女ニゲラは神を恨んでいる。ラジアータと手を組み、神の創った私たち花の修道女を……いえ、この世界を亡ぼそうと考えているに違いありません。あなたを助けたのも、あなたにいい子だと思わせて、私に解放するよう頼ませ、ここで自由に動きまわれるようにしようと目論んだからでしょう」
私は、信じられませんでした。彼女は、そんなことをするようなお方ではない……。そう、強く思ったのです。
神様を亡ぼしたという事実は変わりませんし、彼女とじっくりとお話したこともありません。
ですが、毎日私を見つめてくださっていたあのまなざしの温かさ、そして、私に掛けてくださった、「自分を嫌いにならないで」といういたわりのお言葉、「愛してる」というまっすぐなお言葉……。
私は、あのお方を信じていたい。そう、強く思いました。
マザーはそんな私の気持ちを見抜いたのでしょう。声を低めて、おっしゃいました。
「シスター・セナ。あなたは今回、私の言葉に従わなかった。私は、こうなってしまうかもしれないと思い、あなたを止めたのに。私の言葉に従わず、自分の考えで行動することは、間違い。間違いを犯したら、取り返しのつかない不幸を招く。シスター・ルゴサが亡んだのはあなたのせい。あなたが、皆を幸せにしたいなどと、自分の考えで動いたから。あなたは、神以外の誰かなど、誰一人幸せにはできない」
息が、できなくなりました。心が太い縄で締め上げられているような苦しい痛みに、体がねじ切れてしまいそうでした。
マザーは淡々とお話を続けられました。
「罪女ニゲラは、神を亡ぼした敵。あの牢に、二度と行かないこと。決して、かかわりをもたないこと。そして、罪女ニゲラを決して信じないこと。もし神が、ご自身を亡ぼした相手をあなたが信じるなどと知ったら、どれほどお悲しみになるでしょう。
私の言葉は神の御言葉、神の御心。私の言葉に従い、神の望む心になりなさい。それがあなたの在るべき正しい美しさ。『神の花嫁』となる、あなたの正しい行動です。神のみ愛し、神のために咲きなさい。もう二度と、間違いを犯さないように」
ノックの音がしました。マザーが「入りなさい」と言うと、シスター・アザレアが入ってきました。
「あなたの方にはシスター・ルドベキアをつけますが、ニゲラの方にはシスター・アザレアをつけます。シスター・アザレア。ニゲラが妙な動きをしないよう、鐘を突く時間以外、ニゲラを見張りなさい」
「承知いたしました。マザーのお言葉のままに」
シスター・アザレアはスカートの膨らみを少し上げ、とても優雅な一礼をなさいました。
マザーはシスター・アザレアに、小さな木箱を贈っていらっしゃいました。中には、鎖が入っているとのお話でした。シスター・アザレアもイクス・モルフォでいらっしゃるので、ニゲラを監視する際、何かあれば、イクス・モルフォの力を発動し、これで対抗するように、とのことでした。私はあのお方が心配で、胸が痛くなりました……。
礼拝の時間ということで、解散となりました。私はとりあえず三日間、しっかり自室で心と体を休めるように言われ、部屋に戻りました。
そうした経緯で、昨日から今まで、じっとベッドの中にいて、あまりにも頭の中がぐちゃぐちゃしていたので、こうして日記を書いてまとめることにしたのです。
やはり、日記を書いたら、困惑してよくわからなかった今日までのことがすっきりと整理されました。シスター・ルゴサのくださったものだったから、目に触れるのさえつらかったのですが……。思い切って、手に取ってよかったです。
ただ、まだ出来事を整理できただけで、何も考えられないし、気持ちはぐちゃぐちゃしています。まだふとした時に、じんわりと涙があふれてしまうのです……。
ずっと椅子に腰掛けていらっしゃるシスター・ルドベキアにも大変申し訳なく、一日も早く外に出られるようになりたいと焦るばかりです。
ひとまず、私が整理するべき気持ちは、シスター・ルゴサのこと。
そして、ニゲラ――あのお方のこと。
午後の労働を告げる鐘が聞こえました。あのお方は、今、どのようにお過ごしなのでしょう……。
今日はもう日記を書く手を止め、目をつむり、自分の気持ちをひとつひとつ整理したいと思います。