Exspetioa2.12.5 (1)
今日は朝早くに、昨日できあがったというニゲラ様のコートを見せていただきました。日に日に寒くなっているので、雪が降る前に完成させていただけてよかったです。服飾の皆さんに感謝。
ニゲラ様は、綿の詰まったやわらかな生地を揉みながら、
「私たちの採った綿も入っているかしら」
とほほ笑みました。以前綿づくりの仕事場で種取りをした時の綿のことだと、すぐにわかりました。入っていると嬉しいです。
ニゲラ様は、
「また、綿の種を取りたいわ」
とぼんやりおっしゃいました。たくさんお仕事をした中で、一番気に入ったご様子でした。私も、やわらかな綿の感触、繊維から種をもぎ取った時のぶちぶちとした感触がとても面白く、そして不思議な幸福感で満たされたことを思い出して、またしたいな、と思いました。
「ぜひまた、ご一緒させてください」
「楽しみだわ。その日まで、咲いていなくちゃ」
私は、ドキリとしました。冗談めいておっしゃるけれど、この状況でそんなことを言われると、緊張してしまいます。
休息の時間。一通り手入れが終わると、長椅子に座っていらしたニゲラ様が、私を手招きました。誘われるまま隣に座ると、ニゲラ様は、
「肩、貸してくれる?」
とおっしゃいました。そして私の返事を待たず、私の左肩に、頭を乗せられたのです!
突然のことでドキリとして、肩が跳ねてしまいそうになりました。ですがニゲラ様は、心地よさそうに瞼を閉じていらっしゃいます。私が動いてしまっては、ニゲラ様が落ち着いてお休みになれません。
私はドキドキしながら、じっとすることを心掛けました。
それから少しすると、
「シスター・セナ!」
と、息のような複数の声が、前にある椿の木から聞こえてきました。見ると、シスター・フリージア、シスター・ロベリア、シスター・アナベル、シスター・プリムラ、シスター・パンジー、シスター・マネチア、シスター・トレニアが、木の後ろに隠れていらっしゃいました。私は見られてしまっている恥ずかしさで体が熱くなっていくのを感じました。
皆さんは静かにこちらに近づいてくると、こそこそと声を掛けてくださいました。
「私たちも気にしないから、どうか気にしないで」
と、シスター・プリムラがおっしゃいました。たしかに、シスター・ロベリアとシスター・アナベルは貝殻つなぎをしていらっしゃり、シスター・パンジーはシスター・プリムラの腕に絡まっていらっしゃるけれど……。私はやっぱり、周りがどうあっても恥ずかしいものは恥ずかしい、と思いました。
「ニゲラさん、お疲れなんだね……」
「シスター・セナは大丈夫? 寝不足じゃない?」
シスター・ロベリアとシスター・アナベルのお気遣いの言葉が胸に沁みて、私は深々とお礼をお伝えしました。たしかに、また蟲が出るかもしれないという緊張感は、常に付きまとっていますが、体はつらくないのです。ですが、蟲との戦闘時、私を連れて走ったり、跳んだりすることもあるニゲラ様は別。力を発動している間は、体の機能が倍増して、疲労感もあまり感じないとおっしゃいますが、二日か三日に一度、蟲と戦っていたら、疲れは蓄積してしまうと思うのです。
「なかなか、蟲になる子が後を絶たないわね」
「もぉ、二か月くらいこの調子よねぇ……」
「やっぱり、騎士がお三方だけになってしまったのが大きいのかな」
「皆エスの指輪が危険だと知って、指輪を外したり、エスの手紙を書かないようにしたりしているはずだけど」
私は、皆さんの不安な気持ちを感じて、どうにかしなくては、と思いました。
「大丈夫です。私とニゲラ様で東の修道院を守ります。負の感情につけいられないよう、ひとりひとりができることをしましょう。幸せを数え、神様に感謝して、美しい心で過ごすことを心がけましょう」
そうお伝えすると、皆さんは顔を見合わせて、にっこりほほ笑み合いました。
「なんだか、頼もしくなったわね、セナ」
と、シスター・フリージアがおっしゃいました。
「ほんとぉ。嬉しいわぁ」
「かわいいかわいいシスター・セナが、こんなに成長するなんて……」
「とんでもないです。偉そうなことを言ってしまっていたら申し訳ありません」
「そんなことない。なんだかほっとしたよ」
皆さんはニコニコしながら、「ちょっとお話ししていっていい? 久しぶりに」と、私の前の芝生に座られました。
「ねえ、シスター・セナ。ニゲラさんとシスター・セナに、私たち、本当に感謝しているのよ」
「シスター・セナとニゲラさんがつくってくれた自由の文化。この環境こそ、私たちにとっての楽園よ」
「シスター・セナとニゲラさんのおかげで、私たちは幸せに咲くことができている。本当に、ありがとう」
「とんでもないです、ニゲラ様にもお伝えします」
とても光栄なお言葉で、胸が温かくなりました。ですがきっと、本当の楽園は、蟲のない、平和な世界。早く蟲が頻出するこの事象がおさまってくれるといいのですが……。
「ところで、聞きたかったのだけど」
シスター・ロベリアが、一層声をひそめました。
「シスター・セナは、ニゲラさんとエスにはならないの?」
私はまた、恥ずかしさで頭のてっぺんまでパンパンになりました。
「わ……私は、『神の花嫁』にと、マザーに……」
「それはマザーからのご命令であって! シスター・セナの気持ちはどうなの? ニゲラさんのこと、どう思っているの?」
シスター・アナベルが眉根を寄せてひそめきました。以前は「神の花嫁」の話題に「素敵!」と歓声をくださったのに……。
私を囲む皆さんが、わくわくした顔で私を見つめました。皆さんの手に咲く花も、わくわくと私を見つめているようでした。私の体の奥底から、恥ずかしさが込み上げてきました。ですが、言わなければ逃がしてもらえないような雰囲気に、私は重い唇を開きました。
「も……もちろん、大好きです。お言葉やお考えにあこがれますし、とてもお美しいと思います。ひとつひとつの言動にドキドキして、恥ずかしくなってしまうし、ほほ笑みかけてくださると、嬉しい、と思ってしまうし――」
「キャー! 素敵!」
「しっ! アナ、ニゲラさんが起きちゃうわ!」
「あっ、ごめんなさい……!」
聞かれていたらどうしよう! 私は焦ってニゲラ様を覗きました。ニゲラ様は、すうすうと深く眠っているように見えました。私は、ほっとしました。
「そんな風に思っているってことは、エスになりたいの?」
「わかりません、考えたことがなくて……。皆さんは、どうしてエスになりたいと思ったのですか?」
皆さんは、エス同志で顔を見合わせました。
「相手と一緒にいること、愛し、愛されることが幸せで……ずっとこの幸せが続けばいいなって思ったからかしら」
「特別なことができる間柄になりたかったしね」
「それに、ずっとそんな二人でいられる約束がほしかったの。たとえ、罪を背負っても」
私は、胸に手を当てました。ニゲラ様への気持ちと重ねて、同じ部分、違う部分を確かめようと思ったのです。
シスター・フリージアが、やさしく、私を呼びました。
「シスター・セナ。私たちは、シスター・セナとニゲラさんのおかげで自由な心で過ごせるようになったわ」
「そうよ。神を裏切り、エスになる。そんな風に他の子たちと違っている選択をしても、それが自分の幸せだからって、胸を張っていられるようになった」
「おかげで私たち、罪への恐れがなくなったのぉ。自分らしく咲いていられるようになったわぁ」
「皆そう。だから、エスの『一緒に罪を背負う』という意味は、もうなくなったわ。エスは今、一緒にいることや、愛し合うことを約束をする、ただただ幸せなものになった。あなたたちのおかげよ」
「だけど、シスター・セナはどうなのだろうって、皆で話していたの。『神の花嫁』になる。それが、あなたが決めたことならそれでいいの。だけど、もし、本当はニゲラさんとエスになりたいのに、『神の花嫁』になるというマザーのご命令が、あなたを我慢させてしまっているのなら、いつだって、なんだって、力になるわ」
私は、嬉しくて、温かい気持ちになりました。
シスター・ロベリアとシスター・アナベルが、私の手を握りました。
「エスと、神と『神の花嫁』の関係はとても似ているものだと思うの。ずっと互いを一番に愛し合い、ずっと一緒にいるという約束を交わす間柄……」
「お互いにそう在りたいと望んでいれば、その約束を交わすことで、この上なく幸せな気持ちになれる。だからエスは素晴らしいのよ」
「だからこそ、しっかり考えてほしいの。シスター・セナが一緒にいたいのは、どちらなの? あなたにとって、あなたを幸せにする存在は、どちらなの?」
「もし、ニゲラ様とエスになりたいと思っていたのなら、このまま『神の花嫁』になったら、後悔してしまうわ」
私たちの手の上に、シスター・フリージアが、やさしく、手を重ねました。
「いつか、ニゲラ様がおっしゃっていたわ。あなたの心は、あなたのもの、ですからね」
シスター・プリムラとシスター・マネチアが、シスター・フリージアの手の上に、さらに手を重ねました。シスター・パンジーが、私の空いていた右腕に絡まりました。シスター・トレニアが、私の頭に頬を乗せました。シスター・フリージアがほほ笑んで、
「皆、あなたの幸せを願っているわ」
とおっしゃってくださいました。私は、とても幸せな気持ちになりました。
いつか、ニゲラ様がおっしゃってくださった、「あなたが幸せなら、あなたを大切に想う人も幸せになる」という言葉を思い出しました。
私は、「神の花嫁」になることが私の本当の気持ちなのか。そして、ニゲラ様とエスになりたいのか。どちらも、すぐに答えられませんでした。
私は、考えもしなかったのです。「神の花嫁」にならないという選択肢があるなんて……。
でも、なるかならないか、自分で選択をしていいことなのだな、と思いました。思えば、そうです。自分のことなのですから、自分で選択ができないなんてことはないのです。これまでも、自分の美しさや幸せのために動いてきたから、それと同じことです。
ですが、この選択は、今までとは比べ物にならない、大きなことのように思えました。私の咲き方、在り方だけではない——大げさかもしれないけれど、この世界に、楽園にかかわる、大きな選択になると思うのです。
「神の花嫁」になるまで、あと二十日。しっかり考えて、私が幸せだと思う答えを出そう。私はそう決心しました。
私が、「ありがとうございます」と心からお伝えすると、皆さんはお菓子やりんごなどのお土産をくださって、お帰りになられました。
皆さんの姿が見えなくなった頃。
「行った?」
ニゲラ様がぱちりと目を開けていらっしゃいました。
「おはようございます。いつの間に起きていらっしゃったのですか?」
「寝ていないわ。あの子たちの視線を感じたから、寝たふりをしただけ」
私は、愕然としました。ということは、全部——私の、ニゲラ様をどう思っているかの話も、全部聞かれてしまっていたということでしょうか⁉
「ええ。嬉しかったわ」
ニゲラ様は、あっさりほほ笑まれました。私はもう、恥ずかしさのあまり、熱い顔を覆う他ありませんでした。
そんな私をよそに、ニゲラ様は、
「セナの答えが楽しみね」
とつぶやくと、りんごを手に取り、ご機嫌よく磨いていらっしゃいました。
ニゲラ様は、綿の詰まったやわらかな生地を揉みながら、
「私たちの採った綿も入っているかしら」
とほほ笑みました。以前綿づくりの仕事場で種取りをした時の綿のことだと、すぐにわかりました。入っていると嬉しいです。
ニゲラ様は、
「また、綿の種を取りたいわ」
とぼんやりおっしゃいました。たくさんお仕事をした中で、一番気に入ったご様子でした。私も、やわらかな綿の感触、繊維から種をもぎ取った時のぶちぶちとした感触がとても面白く、そして不思議な幸福感で満たされたことを思い出して、またしたいな、と思いました。
「ぜひまた、ご一緒させてください」
「楽しみだわ。その日まで、咲いていなくちゃ」
私は、ドキリとしました。冗談めいておっしゃるけれど、この状況でそんなことを言われると、緊張してしまいます。
休息の時間。一通り手入れが終わると、長椅子に座っていらしたニゲラ様が、私を手招きました。誘われるまま隣に座ると、ニゲラ様は、
「肩、貸してくれる?」
とおっしゃいました。そして私の返事を待たず、私の左肩に、頭を乗せられたのです!
突然のことでドキリとして、肩が跳ねてしまいそうになりました。ですがニゲラ様は、心地よさそうに瞼を閉じていらっしゃいます。私が動いてしまっては、ニゲラ様が落ち着いてお休みになれません。
私はドキドキしながら、じっとすることを心掛けました。
それから少しすると、
「シスター・セナ!」
と、息のような複数の声が、前にある椿の木から聞こえてきました。見ると、シスター・フリージア、シスター・ロベリア、シスター・アナベル、シスター・プリムラ、シスター・パンジー、シスター・マネチア、シスター・トレニアが、木の後ろに隠れていらっしゃいました。私は見られてしまっている恥ずかしさで体が熱くなっていくのを感じました。
皆さんは静かにこちらに近づいてくると、こそこそと声を掛けてくださいました。
「私たちも気にしないから、どうか気にしないで」
と、シスター・プリムラがおっしゃいました。たしかに、シスター・ロベリアとシスター・アナベルは貝殻つなぎをしていらっしゃり、シスター・パンジーはシスター・プリムラの腕に絡まっていらっしゃるけれど……。私はやっぱり、周りがどうあっても恥ずかしいものは恥ずかしい、と思いました。
「ニゲラさん、お疲れなんだね……」
「シスター・セナは大丈夫? 寝不足じゃない?」
シスター・ロベリアとシスター・アナベルのお気遣いの言葉が胸に沁みて、私は深々とお礼をお伝えしました。たしかに、また蟲が出るかもしれないという緊張感は、常に付きまとっていますが、体はつらくないのです。ですが、蟲との戦闘時、私を連れて走ったり、跳んだりすることもあるニゲラ様は別。力を発動している間は、体の機能が倍増して、疲労感もあまり感じないとおっしゃいますが、二日か三日に一度、蟲と戦っていたら、疲れは蓄積してしまうと思うのです。
「なかなか、蟲になる子が後を絶たないわね」
「もぉ、二か月くらいこの調子よねぇ……」
「やっぱり、騎士がお三方だけになってしまったのが大きいのかな」
「皆エスの指輪が危険だと知って、指輪を外したり、エスの手紙を書かないようにしたりしているはずだけど」
私は、皆さんの不安な気持ちを感じて、どうにかしなくては、と思いました。
「大丈夫です。私とニゲラ様で東の修道院を守ります。負の感情につけいられないよう、ひとりひとりができることをしましょう。幸せを数え、神様に感謝して、美しい心で過ごすことを心がけましょう」
そうお伝えすると、皆さんは顔を見合わせて、にっこりほほ笑み合いました。
「なんだか、頼もしくなったわね、セナ」
と、シスター・フリージアがおっしゃいました。
「ほんとぉ。嬉しいわぁ」
「かわいいかわいいシスター・セナが、こんなに成長するなんて……」
「とんでもないです。偉そうなことを言ってしまっていたら申し訳ありません」
「そんなことない。なんだかほっとしたよ」
皆さんはニコニコしながら、「ちょっとお話ししていっていい? 久しぶりに」と、私の前の芝生に座られました。
「ねえ、シスター・セナ。ニゲラさんとシスター・セナに、私たち、本当に感謝しているのよ」
「シスター・セナとニゲラさんがつくってくれた自由の文化。この環境こそ、私たちにとっての楽園よ」
「シスター・セナとニゲラさんのおかげで、私たちは幸せに咲くことができている。本当に、ありがとう」
「とんでもないです、ニゲラ様にもお伝えします」
とても光栄なお言葉で、胸が温かくなりました。ですがきっと、本当の楽園は、蟲のない、平和な世界。早く蟲が頻出するこの事象がおさまってくれるといいのですが……。
「ところで、聞きたかったのだけど」
シスター・ロベリアが、一層声をひそめました。
「シスター・セナは、ニゲラさんとエスにはならないの?」
私はまた、恥ずかしさで頭のてっぺんまでパンパンになりました。
「わ……私は、『神の花嫁』にと、マザーに……」
「それはマザーからのご命令であって! シスター・セナの気持ちはどうなの? ニゲラさんのこと、どう思っているの?」
シスター・アナベルが眉根を寄せてひそめきました。以前は「神の花嫁」の話題に「素敵!」と歓声をくださったのに……。
私を囲む皆さんが、わくわくした顔で私を見つめました。皆さんの手に咲く花も、わくわくと私を見つめているようでした。私の体の奥底から、恥ずかしさが込み上げてきました。ですが、言わなければ逃がしてもらえないような雰囲気に、私は重い唇を開きました。
「も……もちろん、大好きです。お言葉やお考えにあこがれますし、とてもお美しいと思います。ひとつひとつの言動にドキドキして、恥ずかしくなってしまうし、ほほ笑みかけてくださると、嬉しい、と思ってしまうし――」
「キャー! 素敵!」
「しっ! アナ、ニゲラさんが起きちゃうわ!」
「あっ、ごめんなさい……!」
聞かれていたらどうしよう! 私は焦ってニゲラ様を覗きました。ニゲラ様は、すうすうと深く眠っているように見えました。私は、ほっとしました。
「そんな風に思っているってことは、エスになりたいの?」
「わかりません、考えたことがなくて……。皆さんは、どうしてエスになりたいと思ったのですか?」
皆さんは、エス同志で顔を見合わせました。
「相手と一緒にいること、愛し、愛されることが幸せで……ずっとこの幸せが続けばいいなって思ったからかしら」
「特別なことができる間柄になりたかったしね」
「それに、ずっとそんな二人でいられる約束がほしかったの。たとえ、罪を背負っても」
私は、胸に手を当てました。ニゲラ様への気持ちと重ねて、同じ部分、違う部分を確かめようと思ったのです。
シスター・フリージアが、やさしく、私を呼びました。
「シスター・セナ。私たちは、シスター・セナとニゲラさんのおかげで自由な心で過ごせるようになったわ」
「そうよ。神を裏切り、エスになる。そんな風に他の子たちと違っている選択をしても、それが自分の幸せだからって、胸を張っていられるようになった」
「おかげで私たち、罪への恐れがなくなったのぉ。自分らしく咲いていられるようになったわぁ」
「皆そう。だから、エスの『一緒に罪を背負う』という意味は、もうなくなったわ。エスは今、一緒にいることや、愛し合うことを約束をする、ただただ幸せなものになった。あなたたちのおかげよ」
「だけど、シスター・セナはどうなのだろうって、皆で話していたの。『神の花嫁』になる。それが、あなたが決めたことならそれでいいの。だけど、もし、本当はニゲラさんとエスになりたいのに、『神の花嫁』になるというマザーのご命令が、あなたを我慢させてしまっているのなら、いつだって、なんだって、力になるわ」
私は、嬉しくて、温かい気持ちになりました。
シスター・ロベリアとシスター・アナベルが、私の手を握りました。
「エスと、神と『神の花嫁』の関係はとても似ているものだと思うの。ずっと互いを一番に愛し合い、ずっと一緒にいるという約束を交わす間柄……」
「お互いにそう在りたいと望んでいれば、その約束を交わすことで、この上なく幸せな気持ちになれる。だからエスは素晴らしいのよ」
「だからこそ、しっかり考えてほしいの。シスター・セナが一緒にいたいのは、どちらなの? あなたにとって、あなたを幸せにする存在は、どちらなの?」
「もし、ニゲラ様とエスになりたいと思っていたのなら、このまま『神の花嫁』になったら、後悔してしまうわ」
私たちの手の上に、シスター・フリージアが、やさしく、手を重ねました。
「いつか、ニゲラ様がおっしゃっていたわ。あなたの心は、あなたのもの、ですからね」
シスター・プリムラとシスター・マネチアが、シスター・フリージアの手の上に、さらに手を重ねました。シスター・パンジーが、私の空いていた右腕に絡まりました。シスター・トレニアが、私の頭に頬を乗せました。シスター・フリージアがほほ笑んで、
「皆、あなたの幸せを願っているわ」
とおっしゃってくださいました。私は、とても幸せな気持ちになりました。
いつか、ニゲラ様がおっしゃってくださった、「あなたが幸せなら、あなたを大切に想う人も幸せになる」という言葉を思い出しました。
私は、「神の花嫁」になることが私の本当の気持ちなのか。そして、ニゲラ様とエスになりたいのか。どちらも、すぐに答えられませんでした。
私は、考えもしなかったのです。「神の花嫁」にならないという選択肢があるなんて……。
でも、なるかならないか、自分で選択をしていいことなのだな、と思いました。思えば、そうです。自分のことなのですから、自分で選択ができないなんてことはないのです。これまでも、自分の美しさや幸せのために動いてきたから、それと同じことです。
ですが、この選択は、今までとは比べ物にならない、大きなことのように思えました。私の咲き方、在り方だけではない——大げさかもしれないけれど、この世界に、楽園にかかわる、大きな選択になると思うのです。
「神の花嫁」になるまで、あと二十日。しっかり考えて、私が幸せだと思う答えを出そう。私はそう決心しました。
私が、「ありがとうございます」と心からお伝えすると、皆さんはお菓子やりんごなどのお土産をくださって、お帰りになられました。
皆さんの姿が見えなくなった頃。
「行った?」
ニゲラ様がぱちりと目を開けていらっしゃいました。
「おはようございます。いつの間に起きていらっしゃったのですか?」
「寝ていないわ。あの子たちの視線を感じたから、寝たふりをしただけ」
私は、愕然としました。ということは、全部——私の、ニゲラ様をどう思っているかの話も、全部聞かれてしまっていたということでしょうか⁉
「ええ。嬉しかったわ」
ニゲラ様は、あっさりほほ笑まれました。私はもう、恥ずかしさのあまり、熱い顔を覆う他ありませんでした。
そんな私をよそに、ニゲラ様は、
「セナの答えが楽しみね」
とつぶやくと、りんごを手に取り、ご機嫌よく磨いていらっしゃいました。