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作者: 鈴奈
Exspetioa2.12.27 (4)
 その瞬間、私の目の前が真っ暗になりました。
 ですがそれは、いつもの気を失った感覚とは違うものでした。
 私は、暗闇の中にいました。意識はしっかりしているのに、体の感覚は、まるで、夢の中にいるようにふわふわとしていました。

≪――セナ≫

 聞き覚えのある声と一緒に、目の前に、やさしい光が生まれました。光は少しずつ膨らんで、私の体と同じくらいの大きさになりました。
 私は、その光が何かわかりました。

「あなたは、『自然の意思』ですね……」

 光の玉は、≪そうです≫と応えました。私の声でした。

≪私は、「自然の意思」。この世界そのもの……。

 私は意識が生まれた後、地を、空を、空気を、水を、光を、そして命を創りました。
 私はその命たちに世界を任せ、見守っていました。しかし五千年が経った頃、進化しすぎた文明が環境を壊し、争いが生まれ、次々と命が消えて、世界は、滅びてしまいました。

 私は、私の世界に生きるすべてのものに、幸せに生きてほしかった。
 だからもう一度、世界を創りなおすことにしました。
 しかし私は壊れた環境とともに衰弱していて、自由に動くことができませんでした。そのため、私のもつ創造の力にかたちを与え、世界を創りなおさせたのです。世界が創りなおされて、私は、彼にもうひとつのこの世界を創らせ、意思を与え、自由にしました。元ある世界には、彼のような力をもつものはいないので、混乱を招くだろうと思ったのです。
 しかし彼は、さみしさと孤独に吞まれ、愛を求めた末に、アダム、イヴ、そしてラジアータ……多くのものを創っては、傷つけていきました。アダムとイヴは、彼に創りなおさせた世界で穏やかに過ごすことができたからまだよかった。ラジアータも、ニゲラによって再び自由を手にできた。

 ですが、ニゲラは……。

 ニゲラは、自由に、幸せに生きられると思ったその時に、自らの命を絶たざるを得ませんでした。

 いたたまれない……ニゲラにも、幸せになってほしい。残された花の修道女たちにも。
 すべてのものに、幸せに生きてほしい。

 私はその願いをかたちにして、この世界に届けました。そのかたちは偶然にも、神の創った「ドラセナ」という葉の上に着地し、融合しました。
 その衝撃のせいか、私自身の記憶はなくなってしまいましたが、ニゲラや皆を幸せにしたいという願いは残りました。そして、その葉にわずかに宿っていた、神の「創造」の力と混ざり合い、自他の幸せを実現できる力」を得た存在として、生を得たのです。

 あなたは、私の「願い」。ですが、私の意図を超えた奇跡。「新しい存在ネオ」なのです≫

 私は、「自然の意思」の言っていることが、自分の記憶であるかのように、よくわかりました。
 自分の存在のことも、まるで初めから知っていたような、思い出したかのような、ぴったりとした感覚になりました。
 同時に、確信していました。私は「自然の意思」と同じ存在ですが、「自然の意思」とは違う存在でもあるということを。

 私には私の意思があり、心がある。
 私は、私自身であるということを。

 それは、「自然の意思」も心得ていました。「自然の意思」は言いました。

≪私があなたをこの精神世界に呼んだのは、あなたが、あなたの力を使い、あなたの楽園をつくろうとすると思ったから……。私と会った時点で記憶が戻っているでしょうから、すべてわかっているとは思いますが、あなたの力は「自他の幸せを実現できる」力。神があなたに告げた「祈りを叶える」力ではありません。

 自他の幸せですから、双方の幸せが一致しなければ、叶えることはできません。それに、命を生み出すなどの、創造の力もありません。
 きっと、すべてが思い通りになることはないでしょう。それでも、結果を受け入れ、他者の気持ちを尊重し、諦めずに進んでください。たとえ今は叶わないことでも、困難なことでも、あなた自身の手でつくっていけばきっと叶うこともあります。
 あなたは多くの方と出会い、愛を、やさしさを、感謝を、勇気を、信念を、そして、自分自身を手に入れて、今のあなたになりました。あなたには、変わっていく力があります。それは、生きていく力。楽園をつくることができる力です。自分を信じ、自分を愛して、生きていってください。

 どうか――この世界に存在するすべてが、そしてあなたが、幸せになりますように……≫

 その声を最後に、私の意識は戻りました。

 礼拝堂は、しんとしていました。傍に、神様が眠っていらっしゃいました。
 朝の光が、わずかに窓からこぼれていました。
 私は、外に出ました。
 中庭にはまだ、数多の蟲たちがうごめいていました。
 私の心は、穏やかでした。

「自然の意思」とお話しできてよかった。
 あのまま力を使っていたら、私は、私を嫌いになっていたかもしれません。
 伴わない結果に、力不足だったと嘆いて。
 
 できないこともきっとある。だけど、できることだってきっとある。
 私は、皆さんに幸せになっていただきたい。
 そのために、私にできることをやり遂げたい。
 それが、私。私の愛する美しい私。

 私を信じて、私は私の、未来をつくる。

 私は、指を組んで祈りました。

 ――私たちすべての存在が、幸せになりますように。

 私の体から、力があふれました。体から光が込み上げ、足もとに白い光の花が次々と咲いていきます。
 その白い花が中庭に広がると、蟲たちは皆かたちを失い、きらきらとした種が落ちたのが見えました。そして毒にまみれ、枯れ果てていた植物たちも、青々とした色に戻りました。

 私ができたのは、そこまででした。
 まぶしいほどの朝の光が、ひとりぼっちの、荒廃した修道院を照らしました。
 私は、涙を拭いながら、日を浴びた土にこぼれる種たちを拾いました。

 ――大丈夫。
 幸せを求め続けて、花が咲けば、誰か、きっと……。
 かたちを得ることが幸せだと思う方が、きっと……。

 ああでも――ニゲラ様は……。

 ニゲラ様は、自らを銃で撃ってしまわれました。私が祈りを唱える前に……。
 それに、ニゲラ様はラジアータに乗っ取られてしまっていました。だからでしょうか。礼拝堂の中に、種のようなものは見当たりませんでした……。
 もう、ニゲラ様にはお会いできないかもしれない……。
 私の胸にあった希望が、なくなってしまったように感じました。

 種を握りしめ、呆然としていた、その時です。
 遠くから、私を呼ぶ声が聞こえたように思えました。
 私は、立ち上がって、背伸びをして、森を見ました。
 シスター・フリージアが、シスター・ロベリアが、シスター・アナベルが、シスター・プリムラが、シスター・パンジーが、シスター・マネチアが、シスター・トレニアが……。
 あの時部屋から助けた皆さんが、森から駆けてきてくださったのです。
 私も、走り出しました。私がひとりであることで、すべてを察したのでしょう。シスター・フリージアが私を受け止め、力いっぱい抱きしめてくださいました。耐えていた涙があふれ出して、私は声をあげて泣きました。

 花の修道女の皆さんは、修道院の現状を見るなり、声を失いました。
 種になってしまったものたちを想い、何人もの修道女の皆さんが、涙を流しました。
 私は、神様のこと、私のことをすべてお話ししました。そして、皆さんにお願いしました。

「種は、私が、責任をもって、祈りを込めてお育てします。ですからどうか、皆さんが帰ってくることを祈って、私と一緒に、この修道院を、もう一度、つくっていただけませんか……」

 皆さんは、互いの顔を見合いました。そして、ほほ笑み合い、うなずき合いました。

「当たり前よ」

「新しい世界を、私たちの手でつくりましょう」

 私たちは、互いを励ますように、手を握り合い、背中をさすり合いました。

 それから私たちは、礼拝堂に向かいました。眠ったまま動かないマザー――神様を、十字架の下の台に運びました。皆で話し合い、何があったとしても私たちの神様であることには違いないのだから、毎日感謝を伝えに来ましょう、とお話ししました。そして後日、神様のためのベッドをこちらにおつくりしよう、とお話ししました。
 礼拝堂から出ようと、踵を返した時でした。左側の席に、きらりと光る、何かがあることに気が付きました。
 私が駆け寄ってみると、黒い粒――いえ、種でした。
 手のひらに乗せると、シスター・フリージアが覗き込みました。

「シスター・セナがここに来た時、最初に持っていた種と一緒だわ」

 私は、確信しました。ニゲラ様の種だと……。
 ニゲラ様に会える。ニゲラ様が望まなければ、それは叶わないかもしれないけれど……いえ、でも、きっと会える。
 その可能性があるだけで、私の胸には、希望という名の輝きが広がりました。
 
 今日は、残り時間で、中庭の瓦礫の撤去作業を皆で行いました。
 明日から本格的に、修復や種撒きを行っていきます。
 しばらくは個室がないので、皆で礼拝堂に寝泊まりです。
 今を楽しみ、未来に希望をもって、進んでいきたいと思います。
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