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作者: 草上アケミ
残酷な描写あり R-15
十二番目の悪魔(3)
 ジェイムズが剣を振り下ろした瞬間、全方位に朱色の閃光が飛散した。

 朱色の閃光は距離をとって牽制していた騎士にすら届き、鎧諸共切り裂いた。構えた盾が砕け、剣を持つ腕が落ち、首が飛ぶ。
 一瞬で周囲は血の海へと変貌した。血と肉片の飛沫の中で騎士達が倒れていく。

 ガルドは閃光に聖剣の炎を当てて弾いたが、防ぎきれなかった閃光が肩当ての装甲を切り飛ばした。
 その場に立っているのはジェイムズとガルドの二人だけだった。騎士達は皆、痛みに喘ぎ倒れ伏していた。二度と立ち上がれないであろうものも少なくはなかった。

「兄さんの部下であるのに、容赦なし、か」

 ガルドの声は僅かに震えていたが、剣を握る手は平静を保っていた。

「お前が悪いんだ。俺に話しかけなければ……お前と戦えるだけでよかった」

 脂汗をにじませ、死相が見え始めても尚ジェイムズは不敵に笑った。

「意味のない説得で水をさされるのは、興醒めだろう?」

 ジェイムズがまだ正気を残していると分かれば、教会騎士達は攻撃を躊躇するだろう。言葉で引き戻そうともするだろう。それが煩わしいとばかりに、ジェイムズはかつての同胞を叩き伏せたのだ。

 実弟のガルドと本気で戦うという目的の為に、やってのけたのだ。

「それだけの為に、兄さんは――」

 ガルドの目はジェイムズの行動を非難していた。

「リーフとか言う殺し屋を追い詰めたとき、お前は説得しようと考えたか?」
「……っ」

 ガルドの目が揺れた。

「そしてお前は、許しを乞いたのか?」

 ジェイムズは血痰を吐きながら、言葉を重ねた。
 ガルドの顔が険しくなり、ぐっと奥歯を噛み締めた。

「ああ、知っていたさ。お前が隠そうとしていたことなんてな」

 ジェイムズの言葉がガルドに突き刺さる。ガルドは平静を保とうと堪えていたが、剣を握る手に力が入っていた。

「多少剣の腕が立つだけで、特別になったつもりか。お前もあの女に」
「――黙れ、それ以上はシルヴィア様への侮辱と受け取る」

 温度の下がった声で、ガルドが発言を遮った。ジェイムズは侮蔑するような笑みを浮かべた。

「はっ、仲間を殺し、俺を殺したばいをまだ崇めるのか!」
「違う!」

 ガルドは迷いを振り切った目で、ジェイムズを見据えた。
 右目は髪に隠れて見えないが、両目で見据えているのは明らかだった。
 怒りを振り払い、とび色の目に刃の鋭さを湛えてジェイムズに剣を向けていた。

「……俺が、俺がシルヴィア様を殺す。ジェイムズ、貴方もだ」

 ぱらり、とガルドの周囲を火の粉が舞った。聖剣がガルドを鼓舞するように炎を噴き出した。

「神をぼうとくするものは何であろうと、容赦はしない」

 ガルドが身に着けていた鎧の残骸が剥がれ落ち、黒い制服姿になった。

 第十二隊教会騎士の纏う黒い衣は、守護神ロエールに忠誠を捧げた唯一の悪魔ヴレイヴルに由来する。
 信念の為に同胞と決別し、その身をしょくざいと献身に捧げた勇者の色は、ガルドの誇りであり、目指すべきものだった。

「ああ、そうか」

 ジェイムズは顔をしかめた。挑発するつもりが、竜の尾を踏んだのだ。

 ジェイムズは口元に残る血痰の残滓を手の甲で拭い、震え始めた指で魔剣をがっちりと掴んだ。指先は冷たく感覚がなくなっていたが、手にありったけの力を込めて上段に構えた。

 既にジェイムズの身体は魔剣の副作用で内部がぼろぼろになっていた。朱色の光を放つ度、内蔵に針を刺しこまれるような激痛が襲っていた。
 吐血がとまらないことから、本当に体内が串刺しになっているのかもしれない。

 それでもジェイムズは魔剣から借り受けた力を行使し続けた。全ては、永遠に敵わない相手に勝つために。

 魔剣の表面に朱色の閃光が走るのと同時に、ジェイムズはガルドに踏み込んだ。

「はああああ――――っ!」

 気合と共に、魔剣が振り下ろされる。
 魔剣に宿る光の強さは騎士達を薙ぎ払った時と同等以上。真正面から受け止めれば聖剣といえど無事では済まない。

 ガルドも聖剣を下段に構え、突進した。聖剣の纏う赤い炎が剣先から尾を引いて流れる。

「うおおおおっ!」

 魔剣に先んじて、聖剣が跳ね上がった。
 朱色の閃光が赤い炎を圧殺するよりも速く、細剣の如き技巧で魔剣の切っ先が僅かに左へと弾いた。

 放たれた閃光は延長線上の廃屋を吹き飛ばし、ガルドの顔の左半分が赤く染まる。ガルドの身体が前のめりに沈み込み、右に傾きながら倒れていく。
 放心した動きにジェイムズが勝利を確信した瞬間、ガルドの右足に力が入る。

 大地が割れんばかりに強く踏みしめた右足を軸として、ぐるんとガルドの身体が旋回する。跳ね上がった聖剣が、急速に下降し、荒波のように突き上げた。

 抉るように放たれた突きは、寸分違わずジェイムズの心臓を貫いていた。

 ガルドの前髪が風圧で払われ右目が露出する。左目と同じ鳶色、目尻に走る傷は涙の跡にも見えた。

「――――あ」

 ガルドの右目を見つめたまま、ジェイムズの心臓は拍動を止めた。
 ガルドが捻りをつけて剣を引き抜くと、ジェイムズの身体は前に倒れた。ガルドはジェイムズを受け止めることなく、地に伏せるに任せた。

 顔についた血を拭い、ガルドは息を静かに吐き出した。魔剣の一撃は左耳と結い上げた髪、そして肩を浅く切り裂いていた。閃光の余波で制服の左袖が吹き飛んでいたが、負傷はかすり傷程度と浅かった。

 血を吐きながら戦っていたジェイムズに対して、余りに軽微で、圧勝と言って差し支えない程の力の差だった。

「クククク……」

 ガルドの足元から笑い声がした。死んだ筈のジェイムズの指が動いた。
 胸から血を流したまま、ジェイムズは魔剣にすがりついて起き上がった。

 心臓並の大きな血痰をがはりと吐き、口を左端を釣り上げて歪めた。痰が絡んだ喉がクケケ、と音を立てた。

「すげぇな、テメェは」

 立ち上がる力は残っていないのか、魔剣を抱え込むようにしてジェイムズは座り直した。
 ガルドは冷めた目でジェイムズを睨めつけた。

「お前は……魔剣か」

 ジェイムズも、虚ろな目でガルドの顔を見上げた。

「認めてやる、テメェはよりも強いぜ。剣の腕ヤバ過ぎるだろ、ニンゲン」

 俺がやってもぜってー負けてた、と大して悔しそうにもせずに、あっけらかんとジェイムズの死体が言った。

「シルヴィア様はどこにいる」
「シルヴィア……ああ、あいつか。そんなんに決まってるだろ」

 ジェイムズの白蝋のように青褪めた指が、上を指した。

「テメェはすげぇよ。ああくそ、ニンゲンを惜しいとか初めて思った」

 悔しそうな言葉と裏腹に、死んだはずのジェイムズの顔は生前よりも輝いて見えた。
 騎士達の呻き声と漂う血の臭いの中で、狂気のように輝いていた。

「契約してなけりゃ、テメェにつきてぇところだが」
「そうか、だが、此処で終わりだ」

 ガルドの聖剣の刃に炎が灯った。魔剣に宿った魂すら焼く、神の炎だ。

「そういや、テメェの名前をちゃんと聞いていなかったな。何て言うんだ」

 必殺の剣を突きつけられて尚、ジェイムズの顔に悲壮感は微塵も浮かんでいなかった。

「ガイエラフ・チェクルス」
「よし、じゃ、また会おうぜ。ガイエラフ」

 口の左端を釣り上げて笑う死んだジェイムズに、ガルドは再び剣を振り下ろした。実の兄との殺し合いを演じさせた、おぞましい魔剣を叩き折るために。

 バチッと音を立てて、黒い軌跡が聖剣を弾いた。
 それは、黒い蛇の尾だった。蛇は指一本分の末端と引き換えに、聖剣に宿った炎を吹き飛ばした。
 口から朱色の雷をちらつかせ、鉱石の蛇がジェイムズを守るように鎌首をもたげた。

 反撃を警戒してガルドは後方へと飛び退った。

 ガルドに向かって、ジェイムズは血に濡れた手を振った。

「ガイエラフ・チェクルスに俺の力ある全ての名を懸けて誓おう。天命続く限り、必ずまた会おう。俺の名は――」

 蛇の鱗がミシミシと音を立てて剥がれ落ち、蛇の背に刺々しい塊を形成した。
 人の頭程に成長した鱗の塊は真っ二つに裂けて翼となった。

「――ギルスムニル・・レイジェアト。嘗て魔王に仕えた〈二ノ剣〉にして〈黒のいかずち〉、そして〈勇者〉の名を負う族の戦士だ」

 蛇がするりと薄紅色の刃に絡みつき、ジェイムズの腕の中から魔剣を奪った。
 指が魔剣から離れた瞬間、ジェイムズの肢体したいが力なく崩れ落ちた。

 翼の生えた蛇は魔剣を抱え込んだまま真上へと跳躍した。
 人に三重に巻き付いても尚余る、鎖鞭のような身体をしならせ蛇は事も無げに宙を舞った。螺旋を描きながら城壁の上を目指して蛇は飛翔した。

 飛び去っていく翼ある蛇を、ガルドは呆然として見送った。魔剣の告げた名を口の中で反復するが、音にならない。

「まさか、そんな」

 焦点の定まらない目で、ガルドは呟いた。

 髪を結い上げていた飾り紐の残骸がとうとう耐えきれずにぷつりと切れ、解けた髪が左耳の傷にかかった。
 髪の毛が傷口に触れる痛みに、ガルドははっとした。
 逃げ去る魔剣を目で追い、城壁を見上げた。

「いけるか、メリー」

 ガルドの声に呼応して、聖剣の表面に赤い光が走った。
 赤い光はひびのようにも、紋章のようにも、或いは文字のようにも見える紋様を刃全体に描いた。
 紋様が聖剣を覆うと、ガルドの背後に赤い短槍が二本顕現した。

 ガルドが城壁の上を見据えると、短槍の先端がガルドの視線に合わせて宙に浮いたまま傾いた。
 狙いを定めるガルドの眼前で、蛇は城壁の上端へと達した。蛇の行く先には人影があった。槍のような細長いものに縋って立つ誰かが、城壁の上に立っていた。

 ぼろぼろに破れた黒い外套、両腕に巻いた薄汚れた布、そして陽の光に映える月色の髪。
 ずっと会いたかった、会いたくなかった、大切な人。

「シルヴィア」

 目が合ったと直感した瞬間、短槍が二本同時に放たれた。


 一本は蛇へ、もう一本は――
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