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作者: 龍崎操真
残酷な描写あり R-15
第15話 切り裂きジャックの影
 午後の授業も滞りなく終わり、放課後を迎えた。教室の雰囲気は、これからどうやって過ごそうか、と退屈な時間から解放された喜びで浮き足立っている。明嗣もその中の一人で、教科書などの荷物をバッグの中に突っ込んだ後、グーっと固まった筋肉をほぐすように腕を伸ばしていた。
 十分に伸ばしたかな、という所で明嗣はバッグを肩にかけて立ち上がった。そして、教室を出た所で何か言い様のない寒気が背筋を撫で上げた。

 嫌な予感がする……。

 今すぐこの場を去らねば何か面倒な事に巻き込まれるかもしれない、そのように本能へ訴えてくるような悪寒だ。帰り際にジュースでも買おうかと考えていたが急遽キャンセルし、明嗣は下駄箱がある昇降口へ急いで向かった。
 できるだけ早く上履きからスニーカーへと履き替え、明嗣は校門へ歩いて行く。すると……。

「待ってたよ、明嗣くん」

 漫画の効果音を現実で鳴らすとしたら、ビキリ、という表現が適切だろうか。その声を聞いた途端、明嗣は凍りついたように足を止めてしまった。おそるおそる振り返ると、明嗣の前には仄暗い笑みを浮かべる澪が立っていた。

「学校から出るには校門を通るしかないもんね? だから、ここで待っていたら必ず捕まえる事ができるって思ってたんだ」
「すげぇ執念だな……。どうしても俺に取材を受けさせたいらしい」
「あ、ううん。取材の事はもう良いの。明嗣くんが嫌がってたって伝えたら、じゃあ他の人にしようって事になったから」
「そうかい。なら、俺にいったいなんの用なのかな?」
「分かっているくせにとぼけないで。この間の続き。あたしが見たあれはなんだったのかって事」

 澪はまっすぐに明嗣を見つめて話を続けた。その状態のまま、澪は黙っている明嗣へ詰め寄るように近づいていく。

「怖い目に遭ったし、警察に連れてかれて何回も同じ話をすることにもなったんだよ。警察の人はただのおかしい連続殺人鬼だと思っているけど、実際に見たあたしには、とてもあれが人間には思えなかった。ねぇ、あたしが気を失った後、何があったの? なんで明嗣くんは生きているの? っていうか、そもそも明嗣くんは何者なの?」
「質問は一度に一つだって教わらなかったのか? まぁ、一回で答えられるから全部まとめて一回で答えてやると、俺は何も知らない。ただの高校一年坊だよ」
「嘘! 通話履歴を見せた時の表情を忘れてないからね!」
「ぐっ……余計なモンは覚えてるのな……」

 明嗣は澪の言葉にたじろいでしまった。まだ吸血鬼と明嗣を結びつける確定的な証拠は出てきていないが、このままではボロを出してしまいそうだった。重たい沈黙が二人の間を支配する。数秒して、澪は追撃の言葉を明嗣へ投げかけた。

「さぁ、黙ってないで何か言ったらどうなの? もしかして、また電話がかかってくるのを待ってるとか?」

 何か……! 何かないか……! 彩城が言い返せないような言い訳……!!

 明嗣は必死に頭を回して考える。潤滑剤として糖分を摂取したいほどに、明嗣は脳みそをフル稼働させていた。そして、その果てに導き出された結論は……。

「ノーコメントで!」
「えぇ!?」

 三十六計逃げるに如かず。哀れなり朱渡あかど 明嗣めいじ。彼の頭脳では澪の追求から逃げおおせることができる言い訳をひねり出すことができなかったのだ。全身の力を抜き、よろめくように体勢を低くした明嗣は丁度いい高さになった所で、即座に脚に力を込めて学校の敷地外へ駆け出した。
 当然、脱兎のごとき勢いで逃げ出した明嗣を追いかけようとした澪だったが、陸上選手の名スプリンターも驚くスタートダッシュを決めた半吸血鬼ダンピールの明嗣に一般女子高生である澪が追いつけるはずもなく、30秒もしない内に振り切られてしまった。

「あぁ、もう!」

 まんまと逃げられてしまった澪はその悔しさをコンクリートの舗装路へぶつけた。そして、荷物を取りに澪が籍を置くB組の教室へ戻ると、残っていた生徒の一人が澪へ声をかけた。

「あれ、澪? 忘れ物?」
「うん。荷物置いたまま部室行っちゃって」
「そっか。あ、そうそう。ちょっと澪に相談したい事があるんだけど」
「相談? なんの?」
「澪、写真撮るの得意なんでしょ?」
「得意っていうか、お父さんに影響されて好きになったっていうか……それがどうしたの?」
「いや〜、じつは上手く写真撮れなくてさ。ちょっとアドバイスが欲しいんだよね。この写真なんだけど」

 澪は差し出されたスマートフォンの画面を覗きこみ、呼吸を忘れて食い入るように見つめた。最近のスマートフォンに搭載されたカメラは性能が良いものが多く、専門の知識がなくとも、それなりに良い写真が撮れる物が多い。だが、驚くべき事に差し出されたスマートフォンの画面に映る写真には不可解な点があったのだ。

「ねぇ、これ……何を撮ってこうなったの?」

 声を出した澪自身も驚くくらい冷静な声音だった。その質問を投げかけられた同級生は、澪の雰囲気に気圧されつつも、おそるおそる声をかけた。

「み、澪……? 急にどうしたの? なんか、怖いよ?」
「良いから答えて!」

 急に怒鳴られた事で相談してきた生徒はビクリと身体を震わせた。怖がられている事に気付いて、我に返った澪はすぐに怒鳴った事を謝った。

「あ、ごめんね! 同じような写真を持ってるからちょっとびっくりしちゃって……。話は戻るけど、何を撮ったらこうなったの?」
「A組の朱渡 明嗣くん、知ってるでしょ? その写真は朱渡くんを撮った時の物なんだよね」
「もしかして盗撮?」
「えへへ……ちょっと声かける勇気がなくて……」

 じとっとした視線を向ける澪に対して、問題の生徒は申し訳なさそうに笑ってみせた。だが、今の澪にとって重要なのはそこではない。澪はスマートフォンを返した後、自分の物を取り出して彼女へ話を持ちかけた。

「この写真、あたしにもシェアしてくれない?」
「え、良いけど……もしかして澪も朱渡くんが気になるの?」
「違うよ。似たようなな写真と比べてみるだけ」

 そういう訳で澪は問題の写真を入手する事に成功した訳なのだが、頭の中は混乱でいっぱいだった。
 なぜならその写真は、周りはくっきり写っているのに一部分だけボヤけている、自分がこの地へやってくる事になった写真とそっくりな現象が起きている写真だったのだから。



 日が落ちて繁華街が賑わう時間となった。この日のHunter's rastplaatsも食事にきた客がいたので、明嗣と鈴音はメンバーズカードを持つ者限定の部屋にて食事を摂っていた。
 静かに食事をしていた二人だったが、先に食事を終えた鈴音は何を思ったのか、急に明嗣へスマートフォンを構えた。そのまま、カシャッ、とシャッターが切られる音がしたので明嗣は抗議の声をあげる。

「おい、なに勝手に人の事撮ってんだよ」
「いやさ、この間のクラブの時、カメラに映るか映らないを切り替えれるって言ってたでしょ? じゃあ普段はどうなのかな、って思って」
「だからって勝手に撮るか、普通」
「だってこういうのっていきなり撮るから意味あるんでしょ? 声かけたら撮るんだって心構えになって自然体の時がどうなのか分からなくなるじゃん」
「そりゃそうだけどよ、その状態の俺を撮ったって仕方ねえと思うけどな」
「たった今確認しました〜。これじゃ明嗣は盗撮しようにもできないね〜」

 つまらそうに鈴音は明嗣へスマートフォンの画面を突きつけた。そこに映っていたのは非常にボヤけた人型の何かが座っているのだけが分かる画像だった。画面を確認した明嗣は、だから言わんこっちゃない、と言いたげなため息をこぼした。

「そういう事。鏡や写真に映らない吸血鬼の血が半分流れてる俺を盗撮しようとしたらそうなるのさ。でも、なんだって急に写真の事を気にした?」
「それがね、なんか明嗣の事を盗撮してたクラスメイトがいたから……」
「いや止めろよ。肖像権侵害だ」
「だって、あんま仲良しって訳でもないのにいきなりそんな事言ったら、『何コイツ、ウザ〜』ってなるでしょ?」
「ったく、これだから学校は嫌いだ」

 明嗣は吐き捨てるように不満を吐いた。高校になったら多少は常識を弁えている奴が増えるかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。同性と言えど、女子に敵を作れば村八分に遭うのは当たり前、が学校生活なので、これ以上鈴音を責める事もできない。よって、明嗣はただガックリと項垂れて肩を落とすしかできないのだ。

 よくよく考えてみると、珍しいものを見たらまずスマホを構えてネットに投稿するのが今の社会だった……。

 自分一人ではどうする事もできない問題を前に、明嗣はさらに深く項垂れた。そこへ、アルバートがデザートの皿を持ってやってくる。

「なんだ明嗣? いつにも増して不景気な顔して」
「元からこんなんだっつの。ただ、社会について考えていただけよ」
「やめとけやめとけ。おめぇの頭じゃすぐパンクして熱暴走を起こすよ」
「余計なお世話だ、失敬な」
「マスター、今日のデザートは何?」

 お待ちかねのデザートがやって来たので、鈴音の表情がすぐさま輝いた物へと変わった。鈴音の反応に気を良くしたアルバートは二人の前に皿を置くと、感激と言った表情を鈴音へ向けた。
 ちなみに、本日のデザートは薄めのワッフル生地にメープルシロップを挟んだストロープワッフルである。

「鈴音ちゃんが来てからと言うもの、飯の作りがいがあるなぁ……。明嗣コイツなんて憎まれ口ばっか叩くから本当に嬉しいよ……」
「悪かったな、憎まれ口ばっかで」
「もう、ま〜たそういう言い方するー」

 鈴音が慣れた調子で注意するが、明嗣は意に介するアルバートへ声を掛けた。
 
「で、ここでメシって事は仕事入ったんだろ? 早く説明してくれよ」
「おめぇよぉ、もうちょい年相応の振る舞いを覚えた方が良いんじゃねぇのか」
「性に合わねぇよ。単刀直入が一番だ」
「はぁ……どうしてこうなってしまったのかねぇ……」

 今度はアルバートがため息をつく番だった。しかし、すぐに切り替えて今回、明嗣と鈴音を呼び出した理由を語り始めた。

「最近、ここらを騒がせている“切り裂きジャック”、いるよな? そいつの首に懸賞金が掛かった。なんとその額、3000万」
「わぁ……結構行ったねぇ……」

 ワッフルを齧りながら、鈴音が相槌を打つとアルバートは「それで、だ」と話を続けた。

「言うまでもないが、俺らの所にも話がやって来たって事はやっこさんは吸血鬼ヴァンパイアだ。警察じゃ手に負えねぇ。」
「ほらー! アタシの言った通りだったじゃーん!」
「分かったよ。その事に関しては俺が悪かった」

 昼休みのやり取りで鈴音が口にした、吸血鬼が関わっているんじゃないか、と感じた直感が正しかった事を、明嗣は素直に認めて大人しくするよう手で促した。その最中にアルバートが目線で、続けて良いか、と問うので二人はどうぞと手を差し出した。

「しかし、俺らには情報がない。監察医の友達ダチに話を聞いてみても、全身を切り刻まれてから内臓と血を抜かれたって事以外何も分からなかった。と、いう訳で……」
「と、言うわけで?」

 明嗣と鈴音が二人揃って同じ言葉を口にした。重い沈黙が場を支配する。そして、5秒ほど溜めてからアルバートは続きを口にした。

「頭の片隅に留めて置く程度にして、殺れそうだったら殺る程度にしよう、って話さ。今回はそれで呼んだだけだ」
「なんだ。緊張して損した〜」
「そんな話で重いムード出すなよ」

 と、言った明嗣だったが、同時に頭の中である可能性が浮上してきた事を考えていた。

 なら、鈴音の言う通り、本当にロンドンの“切り裂きジャック”が……? いや、まさかだろ……。それなら、向こうのハンターが狩っているはずだ。だからたぶん、こっちのは模倣犯だな……。

 明嗣は自分に言い聞かせるように結論づけるが、それでも胸の内に湧いた胸騒ぎを抑える事が出来なかった。
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