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作者: 龍崎操真
残酷な描写あり R-15
第23話 真実を推し量る乙女
 地下工房で目を覚ました明嗣は、自分が置かれている状況に混乱していた。なぜなら、椅子の背もたれと一緒に身体にロープがグルグル巻きにされている今の状態は、どこからどう見ても拘束されているようにしか見えないのだから。しかも、ご丁寧に手が後ろに回されており、両手の親指を結束バンドで縛る徹底ぶりである。
 
 おいおい……どうなってんだこれ……!? なんで俺は椅子に縛り付けられてんだ!?

 何とか抜け出せないかと、明嗣はとりあえず身体を動かしてみた。しかし、ガタガタと椅子の脚が床を叩く音が鳴るだけでいっこうに解ける気配はない。やがて、前後に揺れて床を叩いていた椅子は大きな音を立てて倒れると共に、縛られている明嗣も床に倒れた。

「あでっ」
「あ、目を覚ましてた」

 規則的な階段を降りる足音と共に、鈴音が工房へやってきた。工房へやってきた彼女の服装は学校の制服であるブレザーとプリーツスカートではなく私服のブラウンのパーカーにデニム生地のショートパンツといった格好だったので少なくとも学校終わり直後ではない事が伺えた。
 縄で椅子に縛り付けられた状態で身動きが取れない明嗣は鈴音に呼びかけた。

「おー、鈴音。良いところに来たな。ちょっと起こしてくんねぇか。ついでに、この縄もほどいてくれると助かる」
「……やだ」
「はぁ!?」

 パーカーのポケットからイチゴ味のロリポップキャンディーを取り出した鈴音は、警戒するように明嗣を睨みつける。対して、こんな仕打ちを受ける心当たりがない明嗣は抗議の声を上げた。

「なんでだよ! そもそも、なんで俺がこんな事なってんだよ!?」
「だって、マスターが触るなって言ったんだもん。起きたら襲ってくるかもしれないって」
「はぁ!? なんでそんな事になんだよ!?」
「それは、一昨日の夜に明嗣が暴走したってマスターが言ってたから」

 キャンディーを加えたまま、鈴音は明嗣の正面に椅子を持ってきた。そのまま、椅子へ腰を下ろした鈴音は脚を組み、その上に頬杖をついて話を続ける。

「それで明嗣が眠っている内にこんな風にしたって訳。アタシも死ぬのは嫌だからね〜。悪く思わないでよ」
「嘘つけ。絶対なんか他に理由あんだろ」

 明嗣はうたぐるような白い視線を鈴音へぶつけた。すると、鈴音は咥えていたキャンディーを手に取ると、舌を出して笑って見せた。

「まぁ、普段の憎まれ口のお返しできるチャンスでもあるし」

 この答えで明嗣は悟った。鈴音はおそらく襲ってこない事を確信している。倒れた椅子に縛り付けられた明嗣は鈴音に噛み付くように怒りの声を上げた。
 
「やっぱそれが目的か! さっさと解いて俺にも飴よこせやぁ!」
「ん〜、どうしよっかな〜? 話してみた感じ、解いたら噛みつかれそうなそうな気がするから怖〜い」

 鈴音はいい気味だと言わんばかりの楽しげな笑みを浮かべた。対して、明嗣は狼が出すような唸り声をあげて鈴音を威嚇する。左目に宿る吸血鬼の魔眼で命令しようかという考えが頭に浮かぶが、明嗣は即座に却下した。なぜなら、鈴音も吸血鬼を狩る者。当然、魔眼対策をしている事は言うまでもないことなのだから。嗜虐的な笑みと恨めし気な視線がぶつかり合う時間が過ぎていく。やがて、トントンと規則的な音と共にもうひとり階段を降りてくる足音が聞こえてきた。

「元気そうだな。その様子だとダメージはねぇみてぇだ」
「あぁ?」

 最後の一段を降りて工房へやってきたのは、この工房の主であるアルバートだった。エプロンを着けておらず、ワイシャツにくたびれたスラックスだけといった出で立ちから、どうやら店は準備中である事が見て取れる。当然の事ながら、明嗣は自分をこのような状態にしたアルバートへ抗議した。

「マスター! 鈴音から話は聞いたけどな、何もここまでする事はねぇだろ! これ解いてくれよ!」
「だめだ」
「はぁ!?」
「まだ、お前が俺たちの知っている明嗣だと決まったわけじゃねぇ。こうして解かせてから、油断した所を襲うように企んでるかもしれねぇからな。解けと言われて簡単に、はいそうですか、と解く訳にはいかねぇんだよ」

 アルバートの返事に明嗣は返す言葉が出てこず、奥歯を噛んだ。おそらく、明嗣もアルバートの立場なら同じように答えるだろう。いくら戦う技術があるとしても、それだけ吸血鬼は恐ろしい物だし、常人より膂力がある明嗣も同じように脅威なのだ。なぜなら、明嗣は半分吸血鬼なのだから。となれば、どうにかしてアルバートと鈴音に自分が無害である事を証明するしかこの状況が変わる事はない。

「よし、分かった。どうやったら俺が安全だと信じてくれるんだ?」
「それはコイツが決める。鈴音ちゃん、コイツを起こしてやってくれ」
「はーい」

 アルバートの指示に従い、鈴音は倒れた椅子と一緒に明嗣を起こした。一方、アルバートは工房の隅に設置されたクローゼットの中から、大きな鉄塊を持ってきた。明嗣の目の前に置かれたその鉄塊はひとりでに動き出し、真っ二つに割れると縛り付けられて動けない明嗣を囲うように周回を始めた。

 出やがったな、ヘルシングアートNo.28 真実を推し量る乙女ジャッジメント・メイデン……!!

 明嗣は己の周囲を回る鉄塊を前に頬に冷や汗が伝うのを感じた。
 ヘルシングアートとはエイブラハム・ヴァン・ヘルシングの子孫、アルバート・ヘルシングが世界を巡って手に入れた曰く付きの品の中でアルバートが武具への加工を手掛けた魔具の総称である。28作目である真実を推し量る乙女ジャッジメント・メイデンは若い処女の血を浴びることで肌が若返ったと錯覚した事から血を求め、吸血鬼化したエリザベート・バートリーが使用したとされている拷問器具、鉄の処女アイアン・メイデンを魔具へ加工した物である。
 その機能を端的に説明すると嘘発見器だ。しかし、嘘を吐いた罰は電撃を浴びるなどの生易しいものではなく、挟まれる事で全身に穴が開けられる事に加えて、はさみの要領で首を刎ねる処刑器具である。
 つまり、今の明嗣は虚偽の回答をした瞬間に死ぬ状況に置かれてしまったのだ。

 やましい事はねぇけど、こんな風に嘘ついたら死ぬ状況ってのはゾッとするぜ……。

 自分が置かれた状況に寒気が走る明嗣をよそにアルバートは静かに口を開いた。

「じゃあ、聞かせてもらうぞ。お前は俺たちに危害を加えるつもりなのか?」
「そんなつもりは微塵もねぇよ。だから早くこれ解いてくれ」

 明嗣が回答を口にした瞬間、周回していた鉄塊はピタリと動きを止めた。全身に穴をあけるための棘と首を刎ねるためのギロチンのような刃が明嗣の身体を狙う。そのまま、回答を審査するかのように無言の時間が流れ、緊迫した空気が場を支配する。やがて、回答が嘘がないことを感じ取ったのか、宙を浮いていた鉄塊はドスンと音を立ててその場に落下した。

「どうやら嘘じゃねぇみてぇだな。疑って悪かったな」
「はぁ……だから言っただろ」

 疑いが晴れた事で明嗣はどっと疲れたように大きく息を吐いた。そして、ナイフで縄を切ってもらい、結束バンドを外してもらった明嗣は凝り固まった身体をほぐすように伸びをした。

「あー、身体がバキバキで腹ペコだ。一日中寝てたって?」
「一日と18時間くらいだな。まさか血が吸いてぇなんて言い出さないよな?」
「普通に食い物を食いたいんだよ。仕込んだ分全部食い散らかすぞ」
「営業妨害だからやめろ!」

 真実を推し量る乙女をしまいつつ、アルバートは本気のトーンで脅迫する明嗣を止めた。その二人のやり取りを眺めていた鈴音は安心したように胸を撫で下ろした。

「良かったぁ……。見てるこっちも緊張したよ」
「ったく……よくも俺で遊んでくれたな、このっ」
「あっ! ツゥ〜……」

 からかわれたお返しに明嗣からデコピンを一発お見舞いされた鈴音は、額を押さえてその痛みに悶えた。仕返しで少し気が晴れた明嗣は、デコピンに抗議する鈴音をあしらいながら、一日ぶりに触るホワイトディスペルとブラックゴスペルの整備を始めた。
 ただし、明嗣の脳内には鮮血の中で微笑む“切り裂きジャック”の邪悪な微笑みが浮かび、耳元には空気が渦巻く暴力的な風切り音が鳴り響いている。
 そして、現在の明嗣は“切り裂きジャック”が操る風の異能に対抗する手段を持ち合わせていなかった。
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