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作者: 龍崎操真
残酷な描写あり R-15
第24話 真祖の謎
 ひとまず、明嗣に危険はないと証明された日の翌朝。澪にの現場を目撃された木曜日の夜から五日経った水曜日の朝だ。さすがにこの日まで警察から何もないのなら、通常の生活に戻っても大丈夫だろうという事で一旦、家に戻った明嗣は久しぶりに交魔第一高等学校の制服の袖に腕を通した。アーカードの愛馬バイクを手懐ける事ができる気配もないので気分転換できる上に、そろそろ学校へ顔を出さないとまずいと思っていたので、ちょうど良いタイミングだ。
 五日ぶりに着たワイシャツの感触は少し落ち着かない物だった。その上に羽織る上着も少し重く感じる。だが、その内にまた慣れるだろう、と明嗣は気にせずスクールバッグを肩に担いで家を出て、Hunter's rustplaatsへ向かった。
 Hunter's rustplaatsに着いた時、最初に目にしたのはアルバートが本日のモーニングメニューと本日のオススメランチの予告が書かれたブラックボードを店先に設置している現場だった。明嗣は口笛を吹きながらチョークを走らせているアルバートの背中へ呼びかけた。

「おはようマスター。ご機嫌だな」
「おう、おはようさん。今日は久しぶりにぐっすり眠れたからな。寝覚めが良けりゃ、気分も良いってモンさ。うるせえイビキもなかったしな」
「悪かったな」

 暗に、お前がいる間はよく眠れなかった、とこぼすアルバートに明嗣は面白くないと言いたげに鼻を鳴らした。その反応に気を良くしたアルバートは再びチョークを走らせる作業に戻った。
 店の中に入った明嗣は適当なカウンター席に腰を下ろすと、スマートフォンを取り出して本日のネットニュースを漁り始めた。全国のページは相も変わらず、どこかの政治家が裏金を受け取っていた、だとか、どこかの芸能人に恋人ができた、だとか、どこか見たような物ばかりだった。しかし、ローカルニュースのページへ移動すると、やはりと言うべきか、交魔市でここ数日の内に失踪者がバラバラにされ、干からびた状態で見つかる事件が増えてきているというニュースがトップの話題だった。
 ニュースのコメントを覗いてみると、「やっぱりあそこには本当に吸血鬼がいるんだ」、「犯人を捕まえられない警察が無能なだけ」、などなど憶測や警察を非難するコメントが多数寄せられていた。
 しまいには、「政府が作り出した突然変異種ミュータントが逃げ出して暴れている」などの陰謀論を唱えるコメントまで散見される。

 なんだそりゃ……。

 コメント欄を眺めているのがバカバカしくなった明嗣は、呆れたようにため息を吐いた。もっと有意義な時間を過ごすべく、サイトを閉じて他のサイトへ移動した。

 そういや、今日は深夜ドラマの配信日だっけな。それ見るか……。

 ニュースサイトと五十歩百歩ではないか、と思う者もいるだろうが、それでも不安を煽って遊びたいだけの物を見ているよりかは、はるかに良い。
 明嗣はスマートフォンの電波状態を確認した。通信の状態は、この店のフリーの方ではなく、プライベートなWiFiの通信回線にしっかり繋がっている。これなら、動画を視聴してすぐに通信速度が制限されるなんて事は起きないはずだ。

 えーっと、チャンネルは……っと。

 インテリア雑貨を卸している中年紳士が一人で食事を楽しむ様を楽しむドラマの配信を求めて、明嗣は画面のアイコンをタッチし、番組配信専門のアプリを立ち上げる。アニメやバラエティなど、ジャンル分けされた番組ページの中からドラマの項目をタッチして、さらに画面をスクロールさせる。しかし……。

 あれ? 更新されてねぇな……。

 先週視聴した話で止まっている状態に、明嗣は困惑の表情を浮かべた。番組の詳細を確認すると、今週は放送休止で配信がないと告知が出ていた。
 ならば仕方ない、と諦めた明嗣はアプリを閉じてスマートフォンをカウンターに置いた。そして、ぼーっと天井を見上げ、朝の穏やかな店内BGMに耳を傾ける。
 こうしていると、夜は銃を握って街を駆け回っているのが嘘みたいだ、と感じられる程に穏やかな時間が流れていく。実際、ほとんどの人間は夜に何が起こっているか、など知る由もない。だが、ニュースサイトでバラバラの遺体が見つかるニュースが上位の話題に食い込んで来ているのを見るに、そろそろ危ないかもしれない。どう考えても、あれは先日撤退を余儀無くされた“切り裂きジャック”が暴れている証拠だろう。と、なれば。何かが起きていると本気で考え出す者が出るのも時間の問題だ。
 中世の魔女裁判や江戸時代の日本で行われたキリスト教迫害から分かる通り、人間は自分が正義の側に立っていると思ったら、とことん非情になれる残酷な生物だ。吸血鬼の存在が世の中に知れ渡ったら、疑心暗鬼によるパニックが起きるのは想像に難くない。そうなる前に早く、“切り裂きジャック”をどうにかしなければならないのだが、今の明嗣には飛翔する弾丸を真っ二つにする奴を相手にする手立てがなかった。

 クソッ……。撃った銃弾を真っ二つにするとか言うデタラメはフィクションの中にスっこんでなきゃダメだろ……!!

 口には出さないがどうにもできないもどかしさに、明嗣は思わず愚痴をこぼす。そんな明嗣の頭の中に久しぶりに語りかけてくる声が響いた。

 お困りのようだな? 素直に身体を渡せば、俺がなんとかしてやるぜ?

 やはり、こっちにも“切り裂きジャック”にやられたダメージあったので大人しくしていたのか、実に三日ぶりに聞く内なる吸血鬼の声だった。自分の中で響くもう一人の自分の声に明嗣は突き放したように返事をする。
 
 おー、この間はずいぶん世話になったみてぇだな。だがな、その後の事でよーく分かった。お前には絶対に任せねぇ。また疑われて縛り付けられるのなんてごめんだからな。二度とそんな事できねぇようにしてやるから首洗って待ってろよ。
 できるのかねぇ……。銃が使えなきゃ何も上手くいかない甘ちゃんに。
 絶対ぜってぇボコす……!

 明嗣が苛立たしげに捨てゼリフを吐いたタイミングでドアベルが鳴った。確認するとブラックボードの準備を終えたアルバートが、チョークが入った缶を抱えて入ってきた音だった。

「待たせたな。今、朝メシ作ってやるよ」
「いや、その前に聞かせて欲しい事がある。“切り裂きジャック”についてだ」
「ああ……その事か。まぁ、気にするなって言う方が無理だわな」
「あれはいったいなんなんだ? 今まであんな奴に会った事がねえよ」
「そりゃそうだ。出てくるはずがないんだからな」
「はぁ?」

 明嗣は思わず間の抜けた声を上げた。会わせないようにしてた? まさか海外に行ってた間も? そんな疑問が明嗣の頭の中に浮かぶ。すると、顔に出ていたのかアルバートは苦笑を浮かべて話を続けた。

「いやぁ、その、なんだ。ああいうタイプは本来出てくるはずがない吸血鬼なんだよ。まず順を追って説明するからよく聞け」

 そう言うと、アルバートは事情の説明を始めた。
 
 まず、吸血鬼になる方法は二つある。一つ目は噛まれて牙から吸血鬼の血液を取り込まさせる事。二つ目は自らの意思で吸血鬼の血液を取り込む事。
 この二つの違いは、自らの意思で行うか否かだが、それだけでも儀式を行う過程では大きく違って来る。自らの意思で取り込ませるのは配下を増やす物であり、牙を介して血を分け与える事は捕虜を増やすような物なのだ。故に、自らの意思で吸血鬼の血液を取り込んだ者は自我を保ったまま吸血鬼になるが、牙を介して血を与えられた者は自我を失い、さながら幽鬼のような足取りで夜を彷徨う屍人ゾンビと化す。これが今まで明嗣と鈴音が相手にしてきた吸血鬼である。
 しかし、実は吸血鬼になる方法はもう一つあるのだ。それは……。

「悪魔と契約?」

 明嗣は出てきた単語を復唱した。一方、アルバートは神妙な面持ちで頷き、話を続ける。

「ああ。悪魔を呼び出して、その代価として魂を持って行かれて吸血鬼になったって奴がいるんだが、そういう吸血鬼の事を真祖アルファって呼ぶんだよ」
「まさか……この間話してくれた事って……」
「ああ。嘘も誇張も何もない、お前の親父の体験談ノンフィクションなんだよ」
「マジか……」

 今明かされた衝撃の真実に明嗣は思わず驚愕の表情となった。それもそうだ。ただのおとぎ話だと思っていた物が現実で起こっていた事だなんて、驚くなと言う方が無理な話だ。
 衝撃を受けて固まる明嗣に構わず、アルバートは驚くのはまだ早いとばかりに説明を続ける。

「で、そのパターンで生まれた吸血鬼には揃いも揃って、お前が使っている左眼の能力の他に、何らかの異能が備わっているモンでな。おそらく“切り裂きジャック”が銃弾を真っ二つに切ったのも、その異能を使っての物だと思うんだが……」
「だが?」

 アルバートの歯切れの悪い物言いに明嗣は、疑問の表情を浮かべた。アルバートの考え込むような表情から読み取るに、“切り裂きジャック”が真祖になっていた事に関して、腑に落ちない点があるのだろう。
 続きを待っていると、アルバートは顎に手をやり、やはり納得いかないと言った表情で続きを口にした。

「ここ200年、英国で悪魔が喚び出されたなんて記録がないんだよな……」
「おい、どういう事だよそれ。現に“切り裂きジャック”は俺をかまいたちみてぇに風を吹かせて切り刻んだんだぜ?」
「だから本来出てくるはずがねぇって言ったんだよ。どういう事だってこっちが聞きてぇくらいだ。お前こそなんか知らないのかよ」
「そう言われてもなぁ……。俺が聞いたのはアイツの身の上話だけ……ん? 待てよ?」
「どうした?」

 あの時のやり取りを振り返りつつ、何も知らないと言いかけた明嗣はふと、ある事を思い出した。
 たしか、“切り裂きジャック”は消える直前に……。

「アイツ、たしか五人目の娼婦を殺した時、トチって警官に蜂の巣にされたって言ってたんだ。で、その時に妙に身なりが良い奴から何かもらったって言ってたような……」
「何かってなんだよ?」
「知らねぇよ……。そこまではいちいち覚えてねぇんだよ……」
「なんだよ、気ぃ持たせやがって」
「悪かったな。なんせその時は腹から血がドバドバ出ていたモンでね」
「はぁ……。まぁ、覚えてねぇモンは仕方ねぇな。これでこの話は終いにして朝飯にするか」

 肩を落としたアルバートは厨房へと入って、朝食の準備に取り掛かった。
 一方、朝食が来るのを待つ明嗣は先程の話を振り返り、ある可能性について考えていた。それは……。

 親父が真祖アルファって事は、息子の俺にも何かアイツみたいな異能ちからがあるって事なのか……? でも、今までそんな兆候は何もなかったぞ……?

 今まで、服従させる能力と怪力のみが吸血鬼の特徴だと思っていた明嗣は腕を組んで考え込む。しかし、いくら考えてもその答えは出てこず、ひとまず出来上がった朝食のフレンチトーストを食べる事にした。ブルーベリーソースの風味と卵液によって柔らかくなったフランスパンの食感を楽しみつつ、あっという間にフレンチトーストを平らげると、明嗣は食後のコーヒーを啜り始めた。半分まで飲み終えた頃に鈴音も、朝食を食べにHunter's rustplaatsにやって来た。

「おはよっ! あ、明嗣は今日から学校に復帰するの?」
「ああ。すげーダルいけどな」

 気だるげに返事をした明嗣は、スクールバッグを手に立ち上がった。その後、久しぶりの登校をするべく、Hunter's rustplaatsを後にした。
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