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作者: 夜門シヨ
5篇20頁
「「反省しなさい/しろ」」
「「はい、すみません」」

 兄妹の部屋にて。眉を吊り上げながら放つ豊穣の兄妹の言葉に、ナリとナルは寝台の中で眉を下げながら謝罪の言葉を彼等に向けている。
 兄妹がなぜ怒られているのか。それは、兄妹が揃って高熱を出して倒れてしまったからだ。

「どうやって戦乙女の隊長であるブリュンヒルデの監視から逃れたのかは分からないし、この際何も聞かないわよ! 聞いても何にも入ってこないぐらい今は怒りで頭が割れそうよ!」
「けれどなぁ、こんな短期間に二度も心配かけさせる馬鹿がいるか!」
「そうよ! 倒れた理由が高熱などと聞いて、心配した我々の時間を返しなさい馬鹿ども!」
「「返す言葉もないです」」

 豊穣の兄妹は半ば涙目の顔を見せながらナリとナルに怒鳴り散らしているものの、その手は彼等の手を優しく握っている。兄妹も、彼等が自分達の夢を見ていることを分かっているからこそ、豊穣の兄妹が向けてくる心配の言葉を受け入れることしか出来ないでいるのだ。
 豊穣の兄妹は自分達の想いを散々ぶつけ尽くしたのか、互いにゆっくりと深呼吸をし、立ち上がる。

「じゃあ、妾達はもう出るわ」
「熱が下がってすぐだったのに、悪かったな」
「いや……心配かけて悪かった」
「えぇ、本当にそう。……今度も、外に出ようなんてしないでね」
「……うん、ごめんね」

 フレイヤはしおらしげにナルを抱きしめてきたのを、彼女は優しく抱きしめ返した。
 兄妹がフェンリルに会ってから数日が経過している今。フェンリルが起こしていた異変は止み、事態が収束しつつあったものの――その代わりに、レムレスが各地で大量発生している異変が発生した。なぜそんなことが起きてしまったのか、謎は解明されず、ロキや多くの神族はレムレスの対処に追われている。
 だから兄妹は、あの日。ロキに抱き締められた時から彼と話す機会を掴めずにいるのだ。
 兄妹はレムレス狩へと準備に向かった豊穣の兄妹に別れを告げ、扉がきっちりと閉まり、二人の足音が遠のくのをじっと聞いて――。

「「ごめん、二人とも」」

 兄妹は寝台から抜け出し、寝巻きからいつもの服へと着替え――暖炉の前へと座り込む。ナルは大きな紙を床に広げて、筆に黒い液を馴染ませる。

「よし、お兄ちゃん。まとめていこうか」
「おう」

 兄妹は互いに意気込んで、その大きな紙に互いの見てきたものや感じたものを整理していく。
 
 兄ナリは風精霊エアリエルの夢を見た。ここじゃないどこかで、【誰か】と幸せに過ごす彼女の夢を見た。
 妹ナルは氷狼フェンリルの夢を見た。ここじゃないどこかで、【誰か】と楽しげに過ごす彼の夢を見た。
 そして、その幸せで楽しい日常が崩れていくのを、断片的に見せられた。
 暖かな世界は冷たい世界へと変貌し、赤くて黒くて、暗い黄昏の世界が兄妹の瞳に焼き付けられる。
 ――【誰か】は兄妹も分かっていた。それは、自分達なのだと。きっと、豊穣の兄妹が見ていた夢の友達もそうなのだろう。
 けれど。それが正しいのなら……今ここにいる自分はなんなのだろうか。なぜ、あの家で目覚めたのだろうか。
 夢の話に出ていた、父親と母親は誰なのだろうか。
 記憶がないのは、なぜなのだろうか。悲しいからだろうか、辛いからだろうか。それは――皆もそうなのだろうか。
 レムレスに囚われて、目の前に現れていたエアリエルとフェンリルはなんなのだろうか。
 世界は、なぜ夜に閉ざされてしまったのだろうか。

 ここまで情報を出し合って書き終えた兄妹は互いに目を合わせ、頭に手を置く。

「「わかんないっ!」」

 さっぱり分からないのである。それもそうだろう、重要な情報が全て抜け落ちているのだから。

「くそ。結局、話聞ける奴らはだんまりなんだもんな」

 ナリは自身の剣を撫でる。しかし、剣に付けられている宝石になった彼女は何も反応を見せない。そんな兄の姿を見ていたナルは「あっ」と声をあげる。

「そういえば、フェンリルさん言ってたよね。私達が記憶を思い出すことは、許されないことだ。みたいなこと」

 兄妹は、フェンリルとの話を思い出す。彼が記憶について話せない理由は、彼自身が話したくないなどという個人の感情ではなく。この事態を引き起こしている第三者が原因であるということを。
 
「あー、そういえばそうだな。俺達を、愛してくれてる人……だったよな。……一体、誰なんだ?」
「【誰か】か。夢に出てきた人なのか、それとも全然知らない人か……はぁ」

 ナルは窓へと目を向ける。外に広がる虚ろなる濃紺の空、亡霊が蔓延る世界を閉じ込めている空を見つめる。

「こんな世界にした人も謎だよね。どうして、こんな世界にしたの?」
「そう言ってあげないで。これは、その誰かさんにとっても異常事態なんだから」

 部屋に兄妹以外の声が発せられる。兄妹は揃って肩を大きく跳ね上がらせて、おそるおそる背後へと視線を向ける。そこには――。

「……ホズさん?」
「……?」

 そこにはホズがいた。ホズだけがいた。

「ホズさん。なんでここに?」
「君達の病気が落ち着いたって、フギンとムニンが言っていたから来たんだ。……お邪魔だったかな?」

 ホズは兄妹が書き散らしていた紙を指差す。

「いや、別に邪魔、なん、て?」
「あの、ホズさん。……ここまでどうやって来たんですか? 扉の外に、兵士さんがいたりしますか? それとも、フギンさんとムニンさん?」

 ナルの疑問に、ホズはゆっくりと首を横に振る。
 
「ううん。一人で来たよ」
「……どうして? だってホズさん。一人で歩けないじゃないですか」

 彼は、一人で歩けない。それは彼が盲目だからという理由もあるが。そもそも、彼は一人でこの城を歩いてはいけないのだ。あの男と、はち合わせてはいけないから。
 ここで兄妹は確信する。ホズが放っている違和感を。

「なぁホズさん。……今、アンタ見えてんのか?」

 ナリの言葉にホズは満面な笑みを見せる。兄妹が今まで見てきた中で気味の悪い笑みを、赤く光った瞳が更に際立たせる。

「ねぇ、一緒に答え合わせをしてあげようか」

 彼の背後に、レムレスが現れた。
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