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作者: 夜門シヨ
21頁
 兄妹はホズの背後に現れたレムレスに恐怖心を揃って露わにさせる。ナリは剣を構えて、ナルはそんな兄の背中にぴったりとくっついている。そんな兄妹の表情の変化に気付いたホズは、自身の背後へと目線を向けて「あぁ、しまった」と言いながら、そのレムレスをさわさわと触りだした。

「怖がらせてごめんね。大丈夫、コイツは君達には何もしないよ。これからのことで、少し殺気立ってるだけなのさ」

 ホズの言葉を全て信用出来るわけではないが、ナリは剣を構えるのをやめ、妹から離れないように彼女の肩をぎゅっと自分の身体へと引き寄せる。
 それを見たホズは微笑みを浮かべながら、兄妹が書いていた紙の束へと近づき、そこへ座り込む。
 
「何を書いていたのかと思えば……今までの互いの事をまとめていたんだね。うん、これじゃあ何も分からないわけだ」

 ホズは二人が書いていた紙束の中身を見て、ケラケラと笑っている。そんな彼の態度にほんの少しの憤りを覚えた兄妹は、先程までの恐怖など消え去って、堂々とホズの前へと座り込む。

「くそ! 僕は全部分かってますよ〜、みたいな顔しやがって!」
「うーん。知ってるようで知らないかな。僕の知識は、ほとんどが教えてもらったものだから」
「教えてもらった? 誰から?」

 ナルの疑問に、ホズは窓へと指を差す。その先にあるのは、月光で怪しく光る世界樹であった。

「世界樹は……お母様は色々教えてくれたよ。世界がどうしてこうなったのか。レムレスはなんなのか。そして……世界が終わるまで大人しくしていてほしいってことをね」
「……で。ここに来たってことは、教えてくれるのか?」

 情報欲しさに前のめりになるナリに、ホズは「落ち着きなよ」と宥めさせる。
 
「元々は、そういうつもりじゃなかったんだけどな……僕も、正直君達には知ってほしくないもの」

 戸惑いながら頬を掻くホズに、兄妹は落胆の溜め息を吐く。
 
「ここまで来てそんな優しさいらねぇんだけど!」
「優しさじゃないよ」

 ナリの言葉にホズはばっさりと切り捨てる。

「親友として、大好きだからだよ。大好きだから、思い出して欲しくないんだよ」

 今まで異様な殺気を帯びていた彼の赤い瞳に、切なげな影が差す。
 
「……じゃあ何しに来たんですか? 本当にお見舞いだけですか?」

 不機嫌気味にホズへと詰め寄るナルに、彼は楽しげな笑みを見せる。

「なんで笑ってんだよ」
「あはは、ごめん。……ちゃんと理由はあるよ。君達に、最後の挨拶をしようと思ったんだ」
「最後?」
「うん。もちろん、連れていくつもりだけど……運命がどうなるか分からないし」

 その笑みは、とても晴れやかで。

「僕は。今から最高神オーディンを殺して、兄様と新世界を作るんだ」

 今までで一番、輝いた笑顔だ。

「だから、今度こそ一緒にいようね」

◆ぽ◆た◆ん◆

 かの最高神に初めての子息が誕生した。
 その者は、生まれた時から光を抱いていたため名を――光の神バルドルと命名されました。
 光の神が誕生してからというもの、神族をはじめとした多くの種族達は。

『光の神よ! ごきげんよう』
『光の神。昨日は貴方の優しさを分けてくださり感謝いたします』

 彼の光という名の最高神に無い優しさに惹かれ。

『光の神バルドル様』
『光の神』
『光の神よ!』
 
 大事に大事に育てられ、崇め奉られておりました。
 しかし、バルドルはその行為をあまり良く思っていなかったのです。
 望まれる言葉、望まれる行動、望まれる神の立場。
 この重圧にバルドルは気持ち悪いと感じながらも、彼等を愛さないという選択はせず、彼等が望む姿であり続けるために努力をしながら数十年耐えていました。
 ある日――バルドルにとって嬉しい出来事が舞い込んできました。なんと、彼に弟が生まれるというのです。
 彼は踊るほどに喜びました。自身に弟が出来ること、そして、この辛さを引き継いでくれるかもしれないという僅かな願いを抱えながら。
 しかし、その願いは叶いませんでした。
 生まれた弟には光がありませんでした。弟の瞳には、光を受け入れぬ闇で塗りつぶされていたのです。
 神族は嘆きました。悲しみました。落胆しました。――それは、バルドルも同じでした。
 希望をかけていた弟が、誰も望まぬ闇を抱いてきたのですから。
 皆が予想外の出来事に騒いでいる中、黙っていた最高神がようやく口を開けました。

『この者は、生まれなかった』

 その言葉にバルドルは自身の耳を疑いました。

『皆の者。今日、我が妻は子を産み落とさなかった』

 しかし、彼の父親が放った言葉は偽りではありませんでした。
 部屋にいた数人の神族は戸惑いの雰囲気に包まれていたものの。

『そうだ生まれなかった』
『フリッグ様は子を成さなかった』
『オーディン様の息子は、バルドル様のみだ』
 
 最高神オーディンはそれを聞き終えると、傍にいた戦乙女になにやら耳打ちをしては部屋を颯爽と去っていきました。それに続いて、他の神族も部屋を出ていき――今ここにいるのは、バルドルと戦乙女、そそてフリッグと名も無き弟のみとなりました。

『フリッグ様。では……』

 戦乙女はフリッグが抱える子を彼女から受け取りました。フリッグは涙も流さず、ただただ呆然としている人形のようでした。

『戦乙女ブリュンヒルデ。その子を……どうするんだ?』
『最高神様からは【破棄しろ】と命令を下されました』

 バルドルは戦乙女の口から出た冷めた言葉に唇を噛み締めながら、彼女へと一歩近づきます。
 彼女の腕の中にうずくまる小さな弟へとバルドルが目を向けると。彼はあどけない顔で微笑んでいます。自分が今からどうなるか分かっていません。それでも。

『――っ!』

 小さくてしわくちゃな手を、光の神バルドルへと。いいえ。兄バルドルへと向けるのです。
 兄バルドルはその小さな手に人差し指を差し出すと、弟はそれを弱々しい力でぎゅうっと握りました。

『バルドル様』
『……』
『今、貴方が考えていることは――』
『黙れっ』

 バルドルはブリュンヒルデの言葉を遮るかのような怒声を向けました。ブリュンヒルデやフリッグは、今まで彼からそんな声を聞いたことがなかったので、驚きで固まってしまいました。

『弟は……私が育てます。お父様の怒りを受けてもいい。それでも、それでも……弟を、愛したいのです』

 バルドルは、弟の頭を優しく撫でながら彼の名を愛しく呼ぶのです。

『ホズ――戦の子。私の弟。この世界と戦う私の為に生きてくれ』

 光の神バルドルは盲目の神ホズを、戦乙女達の助力もありながらも立派に育てていきました。
 そうして、バルドルは彼をただのバルドルとして接する者と。ホズは立場関係なく気軽に話せる者達と。
 互いに親友に恵まれ、笑みが溢れる日々を過ごしましたとさ。

 光が死ぬその日まで。
 
◆オ◆ヤ◆ス◆ミ◆
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